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オリーブ・ローレル。或いは、さぁ冒険に出かけよう

登場人物一覧

オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者

●いざ、辺境へ
 凍り付いた地面の上を、1歩1歩、確かめるようにゆっくりと進む。
 静かに、けれど絶え間なく振り続ける雪の向こうに見えるのは、明かりの消えた粗末な家屋。だが、明かりが灯らぬとて決して廃墟というわけでは無い。
 雪の降り積もり静かで冷たい空気に耳を澄ましてみれば、ほんの僅かに人の呼吸の音がした。よくよく気を付けていれば、肌に突き刺さる“窺うような”視線も感じる。
 そこは酷く閑散とした集落だった。
 否、集落と呼ぶのも烏滸がましい。偶然、もう何処にも行き場の無い者たちが流れ着いて暮らしているような、混沌世界の最果て染みた廃棄所である。
「……これは、困りましたね」
 白い吐息を零しながら、オリーブ・ローレル(p3p004352)は歩を止める。どこか近くで、バタンと窓の閉じる音がした。木窓の隙間からオリーブの様子を窺っていた何者かが、慌てたように家の奥へと引っ込んだ音だ。
 きっと、万が一にもオリーブと視線を合わせることを厭うたのだろう。
 だが、何もオリーブが嫌われていたり、恐れられていたりするわけでは無い。この集落とも呼べぬ廃棄所に吹き溜まった者たちは、そもそもの話、余所者が大嫌いなのだ。
 何か、過去に嫌な想いをしたのかもしれない。
 暴力や権力に足蹴にされて、住んでいた場所を追われたか。
 それとも、人間関係に嫌気が差しでもしたのだろうか。
 或いは、他人と顔を合わせることを躊躇うような、何か酷いことを仕出かしたのか。
 とにもかくにも、オリーブ“たち”がこの場を訪れてから早半日。
 消費した旅の荷物を買い足そうにも、この有様ではなかなか難儀しそうであった。

 思えば、遠くに来たものだ。
 始めは確か、はた迷惑な翼種の双子を追い払うよう依頼を受けたのがきっかけだった。仲間と共に現地に向かって、武力を持って“敵対者”を追い払う。
 そんなよくある仕事であった。
 確かに故郷を滅ぼされ、仲間たちの悉くを失い、それでも故郷の跡地に住み着く双子の姿に思うところはあった。だが、依頼は依頼。仕事に私情を持ち込むほどに、オリーブは“素人”では無かった。
 そんな甘さは、冒険者として仕事を請ける中でとっくに捨て去った。
 だから、全力をもってオリーブと仲間たちは双子を撃退した。
 その双子、クアッサリーとエミューとの出会いは、今思い返せば最悪に近いものであったと確信できる。オリーブにとって双子は倒すべき敵だったし、双子にとってもオリーブたちは敵だった。
 恨まれていても、仕方がないと思えるような出会いであった。
 それが、今は仲間として共に冒険の日々を送っているのだから、まったくもって人生とは奇妙なものである。
 時に人は、そんな不可思議な関係を指して合縁奇縁とそう呼ぶのだ。

「これを、どう思いますか?」
 遡ること10日前、オリーブが偶然に得た“ある情報”は、彼らや彼女たちにとって到底に無視できるようなものでは無かった。
『鉄帝辺境の古びた遺跡に、近頃、数人の野盗が住み着いた』
 情報の概要は、そんな風な“ありふれたもの”である。
 少なくとも、この混沌とした世界には野盗風情など掃いて捨てるほどにいる。
 だから、平時であればオリーブは、そんな程度の情報など軽く聞き流していたはずだ。では、何がオリーブの気を引いたのか。
 それは、遺跡に住み着いた野盗たちの特徴にあった。
 曰く、その野盗たちの頭目は“膝から下が猛禽のそれに類似した、飛べない翼種”。
 既に数人の冒険者たちが野盗の討伐に出向き、その全員が重傷を負って命からがらに帰還して来たというではないか。
「……里の仲間、かもしれない。だが、誰だ?」
「……さて。クイナかモア、それかレア辺りか?」
 心当たりがあるのだろう。クアッサリーとエミューは、件の野盗の正体が同郷である可能性が高いと判断している様子であった。以前には、セクレタリが似たような真似をしていたことを考えると、どうも“強き脚の戦士”たちにとって「非常時には、仲間を集め徒党を組むことで難事に対処する」というのは、ある種のセオリーなのかもしれない。
「では、この仕事を請けましょう」
 偶然とはいえ、タイミングがいい。
 今現在、オリーブたちの手元には遂行中の仕事は無く、しばらくの間は暇をもてあましている状況であった。
「確認に行きましょう。幸い、明日か明後日にはセクレタリさんも遊びに来ます。ついでと言っては何ですが、彼女にも同行してもらいましょう」
 少し長い旅にはなるかもしれないが、行方不明の仲間を探しに行く旅だ。セクレタリも、きっと否とは言わないだろう。

