SS詳細
真剣勝負。或いは、オリーブ・ローレルの冒険…。
登場人物一覧
●雪中闘争
鉄帝、とある雪原にて。
しんしんと静かに雪の降りしきる中、一心不乱に剣を振るう男の姿がそこにある。
その男の名はオリーブ・ローレル (p3p004352)。
冒険者を生業とする鉄騎種である。
「アイツ、重たい剣を使うよな」
「走るのに不向きだろうにな」
鍛錬に勤しむオリーブの様子を、少し離れた位置から眺める者たちがいた。しなやで実用的な筋肉を身にまとった背の高い女たちである。
髪の色が違う以外は、体格も顔立ちも“まったく”と言っていいほどに同じ。クアッサリーとエミューという名の彼女たちは、見ての通り双子であった。
双子は猛禽類のような鋭い爪が生えた足で、ザクザクと雪を蹴りつけている。よくよく観察していれば、双子が雪を蹴飛ばすリズムと、オリーブが剣を振るうリズムが正確に重なっていることに気が付くだろう。
「オリーブや、その仲間たちは強いよな」
「強いな。だが、勝てないわけじゃない」
にぃ、といかにも好戦的な笑みを浮かべて、双子は顔を見合わせた。
その拍子に、双子の頭や肩に積もっていた雪が零れ落ちる。一体、どれだけの間、オリーブの鍛錬風景を眺めていたのか。少なくとも、10分や20分では足りないだろう。
それだけ長い時間、双子は雪原に立っていたのだ。当然、オリーブも双子の存在に気が付いている。
気が付いてはいるが、何か用事がある様子でも無かったので放置しているのが現状。とはいえ、実のところ少し気にはなっていたのだ。
頭や肩に雪が積もっているけれど、風邪など引かないのだろうか? と。
「まぁ、寒さには強いのかもしれないですね。こんな雪原に集落を設けるぐらいですし」
剣の稽古に区切りをつけて、オリーブは肺に溜まった空気をすべて吐き出す。雪が降り積もるような低気温であることを差し引いても、オリーブの吐き出す息は白かった。
空を見上げたところで、曇天では今が何時かも分からない。だが、身体に籠った熱と疲労の具合から、随分と長い時間、鍛錬に励んでいたことは確かだ。
それこそ、血の通わぬ鋼鉄の身体が熱を孕んでいるかのように感じるほどには。
鍛錬の終わりを見計らっていたのだろう。剣を腰の鞘へと戻し、しばし余韻に浸るオリーブの傍へ双子が歩み寄ってくる。
示し合わせたわけでも無いのだろうが、歩幅も歩調も、踏み出す足の左右さえもまったく同じ。“一心同体”のお手本みたいな双子を見て、オリーブは思わず笑みを零す。
「? 笑っているのか。何か面白いことでもあったか?」
「? 笑っているな。私たちの顔に何かついているか?」
不思議そうな顔をして、双子は揃って首を傾げる。傾げた首の角度はもちろん、タイミングや表情さえも一致していた。
「いえ、別にそういうわけではないですが。それより、何か用事でも?」
鍛錬が終わるのをずっと待っていたのでしょう?
