PandoraPartyProject

SS詳細

いくとせ、巡っても

登場人物一覧

ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
ルナール・グリムゲルデ(p3p002562)
片翼の守護者


 がろがろと車輪が荒れた道を行く。
 ルナールとルーキスは揺れを馬車の中で感じながら、ゆったりと帰路を楽しんでいた。
「いやー、しかしいい旅だったねえ。何年くらいかけたっけ?」
 ルーキスはゆったりと頭部の青い羽根を揺らす。髪は白く変色し、より美しくより魔として純化された姿となっていた。ふわふわと羽根のようにゆれる髪を一房掬って、ルナールは「5年だな」と呟く。
「そんなに経ったんだっけ」
「そんなに経った。種族柄時間に縛られないのはあると思うが、余りに考えないのもどうかと思うぞ?」
「同じモノであるルナールくんに言われたくありませんな~」
 そう、ルナールもまた正式にルーキスと契約を結んだ身。時間という軛からは解き放たれた――けれども、買い物が長引きがちな奥方相手には、時計がなければ太刀打ちできない。
「俺は時計を持っている」
「自慢になるの? ソレ」
「自慢にはならないが、ルーキスの為にはなる」
「ふうん? まあ良いや」
 二人は数年がかりの混沌旅行をしたにも関わらず身軽だ。それもその筈、行先で逐一荷物は領地へ郵送してある。決戦から随分と経った、郵送システムもだいぶ進化してきているので便利だとルーキスは笑みを零す。
「お土産は送ったし。管理は勝手知ったる我が悪魔たちに任せておいたし、まあ大惨事にはなってないでしょう」
「そうだな。世界旅行もこれで終わりか……思えばあっという間だったな。海洋から豊饒、練達まで……だいぶ世界も変わりつつある」
「ま、変わりぶりは戦時より緩やかになったけどね。ゆっくりと変わっていく世界を眺める気分はどうですか」
「まあまあ……悪くないな」
「でしょ」
 ふふ、と笑みながらルーキスはそっとルナールに身を寄せる。傍に誰かがいる。永久にずっと、を約束されている。それは間違いなく"幸せ"だと、二人はいま、胸を張って言えるのだ。
「我が悪魔たちはきちんと領地を管理しているかな」
「犬っころか……もし荒れ放題なら、お説教をしなきゃな」
「荒れてるだけなら良いけど」
 何か壊れてたり、なくなってたりして。
 それは些細な事だから、こうやって笑って済ませられるのだが。ルーキスはくすくすと、荒れ放題になってしまった領地を想像して笑っている。
「ルナールくんのお説教の方が、お留守番してる時間より長くなったりしてね」
「人聞きの悪い。俺はちゃんと数分で済ませる」
 何という事はない話をして。
 外の景色はゆっくりと移り変わる。
 沈黙が苦手な訳ではないが、何となく話を続けていると時間が過ぎていくものだ。
「ま、昔よりずいぶん減ったとはいえ、多少の仕事はあるからねえ。これから気軽に出歩くのは難しいかもしれないけど――自由に羽根を伸ばせるようになったのは大きいね」
「そうだな。昔のように世界に関わる大仕事はもうないのか、と思うと少し寂しくも思うが……どちらにせよ、ルーキスは一人じゃないからな」
 そっとルナールの大きな手が、ルーキスの繊手を包み込む。
 ルーキスが顔を上げると、其処には優しい顔をした"旦那様"がいた。
「手が塞がったなら、俺に渡せば良い。荷物だって、役目だって、これまでもそうしてきただろう?」
「――そうだね。二人で同じ分だけ荷物を持って行こう。多分ルナールくんに渡す荷物は重いものが中心になると思うけど」
「任せろ、力仕事なら得意だ」
「ふふ! そうだった。私の旦那様は力持ちで嬉しいなあ……あ、重いと言えば練達で買った機材はもう領地に届いてるかな?」
「結構前に送ったからな、届いていると思うが。遠くの映像を映せる映写機だったか?」
「そうそう。あれがあると、なんか出掛けた気がして便利になりそうでさあ。今回は特別に数年がかりの旅行が出来たけど、なかなかこんな時間は取れそうにないからね」
 そういうときにアレを使えば、外に出かけられたような気がしてすっきりしそう。と、ルーキスは肩を竦める。
「余り根を詰めすぎるなよ。昔と違ってやらなきゃ"世界が"どうにかなる訳じゃないし――」
「判ってるよ。今回みたいな時間は向こう数年取れそうにないかな、って事。世界は動き続けている、……また数年経って落ち着いたら、旅行に行こう。練達とか、きっと数年で天が地になるほど進歩していると思うよ」
「そうだな、練達か……今でも科学発展の要になっているしな。尤も、その良いサンプルだった異世界からの訪問者は元の世界に帰れるようになってしまっているが……」
「私たちみたいに帰らないのもいるからね。或いは練達に協力し続ける物好きさんもいるかもしれない、って話」
「成る程な」
 何より練達とて間抜けではないのだから、彼らがいずれ元の世界へ帰還する事を見越して情報収集をしているのだろう。と、ルーキスは存外練達を信頼しているようだった。長い長い時を生きるものたちにとって、文明の進化ほどものはない。予想もつかない方向へ進化していく文明を見守る。変化を知る。それは長命種の特権だとルーキスは思っている。
「どうなるだろうねえ、この世界」
「……」
 ルナールはちらり、と隣のルーキスを見た。
 馬車の外の風景を小さな窓越しに見ている彼女は、何処となく――
「楽しそうだな」
「そう?」
 実際楽しみにしてるからかも。
 そういって子猫のように、悪戯っぽく笑ううつくしいひと。ルナールは今でも、彼女に恋をしている。いつまでも恋から醒めぬ若造みたいだ。