 かくして、オリーブたちが辺境の遺跡に向けて旅立ったのがおよそ一週間ほど前。
 辺境に近づけば近づくほど、人の暮らす都市や集落が少なくなるのは自然なことだ。今、オリーブたちが滞在している少集落が、辺境遺跡の手前にある最後の人里である。
 旅の物資もそろそろ心許なくなった。装甲蒸気車両『グラードV』の燃料はともかく、食糧と水の補給は急ぐ必要がある。だが、いかにも辺境といった様子の小集落には“店”というものが見当たらない。
 この辺りでは、通貨が流通していないのか。
 或いは、必要な物資は住人同士でシェアするなり、物々交換でやり取りするなりしているのか。
「まぁ、滅多に余所者の立ち寄らない場所ですし、仕方ないと言えば仕方が無いのかもしれませんが」
 とはいえ、あまりにも警戒心が強すぎる。
 取引を持ち掛けようにも、顔を覗かせてくれないのならそれも難しい。
「平和な日常に馴染めない者もいる……と言うことなんでしょうね」
 そう呟いたオリーブは、盛大なため息を零す。
 それから、ふと近くの建物に目を向けた。
 一体、何があったのか。それは、すっかり崩れて雪に埋もれた廃墟である。
 雪の重みで倒壊したのではない。
 雪に塗れた家屋の残骸には、いくつもの裂傷が……例えば、鋭い爪で引き裂いたような痕跡が……深く刻まれていたのだから。
「……あまり長居したい場所でも無いのですがね」
 パーティの仲間たちは上手くやっているだろうか。
 ここ最近はすっかり感じることのなかった不安の種が、オリーブの胸の奥深く、静かに芽吹く感覚があった。

●辺境の狩場
 辺境の小集落から、少し離れた森の中。
 木の枝や下草を激しく揺らし、疾走する2つの人影がある。
 彼女たちの名はクアッサリーとエミュー。オリーブとパーティを組む鉄帝の新米冒険者だ。
「エミュー! まだ走れるか!」
「当然だ。獣め、誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやる!」
 2人が追いかけているのは、雪の上に残った無数の足跡だ。その数は10か20か。奇妙なのは、そのすべてが“裸足”の足跡である点だ。
 この雪深く、そして険しい鉄帝の森を裸足で歩くような者がいるものか。それも、10人や20人もだ。
「ところでクアッサリー。ヤツをどう見た?」
「人のようには見えなかったな。足跡は人のそれだが」
 疾走する2人は、頭から血を流している。
 大して深い傷でもないが、いかんせん切った場所が悪かった。頭部の怪我は、思ったよりも血が流れるのだ。
 
 閑散とした、ともすれば廃墟然とした集落の外れに奇妙な足跡を発見したのは、一行が小集落に到着してすぐのことである。
「……何かいますね。2人は警戒を」
 セクレタリの指示により、2人は即座に駆けだした。もとより、じっとしていることが苦手な2人である。加えて小集落に立ち寄った目的は、物資の補給と情報収集。
 オリーブとセクレタリに任せておけば、十二分に事足りる。
 2人が仕事を終えるのを黙って待っているのも性に合わない。さて、それではどうしようかと思っていたところに「小集落で見つけた奇怪な足跡と破壊の痕跡」。
 これ幸いにと2人は調査に乗り出して、近くの森に辿り着いたというわけだ。