そう問うたオリーブに双子は揃って首肯を返した。
「天候や地形、その他の条件はあるだろうが、私たちとオリーブの実力差はさほど無いと思っている」
「経験の分、そちらが少し上かもしれないが、まぁほぼほぼ互角だと思っている」
2人の言葉をオリーブは肯定する。
オリーブと双子たち……“強き脚の戦士たち”の現状の戦績は1勝2敗といったところか。例えば闘技場のような場所で正々堂々1対1で戦うのなら、オリーブは双子に勝ち越す自信がある。
だが、例えば雪山や森の中で戦うとなると、脚が速く身のこなしの軽い双子たちに軍配が上がるだろう。
そういった地形や天候、その他の勝利条件を加味したうえでの有利、不利は何も彼女たちを相手にした場合に限った話ではないのだ。
ある程度、実力が拮抗している者同士が戦えば、ほんの僅かな条件の違いで勝敗がくるりと裏返ることなど、決して珍しい話ではない。
今まで、何度もそれで“紙一重の勝ち”を拾って来たし、何度もそれで辛酸を舐めた。
勝負の結果は時の運などと言うこともあるが、まぁ、事実であるとオリーブは認めている。勝敗に絶対は存在しない。他ならぬオリーブ自身や共に戦った仲間たちが、何度も証明してきたことだ。
必然と偶然と想いが無数に積み重なった先にある"奇跡"。
不可能を覆し可能へと変える瞬間は、オリーブの記憶に焼き付いている。
「実力差という意味ではそうでしょうね。それで?」
「うん。それでな、ちょっと戦ってみよう」
「実践訓練ではなく、実戦でな」
流石に殺すまでやる必要はないが、多少の怪我は前提とした真剣勝負。
2人の瞳の奥に燃える、熱く獰猛な戦意に気づいたオリーブの頬に、つぅと一筋、冷や汗が伝ったのだった。
人里から遠く離れた雪原の奥。
単純に“集落”と呼ばれる場所が、クアッサリーやエミュー、そしてセクレタリといった“強き脚の戦士たち”の拠点である。
彼女たちは、空を飛べない翼種だ。
自由に空を舞う翼をもたない代わりに、彼女たちは強靭に過ぎる脚力を有する。鋭い爪の生えた猛禽の足で大地を蹴って、空を飛ぶより速く地上を駆けるのである。
「それで2対2の実戦を……と。オーロラの宴も終わったところですし、余裕があるといえば、まぁ」
呆れたような顔をして、眼鏡をかけた怜悧な女がため息を零した。
その女の名はセクレタリという。クアッサリーやエミューにとっては姉貴分のような存在であり、また彼女自身も“強き脚の戦士”と呼ばれる実力者であった。
さらに加えて言うのなら、彼女こそが集落における実質的な指導者でもある。
「ですが、この辺りは雪だらけで戦うにしても私たちの方が明らかに有利……あぁ、いや」
ふと言葉を途切れさせ、セクレタリは何かに気づいたみたいに目を見開いた。
「そういえばカカッポとドゥードゥーが“闘技場”を作るとか言っていましたね。なんでも、放浪中に見たことがあるとか」
「闘技場……いえ、鉄帝のアレを? この雪山に?」
セクレタリの言葉に、オリーブは少し驚いた。彼女の言う“闘技場”が、鉄帝に存在するアレを指しているのなら、とてもじゃないが1年や2年でどうにかできる規模ではない。
戦士たちの楽園。
実力者たちの集まる場所。
観客の動員数は1000や2000では到底足りない。
闘技場とはそういう場所だ。
「以前に私も見ましたけど、あれほどの規模ではないですよ。まぁ、降雪量の少ない場所に、開けた空間を用意している程度です」
彼女たちは雪原が得意じゃないので。
困ったような顔をして、セクレタリはそう呟いた。
曰く、“強き脚の戦士たち”と一括りにして呼ぶものの、全員が全員、雪山での戦闘や行動に慣れているわけではないらしい。
そのため、そういった“雪山が不得手”な者たちは、集落の周辺では満足に戦闘の訓練が出来ていないのが現状の課題であった。だが、訓練が積めないとなると有事の際に不安が残る。
現に彼女たちの集落は、過去に1度、壊滅してしまっているのだから。
「闘技場と彼女たちは呼んでいますが、実際は運動場のようなものですね。そこでよければ手配できるかと」
そういってセクレタリは微笑んだ。
双子やオリーブがどう答えるのか、聞くまでも無いという風に。