「ねえねえ、ルナール君」
「うん?」
 そうして少し沈黙が落ちて。思いに耽るのをやめた奥方、ルーキスが旦那様に問う。
「5年かけて世界を見て回ったけどさ、何処か他に行きたいところってある?」
「どうした、藪から棒に」
「いやいや別に、折角の自由時間なんだし、真っ直ぐ領地に帰る必要はないかなって思って。他に行きたいところがあるなら、寄ってから帰っても良いじゃないか」
「行きたいところ……なぁ。俺は別に……」
「えー、遠慮しなーい! ほらほら、私とキミの仲でしょ?」
 うりうり、と肘でルナールの脇腹をつつくルーキス。
 くすぐったいので肘を防ぎながら、そうだなとルナールは考える。
「行きたい場所、か……なら幻想だな」
「幻想?」
「そう。いつもの店に行きたい」



 幻想の片隅にある喫茶店、『Edelstein』。
 アンティークが並び、中には珈琲の香りが満ちる。
 数十年間、ずっと変わらぬ景色と香りが其処に在る。ルーキスとルナールは二人、親しみ尽くした気もする扉を開ける。
「いらっしゃいませ……あ! オーナー!」
 店員が溌溂とした挨拶をして、すぐにルーキスに気付いて声を上げる。帰って来られたんですね、とぱたぱた駆け寄って来る年若い少女。彼女はこの世界を左右する戦いがあったことを、伝聞でしか知らない。ましてや、眼前のオーナーがそれに参加していたなど、露ほども知らぬ。
「どうしたんですか? 何かご用ですか?」
「いや、今日はただの客として来たんだ。旅行の終わりに旦那様が此処に来たいって言うから」
「俺の我儘みたいに言うじゃないか」
「ごめんごめん、冗談だよ。私も丁度此処に顔を出したかったんだ」
 ゆるしてよ、旦那様。
 なんて軽く頬に口付けられたら、ルナールとしては許さざるを得ない。そも、怒ってすらいないのだから。
 店員の少女は目の前で起こる睦まじきに顔を赤くして、持っていたトレーで口元を隠す。
「はわ……え、ええっと! じゃあお席にご案内します! いつものお席で良いですか?」
「ああ、うん。構わないよ。空いてるかな」
「はい!」
 少女に案内されて席に着く二人。数十年前から今までずうっと変わっていない、彼らの指定席。
「ご注文は後でお聞きしましょうか?」
「いや、もう決まっているから構わない。俺はホットコーヒーと……パンケーキ、トリプルで」
「私もホットとパンケーキ。一枚で」
「はい! 少々お待ち下さい」
 ぺこり、と頭を下げて厨房に注文を持ち帰る少女を見守り、ルーキスは「若いって良いねえ」としみじみ呟いた。
「彼女は平和な混沌しか知らない。良い事だ」
「願わくば、平和な混沌だけを知っていて欲しいな」
「全くだ。……それにしてもルナール、結構帰る前にも食べてなかった? パンケーキ入るの、それ?」
「全く余裕だ。此処の味はルーキスが作っていた味に似ているし、俺の舌に合うんだよ。出来るなら四枚頼みたかった」
「はは! 流石にそれは食べ過ぎだ!」
 ころころと笑う店のオーナーに笑みを返しながら、ルナールは周囲を見渡す。繁盛している訳でもなく、閑古鳥が鳴いている訳でもない。丁度良い塩梅でひっそりと佇む喫茶店。
