PandoraPartyProject

SS詳細

Carpe diem

登場人物一覧

ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)
片翼の守護者


 ――歴史というのは、いずれ忘れ去られるものだ。
 証人の命には限りがある。彼らがいなくなってしまったら、当然歴史に確証はなくなり、曲解する阿呆や好き勝手に吹聴する輩が増えて来る。歴史が捻じ曲げられる。
 いや、別に自分がどう語られようが気にした事はないんだけど、知ってる人間像を歪められるっていうのはやっぱり良い気がしないよね。
 だからこれは自己満足。言うなれば、ただのエゴ。

 ――という訳で私、ルーキス・グリムゲルデは、此処に歴史の真実というものを記すところである。
 とはいっても、ただの手記みたいなものだけど。




「それでも、記す事に意味があると思うんだ」
 ルーキスは机に向かいながら、そう呟くのだ。
 彼女の為に淹れた珈琲は、ミルクを入れて敢えて柔らかくする。ずっと書き物をしている彼女に少しでも休息を取って欲しいと、ルナールが淹れたとっておき。
 ことり、と机の上に置くと、ありがとう、と視線を手記に落としたままルーキスは言った。
「うーん……」
「どうした?」
「ちょっと見てみて欲しいんだけど、大丈夫?」
 言うとルーキスは身体を起こし、二枚の紙――そう、最近は紙が多く流通し始めた――をルナールに見せる。ぱっと目を通すと、昔時の戦いをどちらも語ったものだと判った。二枚の紙を受け取ってルナールが目を通す。同じ題材ではあるが、微妙に文脈が違う。
「いまの私じゃ、どちらがいいのか判別つかなくて」
「大丈夫か?」
「ん、今から珈琲飲んで休む。取り敢えず、どっちが良いかな」
 ティーカップをそっと白い手が取ったのを見て、ルナールは紙へと視線を戻した。片方は結構ドラマティックで、もう片方はさっぱりと書かれている。人々への読み物としてなら、きっとドラマティックなものの方が"ウケる"のだろうが……
「こっちだな」
 と、ルナールは敢えてさっぱりとした文脈のものを選んだ。
「根拠は?」
「もう一つの方はちょっとオーバーだと思う。確かに奇跡みたいな事ばかり起きてた戦いだが、あんまり盛り上がりすぎてもな」
 あと、此処の文字が抜けてる。こっちは間違ってる。
 と、ルナール"先生"は指摘する。あちゃー、とルーキスは肩を落として、書き直しだと呟いた。
「うーん。この時の事って、他に何か覚えてる事ある?」
「大体はそこに書いてある通りだが……そうだな」
 ルーキスが主体となって書いていく手記。
 それにルナールの知識を足して、二人で書いていく小さな歴史書。大々的に売り出すつもりなんて微塵もない、本当に小さな、"誰かの視点で見た歴史"でしかない。
 もしかしたら数百年くらい後に、『実はこんな本があった!』なんて言われたりするかもしれないけれど……それはそれで、ルーキスやルナールはあずかり知らない話。
 ルーキスたちの知っている者たちの正しい姿が判るように。曲解されたり、嘘に塗れたりしないように。ただそれだけを思って、彼らは手記を記している。
「これは何処かに持ち込むのか?」
「適当な印刷所に持ってってみようかなと思ってる。練達の印刷所かな……あとは再現性東京では、ファンタジーだってぼかして出版しようかなって」
「成る程。ファンタジーなら売れそうだな。……というか、ファンタジーとして売れるような事を俺たちはしてきたんだよな……」
 しみじみとルナールが呟く。
 それこそ"世界の危機"を救った。ファンタジーではよくある話だが、つまりは"現実にはあり得ないような話"なのだ。数十年もすれば、きっとこの危機があった事すら知らない誰かが生まれ、育っていく。すっかりと平和になったこの混沌で。
「これからはきっと、そういうのを題材にした歴史書が出るんだろうなって思ってさ。そうしたらきっと"劇的に"書かれるから。私の知ってる人たちが歪んで認識されるのは、何だか嫌で」
「――確かにな。誰も伝える人がいないなら、歴史なんて捏造し放題だ。どれだけの偉業を成し遂げようとも、後世に伝える者がいなければいずれ風化して消えていく」
「そう。それは流石にからね。私とキミの見てきた、やってきた事を残しておいてやろうと思って」
「……俺に出来る事は何かあるか?」
「あ、じゃあ今まで書いた分があるんだけど、それを推敲して貰っていいかな」
 そして、キミが知っている事を付けたしていければなお良いね。
 ルーキスは紙束をルナールに差し出した。両手で持つくらいの束になっているが、それでもこれまで過ごしてきた"世界の危機"の一部でしかないという。
「結構な量だな……」
「だってあの時は一日一日状況が変わってたでしょ。そういうのを出来るだけまとめて、簡素化してもソレだよ」
 日記みたいなものになるから、どうしても量はかさばるよね。ファンタジー小説としては読み応えがありそうだ。なんておどけて、ルーキスは肩を竦める。
 しかし、彼女の考える事は気高いとルナールは思った。例え伝承であろうとも、友の姿がゆがめられる事を彼女は嫌って。それはとても、気高い事だと思うのだ。
「よし、容赦なく誤字脱字は指摘していくからな」
「ありがたい、誤字したまま出版はしたくないからね」
 宜しく頼むよ、ルナール先生。
 目を細めて珈琲を飲むルーキスの瞳は、柔らかく弧を描いていた。