「と、そこまでは良かったんだがな」
 森に入ってすぐのことだ。
 まず最初に襲われたのはエミューであった。木の上から降ってきた巨大な何かに弾き飛ばされ、エミューが地面を転がった。クアッサリーの目には、その“巨大な何か”は無数の手足を生やした肉の塊に見えた。
 吹雪に紛れていたせいで、襲撃者の姿を細部まで視認することは出来なかった。
 加えて言うなら、側頭部を殴打されたクアッサリーは、ほんの数秒かそこらだけ意識を失っていたのも不運であったと言える。
 最初に弾き飛ばされたエミューと、意識を取り戻したクアッサリーが、揃って戦線に復帰するころには既に、襲撃者の姿は見当たらなかった。
 あるのはただ、雪の上に残った無数の足跡だけ。
「少し鈍っていたか……?」
 痛む頭を手で押さえ、クアッサリーは苦悶を零した。
 ぬるりとした血の感触が指に張り付く。傷はあまり深くは無いが、今しばらくは止まりそうになかった。走りながら足元の雪を指で掬うと、クアッサリーはそれを頭部へ押し当てる。血管を冷やして収縮させれば、多少は流血も抑えられるかもしれない。
「抜かったな。お互いに」
「まったくだ。あんなデカいのが樹上に潜んでいるとは思わなかった」
 エミューの台詞に同意を返して、クアッサリーは苦い笑み。言い訳にはなるが、村に残っていた破壊の痕跡や足跡から襲撃者の体躯が巨大なものであることは明らかだった。
 それこそ、クアッサリーの知識と照らし合わせれば、まさか樹上に身を潜めているような魔物であるとは思えなかったのだ。
 どちらかと言えば、熊などに近い生態であると判断したのは早計だった。クアッサリーもエミューも、決して油断をしていたわけでは無い。ただ、熊の潜んでいそうな場所を……木の陰だとか、茂みの奥だとかを注意して視ていただけである。
「もし、私たちの予想通り、奴が茂みに潜んでいたのならな……」
「あぁ。あんな無様は晒さなかった。言っても仕方ないが」
 はぁ、と重たいため息が聞こえる。
 これ見よがしにエミューは肩を竦めて見せた。
「まぁ、失敗は失敗だ。さっさと追いついて、失敗の汚名を雪ぐとしよう」
 ミスをしたなら、弁明ではなく成果でもって取り返すべきだ。

 無数の手足が生えた肉塊。
 クアッサリーとエミューが対峙した“ソレ”は、そのように形容するのが相応しい怪物であった。
 否、正しくは10数人の“人間”を、混ぜ合わせて造った肉団子か。
「足跡が多いと思っていたが、なるほどそういうわけだったか」
「どうやって樹上に潜んでいたかと思えば、その無数の手で幹にしがみ付いていたのか」
 肉塊の魔物を構成するのは、きっと人間の死体だろう。無数に生えた腕や足の他、人間の顔や眼球があちこちに張り付いている。
 その顔や眼球で物を見ているわけでは無いだろう。眼球はどれも白濁していて、もう目としての機能など失っているように思われた。
「……見たことのない魔物だな。そも“生き物”の括りでいいのか?」
「どうかな。というか、どういう構造だ? どうやって動いている?」
 警戒した様子で肉塊の魔物を睨みつけながら、クアッサリーとエミューはひそひそと言葉を交わす。言葉の意味を理解しているような存在には見えないが、万が一ということもある。
 警戒しすぎて損をすることは無いのだと、数か月に及ぶ冒険者生活の中で、クアッサリーは学んでいた。
「まぁ、生かしておいても仕方がない。先に手を出したのは向こうだしな」
「あぁ、やるか。“強き脚の戦士”に喧嘩を売ったんだ。死んでも文句はあるまいよ」
 2人が小集落を旅立ってから、一体どれぐらいの時間が経ったか。
 今頃、オリーブやセクレタリは自分の仕事を終えているのでは無いだろうか。
「あまり時間はかけられないな」
 先の遭遇では、魔物に先手を取られて痛い目に遭った。
 次は自分らが先手を取る番だ。

