PandoraPartyProject

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手を繋いで

登場人物一覧

ショウ(p3n000005)
黒猫の
杜里 ちぐさ(p3p010035)
PandoraPartyProject

 ――もしかすれば、もう一生会う事が出来なかったかもしれない。

 それでも、世界を守る戦いに、行かなくてはならなかった。混沌世界をこれからも歩いていくというならば、ちぐさにとって一番に大切な事がある。
 それはこの世界の滅亡などよりもずっと大切な理由で、誰よりも優先するべき事柄で、誰よりも強くなれる理由その物だった。
 ショウ。
 ちぐさにとってこの世界で一番大事で大切な人。
 穏やかで、それでいて少しばかり感情が分かりにくいようなあの人が生きていく未来を護りたかった。
 危険な戦いである事だってわかっていた。それこそ、世界存続のための戦いであったのだから、簡単に命を失う可能性だってあった。
 自らが特異運命座標であったって、あの暴威の前では簡単に命は散ってしまう事を知っていた。
 故に、戦場に向かうというならば命をも擲つ覚悟でなくてはならなかったのだ。
 ――いかないでくれ。
 きっと、彼はそう言った筈だ。戦いに行くと言えば、彼はどうしたって止める。それだけ危険だと知っていたからだ。
 もしも止めなかったとしても、心配をしてくれる。無謀な自分の在り方を悲しむような顔をして彼は何度となく自分の名前だって呼んでくれたはずだ。
 そんな心配を彼に与えたくはなかった。大切な人だからこそ、そんな心配に心を痛めて欲しくなかった。
(けど、ほんの少しは褒めてほしい)
 頑張ったねと抱きしめて、笑ってほしい。もう一度触れてくれたならばそれでいい。
 たった、それだけでも戦った意味がそこにできる。
(僕は、弱いけれど……他の強い誰かと比べれば、そんなにも役に立っていなかったのかもしれない、けれど)
 ちぐさ自身、戦う事に自信はなかった。混沌世界には多数の強者がおり、それこそ戦闘に向かうがためにはしっかりと前に進むという意欲だって持っていた。
 ちぐさ自身にはそうしたものはなく、のんびりと過ごすことを好んでいたのだから自らを強者の一人などと呼ぶことはなかっただろう。
 だからこその自認だった。弱い自分が、強い人々の中で、何かが出来たかなんて関係なかった。
(でも、ショウが生きる世界を護る為なら、僕は何処へだって活けてしまったのにゃ)
 彼が生きていく世界を護ったんだという強い強い自信。
 彼が生きていく為に自分は出来る限りの事をしたかったのだという理由のようなそれ。
 ――それから、居てもたってもられなかったのだという衝動。

「ショウ」
 呼び掛けたならば、ちぐさは笑った。ゆっくりとショウが顔を上げてから「おかえり」と抱きしめてくれる。
 ――ここから、もう一度の生活が始まった。もう二度とは出会えなかったかもしれない彼との時間がやってきたのだ。
「ちぐさ」
「ショウ、無事に帰ってきたのにゃ。それで、ショウはずっとずっと、ローレットの情報屋をやるって言っていたのにゃ!」
「そうだね。オレは情報屋を続けていく。ちぐさは?」
「僕は……僕は、変わらずショウの傍に居たいにゃ。それに、役に立ちたいからショウの弟子になれるかにゃ?
 こう見えて僕は頑張り屋で賢い猫又だから、すぐにショウの右腕になれちゃうかもにゃ!」
 ぱあと明るく笑うちぐさを見てからショウは泣き笑いのような表情を浮かべていた。
「……世界が平和になっても情報を求める冒険者はいるけど、いつまで情報屋続けられるのかにゃ? ――にゃ、なんでもないにゃ!」
 きっと、情報屋と言う仕事は終わる事はない筈だ。世界が平和になったって、そこに誰かが生きるならば冒険がやってくる。
 情報屋は冒険者に答え、新たな冒険へと誘うの役割になるのだろう。
 それでも、だ。ちぐさはよく分かっていたし、聞いてしまった瞬間に思わずなかったことのように首を振った。
 ショウは「世界が平和になっても、情報屋の仕事はきっと尽きないさ」とそう言ってくれた。ちぐさの問いかけの真意にだって気が付いていただろうに。
 それでも、ショウはちぐさが困ってしまわぬ様にとその言葉を重ねてくれたのだ。
 穏やかで、優しい微笑みを浮かべたその人に擦り寄ってから「そうにゃ! 僕達の冒険はまだまだ続くにゃ!」とちぐさはその声を弾ませる。
 時間。
 時間は、きっとあまりない。ちぐさが瞬きを繰り返している内に数年は過ぎ去って、数十年だって時が流れて行ってしまう。
 それでも、ちぐさは猫又であるから、そのような時間の変化に対して鈍麻でいられるのだ。まだまだ幼い心のままで、変わることなく過ごしていられる。
 だが、隣にいるショウはそうではないだろう。彼の命はちぐさが思うよりもあまりに短い。幻想種のような永らえる命ではなく、ただ、ただ、その命の終わりは近しいのだと感じさせる。
(……まあ、情報屋から墓守に転職も悪くない……にゃ……)
「ちぐさ?」
「ううん、なにもないにゃ!」
 ちぐさはぱあと笑った。彼の傍で、此れからだって生きていける。
 何があったってその心に抱えている愛情は変わらない。変わる事がないからこそ、大事に大事に抱き締めていられるのだ。
 情報屋となったちぐさはショウと共に何時だって行動していた。時にはは危険だって存在したが熟練の情報屋であるショウと、特異運命座標のちぐさにはそのような困難は簡単に乗り越えられるものだった。
 揶揄うような笑みを浮かべたショウが駆けていく背中をちぐさが追いかける。「待って」とは言わなかったし、「おいていかないで」とも言わなかった。
 ただ、ただ、彼と言う師匠を愛し、彼と言う存在を追いかけていくだけの時間がそこにはあっただけなのだから。

