PandoraPartyProject

SS詳細

優しい指先

登場人物一覧

燈堂 廻(p3n000160)
掃除屋
建葉・メイメイ(p3p004460)
繋いだ意志

 暗闇の中で苦しんでいるのは誰だろう。
 遠く彼方の夢の中、触れる事さえ叶わぬ其れを、見ている事しかできない歯がゆさに胸を強く締め付けられる。
 自分が同じように神の杯にされた時の記憶がじわりと甦ったからだ。
 独りぼっちだと嘆く涙を掬ってあげられたらよかったのに。
 傍に寄り添い、大丈夫だと抱きしめてあげられたら。
 願わくば――ぬくもりが訪れますように。

「はっ、ぁ!」
 大きく息を吸い込んだ廻は、涙を流しながら目を覚ました。
 こほこほと咳をすれば、酸欠状態の頭に血が巡る。
「何だか悲しい夢だったなぁ……」
 只の夢だとは思えない、寂しさの余韻が廻の胸を締め付けた。
「怖い夢を見たの? 僕達が食べてあげようか?」
 枕元にぽてぽてと歩いてくるのはぬいぐるみ姿のあまねとしゅうだ。
「ううん……何だか大事な夢のような気がするから大丈夫」
 あまねとしゅうを抱きしめた廻は胸に渦巻く寂しさに身を委ねる。
「あの人にもあまね達みたいな優しい友達が居ればいいな……」
 遠く彼方の夢の彼に思い馳せ、あまね達を強く抱きしめた。

「おはようございます、廻さん。おや、少し顔色が悪いですか?」
 麦茶を飲みに台所へ入れば、割烹着を着た白銀が心配そうに顔を覗き込んでくる。
 頬を撫でる指がひんやりと冷たくて寝起きには心地良い。
「はい、大丈夫です。少し夢見が悪かっただけなので」
「そうですか。でも余り無理はしないでくださいね。壺の毒の影響は殆ど無くなったとはいえ、負担が掛かると倒れてしまいますから」
『咎の黒眼』オーグロブとの戦いで廻は扉を開けるために己で毒を飲み込んだ。
 神の杯となった不幸を、進むべき道に変える為に。そうして、ようやく訪れた混沌の平和に、己の行動が間違いではなかったと噛みしめたのだ。
 居間の食卓へと朝餉を運べば、明煌と暁月の姿が見える。
 二人とも以前とは比べものにならないぐらい、穏やかな空気を纏っていた。
 死する運命から解き放たれた暁月と、暁月を死なせたくなかった明煌と、深く因果を結んだ廻と。過ぎ去ってしまえば、その情動が胸を満たす。
 ――ああ、良かった。
 こうして、明煌や暁月、それに白銀に黒曜、牡丹にあまねとしゅう。
 関わってくれた人達が平穏な日常を送れることが、こんなにも幸せなのだ。
「いただきます」
 共に食卓を囲めることが嬉しかった。

「そういえば、明煌さんは煌浄殿の方は大丈夫なんですか?」
「んー? まあたまに帰ってるし……何かあれば連絡くるし、大丈夫やろ」
 それよりも暁月と一緒に居たいのだと言わんばかりの態度だ。
「僕が煌浄殿に預けられた当初はあんなに恥ずかしがってたのに」
「うるさい。そういうのは言わんでいい」
 赤い瞳で明煌は向かいの廻を睨み付ける。
「えー? 何が恥ずかしかったの?」
 真横から意地悪そうな声がして明煌はそっぽを向いた。
「知らん」
「えっとですね。暁月さんに連絡したいけど連絡できなくて、寂しいって僕に八つ当たりしてました」
「おい! 寂しいとか言うてへんやろ!」
 赤い縄が食卓の下を通って廻の口元を覆う。
「……明煌さん? 食事中にやめなさい」
 冷静な怒りを孕んだ白銀の声が降ってきて、明煌はばつが悪そうに縄を解いた。

「では、私は学校に行ってくるよ」
 暁月はスーツを着こなし玄関を出る。祓い屋としての顔ばかり見ているから忘れがちだが暁月は学校の教員でもあるのだ。
「いってらっしゃい」と暁月を玄関で見送った明煌の背中が寂しそうに見える。
「僕も今日は出掛けてきますね」
「え?」
 驚いた声を上げた明煌の横を通り過ぎて玄関で靴を履く廻。
「病み上がりじゃないんか? 倒れるぞ?」
「もう、大丈夫ですよ。それに今日は特別な用事で、豊穣に行くんですよ」
「は? 聞いてない」
 廻をよく見れば何やら外行きの格好をして手荷物も多そうだ。
「暁月さんには言ってますし、ちょっと行って帰って来るだけですから」
「いや。俺も行く。お前は途中で倒れるし」
「ええぇ……もう、しょうがないですね」
 ため息を吐いた廻は諦めて明煌を連れて行くことにした。こうなると何が何でも着いてくると知っているからだ。
「二人とも気をつけて行ってくるんですよ」
 白銀に見送られ、廻と明煌は豊穣へと向かう。