 巨躯であるとは、それだけで十分な脅威であるとクアッサリーは知っている。
 重さは、つまり破壊力に他ならない。
 もちろん、重さだけが絶対ではない。クアッサリーとエミューのように筋力や速度で補うことも可能である。
「それにしても重たいな。気を付けろ、エミュー。足首を痛めるぞ」
「肉の盾とはそれだけで厄介なのだな。まぁ、動きが鈍いのが幸いか」
 いかに高い破壊力を有していても、命中しなければ何てことは無い。左右から回り込むようにして、クアッサリーとエミューは魔物を翻弄していた。
 魔物の放つ大ぶりな攻撃など、クアッサリーやエミューを捉えることは出来ない。
「喰らえ!」
 幾つかある顔面の1つを、クアッサリーが蹴り飛ばす。
 ぐちゃり、と顔面のつぶれる音がした。赤黒く変色した血が白い雪を斑に染める。
 肉はすっかり腐りかけていたのだろう。
 顔面を蹴り飛ばした拍子に、千切れた肉片が飛び散った。肉片を手で払いながら、クアッサリーは舌打ちを零す。
 普通の獣なら顔面を蹴り飛ばされれば怯むものだ。当たり所によっては、以降の経戦能力を大幅に削ぐことも可能である。
「エミュー! こいつ、どこを蹴ればいいんだ!!」
 だが、相手は10も20も顔の付いた化け物だ。
 顔の1つを潰した程度じゃ、まったく動きが止まらない。

 デカいだけの獣など、今まで何度も狩ってきた。
 体躯に見合うだけの脅威はあるが、攻撃などすべて避けてしまえば問題は無い。
「後ろに……いや、待て」
 巨躯の獲物を狩るためには、死角から急所を狙って一撃入れるのが最善だ。振り抜かれた数本の腕を搔い潜り、エミューは魔物の背後へと回り込む。
「どっちが後ろだ……こいつ!?」
 地面を滑るようにしながら、エミューは脚の幾つかを蹴った。膝の骨が砕けたが、何しろ魔物の脚は数十本もある。1本や2本の脚が使えなくなった程度では、体勢を崩すことも適わない。
 そして何より厄介なのが、その身体の構造である。
 20人近い人間を、ひとつの肉塊に混ぜて固めたような姿なのだ。
 そんな姿の怪物に、前も後ろもありはしない。
「というより、どうやってこっちの位置を把握している?」
 腕の1本を蹴り砕きながら、クアッサリーが首を傾げた。
 腕を破壊されれば、普通は痛みを感じるものだ。だが、肉塊の怪物が痛みに喘ぐような様子は見受けられない。
 痛覚など存在しないのか。
 それとも痛みに鈍感なのか。
「まぁいい。倒れるまで蹴り飛ばせば倒せ……っ!?」
 クアッサリーの足首を腕が掴んだ。
 万力のような握力に、クアッサリーの足首が軋む。足を掴まれてしまえば、満足に走ることも出来ない。最大の武器である速力が封じられたのだ。
 その事実を悟り、クアッサリーは顔色を青くした。
「ダメだ、クアッサリー。いつも通りのやり方じゃこっちが消耗するだけだ!」
 クアッサリーの身体を後ろへ引きずりながら、エミューは奥歯を嚙み締める。
 肉塊の怪物は異常なほどにタフである。おまけに、一般的な生物相手なら通用するはずの“狩りのセオリー”が意味をなさない。
 手足の数は膨大で、どうやってこちらの位置を把握しているのかさえ不明瞭。急所が何処かも分からないし、前も後ろも無いような外見では背後を取るのも難しい。
「じゃあ、どうするんだ! エミュー! 逃げるのか?」
「馬鹿を言うな。私たちが敵を前に逃げるものかよ!」
 いったん、退いてオリーブやセクレタリに助けを求めるという手もある。
 だが、それはあまりにも情けない。
「ん? いや……そうか」
 と、そこでエミューは気が付いた。
 自分たちには足りなくて、オリーブやセクレタリには“有る”ものに。

