PandoraPartyProject

SS詳細

黄金夜と緋色の帳。或いは、孤独な雨の降る夜に…。

登場人物一覧

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
イズマ・トーティスの関係者
→ イラスト

●黄金夜
『1週間後の深夜。星の降る丘にてお待ちしています』
 そんな手紙を受け取ったのは、今から1週間前のこと。
 手紙の差出人はヴァインカル・シフォー。イズマ・トーティス (p3p009471)にとって“特別な相手”であり、また尊敬できる音楽家仲間でもある。
 ヴァインカルはピアニストだ。
 “孤独な蛮族”として、オーケストラを相手にただ1人、ピアノを武器とし戦う戦士だ。少なくともステージ上で見るヴァインカルの姿に、イズマは歴戦の戦士特有の気配と雰囲気を感じていた。
 そんなヴァインカルからの誘いを断るという考えは、イズマの頭には無かった。
 ヴァインカルの方から誘われるということ事態が、滅多にない珍事ということもある。
「……まぁ、厄介ごとの匂いがしないでもないが」
 思えばイズマとヴァインカルは、その出会いからして“厄介ごと”の類であった。
 その後も、何度の厄介ごとを共に乗り越えて来ただろうか。頼れる仲間たちの協力もあり、無事に今日まで生き延びては来たけれど……さて、今回はどういった要件で呼び出しを喰らったのであろう。
 心情としては期待が半分、不安が半分といったところか。
「楽器は持って行くとして……時期が時期だからな」
 窓の外へと視線を向ける。
 視界に映るのは、灰を混ぜたような暗い空。雨の気配は遠いが、山の天気は移ろいやすい。待ち合わせ場所の“星降る丘”で、急に空が泣きださないとも限らないのが悩ましい。
「……まぁ、なるようになるか」
 幾つかの楽器を選んで荷物に加えると、イズマは自宅を後にした。
 待ち合わせ時間まではまだあるが、どうにも少し気が急いているようだった。

 “星降る丘”は、海洋国家のとある小山の頂にある。
 大昔にはもっと山は高かったらしい。だが遥か昔に空から星が降って来たことで山の上部が崩壊し、今の高さになったという。
 そして不思議なことに、“星降る丘”では今も毎年、必ずと言っていいほどに“流れ星”が落ちて来るのだ。
「という話を事前に聞いてはいたけれど……これは、すごいな」
 丘の頂にて、空を見上げてイズマは目を見開いた。
 黒い雲は、まるで丘の真上だけを避けるようにぽっかりと穴が空いている。雲の向こうに見える黒い大空に、幾つもの星が駆けている。
 黄金色に輝く星だ。
 白金の軌跡を描き、空を翔ける星の光に思わず目を奪われる。
 だが、いつまでも空を見つめているわけにはいかない。
「そして、なんだ……そのピアノは?」
 首を傾げながらイズマは丘に設置された2台のピアノを指さした。
 片方のピアノに手を触れながら、イズマを呼び出した張本人……ヴァインカルは少し困ったような顔をしている。
 あぁ、厄介ごとの方だったか。
 そんな内心を笑顔で隠して、イズマは彼女の返答を待った。
「突然、呼び出してしまってごめんなさい。その、どういっていいのか……」
 ヴァインカルにしては歯切れが悪い。
 イズマは“何事か”と首を傾げた。
 と、その時だ。
「きゅう」
 イズマの足元で何かが鳴いた。
 視線を落とすと、そこに居たのは1匹のトカゲ。
 否、“トカゲに似た何か”であった。
「……なんだ、こいつは?」
 銀色の金属に似た光沢をもつ身体。
 丸くて大きな頭に、頭に比べるとあまりにも小さく細い身体と手足。
 夜空のように深い色をした黒い瞳は奇妙なほどに大きかった。
 魔物の類だろうか。
 それとも、別の何かであろうか。
 イズマの知識の中に、その生物(?)は存在しない。まったくの未知の生命体だ。
「何かは私にも分からない。それが私のところに来たのは今からおよそ2週間ほど前のことよ……変な話をするのだけれど」
「構わない。言ってくれ」
「えぇ。それは言葉を話せない。でも、私は“それの意思を知った”の。こう……頭の中に直接、意思が流れ込むような感覚があったというべきかしら」
「…………うぅん?」
 この生き物、本当に大丈夫なやつか?
 そう言いたいが、飲み込んだ。
 ヴァインカルの声や表情からは、心底本気で困っているという想いが伝わって来たし、何より当の“銀色のトカゲ”から敵意や悪意を感じなかったからである。
「それで、意思というのは?」
「……空に帰る手伝いをしてほしい、らしいわ」
 空、と。
 そう呟いて、イズマは視線を頭上へ向けた。
 真っ暗な空に、数えきれないほどに無数の流れ星。
「きゅう」
 空を見上げた銀色トカゲが、悲しそうにそう鳴いた。
 