 まずは誤字脱字をチェックする。
 単純に読んで行きながら、ん? と思った場所に付箋を貼る。あとから読み返し、改めて誤字脱字であれば指摘を書き残す。
 そうして更に読み進めながら、己の記憶を掘り起こす。あの時の依頼には誰がいたのか、どのような戦いだったか。基本的にルーキスとルナールは戦場を同じくする事が多かったけれども、それでも見ているものや覚えているものは案外異なるものだ。この時、自分はこちらを見ていた。それは後から詳細に伝えたいので、判るように別の色の付箋を貼っておく。
「ルーキス、今のところはこんな感じだ」
 そうして粗方作業を終えたルナールは、ルーキスの元へと足を運んだ。
 彼女はまた書き物に集中している。

 ――もしや、戦いの最初から最後に至るまで一気に書いてしまうのだろうか。
 途方もない時間を掛けて?

 少しだけ不安に感じながらルーキスに声を掛けると、「あとちょっとだから待って」とストップを食らう。大人しく待っていると、数分してルーキスががばと顔を上げた。
「よし! 取り敢えずは此処まで! ……あ、出来た?」
「ああ。とはいっても誤字脱字もどこまで追えてるか判らないが」
「いやいや、見てくれる人がいるだけでも全然違うよ。はー、……本は結構読んできたつもりだけど、書く側ってこんなに大変なんだね」
 誤字も脱字もするし、話が脱線したりもするし。
 肩を軽く回しながら、ルナールが差し出した紙束を受け取るルーキス。付箋の多さにちょっと目を丸くしてから「こんなにあった?」と苦笑い。
「やりすぎるとオーバーワークになる。休憩するか?」
「するする。ねえ、久しぶりに領地見に行ってみようよ」



