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Quest Days。或いは、ある冒険者の日々…。

登場人物一覧

オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者

●Day?:荒野の冒険者
 乾いた大地に、砂混じりの風が吹く。
 燦燦と降り注ぐ太陽の光を全身に浴びているうちに、身体がじわじわと熱を持つ。じっとしているだけでも身体の底から熱が湧き上がってくるかのようだ。
 ただそこに立っているだけでも、体力を消耗しているのがわかる。
 オリーブ・ローレル (p3p004352)は額に滲んだ汗を拭って、肺の空気を吐き出した。熱い空気を吐き出したおかげか、少しだけ頭が冷静さを取り戻したような気がする。
 たぶん、気のせいだ。
「……っ」
 鉄騎種の身に、太陽光はひどく堪える。
 たった1人、仲間ともはぐれて荒野に佇む冒険者。食糧は干した肉が僅かだけ。飲み水の残りも、あと半日ほど持つかどうかと怪しい量だ。
 どうしてこんなことになってしまったのか。
 目の前の現実……と言っても、広大な荒野と照り付ける日の光だけだが……から目を逸らすように、オリーブの記憶は数日前まで遡る。

●Day1:冒険の夕べ
 鉄帝のとある小さな都市。
 夕暮れ時、旅の装束に身を包んだ者たちが慌ただしく往来を行き交っている。
 食糧や酒を買い込む者、露店鍛冶師に武器の手入れを頼む者、靴やマント、薬品類など旅の備えを買いあさる者と様々だ。
 その小さな都市の名は“カーラーン”。
 旅人や冒険者、商人たちの宿泊や情報交換の拠点とするべく、つい少し前に開かれたばかりの都市である。開かれたばかりということもあり、まだまだ都市は発展途上。
 名目上“都市”とはなっているが、現在のところは“集落”と呼ぶのがせいぜいといった具合であった。例えば木造の建築物など数える程度しか存在せず、代わりにそこかしこにはテントや馬車が乱雑に並べられていた。
「活気があるな。それに、この雰囲気はなにやら懐かしい」
「あぁ。集落からほど近いので不安もあったが……大丈夫そうだな」
 どこか獰猛な笑みを浮かべてそんな言葉を口にしたのは猛禽の脚を持つ2人の翼種。クアッサリーとエミューという名の冒険者である。
 往来の真ん中に腕を組んで仁王立ちする2人の傍には、奇妙な空間が出来ていた。往来を行く者たちが、何やら迷惑そうな視線を向けてくるのも意に介さず、2人は都市の様子をじぃと観察している。
 なぜなら、これが2人の仕事だからだ。
「……2人とも、もう少し道の端に」
 新興都市“カーラーン”の視察、および周辺に住み着いた獣の駆除。
 オリーブたち3人が冒険者ギルドから依頼された仕事の内容がそれである。もちろん、オリーブたちだけでなく、ほかにも10名近くの冒険者が動員されていた。
 オリーブたちがこの仕事を受けた理由は至極単純。クアッサリーとエミューの故郷である集落から、そう遠くない位置にこの都市が存在しているからだ。
 具体的に言うと、都市の北西にある雪原を抜けた先に2人の故郷は存在している。
「しかしな、ここが一番、周りの様子がよく見えるんだ」
「獣の駆除も今日は別の者たちの担当日だしな。暇じゃないか?」
 往来の真ん中が気に入ったのか、2人はその場から動くつもりが無いようだった。往来の真ん中の何がそんなに楽しいのだろう。オリーブには理解できない感覚であった。
「それに仕事もちゃんとしている。怪しいヤツがいたら排除しないとなんだろう?」
「ギルドの支部に戻るまで、まだ少し時間がある。オリーブは先に帰っていていいぞ」
 この場は自分たちに任せろ。
 得意げな様子でクアッサリーとエミューはそう告げた。
「う……ぅん?」
 クアッサリーとエミューの実力は高い。集落では“強き脚の戦士たち”と呼ばれる、戦闘や狩りを主とする役目を担っていたのが彼女たちだ。
 幾つもの戦場を駆け抜けたオリーブをして、手強いと……地形や天候次第では敗北を喫するかもしれないと思わせるほどに、2人は戦闘巧者である。
 だが、冒険者としては新米である。
 加えて、大都市から遠く離れた土地に暮らしてる少数部族の出身ということもあって、今だ一般常識に疎い部分があるのも事実。
 そんな2人に仕事を任せて、自分は冒険者支部へと帰還する。
 果たして、それでいいのだろうか? オリーブの胸に、そんな不安が湧き上がる。
 とはいえ、しかし……。
 しかし、これも経験と言えば経験である。
 クアッサリーとオリーブは、もう子供ではないわけで。初心者冒険者だからと言って、いつまでもオリーブが世話を焼いてやる必要も無いのではないかと、そう思えた。
「わかりました。自分は支部の方に報告を上げてきますから、2人も適当に切り上げて帰還してください」
 だからオリーブは、往来の視察と周辺警護の仕事を任せて、冒険者ギルドの支部へと帰還することにした。
 オリーブがそれを後悔するのは、これから数十分後のことだ。