●緋色の帳
 銀色トカゲは、ピアノの音色を好むという。
「理屈は分からないけれど、空の“仲間”に助けを求めるための曲を奏でてほしいんですって」
 と、そう言う理由で用意されたのが2台のピアノだ。
 ヴァインカルが鍵盤を叩くと、ポォンと軽い音が夜空に響き渡った。
 調律はしっかりと済ませているらしい。このためにわざわざ丘の上までピアノを運んで来たのかと思うと、ヴァインカルが疲れた様子なのも頷けるというものだ。
「きゅ~♪ きゅ~♪」
 ピアノの音が心地良かったのだろう。
 銀色トカゲが、短い手足を振り回すことで全身を使って喜びを表現する。
 まるで幼い子供を見ているような気分だ。
 随分と昔、まだ子供だった頃の自分を思い起こして、イズマは自然と笑みを零した。
 最近は大勢の観客たちに向けて演奏することが多かった。
 万雷の拍手と賞賛の声にはすっかり慣れたが、観客の多くは“大人”である。静かに音楽に耳を傾け、心を震わせ、賞賛を送る。
 マナーという観点においては、まったく正しい姿である。
 だが、時には銀色トカゲのように素直に、そして少し煩いぐらいに嬉しさを表現してもらうのも悪くはないとそう思えた。
 銀色トカゲは、心の底から音を楽しんでいる。
であれば今日は銀色トカゲのためだけの音楽会を開こう。
 心の底から音を楽しむ銀色トカゲを、もっと喜ばせてやろう。
 きっと、ヴァインカルも同じような想いを抱いているに違いない。
 イズマとヴァインカル、2人の視線が交差する。
 どちらともなく頷いて、2人はゆっくりと鍵盤に指を落とすのだった。

 それを人は“競演”と呼ぶ。
 イズマとヴァインカル、それぞれが1台のピアノを使って、縦横に音を響かせる。
 指が鍵盤を叩く度に、ハンマーが弦を震わせる。
 2つの音は、時にぶつかり合い、時に絡まり合うようにして、高く、遠くへと響く。
 夜の静寂を切り裂く音色に、銀色トカゲは興奮している様子であった。
 だが、今のイズマに銀色トカゲの様子を窺う余裕はない。
「……っ」
 焦りが滲む。
 思わず声を零しそうになるのを、唇を噛み締めることで抑え込む。
 声を零すことさえも、致命的な隙になると思えたからだ。一瞬でも気を抜けば、喉元を刃で掻き斬られる。そんな“あり得ない”幻覚を、しかしイズマは想起していた。
 孤独な蛮族。
 ヴァインカルという戦士の技を久方ぶりに思い出す。
 速く、正確な、冷たい音だ。
 淡々とリズムを崩さず刃を振るう戦士の姿が、ヴァインカルの背後に見えた。
(しかし……まだ、この程度では)
 実戦で磨いた致命の技。
 その全てをイズマは受け止め、真正面から斬り払う。
 ヴァインカルが、これまで何度の戦場に立ったかは分からない。だが、イズマとて歴戦の戦士である。
 そして、イズマとヴァインカルの決定的な違い。
 イズマは“本物の戦場”を知っている。
 音と音で斬り結ぶのではなく、剣や拳を交わす、血と泥に塗れた本物の戦場を。
 混沌世界での毎日は、戦いに次ぐ戦いに彩られたものだった。
 音楽にばかりかまけている余裕はなく、イズマや仲間たちは何度も死にかけた。
 多くの仲間が死んでいったし、多くの死を見送った。
 その経験が生きるのだ。
 極限まで研ぎ澄まされたイズマの五感が、正確無比なる音の斬撃に一瞬の綻びを見出した。イズマは“好機”とばかりに鍵盤を叩く速度を上げる。
 強い力で叩かれた鍵盤が、少しだけ歪んだ音を響かせる。
 歪んだ音が、ヴァインカルのリズムを崩した。
 淡々としたヴァインカルの剣戟に、ほんの僅かな乱れが生じる。
 音の乱れを掻き分けるように、イズマはさらに幾つかの音を重ねた。
 けれど、しかし……。
「……まいったな」
 ピアノに限った技量で言えば、ヴァインカルのそれはイズマを幾らか上回る。
 強引に割り込んだ音を絡めとられ、主旋律を奪われた。必死に逃れようと藻掻いても、まるで水の流れのように彼女の音は自由自在に形を変えた。
 悔しさと、そして心地よい疲労感を胸に抱いて、イズマは最後の音を鳴らす。
 ポォン、と。
 音が夜空に流れて。
 そして曲は終わりを迎えた。