「こっちだ!」
「追って来い!」
 一定の距離を保って、2人は森を駆け抜ける。
 元来た道を引き返しているのだ。
 肉塊の魔物は、不気味な足音を立てながら2人の後を追いかけてくる。ざざざざと、まるで巨大な百足が這いまわるかのような不気味な足音。聞いているだけで背筋が粟立つ。
 常人であれば、恐怖に足が竦んだとしても仕方がない。
「これはいいな。着いて来ているのがよく分かる!」
「あぁ、実に都合がいいじゃないか!」
 だが、2人は笑っていた。
 極限状態に陥ると、人は時折、恐怖で不思議な笑いを零すこともある。だが、2人の笑みはそんなヤケクソ染みた笑みとはまるで違っていた。
 獲物を狩る算段を付けた、凶暴な獣そのもののような笑みである。
 そうして、走り続けること数十分。
 森を抜けた2人は、やっとのことで小集落へと辿り着く。
「!? クアッサリー! エミュー!?」
 小集落の入り口付近。2人の姿を見つけたセクレタリが、悲鳴のような声を零した。
 2人の背後に、奇怪な怪物が迫っているのに気が付いたのだ。
 2人を援護すべく駆けだそうとするセクレタリ。だが、2人はそれを制止した。
「来るな、セクレタリ!」
「この獲物は私たちが狩る!」
 そう叫ぶなり、クアッサリーはその場でくるりと身体を反転。踵を返すと、肉塊の怪物と真正面から相対する。
 対してもう1人……エミューはと言えば、セクレタリの隣を追い越し小集落の中へと飛び込む。
「はぁ? 何をする気なの?」
「決まっている! 狩りだ!」
 倒壊した家屋に駆け寄ったエミューは、残骸の中から太く長い柱を1本、引き抜いた。
「よし!」
 柱を引き摺るようにしながら、エミューは元来た道を引き返していく。
「クアッサリー!」
「あぁ!」
 エミューの叫びに応じ返して、クアッサリーはその場に伏せる。
 地面を這うような姿勢になったクアッサリー。その上を、肉塊の怪物が通過する。
「投げるぞ!」
 地面に伏せた姿勢のまま、クアッサリーは肉塊の怪物を蹴り飛ばした。疾走の勢いも相まって、思いのほかにあっさりと怪物の身体が虚空を舞う。
 腕や足が、例え何十本あったとしても空気を掴むことは出来ない。翼を持たない怪物なれば、空中で方向を転換することなど出来るはずがない。
「来い! 来い、来い、来い!」
 怪物の落下地点に、エミューが柱を突き立てる。
 後はもう、誰もが予想した通り。
 ずぐ、と鈍く少し粘ついた音を鳴らして、怪物の身体は杭に貫かれたのであった。

●交渉
 ぼたぼたと、赤黒い血が地面に零れた。
 ぼたぼたと、無数の手足や腐った顔や眼球が、溶けるように地面に落ちる。
 肉塊の怪物は、あっという間にその形を失った。
 そして最後に残ったのは、杭に貫かれたまま絶命している芋虫のような魔物であった。
「……ミノムシに似た魔物、だったのでしょうね」
 遠目に遺体を睥睨しながら、セクレタリは肩を竦める。
 そうしているうちに、セクレタリの背後には幾人かの人が近づいていた。ついさっきまで、家屋の中に身を潜めてた小集落の住人たちだ。
「礼を言う、べきなんだろうな」
 そのうちの1人、顔に傷のある初老の男がしわがれた声でそう呟く。
 その手には1本の古い槍。立ち姿や、脚の運びから察するに元々は傭兵か、或いは冒険者であろうか。
「成り行きで倒しただけですし、別にお礼は不要ですが」
「……そうもいかない。借りは借りとして、しっかり清算しておかないと後が怖い」
 昔、ひどい目にあったんだ。
 そういって男は肩を竦めた。
「どうしてこんな辺境に?」
「騙して、騙されて、殺して、殺されそうになって……そんな毎日に嫌気が差してな。俺も、ここの連中も、皆だ」
「だから余所者が嫌いなのかしら?」
 セクレタリの問いに、初老の男は答えない。
 代わりに、小さく鼻を鳴らした。
 肯定こそしなかったが、その態度が何よりも雄弁に男の意思を物語っている。さっきから、一瞬さえもセクレタリとは視線を合わせようともしない辺り、彼の言っていることは本当なのだろう。
 もう、他人が……余所者が煩わしくて仕方ないのだ。
「とくにアンタみたいな鳥脚のヤツとは関わりたくない」
「……?」
「昔、追い回されたんでな。鳥脚の女が指揮する盗賊みたいな奴らさ」
「……あー」
 それは、昔の自分だろう。
 初老の男は、きっとその時の“鳥脚の女”がセクレタリであると気づいているのだ。その上で、もう過去など忘れてしまったと言っている。
 復讐など、考えてはいないのだ。
 だってもう、彼や、小集落の住人たちは疲れてしまっているのだから。
「すぐに、出ていきます。物資の補給に立ち寄っただけですから」
「そうしてくれると助かる。食糧と水でいいんだな……分けてやるよ」
 集落の脅威を追い払ってくれた礼のつもりか。
 少しだけ考えて、セクレタリは男の厚意に甘えてしまうことにした。
 