 新興貿易都市“カーラーン”にある数少ない木造建築物。
 その1つが冒険者ギルドの支部である。
「……というわけで、今日も大きなトラブルは起きていません。よからぬことを考えているような輩も見当たらず、都市の近くには獣1匹現れていません」
 本日の業務報告を終えて、オリーブは支部を後にした。
 オリーブとクアッサリー&エミューが拠点としている区画は、支部から歩いて5分ほど離れた場所にある。
 都市の中心部からは少し離れた区画であるため、露店の類はほとんど見当たらない。
 あるのはオリーブのように、仕事で来ている冒険者たちの仮設テントばかり。
 その中でも、少々変わった形のテントが、オリーブたちの仮の拠点だ。
 オリーブの愛車である装甲蒸気車両『グラードV』を支点として、左右に天幕を張った即席のテントである。グラードVを中心に右側がオリーブの寝床、左側がクアッサリーとエミューの寝床だ。
「まだ帰っていませんか」
 クアッサリーとエミューは、まだ帰還していないらしい。
 そろそろ今日の仕事も終わりの時間だ。迎えに行くか、それとも待つか。少し悩んだオリーブは前者を選んだ。まだ小規模とはいえカーラーンは都市である。それなりに人も多いし、店などのおかげで死角も多い。今から2人を迎えに行って、万が一にも行き違いになってしまうと少し面倒くさいのだ。
 3人がカーラーンに来て、もう数日が過ぎている。今更、仮説拠点の場所がわからず、道に迷うということも無いだろう。
 待っていれば、そのうち帰ってくるはずだ。
 そう判断したオリーブは、2人が帰ってくる前に夕食の準備を進めておくことにした。

 オリーブの前に、見慣れない若者3人が居た。
 まだ若い女が3人。その装備や体つきから判断するに1人は剣士で、残る2人は魔法行使者のようである。
「……彼らは?」
 3人を連れてきたのはクアッサリーとエミューである。
 見たところ3人とも冒険者のようだ。確か、カーラーンの仕事を請けた者たちの中に見かけた顔であるように思う。
 だが、さて果たしてどうしたことだろう。
 3人とも、ひどく“ボロボロ”なのである。
 鎧は傷だらけ、纏う外套は泥だらけ。1人など、折れた杖を悲しそうに抱き締めている。装備だけでなく、身体の方もなかなか酷い有様だ。
 裂傷、擦過傷、打撲などまるで“軽傷”の見本市のようである。動けなくなったり、命にかかわったりするほどに大きな怪我をしていないのは不幸中の幸いか。
「拾った。弱いぞ」
「鍛えてやってくれ」
 ふん、と鼻息を荒くして、少し呆れた様子でクアッサリーとエミューはそう言った。
「拾った?」
 聞き間違いかな? とそう思った。
 だが、きっと聞き間違いなどではないのだろう。
 それに、まぁ言ってしまえば割と稀によくあることなのだ。冒険者が、出かけた先で同業者を拾って帰ってくることは。
 この場合、命があっただけマシな方と言える。
 多くの場合、冒険者が拾ってくるのは同業者の“遺体”や“遺品”であるからだ。
「モンスターに襲われていてな。死にそうになっていた」
「血の匂いに気づいて駆けつけたんだ。間に合ってよかった」
 そう言って2人は焚火の前に腰掛ける。沸かしていた湯を自分たちのコップに注ぐと、喉の渇きを癒すように一息に飲み干す。熱かったのだろう。喉を押さえてうめき声を上げるまでがワンセットだ。沸騰しているお湯を一気に飲めばそうなって当然である。
「……ふむ」
 ちら、とオリーブは2人の足元に目を向けた。
 ショートパンツから伸びた筋肉質な脚は、よく見れば泥と血に汚れていた。とくに膝から下の鳥脚部分がひどい有様だ。爪は血に濡れ、指の隙間には肉の欠片が挟まっている。
 常人であればすぐに洗うか、拭くかしたくなるような状態だが2人はまったく気にしている様子はない。野性生活が長かったからだろう。
「しかし、鍛えてくれ……とは」
 食事の支度に取り掛かった2人を一瞥し、オリーブは軽く肩を竦めた。
 この間、2人が連れてきた3人は近くに立ち尽くしたままだ。どこか居心地が悪そうにしているのも当然であり、オリーブは内心で同情を覚えた。
「とりあえず、話を聞きましょうか」
 連れてきておいて“帰れ”と言うのも申し訳ない。
 話を聞いて、食事を振舞って、それから傷の手当ぐらいはしてやろう。冒険者同士、助け合いは必要だ。いつ、どこで、誰がどんな窮地に陥るかも分からない冒険者稼業、売れる時に恩を売っておいて損はない。