 異変が起きたのは、最後の音が暗い夜空に溶けて消えた瞬間だった。
 ごう、と風が渦を巻く。
 湿気を孕んだ空気が空へと吸い込まれ、次の瞬間、夜空に黒い影が姿を現した。
 赤い光を纏った、とてもつなく巨大な何か。
 燃えるような緋色の輝きはあまりに眩しく、それが何かを見定めることは出来ない。
 ただ、辺り一帯が燃えるような緋色に染まった。
 そのことだけは、確かであった。
「きゅう!」
 イズマたちの足元で、銀色トカゲが鳴き声をあげる。
 降り注ぐ緋色の帳へと向かって、銀色トカゲが駆けて行く。
 銀色トカゲは泣いていた。
 嬉しそうに、泣いていたのだ。
「……迎え、か?」
「何が、何を迎えに来たのよ」
「いや、分からないが」
 ヴァインカルの問いに、ひどく曖昧な答えを返す。
 今、この瞬間に何が起きているのかなど、イズマには理解出来なかったからだ。
 ただ、1つだけ確かなことがあるとすれば……。
「俺たちの演奏を聴いて、アレは降りて来たんじゃないか?」
 今日の日の演奏会は、この瞬間のために開催されたのだ。
 そう確信して、イズマは鍵盤に指を這わせた。
 その音は、きっともう何処かに帰る銀色トカゲに送る音楽。
「きゅうぃ♪」
 礼を告げるように、銀色トカゲは鳴き声をあげた。
 そして、緋色の輝きは消える。
 後には静かな闇だけがあった。

●孤独な雨
 何処か遠くから雨の降る音が聞こえている。
 雨が降り始めたのだろう。
 けれど“星降る丘”の頭上にだけは雨雲が無い。だから、イズマとヴァインカル、そして2台のピアノが雨に濡れるようなことは無い。
「雨が止むまで、下山は出来なさそうね」
「風邪を引いてもいけないし、ピアノを雨に濡らすのも駄目だからな。雨が止むまで、待っているのがいいか」
 椅子に腰かけたまま、イズマは暗い空を見上げた。
 空には無数の星の輝き。
 未だ、流星は途絶えずに。
 イズマは駆ける流星の中に、1つの緋色の輝きを見つけた。
「今頃は、仲間たちと再会を喜び合っている頃……だろうか」
 なんて。
 そんなことを呟いて、イズマはピアノの鍵盤を叩く。
 頭の中に浮かんだばかりの、名前のない旋律。
 答えるように、ヴァインカルが音を重ねた。
 言葉はいらない。
 2人は音楽家であるからだ。
 百や千の言葉を交わすよりも、音を重ねた方が雄弁に語り合える。音楽家とは、そう言う人種なのである。
 だから、2人はもう雨が止むまで言葉を発することは無かった。
 朝が来るまで、2人はずっとピアノを弾いて過ごしていた。
 この夜が終わらなければいいと。
 そんな願いを音に乗せて。


PAGETOPPAGEBOTTOM