●2vs2
実戦である。
組手稽古では無いし、訓練でも無い。
「それで審判も無し、ルールも無しと」
「一応、戦力を揃えるために組み分けはしたみたいだよぉ」
スコップを担いで闘技場……もとい広場を見やるカカッポとドゥードゥーの顔には、隠しきれない喜色が滲む。
しばらく前に集落へ合流して以来、2人は空いた時間を使ってせっせと闘技場の建設に勤しんできたのだ。あまり雪の積もらない土地を探すところから始めて、積もっていた雪を片付け、荒れた地面を平らに均し……やっと少しは“闘技場”らしくなって来たところで、歴戦の戦士たるクアッサリーとエミュー、そしてセクレタリの来場である。
うれしくないはずがないのだ。
「頑張った甲斐があるね」
「まぁ、観客席とか無いからその辺は今後の課題だけどねぇ」
今回、行われるのは2対2のタッグマッチである。
遠慮は無し、反則も無し、ルールも無し。強いて言うなら、流石に死ぬまで戦るのだけは止めておこうという申し合わせがある程度。
真剣勝負の行方を見るのは、闘技場の管理者たるカカッポ、ドゥードゥーだけに許された特権であった。
一瞬たりとも勝負の過程を見逃してなるものか。
そんな想いに胸を躍らせる2人は、戦いの開始を今か今かと待ちわびていた。
真剣勝負である。
ゆえに勝負開始の合図なんてものは無い。
「さぁ、速攻で仕掛けるぞ」
まず真っ先に動きを見せたのはクアッサリー。赤い髪を風に躍らせ、最短距離の一直線で敵陣に向かって駆けだした。
「なっ!? 待ってください! 自分はエミューのようには……っ!?」
オリーブが制止するのも聞かず、クアッサリーはあっという間に駆けていく。
舌打ちを零したオリーブは、慌てて彼女の背中を追った。今回の真剣勝負において、チーム分けは“くじ”を使って行われている。結果、オリーブとクアッサリーが組むことになったわけだが、早速とばかりにチームの課題が露呈していた。
クアッサリーの足が速すぎたのである。
普段であれば、エミューと共に速度を活かした“切り込み役”を務めるのが彼女の仕事。定番の戦法であるのだが、悲しいかな今回に限っては上手くいかない。
あっという間に孤立したクアッサリーを待ち構えるのは、自陣からほとんど動いていないエミューとセクレタリーの2人。この時点でもう、2対2ではなく1対2の戦況が形成された。
数の互角は、足並みが揃わないというただそれだけのことで、あっさりと瓦解するわけだ。敵陣に迫ったところで、クアッサリーもそれに気が付いたのだろう。
「あ、しまった」
迂闊だった、と言葉を零すがもう遅い。
エミューとセクレタリ、2人がかりの猛攻を受けたクアッサリーは、撤退も前進も出来ないまま防戦一方。そして、防戦さえも長くは続けられないことは誰の目にも明白だった。
そもそもの話、クアッサリーとエミューの実力は互角である。
1対1であれば、互角の戦いを繰り広げられたことだろう。だが、今回は違う。セクレタリを加えた2人がかりの猛攻を、防ぎきる技術と経験をクアッサリーは有していない。
「統率が取れているのは、付き合いの長さゆえでしょうか」
クアッサリーが突出したのは、決して偶然などではない。
思えば最初、エミューとセクレタリは何やら“もたついている”様子であった。それをオリーブは“チームの足並みが揃っていない”からだとばかり思っていたが、きっとそうではないのだろう。
セクレタリがわざと作った“隙”である。
“急襲を仕掛ければ、連携させず各個撃破に持ち込める”と、そう誤解させるためのブラフであったに違いないのだ。
「“強き脚の戦士たち”の戦い方……完全に理解していないのは自分だけというわけですか」
強靭な脚力を駆使しての急襲と猛攻。“強き脚の戦士たち”として、その戦い方が身に染み付いているクアッサリーは、今回も忠実にいつも通りに動いただけだ。
誤算があったとすれば、オリーブがそれに追従しなかったこと。
そして、追従できなかったことである。
「装備が……ならば」
ロングソードに盾、そしてクロスボウ。加えて身にまとう鎧と、4人の中でオリーブだけが武装している状態である。元々の走力差に加えて、複数装備による重量の増加がオリーブの走る速度を遅くしていた。