●Day2:短期集中訓練
 3人組の冒険者たちは、幼いころからの友人同士であるらしい。
 年齢は17歳。冒険者を初めてから、まだ半年のほどの駆け出しである。
 剣士の名はノゾミ。魔法行使者のうち、背の高い方がカナエ、折れた杖を抱いていた方がタマエという名であるらしい。
 現在、3人は渇いた荒野でモンスターと戦っていた。
「立ち回りは悪くないんですがね。どうしたものか」
 3人の戦いを見守りながら、オリーブは腕組をして首を傾げる。冒険者を志しただけあって、戦う覚悟も十分なようだし、地力の方も低くはない。幼馴染ということもあってか、連携だって悪くは無いのだ。
 だが、どうにも“弱い”。そんな印象が付きまとう。
(……なるほど)
 クアッサリーとエミューの方を一瞥し、オリーブは1人、合点がいったと頷いた。
 昨日、2人は彼女たちのことを“弱いぞ”とそう言っていた。その時は、2人の言葉の意味が理解できなかったが、こうして実戦風景を目にすれば分かった。
 3人は弱い。
 個々人の力量や、パーティとしての実力は低くないのだが、どういうわけか“弱い”のだ。つい昨日も、モンスターの群れに襲われ危うく死にかけていたそうなので、オリーブの見立ては間違いないだろう。
「な? どうしたものだろうな? 少しぐらい強くしてやりたいが」
「放っておいてもいいんだが、死なれると寝覚めが悪いからな」
 オリーブと同じ“悩み”を抱えているのだろう。
 クアッサリーとエミューにしては珍しく、少し困った顔をしていた。

