PandoraPartyProject

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あなたの居ないこの國で

登場人物一覧

フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
百合草 瑠々(p3p010340)
太平の世を見届けて

 我が主、泰平の世の中は成りました。
 もう、私がいる意味もありません。貴方が生かした意味を考えて、もう一度自分の道を生きようと思います。

 桜が咲いています。
 綺麗です。とても。
 あの日の動乱が数年も前だということ。信じられようはずがございません。
 あなたがくれたこの命の意味を、問う旅路にしようと思うのです。

「友達、だから。話したいよ」

 ――まだお前はそんな事を。

「言うよ。どこまでも、言う。だって『友達』なんだから!」

 ……何も守れなかったのに?
 結局、あぁ。主と共にいるのは己一人か。仲間と主にいたかった。ただそれだけで良かったんだ。
 夢を共にする者達と一緒に――どこまでも夢の先まで見たかった。
 夢は醒めるモノと言う奴もいるかもしれないが。それでも。諦められなかった。

「……主。ご安心ください。私は此処にいます」

 この身は我が主と輪廻の果てまで、お供いたします。
 世は全て事も無し――かかっ。

 最後に夢を見たのはいつだろう。


 
 絶えず人が争い傷つくような世界だった。それも幾分かはマシになったらしい。
 めでたしめでたしのその後に生きている。それは容易いことではなくて、ついでに受け入れやすいことでもなかったのだ。
 ――主は絶対。命を賭して守り、奪われたら必ず取り戻さん。
 では死によって奪われた主は? 命を賭して守ったのに、それでも奪われてしまったら?
 起こったことを現実として受け入れるのにも、そうして生き永らえるのにも、時間が随分と掛かってしまった。そのくらい、待ち望んでいて、彼女の手で取り戻したい世の中だった。

 ずっと幸せでいてほしかった。

 温い風が吹いて桜が舞った。
 茹だる様な夏の青さに嫌気がさした。
 踏みしめる落ち葉の色付きに寂しさを感じた。
 落ちる日の早さは目を伏せるよりは長かったようだった。

 四季のどれもが主の死を告げていて、見たかった景色のどれもが主の存在を否定する。
 差し伸べてくれた手のあたたかさはもうとっくの昔に忘れているのに、それでも今も縋ってしまう。どうしてこんなに落魄れてしまったのだろう。
 常世華は枯れることはなく。彼女の力が籠ったソレは、決して溶ける事がなく、永久に共にあり続ける。いなくなったことすらも嘘のように。
 瑠々が狂気と在りながらも偲雪を忘れることが無かったのは、忠臣たる自負からでもあったかもしれないし、手放した仲間の手を思い出していたからかもしれない。
 守り人として。彼女の眠る墓を守るのは当然のことだった。
 とは言っても世界が壊れるならばそれで良かったし、滅びるのなら滅んでもよかった。今更この世界の終わりを気にする義理もない。それでも、ローレットの特異運命座標イレギュラーズは世界を救ってみせた。
(もしもウチがローレットの特異運命座標イレギュラーズのままだったら……)
 信念は変わらない。けれど、これが間違っていたとも思わない。
 ただ、ひとつだけ。信じたものを守り切ることが出来なかった悔しさだけが、礫のように堆積していた。そうして動かず、ただ在り続けていた。
 風が吹こうと凪いでいた心を揺らすものがあった。瑠々にとっては久しい会話だった。
「……瑠々さん」
「フラーゴラ……」
 案外名前を憶えているものだな、と思った。
 それは嘗て手を離した友の声だった。


「偲雪さん。偲雪さんの願ったものとはちょっと違ったかもしれないけど……。平和になったんだよ……」
 瑠々の生まれ落ちた日本式で瑠々の主を弔ってくれるのは、フラーゴラが見識を広め、そして文化を尊重することを忘れないひとだからだろう。
 フラーゴラのそういうところが嫌いではなかったし、居心地の悪さを感じさせなかった。
 手首に赤い線ばかりがあろうとも手を繋いでくれたし、その線の意味を知りながらも瑠々を理解しようと努めてくれた。振り払った掌は今もずっと差し出されているのにその手を取らない瑠々を、それでも拒絶しようとはしない。フラーゴラの奇特なところだった。
「瑠々さんは……これから、どうするの?」
「さぁな。わからない」
「そうだね。瑠々さんは……」
 世界から追われる身なのは変わらない。練達の技術の恩恵をあやかろうにも、ローレットから離脱した瑠々を受け入れる組織があるかはわからない。
 

 ――どうしたの? どうして泣いてるの? もう泣かなくていいんだよ――私が安心する世界に連れてってあげるから!