 翌朝。
 東の空が白く染まり始めるころ。
 小集落の外れには、2人の男女の姿があった。
 1人はオリーブ。もう1人はセクレタリ。
 初老の男から譲り受けた物資を車両に積み込めば、あとはもう出発するだけである。
「クアッサリーとエミューは?」
「化け物の死体を埋めてます。もうすぐ来るのでは?」
 ノートにペンを走らせながら、セクレタリはそう答える。
 譲り受けた物資の数を記録しているのである。集落の頭脳を務めるせいか、セクレタリは数字に細かい性格なのだ。
「…………」
 ノートを閉じたセクレタリは、落ち着かない様子で視線を遠くへと向ける。セクレタリが視線を向けた方向に、もう数日もグラートVを走らせれば、目的地である辺境遺跡に着くだろう。
「どうかしましたか?」
 セクレタリの様子に違和感を覚え、オリーブは尋ねる。
 セクレタリは眼鏡を指で押し上げながら、小さく首を横に振った。
「なんでもないわ。ただ……生きているといいと思って」
 かつての故郷が壊滅し、仲間たちが散り散りになって早数年。クアッサリーとエミューのように、無事に合流出来た仲間たちもいるし、未だに安否が不明な仲間も数多い。
 故郷が壊滅したあの日、幾人もの仲間が死んだ瞬間も目撃した。
「生きていたら、今の集落に連れ帰りますか?」
「……そのつもり、だったけれど」
 小集落で遭った初老の男。彼の言葉を思い出す。
 もう、生きることに疲れてしまって、誰とも関わり合いになりたくないと言っていた。その気持ちは、セクレタリにも理解できる。
 生きるというのは、戦うことと同義であった。
 弱肉強食。
 どれだけ時が流れようとも、時代が先に進もうとも、それだけは変わることのない絶対不変の法則である。
「故郷を追われて、多くの仲間を失って……疲れてしまっているのかもしれないと思ってね」
「……えぇ。そういうこともあるでしょうね」
 生きていれば疲弊する。
 傷つき、疲れて、引退して行った冒険者仲間の顔を思い出しながら、オリーブは視線を伏せた。
「でも、生きているのなら会いたいんですよ。お互いに顔を合わせて、生きていてよかったって言いたいんです」
 生きてさえいれば、死んでさえいなければ。
 また逢うことが出来たなら。
 それだけで幸せなのだと、セクレタリはそう思う。
「冒険者になれば、色んな人に出逢えそうよね」
「その分、別れも多いですが」
 それも人生です。
 なんて。
 何度も大きな怪我をして、何度も命を落としかけてなお、オリーブが冒険者を続ける理由は、ともすると“出会い、別れるため”であるのかもしれない。
「ですが、まぁ……楽しいですよ」
 冒険者は“今”を生きる仕事である。
 “今”を生き、未来を見据える毎日だ。過去を振り返り、悩む時間はあまり無い。
「ですから、今は“幸福な未来”のことだけ考えませんか?」
 そう言ってオリーブは、握った拳を頭の高さへと掲げる。
「そうね。未来のことは、その時が来てから考えればいいのですものね」
 オリーブに応えるようにして、セクレタリも拳を握った。
 オリーブの拳に、自分の拳を打ちつけて。
 それっきり、2人は何も言葉にしない。
 静寂。
 2人並んで遠くの朝日を眺める時間が、なかなかどうして幸せだった。

 かくして一行は旅を続ける。
 目指すは鉄帝の辺境遺跡。
 果たして、そこではどんな出会いが待ち受けるのか。
 どんな冒険が待っているのか。
 今はまだ、誰も知らない物語。


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