 現在、オリーブたちはカーラーンから少し離れた荒野の真ん中にやってきていた。
 見渡す限りの罅割れた大地と、燦燦と降り注ぐ太陽。流れる汗が止まらない。
 これは、鉄帝では珍しい天候だ。
 そもそも、この荒野だがつい昨日までは雪原だった。
 それが今朝がたになって突然、雪が溶けて灼熱の荒野に姿を変えてしまったのである。まぁ、つまりは明らかな異常気象。加えて、天候と気候が変わってしまったのは、荒野と化した一帯だけ。
 得てして、こういう奇妙な現象が起きた裏には何かしらの“原因”が潜んでいるものだ。
 その原因を調査すべく、荒野への探索隊に選ばれたのがオリーブ一行と、新米冒険者3人組であった。
なお、なぜこの2組が選ばれたかというと、昨夜から行動を共にしていたからである。
 成り行きとはいえ、好都合と言えば好都合。
 オリーブたちは、3人を少しだけ鍛えてやるつもりでいたし、3人からも昨夜正式に稽古を依頼されている。
 というわけで、まずは3人の実力を把握したい。そこで、荒野で見つけた“砂塵の魔物”の相手を3人に任せたわけだが……結果は御覧の通りである。
 地力の高さと連携の上手さ、そして数の有利もあってか3人は砂塵の魔物を相手にきちんと戦えている。だが、悲しいかな決定打が無いまま、もう十分ほどの時間が経過しているのだ。完全無欠の泥仕合。1対3の戦いであるため致命的な傷を負ってはいないものの、これが混戦となれば話は大きく変わってくるのは明白であった。
「このままでは調査が進まんな」
「もう手を貸しても構わないか?」
 連れてきた手前、クアッサリーとエミューは積極的に3人を鍛えようとしてくれている。出会った当初の2人では、きっとそんな気遣いなど出来なかっただろう。弱肉強食の世界に長く身を置きすぎた弊害か、2人は“強さ”に重きを置く傾向にある。
「えぇ、そうですね。砂塵の魔物の正体も分かりませんし、手早く片付けてください」
 自分は周辺の警戒をしています。
 そう告げて、オリーブは腰の剣を抜く。
 と、同時にクアッサリーとエミューは地面を蹴って駆けだした。猛禽の瞳で睨む先には砂塵の魔物。その名の通り、砂嵐が人に似た形を取ったような外見をしている。
 愛用の剣を構え、オリーブは周囲に視線を走らせた。
 幸い、近くに他の魔物はいない。
 気配も無ければ、魔物特有の危険な匂いもしていない。
「……ん?」
 と、そこでオリーブは異変に気付いた。
「風が」
 口にできたのはそこまでだった。
 突如として吹き荒れた砂混じりの暴風が、オリーブの言葉を掻き消したのだ。
 暴風は一瞬ごとに勢いを増し、オリーブの視界を砂の色に塗り潰す。咄嗟にオリーブは剣を地面に突き刺した。
あまりにも風の勢いが強く、地面に剣を突き刺していなければ身体ごと吹き飛ばされてしまいそうなほどだったのだ。
「っ……不味い」
 砂色の視界に、オリーブは“それ”の姿を捉えた。
 砂嵐の中心は砂塵の魔物。
 クアッサリーとエミューを加えた冒険者5人を相手に、互角に渡り合っている。
 その身体が、最初に見たときよりも3倍……否、それ以上の巨躯に成長していることに気が付いて、オリーブは顔色を悪くする。
 だが、気づいたときには既に手遅れ。
 ごう、と暴風が吹き荒れて。
 その瞬間、オリーブの意識は途切れた。

「……まいった」
 オリーブが目を覚ました時、周囲には誰もいなかった。
 砂塵の魔物も、クアッサリーとエミューも、3人の新米冒険者たちも。
 きっと、砂嵐に飲み込まれ、何処かに吹き飛ばされてしまったのだろう。剣を地面に突き刺していたおかげで、オリーブだけが吹き飛ばされずに済んだのだ。
「冒険は、こういうことがあるから油断が出来ないというのに」
 それを幸運というべきか、それとも不運というべきか。
 とにかく、大きな怪我が無かったのは幸いだ。
 オリーブは、行方不明の5人を探して荒野を歩き始めたのだった。

●Day3:合縁奇縁
 かくして物語は冒頭に戻る。
 5人と逸れてから丸一日。
 暑い中、荒野を歩き回ったが今のところ5人とは再会出来ていなかった。
 再会出来ないまま歩き続けて、食糧も水も残り僅か。
 状況は最悪に近い。
「1度、帰還するべきか。それとも……いや」
 クアッサリーとエミュー、それに新米の冒険者3人を見捨てて自分だけ帰還するわけにはいかない。
 それに、物資の残りは少ないとはいえ、まだ余裕があるのも事実。
 オリーブは、燃料を節約するためにスチールグラートVを走らせていない。スチールグラートVを使えば、カーラーンまで半日かそこらで帰還できる。
「諦めるなんて、自分らしくないですからね」
 ここ最近、“比較的”平和な日常に慣れすぎていたのかもしれない。
 オリーブは額の汗を拭って、荒野を歩き始めたのだった。

