PandoraPartyProject

SS詳細

セレスト・ブルー

登場人物一覧

ユリーカ・ユリカ(p3n000003)
新米情報屋
囲 飛呂(p3p010030)
君の為に

 飛呂さんと呼ぶ声がする。それから、緊張したように「ひろ君」と呼び変えた声がした。
 はた、と動きを止めてから飛呂はぱちくりと瞬く。大きな戦いが終結し漸く混沌に平和が訪れたらしい。
 重くなった体を引きずって、飛呂は漸くの事で幻想王国にあるローレットへと帰ってきた。各々がローレットではなく各自宅に戻ることは知っていた。
 それでも、飛呂は真っ先に彼女の所に帰ることにしていたのだ。
 彼女は、あれでいて肝が据わっている。幼い頃からローレットの一員として数えられていただけのことはある。
 ユリーカ・ユリカという少女はに対しても覚悟をしているようだった。
 そんな彼女だからこそ、飛呂は真っ先に無事を伝えたかった。足を震わせながら、ほぼ這い蹲るような帰還になったのはあまりに疲弊したからだがすぐに眠りを求めたからだ。
 このまま泥のように眠ってしまいたい――感覚にも陥ったがそうはいくまい。
 ローレットの扉が少し遠い気がして、飛呂が「ユリー、カ」と呼び掛けた時「飛呂さん?」と声をかけた少女がいた。
「え」
「やっぱり! おかえりなさい、飛呂さん!」
 ぱあと明るく笑った空色の少女は、戦いに行く前からは見違えるほどに随分と大人びて見えた。背筋をぴんと伸ばして、帰還する能力者達をずっと受け入れ続けてきたのだろう。
 おかえりなさい、頑張った。どうか休んで。そうやって声をかけ続けて来ただろう彼女は寝る間を惜しんでローレットの受付嬢を続けていたに違いない。
「あ、ユリーカさん」
「ふふ! 飛呂さんだ! おかえりなさいなのです!」
 にんまりと笑った彼女を見れば漸くの事で体の力が抜けてしまった。
「あ、そうだ。飛呂さ――ひろ君。そう、ひろ君。ひろ君です。練習してたんですよ。
 えへへ。やっぱりお名前をちゃーんと呼ぶべきかなって思ってました! ひろ君。おかえりなさい。待ってましたよ」
「ユリーカ……さん」
「ユリーカなのです!」
「ユリーカ、ただいま」
 漸く唇から滑り出たそれに目の前の彼女が朗らかに笑う。何とかローレットの中に入れば嗅ぎなれたギルドの香りに、喧噪が周辺を包んでいた。
 せっせとユリーカが毛布や救急道具を用意してくれている。どっかりと椅子に座りこんでから肺を満たすギルドの香りに安堵して目を伏せる。
 ああ、眠ってしまいそうだ――けれど、こんな所で眠ると彼女の邪魔になるか。何とかして起きていなくてはと無理やり瞼を押し上げた時、目の前に彼女の顔があった。
「ッーー!?」
「あ、ごめんなさい。驚かせたですか? ひろ君、お顔が汚れてたので拭いておこうと思って。拭いてもいいですか?」
「えあ、あ、ああ」
 こくこくと頷けばユリーカはにんまりと笑う。慣れた手つきで、顔を拭ってくれる。暖かなタオルの心地よさに目を伏せった飛呂は「あ、寝そうだな」とぽつりと呟いた。
「眠ってしまってもいいですよ」
「勿体なくって……」
「なーんにも勿体なくないのですよ?」
「いやいや……勿体ないよ、だって、折角さ、ユリーカと一緒で……」
 待ち望んだ時間だった。平穏な日々をこの場所で送る。混沌世界にそうした平和と穏やかな一日が訪れなければこんな風に話す事だってできなかった筈だ。
 、レオンが居なくなったのだと意気消沈とした彼女を見てからずっと悩んでいた。どうしたって彼女の助けになりたかった。
 何せ、囲 飛呂は恋をしていたのだから。愛おしい人だった。恋をしているからこそ、大切なその人の支えになりたかったのだ。
 ずっと、ずっと、ユリーカにとっては自分を支えてくれる大切な人であっただろう。この人がいたからこそ落ち着いて歩いていけるような、そんな心地でもあったのだ。
「今からずっと一緒ですよ。ひろ君はおうちに帰りますか? それともしばらくローレットに居ますか?」
「え?」
「もし、ローレットにいるのでしたら、一緒に色々ご飯を食べるのです! だって、言っていたじゃないですか。
 根を詰めちゃダメだって。こういうときは美味しいものを一杯食べて、それから美味しいねって共有したいものだと思うのです。
 レオンが居なくなったあの時に、ひろ君がボクにしてくれたように! そうしませんか? だから、今日はゆっくり眠ってほしいのですよ」
 お部屋はありますから、とローレットの客間に案内してくれるユリーカの背をじっと見つめながら飛呂は手を伸ばした。
 ユリーカが「こっちですよ」と振り向こうとしたその時に――なんだろうか、これはきっと、衝動だったのかもしれない――飛呂はその小さな体を後ろからぎゅうと抱きしめる。
「わっ、わ!?」
 驚いたようにユリーカが硬直した。その上擦った声も、惑いも何もかもが愛おしい。
「……ユリーカ」
 そっと背丈の低い彼女の頭に顔を埋めた。ぎゅっと抱きしめてみれば、ぬくもりが感じられる。彼女が生きているという確かな実感が体の中をめぐっていく。
「ひろ君?」
 そっと、後ろから抱きしめる飛呂の腕にユリーカが触れた。それからぱちくりと幾度と無い瞬きを繰り返してから体を預けるように頭を飛呂の胸のあたりに押しやる。
「疲れましたか」
「……うん」
「いーーっぱいがんばったのですね」
「……うん」
「帰って来てくれて、とってもうれしいのです。
 ボクはお留守番でしたから、飛呂くんや皆さんが帰ってきたことが何よりもうれしかったのですよ。
 だって、もう二度と会えなくなることが多い世界です。ボクはいなくなる人だってずっと、ずっと見て来たのです。
 ……だから、嬉しいです。おかえりなさい。頑張ってくれてありがとう。ボクのところに一番に帰って来てくれて、ありがとう」
「……うん、ただいま」
「おかえりなさい」
「ただいま、ユリーカ」
 もう限界だった。眠たくて、どうしようもなくて。
 それでも彼女の存在を確かめておきたくて両手に閉じ込めてしまった。腕の中でくすくすと笑うユリーカは「ほらもうちょっとですよ~」と飛呂を抱えるようにせっせこせっせこ必死に歩いていく。彼女の動きに合わせて、ゆらゆらと揺れながら部屋へと遣ってきたならばそのままベッドへと押し込まれた。
 ベッドサイドに腰掛けて「子守歌必要ですか?」と笑ったユリーカに飛呂はふるふると首を振る。
「大丈夫、もう、すぐねむれ、る」
「本当ですか? ふふー、お疲れ様なのです。良く休んでくださいね、おやすみなのですよ」
 微笑む彼女が頭を撫でてくれた気がする。まるで幼い子供にするような仕草を感じ取ってから飛呂は困惑したように瞼をそうと伏せって――

