PandoraPartyProject

SS詳細

あなたを愛するということ

登場人物一覧

十夜 縁(p3p000099)
結んだ縁
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜

 淡く咲き誇る桜の花びらに手を伸ばした凪咲がそうと天へと手を伸ばす。
 その小さな指先は花弁に触れる事は出来ず、ひらひら、舞い降りてくるそれを掴もうと握っては開いてを繰り返す。
「もうちょっと」
 少女はもう一度跳ね上がる様に手を伸ばした。その小さな背丈では決して届かない花。枝から毀れるようにひらひらと落ちてくるそれを掌に収めては彼女は笑う。
 その様子をじっと見つめていた蒼空が「姉さま、縁側から落ちちゃうよ」とおっかなびっくりとした様子でそう言った。
「大丈夫よ、もう少しで届くわ」
「駄目だって。転げ落ちちゃう」
「ええ? 怖がりね、蒼空。わたしならぴょんと跳ねて届いてしまう筈だから!」
「そんなこと言って、またごろんと落ちたら大変だよ」
 拗ねたように唇を尖らせた蒼空に凪咲は「心配してくれたの?」と楽しげにからからと笑った。
 美しい桜の樹を眺める事が出来るこの縁側が二人にとってのお気に入りの場所だった。まだまだ幼い凪咲と蒼空は二人揃って縁側に並んで遊びまわっている。
 猫の耳を模したフードを着用した黒髪の娘を見つめている海種を思わせる鰭を有する弟とは対照的な明るさをその身に宿している。
 穏やかで、引っ込み思案にも思える弟と比べれば天真爛漫な娘は何処へだってぐいぐいと走って行ってしまうかのようだったのだ。
「ほら、二人とも」
「かかさま」
「かか様!」
 縁側に顔を出したのは凪咲にもよく似た風貌の女だった。違いと言えば猫の耳や尾っぽをその身に宿している事だろう。
 二人の母親、蜻蛉は朗らかな微笑みを浮かべて我が子を呼び寄せるようにちょいちょいと手招いて。
「凪咲、もうじきとと様帰ってくるから、お庭で遊ぶのやめてお家へあがってお迎えしよか?」
「え~わたしまだ遊びたい!」
 まだまだ、物足りないと言いたげにその頬を膨らませた凪咲は愛らしい。子供らしさを一心にその身に宿している娘を見ればこそ、蜻蛉はくすりと笑うのだ。
 されど、それを許さないのが弟である蒼空だった。優しく控えめではあるが、姉の天真爛漫さを受けて真面目に育った弟は暴れたい一心の姉を見てから首を振るのだ。
「姉さま、だめだよ! かかさまのいうこときかなきゃ」
「……はぁい」
 不服そうな凪咲は「蒼空って、けち」と呟いた。「けちじゃない」と悲し気に告げる弟を見れば凪咲はころりと変わってその頭を撫でるのだ。
 よい姉弟だ。何処までだって走って行ってしまいそうな姉の手を握り締めてくれる弟は、きっと彼女にとってなくてはならないもので。
 そんな二人の子供たちを見つめる日常が蜻蛉にとっては何よりも愛おしく大切なものであると知っていた。
「けちっていうと、とと様に怒られるよ」
「とと様は怒らないよ!」
「とと様に抱っこして貰えないよ」
「わたしはされるもん」
 可愛らしい喧嘩だ。その剣かは徐々に発展し、なんて話に落ち着いていくのだから愛らしい。
「二人でお膝の取り合いになるんよ、うちはよお知ってるんやから。んふふ」
「大丈夫。わたしが座るから」
「違うよ、姉さま、ずるい」
 何時だって意気揚々と一番手を得てしまう凪咲に追いつけやしない蒼空が拗ねたように姉さまと何度も繰り返し呼ぶのだ。
「ほらほら、喧嘩はせずに――……ねえ、呼ぶからちゃぁんと二人の所に帰ってきてくれはったみたいよ」
 揶揄うようにそう言った蜻蛉はふと顔を上げる。つられるように二人の子供が顔を上げ、ぱあと明るい顔を浮かべて「とと様!」とそう呼んだ。
 十夜 縁は、この二人の子供の父親だ。
 愛おしい妻、蜻蛉の下へと帰り着いてから「ただいま」と告げれば「おかえりなさい、」と蜻蛉はふわりと笑った。
「ああ。凪咲と蒼空はかか様に叱られるようなことはしなかったか?」
「もっ、勿論! ちゃぁんと良い子にしてたもの」
「そんなことないよ、姉さま、さっきもまだ遊びたいって怒ってて……」
「もう! 蒼空!」
 拗ねた様子で振り返る凪咲に蒼空が肩を竦めて「本当だもの」と首を振った。
 縁はそうと娘の身体を抱き上げる。「ずるい」と傍にいた少年が頬を膨らませたならば、その手を蜻蛉がきゅうと握り締めた。
「さ、食事にしようか。今日の夕飯は凪咲が好きなものにしたから」
「え、ほんとう? ふふ、とと様大好きよ」
 ぎゅっと抱き着く凪咲を縁は力強く抱き上げながら蜻蛉を見る。夕餉にしましょうと微笑む母親のその表情は何処までだって慈しみに溢れていた。