 合縁奇縁という言葉がある。
 曰く、人と人の縁は思いもかけない不思議な巡り合わせによって決まるという。
 となれば、オリーブという冒険者がこの見渡す限りの荒野で見知った顔と遭遇するのもそれだろう。
「なに? なんでこんなところにいるんです?」
 その女性、名をセクレタリという。
 クアッサリーとエミューの姉貴分にあたる女性で、彼女たちの暮らす集落の実質的な指導者である。それゆえ、彼女が集落から離れることは滅多に無い。
 そんな彼女が、なぜ荒野にいるのか。
 オリーブは、あまりの暑さに幻覚でも見えているのだと、自分の脳を疑った。
「汗だくですね。とりあえず、お水でも飲んではどうですか?」
 差し出された水筒を受け取り、オリーブはそれに口をつけた。温いが、確かに水である。よほどに乾いていたのだろう。胃の腑に落ちた瞬間から、細胞が水分を吸収しているような感覚があった。
 少しだけ“呆”としていた意識がはっきりとして、それと同時にオリーブは目の前にいるセクレタリが、幻覚の類では無いことを理解する。
「その、セクレタリさんはどうしてここに?」
「それ、私が今しがた質問したことなんですよね」
 まぁ、と。
 2人は視線を交わすと、同時に空へと顔を向けた。
 空の高くには、鉄帝ではあまり見る機会のない灼熱の太陽。
 なんのことはない。
 セクレタリもまた、荒野の異変を調査しにやって来ていたのである。
 
 セクレタリの話はこうだ。
「昨日、狩りに出ていたオストリッチが異変に気付いたんですよ。雪原に強い光が落ちてきて、それから数時間もしないうちに雪原が荒野に変わりました」
 オストリッチが見たという“強い光”が、異常気象の原因か、或いは何か関係しているに違いない。そう考えたセクレタリは、集落を仲間たちに任せて単身、荒野へと調査にやって来たらしい。
「集落の近くからだと、荒野が一望できるんですよね。もちろん、遠くの方はあまりよく見えませんけど」 
 そうして荒野を観察しているうちに、大きな砂嵐が発生する瞬間を見たという。
「砂嵐はしばらくの間、荒野をうろうろと移動した後、突如として消え去りました。まるで意思を持つような動き方でしたので、少し様子を見に行こうかと」
「つまり、あっちの方向に……?」
「砂嵐は移動していきましたね」
「…………」
 時刻はそろそろ夜になる。
 日が暮れた中、慣れない土地を歩き回るのには危険が伴う。
 だが、セクレタリから得た情報はオリーブにとって“幸運”であった。少なくとも、何の手掛かりも無いまま、荒野を彷徨い歩き続けるよりはクアッサリーやエミューたちと再会できる可能性が高くなる。
 2人は再び視線を交わす。
 それから、もう言葉は必要なかった。
 
●Day4:冒険者の夜明け
 夜明け近くになって、やっと2人は“砂塵の魔物”の姿を見つけた。
 そして、クアッサリーとエミュー、ノゾミ、カナエ、タマエの3人の姿も。
 その全員がボロボロだった。血まみれ、砂まみれの傷だらけ。もう立っているのもやっとといった有様で、それでも戦意を維持し続けているのが信じられないほどだ。
「……ずっと、戦っていたんですか?」
 愕然と、そしてある種の恐怖さえ抱き、オリーブはそんな言葉を零した。
 クアッサリーとエミューが前衛を務め、後方からはカナエとタマエの遠距離支援。後衛の2人を護衛しているノゾミなど、何度その身を盾としたのか意識が朦朧としているようだ。折れた剣を握りしめ、割れた盾を構えたまま、それでも歯を食いしばって両の足で立っている。
「オリーブ! 遅かったな!」
「セクレタリもいるな! なんでだ?」
 顔面を血塗れにしたまま、クアッサリーとエミューは笑う。
 体力の限界などとっくの昔に超えていて、身体のどこにも無事なところなど無いというのに、遅参したオリーブへの恨み言など1つも口にはしなかった。
「どうして……逃げられなかったんですか?」
 砂塵の魔物がいかに協力であろうとも、クアッサリーとエミューが付いていれば逃走程度は出来ただろう。なのに、2人はそうしなかった。
「なに、この異変の原因、おそらくコイツのようだと分かってな」
「ここで倒してしまうのがいいと思ったんだ。私たちも、そいつらもな」
 そう言って2人が目を向けたのは、満身創痍の新米冒険者たちである。3人とも、先日よりも明らかに強くなっているのが見て取れる。
 強い意志と闘争心を秘めた“志ある瞳”で敵を睨みつけ、負けて堪るかと歯を食いしばり、戦い続ける。オリーブがかつて憧れ、今そうなった冒険者の姿であった。
 眼前に迫る命の危機と、決して負けられないというシチュエーション。極度のストレスが、3人を成長させた。或いはそれを人は“覚醒”とそう呼ぶのだろう。
「ですがもう限界が近そうですね。どうします?」
 セクレタリはそう問うた。
 問いかけながらも、オリーブの方には一瞥さえも寄越しはしない。地面にしゃがんで、脚の筋肉を伸ばすような動作をしている。
 それが準備運動であることにオリーブは気づいた。
 オリーブの答えなど分かり切っているかのように。だから、オリーブもあえて言葉にする必要性を感じない。
 それでも、オリーブは答えを告げた。
「もちろん、ここで仕留めます。クアッサリーにエミュー、頼りになる同業者たちと、そしてあなたまでいるんですから、戦力は過剰なほどですよ」
 同じ方向を向き、同じ目的のために肩を並べて戦える友は得難いものだ。
 ここでオリーブが剣を抜かないという選択肢はない。なぜならそれは、勇敢に戦った友に対する裏切りだから。