だが、デメリットばかりではない。
オリーブは盾を腰のベルトに掛けると、即座に武器をクロスボウへと持ち替える。機構により連射性を増した愛用のクロスボウ。その利点は射程にこそある。
4人の中で、装備らしい装備を身に着けているのはオリーブだけだ。
そして、遠距離攻撃の手段を持つのもオリーブだけ。
「自分が隙を作ります!」
叫ぶと同時に、オリーブはクロスボウのトリガーを引いた。
射出される鉄製の矢は、狙い違わずエミューの胴へ。咄嗟に横へ跳ぶことで、エミューは矢の直撃を回避する。
「今!」
「言われなくとも!」
地面に身を伏せることで、クアッサリーはセクレタリの上段蹴りを回避する。と、同時に地面に突いた右の手を軸にして、身体ごと大きく急旋回。
地面を削る軌道で放たれた蹴撃が、エミューの足首を強打した。
「ぬっ、おぉ!?」
姿勢を崩したエミューが地面に転倒する。対して、旋回の勢いを利用してセクレタリは立ち上がった。立ち上がると同時に地面を蹴って前方へ跳躍。その膝を、エミューの顔面へと叩き込む。
常人であれば鼻の骨がへし折れただろう一撃だ。
或いは、意識が刈り取られても不思議ではない角度、タイミングともに申し分のない膝蹴り。だが、流石は戦士といったところか。顔面を血に濡らしながらも、エミューは意識を保っている。
「この程度では無理か。無理だろうな。では……」
「待て!」
さらに追撃を叩き込もうとするクアッサリーを、オリーブは慌てて制止する。目の前の敵に集中すると、周りが見えなくなるのが彼女“たち”の悪い癖である。
そして、そんな悪癖を見逃してくれるほどセクレタリはぬるい相手ではない。
「仕切り直します。戻ってきてください」
牽制目的の矢を撃ち込みながら、オリーブは全速力で前へ出る。走りながらの射撃であるため、矢の狙いはめちゃくちゃだ。
それでも“万が一”を考えると、矢を無視することはできなかったのだろう。セクレタリは攻撃の手を止め、矢の射程外へと離れていく。
「引き分けだな」
「うん。引き分けだ」
全身を痣だらけにしたクアッサリーと、顔面を血で濡らしたエミュー。一瞬、視線を交わした2人は、笑顔のまま距離を取った。
真剣勝負が楽しくて仕方がないのだろう。
一方、苦い顔をしているのはセクレタリだ。
「……今ので1人は落とせると踏んでいたのですが。甘かったですかね?」
眼鏡を指で押さえながら、唸るような声を零すセクレタリ。眼鏡を押さえる手の影に隠れて、その表情は窺えない。だが、きっとセクレタリは笑っているのだとオリーブには分かった。
好戦的な、そして屈辱に歪んだ奇妙でおそろしい笑みを。
「いや。甘かったのは自分の方です。いい勉強をさせてもらいました」
クロスボウの牽制は、もう通用しないだろう。
矢の射程を活かすには、互いの距離が縮まりすぎた。
クアッサリーが合流したのを確認し、オリーブはクロスボウを地面に降ろす。代わりに剣と盾を構えて、クアッサリーを護衛するように前へ出た。
「自分より前には出ないでください。残念ながら、自分はクーのペースに合わせられませんから」
「うぅん。まぁ……そうだった。ごめんなさい」
逸ったことを恥じているのか、クアッサリーは少しだけバツが悪そうな顔をしている。だが、流石に彼女も歴戦の戦士。一瞬後には、いつも通りの顔に戻った。
切り替えの早さこそ、戦場で生き残るには肝要だ。
いつまでも失敗を引きずるようでは、刻一刻と状況の変わる戦場では長く生き残ることはできない。そもそも、戦場の真ん中で“失敗を悔いる”のがおかしいのだ。
ミスは起こる。
気を抜いたから、天候が崩れたから、地形に足を取られたから、敵が優秀だったから……ミスの起こる要因など、数え始めればキリが無い。
「しかし、速度と手数が足りない」
「だったら“堅実さ”で補うだけの話です」
元より堅実こそがオリーブの得手である。
種族に加えて、鎧に盾も身に着けている。“強き脚の戦士たち”が放つ蹴りは、鎧や盾をぶち抜くが、それでも直撃さえ避ければオリーブ1人でもしばらくの間なら抑えきれるはずである。