 ――――
 ――

「ん? 其方たちは……」
 見覚えのある顔に遮那は手を振って近づいて来た。
 遮那は偶然にも(全く忍べていない)お忍びで街に遊びに来ていたらしい。
「お久しぶりです。遮那さん」
「うむ久しいのう……もう具合は良いのかの? 赤毛の船長も心配しておったぞ」
 世界を救う戦いでバルバロッサと遮那は廻たちの進軍を助けてくれた。
 毒を飲んで先へと道を開いた廻を心配していたのだろう。
「はい! この通り元気ですよ」
 ぐっと拳を握った廻に遮那は目を細める。
「それは良かった。して、今日は何用で此所へ参ったのだ?」
「あ、『中務卿』のお屋敷に……メイメイさんに会いに来ました」
 病に伏せ、お祝い事に駆けつける事が出来なかったから。
 優しくしてくれた『姉』にせめてもの気持ちを届けに来た。
「そうか! では屋敷まで案内するぞ!」
「でも、お忙しいんじゃ……」
「問題無い! 後で怒られればいいだけだ! 弟分として兄貴分の客人は丁重におもてなしせねばな。それに折角、外から来てくれたのだ。道中話も聞きたい」
 遮那の狙いは他国の話なのだろう。好奇心に琥珀色の瞳が輝いている。

「……中務卿の祝いの席は盛大で素晴らしかったぞ。帝も来られていたからな」
 天上人たる『霞帝』が来る席というのは、日本人的な思考を持った廻にとって、考えも及ばぬ領域であった。其処に呼ばれる遮那も、何れはこの国の臣下として政を担うのだろう。そんな高貴な存在に道案内をさせてしまってもいいのかと、今更、廻はぷるぷると震えてきた。
「どうした? 顔色が悪いようだが?」
「いえ、遮那さ、様? は本当に、こんな所で道案内をしていても……」
「何だ!? どうしたのだ!?」
 ぐるぐると思考が変な方向へ行くのを明煌が止めてくれる。
 頭を掴んで髪をめちゃくちゃにするワイルドなやり方でだ。
「うわぁ、あ」
「確りしろ。目的はメイメイちゃんにお祝いを渡すことだろ」
「はい……」
「よし着いたぞ! 此所が建葉の屋敷だ。では、私はこの辺りでお暇しよう。流石に『我が琥珀』が心配してしまうからな」
「ありがとうございました!」
「さらばだ!」と黒い翼を広げ去っていく遮那を見送って、廻は屋敷の門を叩いた。

 女官に案内されて通された広間は燈堂家の本邸とはまた違った純和風の部屋だった。
 時代劇の風景がそのまま存在している。
「すごいですね」
「そうだな」
 座布団に座った廻と明煌は緊張した面持ちでメイメイを待った。
 しばらくすると戸が開いて、袴を着たメイメイが姿を現す。
「お待たせ、いたしました」
「メイメイさん!」
 立ち上がった廻は嬉しさのあまりメイメイへと抱きついた。
 戦いの後、伏せっていた廻にとって本当に久しぶりの再会なのだ。
「……あれ? 背が伸びましたか?」
「ふふ、そうかも、しれませんねぇ」
 大人の女性の雰囲気を纏ったメイメイから廻はぱっと身体を離す。
「ごめんなさいっ、嬉しくてつい」
 結婚をした女性に不用意に抱きつくものでなかったと反省する廻。
「大丈夫、ですよ……廻さまは、弟、みたいな、もの……です」
「はい……」
 優しい姉と大人しい弟、それがメイメイと廻の関係性だ。
 廻は少し病弱な所が心配ではあるのだが、過保護な保護者たちが居てくれるから安心だろうとメイメイは明煌を見上げ目を細める。
「廻さまは、体調戻られた、ようで……良かったです」
「はい、もう動き回れます! 心配掛けてすみません」

 座布団の上に座り直した廻は目の前に座ったメイメイへ紙袋を差し出した。
「これ、結婚のお祝いです。式にいけなくてごめんなさい」
「あらあら、わざわざ届けに……来てくれた、んですか?」
「はい。ご結婚おめでとうございます!」
 不祥の弟から、素敵な女性となった姉へ。心を込めた贈り物。
 メイメイは紙袋から箱を取り出す。
 リボンを解いて中身を開ければ、其処には写真立てが入っていた。
 乳白色のフレームは優しい飾りに彩られ、和風建築にも合う色合いだ。
「お二人の思い出を残せるようにと考えました」
「うれしいです、めぇ」
 写真立てをぎゅと握り締めたメイメイは廻へと手を伸ばす。
 指先が廻の髪に触れれば優しさがじんわりと広がった。
「晴さまと一緒の、お写真を、かざり、ますね。ありがとう、ございます……廻さま」
 メイメイから伝わってくる穏やかなぬくもりは、何時までも浸っていたいと思わせるものだ。だからこそ願わずには居られない。
「メイメイさん……幸せになってくださいね」
「はいっ」
 今でも幸せは溢れ出るけれど、きっとこの先もずっと大きくなっていく。
 そう、思えるのは晴明が傍に居てくれるから。
「……ちいさな仔羊が、夢を見るだけでは叶わなかったかもしれません、ね」
「其れをつかみ取ったのは、メイメイさんの力だと思いますよ」
 メイメイは紡いできた沢山の縁を思い出す。
 ひとつひとつは小さな糸だったかもしれない。
 けれど、それが今は大きな紐になって結ばれている。
「ふふ、廻さま、私と出会って下さって、ありがとうござい、ます」
「僕のほうこそ……ありがとうございます」
 声を掛けてくれて、優しく撫でてくれて。
 そのぬくもりがどんなに嬉しかったことか。

「それじゃあ、また来ますね」
「はい、またお越しください、ね」
 メイメイに見送られ廻と明煌は歩き出した。
 僅かな寂しさが、夕暮れの長い影に伸びていく。
「はよ帰らな、暁月が寂しがる」
「明煌さんが寂しいだけですよね?」
「違う」
「ふふ、じゃあ、帰りましょうか」
 廻と明煌は皆が待っている燈堂家への帰路についたのだ。


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