 泣きだしていた銀髪の女に手を差し出したのも。苦い顔をしてた赤髪の青年にそれでも笑いかけていたのも。
 すべて我が主だった。ならば今更主と道をたがえられようか。
 抱きしめてくれたのはいつの日だったか。
 手を伸ばせば握り返してくれた主は、もう消えてしまった。
 それでも手を伸ばし続ける。主を信じて待ち続ける瑠々が、フラーゴラにはどうしても痛ましくてならなかった。
 瑠々の主たる偲雪の終わりは多くの人々が見届けていた。そうして手に入れた仲間とも道をたがえてしまった。元通りの日向の世界に返されたもの。命を懸けて戻した者もの。では、己は?

 ――俺はお前と一緒に死んでやるよ。

 嘘つきめ。地獄に落ちろ。
 ウチを残して死んでいった。何が一緒にだ。どうしてウチを連れて行かなかった。
 久遠なる森にひとり残された瑠々を救う光はもはや差し込まない。黄泉へと連れ去られてしまうような噂の残り香を確かなものにするために動くことでしか、瑠々は狂気の中でも正気で居られなかった。
「もう来るな。こんなところ」
「……瑠々さん」
「迷惑だ。墓を踏み荒らして何になる。ウチを笑いに来たのか」
「違う。ワタシは、ただ……!」
「はっきり言ってやるよ。もう二度と友達になんか戻れない。ウチと、アンタじゃ、生きる世界も見てる世界も違ったんだ」
 とめどない。
 止められない。
 本気で願い続けた夢。それすらも叶わないのなら、いったい何を信じればいい? めくるめく日々にはもう何も残らない。
 日が昇り沈むような毎日ですら、退廃の風と変わらない。
 奇跡は命をもってして繋がれる。常世穢国に完璧なる支配を築いていた偲雪の世界に――亀裂が走ったあの日。
 彼の魂は世界に皹を入れ、そして瑠々の世界から色彩を奪った。数多の妄執ですら瑠々に干渉はできない。瑠々の力は強大だったからだ。
「……それでも。ワタシは、瑠々さんを殺さないよ。瑠々さんがこれからも敵として立ちはだかるなら、倒しに行くけど。偲雪さんが瑠々さんを生かしたことに、意味があると思うから」
 線香の香りだけが漂う。
 瑠々は何も答えない。ただ、主との短くも長い日々を思い出し、そして隣で笑いあった仲間を思い出していた。
 久遠なる森の妄執は瑠々の足を捉えて離さない。変わらない。人は。。瑠々の想いを塗りつぶして尚生きる人たちがいる。それはフラーゴラも然りだ。
 変わらぬ信念に揺れる瞳を、それでもフラーゴラは笑い飛ばさなかった。
「瑠々さんは、これからも此処にいる?」
「さあな。アンタには関係ない」
「そうかもしれないね。ワタシは……。これからもダンジョンを巡ったりして、冒険予定……!」
 変わらず清いフラーゴラは未来を見ていた。
 その横顔がどこか遠く見える。
 これまでもきっとそうだった。信じた道をまっすぐ歩いてきただけなのに、それがどうしてこんなにも悪いことのように見えるのだろう。
 それならば知らないふりをして自分を殺して、守ることすらも捨てて死んでしまった方が良かったのだろうか。違えた道の痛みはきっと誰かであれば感じることのなかった痛みなのだろうか?
 アイラインは滲まない。それが答えだ。ウォータープルーフだから滲まないのではない。きっと滲む理由がないからだ。
 涙は女を強くするとは言うけれど、それなら笑顔が瑠々を支えてくれた。涙を流すことのない瑠々の代わりに、最後まで主は笑っていてくれた。
 託された。残された。
 見届けるという、願いにも似た約束は果たせたのだろう。きっと巡り生まれる彼女は、この世界を心から愛してくれることだろう。

