PandoraPartyProject

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遠い、遠い

登場人物一覧

ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
ニルの関係者
→ イラスト
ニルの関係者
→ イラスト

 ――おやすみなさい、エーリク様。

 優しく、そう告げるニルの声をエーリクは毎日のように聞いていた。
 アドラステイアでニルが保護をした少年はその当時であればまだ幼さをそのかんばせに残している優し気な子供だっただろう。
 だが、混沌世界に平和が訪れてから、暫くの時が流れたならばエーリクとニルの間には時間という二人を大きく隔てるものがやってきた。
 練達の研究者としてエーリクはその地に根を下ろし、大人になった。うんと背が伸びてしまった彼を見ればニルも少しは寂しくはなるが、そういうものなのだと受け入れる事も出来た。
 人間種であるエーリクはニルやナヴァンと比べれば短命だ。まだ幼い姿をしているニルが驚く程のスピードで彼は大人になり、妻となるべき人を見つけた。
 同じ練達の研究者で、名をセレスィと言う幻想生まれの人間種の娘だった。
 せめてエーリクが大人になるまではと練達の地で過ごしてくれていたナヴァンはエーリクの婚姻を喜び、その生活を保障する様に二人を眺めながら過ごしていたのだ。
「ニル、帰っていたのか」
「はい。ナヴァン様。ただいまかえりました。エーリク様は?」
 そうして、時が流れていく。のんびりと過ごす時間は他愛もなく、愛するべき毎日だってニルにとっては変わりはなかった。
 まだ老いを知らぬナヴァンは朗らかに微笑みニルを迎え入れてくれるし、大人になったと言えどもエーリクだって変わらずニルを家族として受け入れてくれている。
 セレスィや、その娘であったオーレリアもニルの事を小さな家族として日々迎え入れてくれていたのだ。
「オーレリアが産気づいたからと今日はそちらに」
「……?」
「ああ、ニルは暫くから知らなかったか。娘のオーレリアが結婚をして、それから子供が生まれるんだ」
「ほんとうですか。オーレリア様に」
 ニルの瞳がきらりと輝いた。うれしい。家族が増えるのだ。そんな喜ばしい事はない。
 ナヴァンの研究室に努めていたという旅人の青年とオーレリアは恋に落ち、結婚した。そうして今まさに新たな命が産まれようとしているのだという。
 ナヴァンは元の世界に戻ると決めていたのだろうが、それでもニルやエーリクを思えばこそ、未だにこの混沌に留まっていてくれたのだ。
 ニルには直接的にナヴァンは口にはしないだろうが。ニルとエーリクの帰るべき場所としてナヴァンは練達に留まり続け、いつかその必要がなくなったならば元の世界にと考えているとも人づてに聞いていた。
 だからだろう。少しだけ疲れと老いを滲ませるようにもなったナヴァンのかんばせに柔らかな気配が宿ったのは。
 オーレリアの無事を願いながら過ごすニルに、彼女の夫となるべき男が挨拶をし、ニルとこれからも日々を過ごしたいと申し出てくれた事だって喜ばしい事だろう。
 ナヴァンとエーリクは自分たちが居なくなった後もニルが帰るべき場所を作ろうとしてくれている。
 それは、ベスピアナイトが居るだけではなく、帰るべき家として練達に根付いていく場所を作り上げたいという気持ちそのものだったのかもしれない。
「シンヤ様。オーレリア様はご無事ですか」
「はい。大丈夫です、ニルさん。オーレリアからずっとずっと、ニルさんの事を聞いていました。
 お兄ちゃん、だって。小さなお兄ちゃんに無事に子供が生まれたことを報告したいと、そう言っていました。
 ……子供にとっても、俺はあなたが兄のように接してくれることを願っています。それが、義父エーリクにとっても喜ばしい事だと」
 ――生まれた二人の子供達。双子だと聞いた男女の子供に、オーレリアとエーリクはヒスイとメノウと名付けてくれた。
 暫くの間練達に留まっている際にはその双子はニルのことを実の兄として慕い、慈しみ愛してくれた事だろう。

 そうやって、日々が毎日、毎日、毎日続いていく。
「ニル」
 たまの帰宅の際に、ナヴァンが声をかけてくることがあった。そのたびに、ニルは日々を思い返しながら決意をするのだ。
「そろそろだ」
「はい。わかりました」
 ――まだ、出会った頃は幼い子供だった。そんなエーリクも大人になった。娘が産まれ、オーレリアと呼ばれた少女とニルは兄妹のように過ごした。
 それから、オーレリアにはヒスイとメノウと名付けられた双子の子供が生まれた。彼らもまた、ニルと兄妹のように過ごした事だろう。
「ニルちゃん」
「ニルにい」
 ヒスイとメノウに呼ばれて、ニルはその部屋の前に立った。扉の前に居た双子の子供たちはエーリクと出会った頃程の年齢になっていただろうか。
 少し背の高いメノウはニルを見下ろすくらいの背丈になってしまったと思えば、なんだか擽ったい。
「ヒスイ様、メノウ様」
「ニルお兄ちゃん、こっちに」
「オーレリア様」
 すっかり母親の顔になってしまったオーレリアはエーリクによく似ていた。優しい紫色の瞳を細めた彼女に促され、ナヴァンと共に部屋へと入る。
 ベッドの上には、エーリクが眠っていた。随分と、皺だらけになってしまった指先と、幸せだったと良く笑う彼の表情には皺がくっきりと刻まれている。
「ああ、……来てくれたんだ」
「エーリク様」
 ニルはベッドの傍に置いてあった椅子に腰かけた。あの時、アドラステイアで出会った時には小さな手のひらだったのに随分と大きくなってしまった。
 ニルはナヴァンやオーレリアから聞いている。これが最期の別れとなるだろうとも。
 もう彼の目は良く見えていないだろう。それでも、ニルの事は気配で分かったとでもいう様に、そっと手を伸ばしてくれている。
「……楽しかったんだ、……凄く」
「はい」
「あの場所だと、きっと、こうやって眠る事だって、難しかったから……」
「はい」
「……ニル、と、出会えて」
「はい」
「よかったなあって……」
 いつも通りの姿。何ら変わる事のないをそうと眺めてからエーリクが微笑んだ。
 彼の手を握り締め、ニルは「しあわせでした」とそう言った。こうして、ナヴァンやエーリク、それからその子供達にも囲まれながら過ごしてゆく日々。
 在り来たりだけれど、しあわせで。随分と遠く、遠く歩いてきてしまったとさえ気づかされてしまう様な時間。
「しあわせでした。エーリク様」
「……ふふ」
 エーリクはぼんやりと天を眺めた。それからゆるやかに、ゆるやかに瞼が閉ざされていく。
 彼の生涯に、ニルは必要だった。ニルがいなければ、彼はこんなにもあたたかな時間を過ごすことはできなかったからだ。
 エーリクとナヴァンが願ったニルの帰る場所は、きっとここに出来上がったのだ。二人が居なくなったって、オーレリアたちはニルを温かく迎えてくれる。
 恩人にエーリクが出来る生涯をかけた恩返しは、こうして終わっていくのだろう。
 愛おしいと思える日々に、感謝をするように彼は唇だけで笑って、そうして――ゆるやかに、その指先から力が抜けていく。
 別れの時間に、ニルは立った。
 さいごまで、微笑んでくれていた愛おしい友人。
 彼を送るようにして、長く長く、その時を歩んでいく小さな秘宝種は毎日のように告げていたその言葉を零すのだろう。
「……おやすみなさい、エーリク様」


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