PandoraPartyProject

SS詳細

それでも世界を愛せないのなら

登場人物一覧

オルタンシア(p3n000344)
熾燎の聖女
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

「聞いているのでしょう」
 そう、静かにマリエッタ・エーレインは呟いた。
 世界は救われた。混沌と呼ばれるこの世界は全ての世界の根幹に存在するという。
 此の地が壊れれば全てが滅びる――そんな世界を救った英雄の一人にマリエッタ・エーレインという女はなった。
 多くの人は幸福を享受して平穏な日々を享受するだろう。
 そこにある不幸と言えるようなものはあくまでも人間の人生において有り触れたもので、その全てが解消されることなどないような――そんなものになっていく。
 何もかもが全て救われて幸福のみに包まれるなんてことはなくても、平和と呼ばれる時代がやってきて、少しずついい方向へと変わっていく。
 ――世界と言うのは救われた。
 それは間違いのない事実であった。確実な真実だった。
 それそのものを否定などしたいわけではない。そうしないでと、彼女が最期に言っていた気がしたからというのもあるのだろう。
 ぼんやりと見上げる天義の空、マリエッタは肥沃な平原に一人立っていた。
 久しぶりに帰ってきた、マリエッタにとってもエーレインにとっても故郷と言える国は少しずつ新しい形へと変わりゆくことだろう。
 この地で生まれた魔女と聖女は今やなく、此処に居るのは『マリエッタ・エーレイン』というたった独りだ。
「……オルタンシア」
 暫く待ってみても返って来ない応え、胸の内に何処かで燻っているはずの、未だ消えていない筈の残り火へと言葉を重ねた。
 戦いが終わってから、様々な場所を旅してきた。それは失った彼女がとそう告げていたようだったからだろう。
 混沌としたこの世界で、様々な場所を渡り歩いた。
 ある時は鉄帝の北でオーロラを見た。ある時はかつての影の地へと訪れた。ある時はラサの砂漠で陽射しにげんなりしながら行商と連れ歩いた。
 はたまたある時は幻想で肥沃と呼ばれるその地でのんびりと過ごして、練達では他のあらゆる国と明確に異なる文明圏を眺め、魔術の研究に没頭さえしただろう。
 もちろん、その最中に友人や知人と語り合ったりも当然のように続けてきたけれど――気づけば10年以上の月日が流れていた。
「――消えてしまいましたか?」
 友たる聖女に遺された火は、所詮は呑み込んだ残滓と炎に過ぎず――今もなお胸の何処かにあるつもりでいたけれど、気付けば消えてしまっていただろうか。
「……まぁいいです。貴女が聞いているのか、もう居ないのか知りませんからここからは独り言です」
 マリエッタはぽつねんと言葉を作った。
 彼女が望んでいたであろう通りにこの世界を愛してみようと、その為に努力してきた月日だった。
 それでもそう簡単にはいかなくて、心の何処かにつっかえた思いのままに過ごしてきた月日だった。
 それは半ば八つ当たりのようなものであったのだろう。それに付き合ってくれていたであろう友人は何も言いやしない。
 目を伏せて、マリエッタは一つ息を吐いた。
 結局、彼女の愛したこの世界はマリエッタからすると彼女を奪った世界でしかなかった。
 それは世界を愛してといった彼女の願いとは対照的にどす黒い世界への復讐心を芽生えさせるには十分すぎた。それはいつかは世界だって燃やし尽くさんとさえするだろう。 
『好きにしたらいいんじゃない?』
 そういえば最後に彼女と言葉を交わした時にオルタンシアはそう言っていただろうか。何気ないその言葉が彼女の終わりであったのだろうか。
 そうして、オルタンシアの言う通りに、好きにしてマリエッタはこの10年間を世界を愛そうとしてきたのだった。
(本当に……簡単にはいきませんね)
 嘆息する自分の吐息さえもマリエッタを置いてどこかへと消えていくようだった。
 ぼんやりと眺める空には僅かばかりの雲が流れていく――それさえもマリエッタを独りにしようとでもいうかのようだった。
 結局、世界の事など愛することは出来やしなかった。マリエッタだけを置いて世界は平和に向かって突き進んでいく。