 ――あああああどうして。どうして。
 ――憎い憎い憎い憎い。幸せになりたい。

 しあわせに、なりたい。
 そんな想いすらも忘れていた。きっと彼女が瑠々に願ったのは――

「――……」
「瑠々、さん?」

 不安げに瑠々を見つめるフラーゴラ。
 求めればきっと、主はまた手を差し伸べてくれるのだろう。輪廻を巡り生まれ落ちたこの世界で、また妄執に捕らわれるのだろうか。
 笑顔の裏で痛みを隠し、苦しみを隠し、誰かの幸せのために魂を焼くのだろうか。
 あの馬鹿のように。
 随分と昔に手渡された常世華はもう魂に語り掛けることはない。ただ風に花弁を揺らし、瑠々の見つめる視線を反射してそのままに瑠々に返した。
「気が変わった」
 ただそれだけ。
 もう一度、この世界を歩いてみようと思った。
 主が生れ落ちているかもしれないし、ひょんなことから元の世界に戻れるかもしれない。
 立ち止まることを主は望んでいない――そんな気がした。そして、きっともう二度とここに帰ってくることもないような気がした。
 きっと今日が旅立ちの日だった。
「じゃあな。フラーゴラ。ウチはもう迷わねえよ。ウチは、ウチの生きる今を行く」
 立ち上がり埃を払った瑠々の目に迷いはなかった。その目はもはや迷うことすらもないだろう。
「瑠々さんが狂気に堕ちたり、迷うようなことがあれば殺しに行くから……。いつでも呼んでね……?」
「誰が呼ぶか。アンタとウチはもう交わらない」
 フラーゴラならきっと地獄の果てまで追いかけて殺しに来ることだろう。
 でもきっとそうはならない。
 あなたの居ないこの國で。今日も瑠々は、息をして生きていかなくてはならないから。永遠なんてない。ここで永遠に待ち続けていては、きっと来世どころか来来世くらいまで待つことになってしまうのかもしれない。
 あぁ。とてもとても――澄んだ空が、其処にあった。
「……主。旅立ちの時が来たのかもしれません」 
 小さく呟いた瑠々の背から決意が見えた。
 どうしてか、喉が詰まる。目頭が熱いような気がして、けれどここで言わなくてはきっともう二度と言えないから。フラーゴラは声を振り絞る。
「じゃあね、瑠々さん……! いい旅を……!」
 遠ざかる背中に精一杯声を振り絞る。ひらひらと手を雑に振り、振り返らない瑠々の背中が懐かしいものと重なる用だった。
 あの日信じた友の姿だった。

 これからずっと旅に出る。
 ずっとずっと旅に出る。
 帰ってこれない旅かもしれない。もう二度と、誰にも会えないかもしれない。
 だけど、それでもいい。どうしてかそれでもいいと思えた。
 信じたものを信じ続けた。それだけで、どうしてか満足だった。

 くそったれな世界だった。生きているのすら億劫で、追いかける方が面倒で。
 裸足で歩き続けているような世界だった。

 あたたかい世界はきっと自身に開かれたものではないけれど。それでもいい。
 もう一度あなたと出会えた時に、きっと誇れる自分である為に。
 あなたが笑いかけて、生かしてくれた命が無駄ではなかったと信じてもらえるように。
 それから、あの馬鹿の横っ面を殴ってやるために。どうにかして、足掻いてみよう。
 疲れて、疲れて、疲れ切ったけど。それでもいい。
 主の信じた、夢見た、少しだけ形は違うけれど、こうしたかったのだろうと願う太平の世のはじまりをこの目に映したから。

 その日以降、百合草瑠々をこの世界で観測した者はいなかった。
 人知れず名前も、姿も忘れ去られた彼女の行方を知るのは――きっとこの世界で眠る彼女だけなのだろう。


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