 思えば自分が彼女と出会ったのは、空腹で倒れたのを助けて貰ったのだったな。少々恥ずかしいが、そのお陰で運命の君に出会えたのだから、己の腹には感謝しないといけないのかもしれない。
「お待たせしました、ホットコーヒーお二つです」
 少女はパンケーキを焼いているのだろうか。別の店員が珈琲を持ってきて二人の前に置く。ミルクと砂糖瓶はテーブルの隅にあります――という決まり文句を唱えて、店員は頭を下げて別のオーダーのために厨房へ戻って行った。
「この珈琲も甘くするの?」
「勿論だ」
 からかうようなルーキスの視線に、しゃんと背筋を正して言うルナール。己は甘党です、と宣言する夫におかしげにルーキスは笑っている。
 まあ、それでももっと甘いものが後から届くから、控えめに……角砂糖を二つ落として、ミルクはほんのり。二人ともまったく同じようにミルクと砂糖を混ぜたものだから、思わず顔を見合わせた。計算も合わせたりもしていない、ほんの偶然。……夫婦として連れ添い生きると、好みも似て来るとはいうが……全く同じなんて事があるだろうか。二人は笑みを交わし、「お揃いだね」「お揃いだ」と何処か幸せそうにつぶやいた。

「お待たせしました、パンケーキです!」

 三枚重なっている方はルナールで、一枚でシンプルな方はルーキス。
 ルーキスは呆れ半分、愛しさ半分で「よく食べるねえ」と零す。
「言っておくけど、君の食欲は私の眷属化の影響外だからね?」
「……判ってるさ」
 拗ねたように呟くルナール。もう何度目になるか、奥方はおかしげに肩を揺らしながらパンケーキにナイフを入れる。ルナールはその間に、メープルシロップをたんまりパンケーキにかけて。
「……でも、やっぱり」
「うん?」
「ルーキスが作ってくれるパンケーキが一番美味いな。俺の舌には、君の料理が一番合う」
 何てことないようにそういう旦那様。
 ……ルーキスは異色の瞳に精一杯の愛を乗せ、正面に座る彼を見詰める。
「じゃあ、帰ったら沢山作ってあげなくちゃいけないね。私も、君が作るサンドイッチの味が好きだよ」
「俺の?」
「うん。レタスとツナ……だっけ? 魚の身を挟んだやつが好き」
「そうか……じゃあ明日の朝はそれで決まりだな」
「決まりだ。宜しくね、旦那様」

 これからきっと、何十年、何百年という時間をこの人と過ごしていくのだろう。
 朝には旦那様が作ったサンドイッチを食べて、昼にはトーストでも頂こう。そうしておやつ時には奥方の作ったパンケーキが、柔らかくリビングに香るのだ。
 帰ったらお土産を解いて、その量に悪戦苦闘するのだろう。或いは悪魔たちが領地の管理をサボっているかも知れないから、彼らをお説教せねばならなくなるかも。そうして慌しく日常が戻って来て、ルーキスとルナールはいつも通り、仕事に励むのだろう。

 生き物が紡いでいく文明を辿りながら、日々を紡いでいこう。
 愛するきみと、永遠に。今夜も輝くだろう月に、共に誓ったのだから。例え月が擦り切れてなくなろうとも、この愛と二人だけは永遠に変わりやしない。

 ずっと、ずっと一緒にいよう。
 例えあの戦いが、伝承に――果ては伝説になろうとも。


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