「ショウ」
 呼び掛ければ、桜の下を歩いている彼が振り返った。
「ショウ」
 呼び掛ければ、波打ち際で、白波が押しては引いていく。
「ショウ」
 呼び掛ければ、鮮やかな紅葉の下で彼が手を差し伸べてくれた。
「ショウ!」
 呼び掛ければ、真っ白な雪に――彼がゆっくりと倒れていく。

「ショウ」

 ちぐさはゆっくりと起き上がったショウに笑いかけた。
 もう彼も随分と年を取った。此処まで長いようで短い時間だった。穏やかな時間を楽しんでは来たけれど、ちぐさは近づくタイムリミットを感じ続ける。
 手を差し伸べれば握り締めてくれる。当たり前の様にやんわりと包んでくれていた大きな掌は、今は少しばかり冷たく皺だらけに感じられた。
「疲れちゃったかにゃ?」
「そうだね、ちぐさ。少し疲れてしまったみたいだ。……ちょっとだけ休憩しようか」
 近くにはショウが良く利用していたセーフティーハウスがあった。ただの小屋ではあるが冬の寒さを凌ぐことは出来るだろう。
 ちぐさはその場所へとショウを運び込んでからショウに毛布を手渡す。暖炉に火をくべてから湯を沸かす準備をし、彼がそうしてくれていたようにコーヒーを淹れて手渡した。
「ありがとう、ちぐさ」
「えへへ、これで僕も立派なショウの弟子で情報屋にゃ!」
「……そうだね」
 穏やかな微笑みを眺めてから、ショウは深く息を吐き出した。ちぐさはその体にそっと寄り添ってから目を伏せる。
「ショウ、少しだけお話ししようにゃ。……いっぱい、楽しい話をして……それから、のんびりとするにゃ」
「そうだね。……うん、のんびり……」
「そうそう、僕はショウに感謝しているにゃ。
 だって、ショウが僕の世界をきらきらにしてくれて……それって、すっごいすっごい幸せだったにゃ!」
「はは……ちぐさはオレと何をしていて一番楽しかった?」
「んーと……お誕生日とかケンカしちゃったこととか……いっぱいにゃ!
 僕が生きてきたのは100年以上、ショウと過ごしたのはほんの数年なのにショウは僕の中でとっても大きい存在なのにゃ」
 ちぐさは猫又として生きて来た。本当に短い時間しか彼の傍にはいなかった筈なのに、彼への想いが溢れている。
 ショウを看取るまでずっと傍に居ようと思った。いや、いっそ、その後だってショウと呼ばれた情報屋が居たことを覚えている自分が彼の傍に居たいとさえ願っていた。
 ちぐさはゆっくりと顔を上げてからへらりと笑う。
「お誕生日プレゼントは宝物だし……ペンダントもピアスもずーっと一緒にゃ。
 あ、次のショウのお誕生日のプレゼントは何がいいかにゃ?」
「……そうだね、ちぐさが選んでくれたものだったらなんでも……」
「うーん、何がいいかにゃ? アクセサリー? それとも、実用品かにゃあ。あ、この毛布も解れてるし、毛布もいいかもしれないにゃ!
 でもでも、ショウが欲しいものが一番にゃ。何かリクエストがあれば教えてほしいけれど……ええと、ない?」
「あはは、いまは浮かばないな」
 毛布を少しばかり手繰り寄せるようにしてショウはそう言った。ちぐさは尾をゆらゆらとさせながら「そうかにゃあ」と呟く。
 彼がそうやって結論を先送りにするのは、きっとがないことに気が付いているからなのだろう。
 そんな寂しい事を言わないでほしいとはちぐさは泣かなかった。世界を救った英雄にまでなってしまった小さな小さな猫は、そうした別れにだって気が付いていた。