 乾坤一擲という言葉がある。
 クアッサリーとエミュー、そして3人の冒険者たちが死力を尽くして戦い続けて、なお倒せていないところをみるに砂塵の魔物は相当に強い。
 或いは、戦いを続けるうちに強くなったのかもしれない。
 冒険者が経験値を積んで強くなるように、魔物もまた成長するのだ。
 その成長速度は、ともするとオリーブたちを遥かに上回るかもしれない。いまだ発展途上、成長の芽を摘むことに多少の罪悪感はある。
 だが、退けない。
 砂塵に肌を削られ、暴風に骨を軋ませながらもオリーブは前へと進み続けた。
 使い慣れた剣を大上段に構え、1歩ずつ、けれど確実に。
「進め進め! もう少しだ! 防御など捨ててしまえ!」
「振りかかる火の粉は“強き脚の戦士”たちが振り払おう!」
 砂塵の魔物が繰り出す殴打を、クアッサリーとエミューが蹴り上げる。反射的に放たれた砂混じりの突風は、セクレタリがその身でもって代わりに受けた。
「もっと前へ! 事情はよく分かりませんが、アレを倒すのでしょう!」
 咆哮と共にセクレタリの放つ連続蹴りが、暴風の壁を打ち壊す。
 自然現象さえも足蹴にして、強引にオリーブの進むべき道を開いてみせたのだ。その覚悟、その献身に応えずして、何が冒険者、何が男か。
 鉄の身体に戦意という名の火をくべて、オリーブは最後の疾走を開始した。
「ありがとうございます! 遠慮なく“トドメ”は貰い受けますね!」
 跳躍。
 そして、高度を利用して放つ大上段からの斬撃が砂塵の魔物の脳天を斬った。

 かくして、砂塵の魔物は消え去った。
 風は風に、砂は砂に。後には何も残らない。
 クアッサリーたちの言っていた通り、異常気象の原因は砂塵の魔物だったのだろう。魔物が死んですぐに、空は曇り、冷たい雪が降り始めた。
 1日も経たないうちに、荒野は元の雪原に姿を変えるだろうか。
 そうなれば、カーラーンもとりあえずは安泰だ。
 そして、セクレタリたちの集落も。
「……少しだけ、疲れましたね」
 地面に横たわったまま、オリーブはそんな言葉を口にした。
 顔を覆うように、目元を腕で隠しながら。
 そんなオリーブの耳に、誰かの足音が近づいてくる。静かな、そして一切の乱れがない歩調。その足音が誰のものか、オリーブは見らずとも分かった。
「冒険は帰るまでが冒険なんじゃなかったですか?」
 セクレタリの言葉に、オリーブは思わず笑みを零した。
 それから、ゆっくりと身体を起こして……。
「もちろん。ですが、その前に少しぐらいは休憩してもいいでしょう」
 なんて、言って。
 差し出された手を、握るのだった。


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