それは例え、エミューとセクレタリの2人がかりの猛攻であってもだ。
「また崩されてはたまりません。仕掛けます」
クアッサリーにだけ聞こえる程度の小さな声でそう告げて、オリーブはじわじわと前進を開始。オリーブの正面に立つことを厭ってか、セクレタリとエミューは左右へと展開した。
オリーブを挟みうちにするつもりなのだろう。
だが、オリーブの後ろに隠れたクアッサリーの存在が2人に“挟撃”を許さない。
「防衛は得意じゃないんですよ」
「えぇ、だと思いました」
戦場だというのに軽口を交わすセクレタリとオリーブ。もう数年の付き合いだ。完全理解には遠くとも、まったく知らない仲ではない。
敵として相対したこともあるし、味方として共に戦ったこともある。
お互いに“何が得意”で“何が苦手”かなど、とっくの昔に知っているのだ。
「……とはいえ」
攻勢に打って出るにしても、何かキッカケが欲しいと思う。
例えば、遠距離から魔法を撃ってもらったり、地形を変えるほどの一撃を見舞ったりがそれにあたる。今も混沌世界の各地でそれぞれの生を送っているだろう、共に戦った仲間たち……その誰かが居てくれればと、そう思わずにはいられない。
「まぁ、無いもの強請りをしても仕方ありませんか」
ため息を零す。
肺の中の熱い空気を吐き出して、オリーブは上体を前へ倒した。
獲物に跳びかかる寸前のネコ科動物を思わせる前傾姿勢。地面の上に上体を伏せるようにしての疾走である。
攻める好機が訪れないなら、自分で無理矢理作ればいい。
些か暴論ではあるが、オリーブの目論見は上手く嵌った。
「セクレタリ。私が迎え討つ」
オリーブはただ剣と盾を構えて近づいて行っただけだ。だが、オリーブの纏う威圧感に触発されて、エミューが前へと飛び出した。
そう長い期間ではないが、オリーブとエミューはともに冒険者として仕事をこなした仲間同士である。冒険者として過ごす日々の中、エミューは彼が“油断ならない戦闘巧者”であることを知っていた。
オリーブを自由にさせていては、いつどこで何をしでかすか分からない。
オリーブという冒険者をよく知る者としての経験と知識が、エミューの判断を誤らせたのである。
(かかった)
思わず笑みを浮かべたのはオリーブ。
そして、思わず舌打ちを零したのはセクレタリだった。
いわば、オリーブ・ローレルという一個人の持つ肩書と経歴を利用したブラフだ。実際のところ、オリーブがいかに戦闘巧者であるとはいえエミューとセクレタリの2人がかりを相手にして渡り合うのは、なかなかどうして厳しいものがあった。
数の有利は、容易には覆せない。
奇しくもつい数分前に、クアッサリーが身をもって証明したことだ。
けれど、しかし……。
「今!」
エミューの放った跳び蹴りを、オリーブは盾で“受け止めなかった”。
「んん!?」
盾で弾かれることを前提として放った蹴りが空振りに終わり、思わずエミューは目を剥いた。エミューの想定では、牽制で放った跳び蹴り程度、オリーブは難なく盾で受け止めるはずであったのだ。
盾で受け止められてからが本番と、そんなことを考えていたのだろう。
肉薄してしまえば、接近戦での格闘戦はエミューの方が得意である。対してオリーブの剣は長く、0距離での戦闘には些か不向き。
自身の得意を押し付け、相手に不得意を強いる。一秒の時間さえもが貴重な真剣勝負の中で、エミューがたどり着いた野生の答え。それをオリーブは読み切った。
蹴りを空振り、姿勢を崩したエミューの胴にクアッサリーが飛び込んでいく。
得意の蹴りではなく、腕で腰を抱きしめるような低空タックル。2人まとめて地面に転がる。そうなればもう、足の速さなど関係ないのだ。
泥まみれになりながらの肉弾戦。どちらが先に音を上げるかという根性とタフネスだけを問うようなド突き合い。
「っ……ペースが」
「渡しませんよ」
クアッサリーとエミューが戦闘を開始した。
となれば、残るセクレタリの相手はオリーブが務めるのが当然。策が乱されたせいか、セクレタリの表情にはわずかな動揺が見て取れた。
盾を構えたままオリーブはセクレタリの眼前へと駆ける。セクレタリは強靭な足腰をフルに活かした前蹴りを、オリーブの胴体目掛けて叩き込む。