 ――いや、100余年も生きてきたのだ。その分、ちぐさは別れにも鈍感であった筈なのに、ショウの事に対してだけは人一番敏感だったのだ。
「ショウは、慎重派にゃ」
「……そうだね。でも、次のちぐさの誕生日プレゼントは、お揃いの何かが良いかもしれない、な。
 何かちぐさも考えたら教えてくれるかい? オレとちぐさがそれぞれ揃いのものを送り合うなんて、中々いい案かもしれないな」
「! すっごい、それって良いにゃ!」
 きらきらとした瞳を向けたちぐさにショウはそうと微笑んだ。緩く目を伏せそうになった彼に「でも、いろいろあったにゃ」とちぐさは彼をじっと見る。
「ケンカしちゃって、しばらく僕がショウを避けてたのってなんでだっけにゃ? そもそもケンカだったかにゃ??」
「その理由をオレに言わせる?」
「えー?」
 何か、言いづらいようなものだっただろうか。ちぐさはそんなことを思いながら首を傾げて、それからはっとしたように顔を上げた。
 少しだけ頬が赤らんで、それからやや照れくさそうにちぐさは笑う。
「確か……あっ、思い出したにゃ! 僕はショウにパパになってほしくて……でも、今はもう大丈夫なのにゃ」
「パパは、心配性だからね。オレはちぐさが戦いに出たら怒らなくてはならなかったはずだ。
 それに、パパだったら情報屋なんてやらせやしないよ。こんな危険ばっかりの仕事……でも、今は良いだろう」
「そうにゃっ! 今の僕はショウの弟子で、相棒にゃ。二人揃ってねこねこ情報屋とまで言われるようになって……!
 ローレットの冒険者をサポートするために走り回っているにゃ。ショウが教えてくれた全てを僕が覚えているから、だから安心して欲しいにゃ」
「ああ、そうだね……次代は、君に任せられる」
「そうにゃ」
 えっへんと胸を張ったちぐさは、ただ、ただ、彼を励ますかのようだった。
 少し小さくなってしまう焔を繋ぎとめるように、懸命に、懸命に呼び続ける。大丈夫だから、こっちを見ていてと囁くように。
「今の僕にとって、一番大切で特別で……もうパパかどうかとか関係ないのにゃ!」
 弟子で、相棒で、特別で。
 何もかもがになってくれた彼が、眠ってしまう前に、沢山の感謝を伝えたい。
 最後に彼が笑ってくれるように、ちぐさは泣くことはしなかった。朗らかに向かい合い、ショウの名を何度となく呼び続ける。
「ショウ、忙しいのにローレットのお祭りとか一緒に行きたいって言ったらいつも一緒に来てくれたにゃ。
 グラオクローネとかシャイネンナハトとか……本当に数え切れないのにゃ。ショウ大好きにゃ!」
「ああ、オレも――」

 冬が過ぎれば春が来る。雪解けの季節を一人の情報屋が駆けていた。
 二股に分かれた尾をゆらゆらとさせながら、小さな猫は走っていく。されど、小さいからと言って侮る事は無かれ。
 彼はローレットでもその名が知れた情報屋なのだ。特異運命座標として世界の危機に立ち向かい、そして情報屋として知られるショウの弟子として活動していたのだ。
「こんにちは、にゃ!」
 朗らかに笑ったその情報屋が振り返る。
「何が必要かにゃ? 対価は勿論もらうけれどにゃ!」
 悪戯めかしてそう言ったの旅路は、まだまだ続くのだろう。


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