 10年もあれば多くが変わって世界の形は平穏に向かって進んで行くのにマリエッタだけはずっとあの頃のままのように思われた。
「世界を愛して――」
 なんという重たく難しい願いであるのだろう。彼女を奪ったこの世界へ向けてそれを叶えろと言うのは呪いのようだった。
『なに黄昏てるのかしら、この子は。やっぱり貴女って寂しがり屋ね』
 面倒くさそうに脳裏に響いた声は10年以上ぶりのものだった。嘲るようであり、呆れかえったようでもある声だ。
「今更の反応ですね」
 ほっと息を吐いたマリエッタにそれは答えを返さない。
「貴女を呼んでいたのですよ」
『聞いてたわ。でも好きにしろと言ったでしょう? 私は貴女の行く道程を見つめ笑う為に此処に残ってるのだから、貴女の行きたい場所に行けばいいでしょう』
 そう言った彼女の声は面倒だとでも言わんばかりであっただろう。
「……そうですね」
 だから、マリエッタはそうぽつりと言葉を溢すばかりであった。
 マリエッタ・エーレインという個人が何処まで行くのか、何処で終わるのか。その終わりを彼女は笑う為にマリエッタの中に残火ばかりに残っている――たとえそれがマリエッタの夢想に過ぎないのだとしても、そのつもりの炎こそがこのもう一つの声であった。
「では、私がこのまま世界を滅ぼしてしまいたいと……滅ぼすために手を尽くさんとしたのなら、それでも構わないのですね?」
『ふふ、出来るものならしたらいいんじゃない?』
 面白い事を聞いたとばかりに吹き出し笑う声がした。
 長い――というには少しばかり短い時間を掛けた旅を、その残り火は何を思って着いてきていたのだろう。
 とっくに消えていたわけで無かったのなら、共にこの10年の旅を続けてきたはずだった。
「……いえ、やりませんよ」
 目を伏せ、マリエッタは小さく首を振って嘆息する。
 世界を愛して、なんて出来やしないけれど、それをマリエッタに望んだ彼女が居たのならば世界を滅ぼすようなことだけはせめても出来はしないだろう。
『ふふ、意気地のない事』
 揶揄うように残り火は笑う。それにムッとしながらも「だったら」と口をついてそう言った。
「貴女はどうだったんですか」
『なにが?』
「この世界の事を愛していたのですか?」
『ふふ、私がそんな人間だったように見えていた?』
 問いかけには問いかけが返ってきて、マリエッタは小さく息を吐いた。
『私は一度も世界の事なんて愛してないわ。愛しようとさえも思わなかったでしょう――世界はおろか、妹以外の何も私は愛してはいなかったわ。
 私は世界を愛してもなかったからこそ、世界を恨みもしなかった。だから私という魔種が生まれたのだから』
 くすりと笑って彼女はそう続け、懐古するように「あぁ」と呟いた。
『でもそうね。他者を憐れむ傲慢な視線を愛と言うのなら、私は世界を愛していたかもしれないわ』
「……聖女と呼ばれていた頃も、魔女であった頃も?」
『聖女の頃の私は結局、オルタンシアという個を演じてきただけだったもの。
 魔女になった後の私が世界を愛するなんてはず、それこそないでしょう? 私は好き勝手に生きてきたもの』
 くすりと笑った彼女がそう続ける。
「……たしかに、貴女はそうなのかもしれませんね」
 ぽつりとそう呟いて、マリエッタは改めて思う。
 世界を愛しも恨みもしなかったと告げた友人はだからこそ真っすぐに己の道を貫き果てたのだろうか。
「世界を愛するって難しいですね」
 は、と短く息を吐く。
 当時の聖女エーレイン死血の魔女マリエッタを寂しがりの魔女だとそう告げた。
それは今も変わらないのだと、そんな風にマリエッタ・エーレインに世界を愛してと告げた彼女や妹が言っていた。
『寂しがり屋の魔女さん』
「なんです」
『貴女、傲慢でも残酷でも食らった血の持ち主の分も未来に進むのではなかった?』
「もちろん、そのつもりですよ」
『なら、先に進みなさいな。結果的に世界を愛せるかも愛せないかも分からないけど、こんなところでぼうっとしていても立ち止まっているだけでしょう』
「……本当に、貴女という人は可愛くありませんね」
『あら、聖女様からの励ましのお言葉を突っぱねるなんて可愛くないのはどちらかしらね?』