 家から馬車を利用して、久方ぶりに訪れる銀の森。
 息を吸えば深と冷えて、吐息は白く煙った。
「久しぶりだねえ。此処はいつだって寒い」
「そうだな……思ったより荒れていなくて安心、というべきか」
「ふふ。突然荒れる事もあるから油断はならないけどね。――あー、普段やらない事に頭を使ったから結構疲れてる」
 首を左右に動かして、ルーキスはうーん、とこめかみを抑えた。
 普段は教師をしている彼女だが、"何かを書き記す"というのにはやはり別種の根気を使うのだろう。頭をぐるりと一度回して、ルナール先生、と声を掛けた。
「甘いものが食べたいな。ねえ、何処かオススメある?」
 その言葉にルナールは寧ろ安心していた。
 もし"書くから帰る"なんて言おうものなら、引き摺ってでも気分転換に領地を歩き回っていたに違いないから。数年の事とはいえ、毎日が油断ならなかったあの頃を一気に書き記していくなんて、永劫の命があろうとも無茶な話なのだ。
「そうだな、……前に一緒に行ったカフェのケーキは?」
 勿論買ってはいない。
 だからそれは"一緒に出掛けよう"という言外のルナールの誘いで。判っているのだろう、聡明な奥方はウンと頷くと笑みを浮かべた。
「此処から近かったっけ。行こうよ、カフェ」
「ああ……」
 行こう、とルナールが手を差し出し……掛けて、止める。
 どうしたのと首を傾げるルーキス、その背後に。
「――ルーキス」
 ルナールの吐息が白くけぶる。彼の視線の先をルーキスが追って……彼の行動に得心した。夕暮時の銀の森、その空に。美しくたなびく妖精のスカート……オーロラが翻っている。
「……見慣れたと思っていたけど、綺麗だね」
「そうだな。珍しいものではない筈なのに」
 どうして、何もかも――君と見るといつだって新鮮に映るのか。
 二人は空を見上げながら、無意識にお互いの掌を探していた。そっと触れ合った指と指が、最初からそうすべきであったかのように絡み合う。手を繋がなくても逸れたりなんてしないのに、それでも何故か、手を繋いでいないと独りぼっちになりそうな気がした。
「いつか、このオーロラが見られなくなる日も来るのかなあ」
 ぽつり、とルーキスが呟いた。
 或いは数年、数十年、数百年経てば? 銀の森もまた、変わってしまうのだろうか?
 無性に胸元をかきむしりたくなる、不思議な感覚。ルーキスは空を見上げたままだ。
「……いや、見られるさ」
 彼女の心を知ってか知らずか、力強くルナールは言うのだ。
「何年経とうが見られるさ。俺たちが変わらないように、きっとこの森も変わらない」
「――確信したみたいに言うね」
「確信しているからな。俺の隣には至高の魔術師がいる」
 何かあれば、ルーキスならきっと判るだろう。
 と、かつて弟子であり、今は伴侶である男は言う。……無条件の信頼を受けて、ルーキスが喜ばない訳はなかった。
「まあね、何かあったらすぐに判るよ」
「だろう? ……俺たちは永遠を生きていく。それは同行者がいなければ酷く退屈なものなんだと思う。孤独とずっと戦い続けるんだと思う、……だが」

 ――俺にはその長い時間を共に過ごす伴侶がいる。
 ――最後の最期まで一緒に歩く、最愛の妻が。

 ルナールの瞳に、ルーキスが映り込む。
 二人は全く同じタイミングで顔を見合わせた。
「どんなイレギュラーズ達より、俺は幸運の青い鳥に愛されている自信がある」
「……すごい自信だ」
「それだけの事を君がくれたんだ、ルーキス。俺に絶対の自信をつけさせた責任は取って貰うぞ」
 低くルナールが笑い、肩を揺らす。
 この片割れがいれば、絶対に永劫退屈はしない。そう断言出来るとルーキスも改めて思った。
 例え戦友が伝承になったとしても、何もかもが忘れられようとも、片割れだけは変わらずに傍にいてくれるだろう。ほんの瞬きで去り行く今を、一緒に楽しんでくれる同胞。無限に押し寄せて来る未来を、一緒に歩いていく連れ合い。

 君と一緒なら、永劫無限も悪くはない。

「……行こうか、ルナール。カフェが閉まらないうちに。銀の森から近いっていうと、一軒しか思い当たらない……珈琲を飲みたくて仕方ない気分なんだ」
「ああ。――なあ、ルーキス」
「うん? 何?」
「明日はルーキスのパンケーキが食べたいな」
「……ほほう。良いね、考えておく」

 例えば今日飲んだ珈琲の味だって。いつか伝承になるのかもしれない。
 取り敢えず今出来る事をして、ゆっくり生きて行こう。
 私とキミは、ルーキスとルナールは、一心同体――正しく永遠なのだから。何年でも、何百年でも、一緒に歩いて行こう。


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