1度目の蹴りを、オリーブは盾で受け止めた。
盾を握る手が痺れるほどの衝撃。一瞬、大地を踏みしめる足が宙に浮かんだほどである。
だが、オリーブは盾を手放さない。
「1度でダメなら」
“アレ”が来る。
直観的にオリーブは、セクレタリの次の行動を悟った。
虚空に飛び上がったセクレタリ。オリーブの頭上から踏みつけるような連続蹴りを叩き込む。変則的なストンピングとでも言うべきか。叩き込まれる蹴りの1つひとつが、直撃すれば気絶必至の威力を秘めているのが恐ろしい。
一瞬でも気を抜けば、頭や顔面を蹴り抜かれる。
ミスの許されない極限の状況。オリーブは防戦一方を強いられる。
そんな極限状況下で、しかしオリーブは笑っていた。
●真剣勝負、決着
リソース。
オリーブの日々の生活、そして冒険の中において最も重視している概念がそれである。
オリーブは常にリソースを意識し、管理しながら生きてきた。
例えば武器の耐久度や、体力、食糧、経験値。今のオリーブを構成するすべては、詰まるところ“リソース”である。
リソースのすべてを使い尽くせば、冒険から帰還することはできない。
一撃にすべてを賭けるような戦闘など、オリーブたち冒険者は行ってはいけないのだ。
冒険者とは名ばかりで、実際のところ真の意味での“冒険”など許されないのが常である。
けれど、しかし……。
「今日は……そうじゃないんですよ」
真剣勝負とはいえ、負けて死ぬわけではない。
大金や誰かの名誉が懸かっているわけでも無い、ただの戦いが今である。
負けて失うものはなく、勝って手にするものもない。
であれば。
なればこそ、今だけはリソースなど気にする必要はないのだとオリーブは気づいた。
極限状況におかれたオリーブの脳が、何か変な回路を結んだのかもしれない。だが、このオリーブらしからぬ思考回路こそが好機であると、歴戦の勘が告げていた。
オリーブは盾から手を離す。
蹴り飛ばされた盾が、どこか遠くへ飛んでいく。
オリーブの頭に、顔面に、肩に、胸に、セクレタリの蹴りが叩き込まれた。一瞬で視界は黒に染まり、意識は朦朧と潰えそうになる。
だが、オリーブは歯を食いしばることで意識の喪失を耐え抜いた。
ほんの数秒という短い時間だけだ。
意識を失うほどの衝撃が叩き込まれると、覚悟していたからこそ辛うじて耐えられたのだ。
だが、ほんの数秒だけあればいい。
たった1度だけ、剣を振りぬければそれでいい。
「ぁぁああああああああああああああ!!」
咆哮とともに、オリーブは剣を振りぬいた。
大上段から叩き下ろすような縦一閃。後のことなど何も考えていない、全身全霊、真剣本気の一撃であった。
もう、何も見えない。
剣を握る手にさえ力が入らない。
身体など消えてなくなってしまったかのように、全身の感覚が消失していた。
そして、遂に……。
勝負の結果を見届けることなく、オリーブは意識を失った。
●後日談。或いは、余談。
それから、数日後のことだ。
オリーブは、集落のとある天幕で目を覚ました。
全身が痛む。身体中が鈍い痛みに絶えず悲鳴をあげていた。
「……起きたか。よかった」
「……もう少し寝ていた方がよかったかもな」
隣から誰かの声がする。
掠れているが、それはクアッサリーとエミューの声だ。どうやら2人は、オリーブと並んで寝かされているようである。
ようである、というのはオリーブの位置から双子の姿は見えなかったからだ。
というより、今はもう天井以外の何も見えない。
首を傾けようにも、激しい痛みのせいでそれも難しい。
「これは、ちょっと……もう数日は身動き取れそうにないですね」
なんて。
呻くようにそう呟いたオリーブを、少し離れた位置から眺めていた者の存在に彼は結局、気づかなかった。
「……冒険者って、皆さんそんな風なんですか?」
呆れたようにそう言って。
セクレタリは読んでいた本を閉じるのだった。
- 真剣勝負。或いは、オリーブ・ローレルの冒険…。完了
- GM名病み月
- 種別SS
- 納品日2026年02月08日
- テーマ『これからの話をしよう』
・オリーブ・ローレル(p3p004352)
・クアッサリー
・エミュー
・セクレタリ