 穏やかな寝息が響く頃、すっかりと寝入ってしまった凪咲と蒼空は気が付いた頃には何時だって身を寄せ合うように眠るのだ。
 互いを大切にしているからか、それとも海種が身を護る様に稚魚同士で身を寄せ合うその原始的な動きであるのかは分からない。
 蜻蛉はお休みなさいと二人の頭を撫でてからゆっくりと縁側へと向かった。
「寝入ったかい」
「ええ、ぐっすりやわ」
 先ほどまで子供たちが座っていた場所はぽかりと空いてしまっていた。蜻蛉と縁の間にぎゅうと詰まる様に着席をして混沌世界が救われるまでの冒険譚や二人のなれそめの話に耳を傾けていた子供たちは話途中で夢の世界へと誘われてしまったのだ。
「あの子ら、ほんまにとと様の話が好きね。冒険譚なんか、眼をきらきらさせて……いつか、自分も冒険に行きたいやなんて言い出すんかしら」
「かもしれないな。けれどな、それでもいいだろうよ。混沌世界この世界はそう言う場所だ。
 かわいい子ほど冒険させろとは言うが――まあ、……親となってみりゃ心配だらけだ。特に凪咲なんて一人で冒険に出たら? おっかねぇ」
「ふふ、ほんまに。けど、あの子なら何となくでも上手くやるんやろうなあ……なぁんて」
 朗らかに目を細める蜻蛉が縁側に手をついた。そうと縁の側へと身を寄せる。その仕草に気が付いてから盃を逆の手に持ち替えてから、彼女が寄り添うぬくもりを縁は享受した。
 二人きりになってしまえば、この縁側も静かなものだ。賑わいばかりの日々も愛おしいが、何気なくやってくる嘗てのような時間は何と心地よいだろうか。
 世界が平和になったという。二人が目まぐるしくも過ごしたあの時間は最早遠ざかり、今や幸福と呼ぶべき時間だけがこの場所には漂っている。
 我が子に恵まれて、当たり前のような日々を送り続ける中で時折思い出すのだ。
 初めてであった頃を。あの時と同じように青い月を眺めていれば、尚さらに。
「月が綺麗ねぇ」
「ああ、そうだな。全く綺麗だ」
 盃を手に揶揄うように笑う縁の横顔を蜻蛉はじいと見つめた。唇からこぼれ出たのは、もう遠くなってしまったあの頃の呼び名であっただろうか。
 愛おしい、とっておきの愛情を込めるように。
 出会ったあの日から随分と長い時間が経ってしまった。それでも、春の嵐のようにやってきた二人の出会いは未だ鮮烈な桜の花のように鮮やかさを喪ってなどいない。
 蜻蛉の瞳がゆらゆらと揺らぐ。美しい青い月と共に眺めたのは、ただ、ただ、愛おしい人。

「ねぇ、旦那」
「――なんだい、嬢ちゃん」


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