 ――朝がやってきた。
 がっつり眠ったな、と自分の事を笑いたくなるほどにさわやかな朝がやってきた。汚れた衣服はそのままだが、ある程度の見えていた部分の傷は治療がなされている。
 よく眠ったからだろうか頭はすっきりしていたが、眠る前に自分がを思い出してから頭を抱えたくなった。
 限界だった。眠ってしまいそうだったし、生きて帰ってきたことが奇跡のようでもあったから。
 困惑し、目を白黒とさせながら慌ただしく飛呂はベッドから飛び上がる。それから身支度を整えてユリーカがいるだろうカウンターへと遣ってきたならばいつも通りの彼女がにこにこと笑って手を振った。
「おはようなのですよ」
「お、はよう」
 気にしていない、のだろうか。ぽかんと口を開いたままユリーカを見れば、彼女は「ひろ君、元気になりましたか?」と問うてくる。
 ことを改めて噛みしめてから「ユリーカ、はさ」とぎこちなく声をかけた。
「はいなのです」
「昨日」
「はいなのです」
「あ、やっぱり、なしで」
 どう問えばいいのか分からなかった。視線を右往左往とさせた飛呂にユリーカがにんまりと笑ってから手招いた。
「ひろ君、あのですね。帰ってきてくれたから、プレゼントをしたかったのですよ」
「何?」
「これです!」
 じゃーんとユリーカが差し出したのは空色のような、。そんな色彩のネックレスだった。
「無事に帰って来てくれたらプレゼントするって決めていたのです! これは、おかえりなさいの印なのですよ」
「これ、ユリーカ……から?」
「そうなのです。ひろ君、無理ばっかりするですから。心配で、心配で。
 昔の事ですけど、レオンにこうやってお守りをプレゼントしたことがあるのです。普通に壊されたんですけど」
 容易に想像がつくなあと飛呂は小さく笑った。きっと幼いユリーカがに向けたお守りだったのだろう。
 簡単に壊れてしまったそれをレオンもばつが悪そうに取り出したに違いはない。のくれたお守りをすぐに壊してしまうだなんて大失敗だった郎に。
 おかしそうにわらったユリーカは「ひろ君は壊しませんよね?」と首を傾げた。
「壊すような危険な場所に、行くつもりはないんだけどさ」
「それもそうなのです! でも、ボクと一緒にいろんな場所に冒険に行ってくれるっていってたのです。
 だから、ひろ君にはお守りが必要なのですよ。大事に大事にしてほしいのです。これがあれば何も危険なことなんてないのですよ!」
 えっへんと、そう胸を張ったユリーカに飛呂はおかしくなってから肩を竦めた。
「じゃあ、ユリーカのも必要になるんじゃないかな。だって、一緒に行くならさ」
「そうかもですね! た、大変なのです。ボクも何も考えていなかったのですよ!」
 慌ただしく頬を赤くして、困ったように言った彼女に飛呂がぱちくりと瞬く。
 彼女の表情は本当にころころと変わりゆく。そんな姿を見ているとこれが平穏な日常なのだと、そう実感するのだ。
「それじゃあ、さ。またを探すよ。それをユリーカにプレゼントする」
「本当ですか?」
「勿論」
「約束なのです!」
 指切りげんまん、とそう笑った彼女とささやかな約束をした。


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