 くすくすと笑ってそう言う彼女の声と顔が思い浮かぶようだった。
「……とはいえ、今の私ではこの世界を愛するなんて出来ないでしょう」
 そっと目を伏せてマリエッタはそう呟いた。10年間の積み重ねの内に解消されればいいと思った世界への恨みは決して絶えることはなく、今なお確かに燻り何時も枝しても分からない。
 このまま世界を愛して――なんて言葉を実現なんて出来そうになかった。
『まぁ――貴女って世界を愛するとかいうタイプでもなさそうだものね』
 くすくすと笑って彼女が言う。それでも、そうしてほしいと唯一ともいえる友人は告げていたのだ。
『世界なんて、無理して愛するようなものではないわよ』
「だとしても――私にそう言っていた人が居るのですから」
『そう』
 そう言葉を重ねれば、彼女は退屈そうにそう短く言った。
「いつかは愛せるようになれたら……そう思っても、10年で変わらなかった私の想いは、そう簡単には変わりません」
 大切な友人達が沢山いるこの世界で――結局、未だに世界を愛せなかった。それならきっと、この先もこの世界に居るだけでは世界を愛するなんて出来やしないから。
「……この世界から一度、離れてしまいたいと思うのはいけませんか?」
 縋るようにそう言葉を出していた。あれも、これも、時間を掛けてやってきた。
 その全てで世界を愛することも、彼女を奪われた事への怒りを収めることも出来なかった。
 それならば今は、一度ここから離れてしまうのだ。
 新しい世界を知って、暮らして、冒険して――何もかも新しいもの得たその遥かな先で、またこの世界に戻ってきたのならば、その時のマリエッタは何かを知って、別の感じ方をするかもしれない。
『好きにすればいいんじゃない』
 欠伸でもするようにして彼女がそう言った。
「他人事みたいに……」
『他人事だもの』
 そう呟いたマリエッタに彼女はくすりと笑ってそう告げた。
「……分かってますか、貴女もこの身体に要る以上は異世界までも付き合って貰いますからね」
『ふふ、それは面白そうね? 寧ろそっちの方が多少は愉しそう。この世界で見れなかった景色だって見られるのでしょう』
「……貴女という人は」
 嘆息する息を吐いた。
『まぁ――もしもどこか別の世界へと転がり出て行ったのだとして、この世界へと戻って来れる保障なんてないのだけれど。それでも行くのよね? そこまで言うのならば』
「そうですね、一度この世界を離れてどこか別の場所へ――もしもそこでこの世界へ戻ることも出来なくなったのなら……また戻れるように冒険をするまでです」
『ふふ、それは楽しみね。この世界を出て何処か遠くへと行く貴女が、その果てに辿り着く場所。
 そこがどんな場所でどんな景色なのか――私もとても楽しみよ』
 そう、どこまでも自分本位に心の奥に燻る残滓は笑う。
「精々生き続けてみせますよ、そしていつか、この町に戻ってきます。
 私の身体に住まう以上、貴女も一緒にそれに付き合って貰いますから」
『ふふ、言われずとも遥か遠い先で貴女を笑う為にね』
 そう笑う友人の声を聞きながら、マリエッタは瞼を上げた。
「それなら準備をしませんと……この世界から旅立つ準備を」
『お別れはちゃんと済ませておきなさいな。寂しがり屋の貴女にはきっとそれが必要よ』
「……なんですか、ずっと私を子供みたいに」
『齢を重ねてるのにおこちゃまみたいな悩みを抱えて生きてる小娘にはそれぐらいが良いんじゃない?』
 けらけらと残滓に過ぎないその人は笑っている。
 きっとその態度は今日はずっと出てこなかったもう一人のマリエッタだってムッしただろう。
『友人の門出よ、お前の友人達だってしっかりと挨拶をしたならば受け入れるでしょう。
 ……まぁ、一人ぐらい、受け入れるんじゃなくて一緒に着いていくみたいなことを言いそうな子も居そうだけれど?』
 くすくすとそう重ねた彼女はそれっきりで何も言わなくなった。
「……感謝はしませんし、何処までも着いてきてもらいますよ」
 ぽつりとそう呟いたマリエッタへの返答は何もなかった。


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