PandoraPartyProject

SS詳細

夜と影と私

登場人物一覧

澄原 水夜子(p3n000214)
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽

 再現性東京の夜は明るい。毎日が星空に溢れているようだとラダ・ジグリはふと物思う。
 待ち合わせ場所に繁華街を指定したのは澄原 水夜子の方だった。普段からフィールドワークに誘われることはあるが、何がどうして歓楽街とも呼べるような場所なのか。
 騒々しいにも程のある街明かりはと呼ばせるだけのことがあると改めてラダは感心したように周囲を見回した。
 再現性東京はさほどに変化はないように思えて仕方がない。と、言うのも文明的な便利さが整えられているため帰還への熱望を行うものばかりではなかったということだろう。
 待ち合わせ場所にやってきた水夜子が「少し歩きましょうか」と微笑めば、ラダは小さく頷き返す事しかできるまい。
「こうした場所は慣れていませんか?」
「まあ。再現性東京にも慣れてきたかとは思ったけれど。
 改めてみればラサとの違いを思い知らされるからだろうか。ここは明るすぎて、驚いてしまう。何もかもがまばゆく照らすから星も見えない」
「ふふ、そうでしょうとも。ここの空は嘘っぱち、いわゆる張りぼてですが……それ以外もきっと物珍しいものばかりで驚いてしまいますね。
 こうして眠らない町を歩いていると、どこに危険が存在しているのだろうとは思いませんか?」
「もちろん。明るいことは良い事だろう?」
「ええ。ラサのように人工的な明かりが少なく星が多く見えるような場所では、星が隠されることこそが不幸ごとのようにも思えるでしょうが。
 ここでは違います。敢て、ここにお呼びしたのですよ。
 これだけ人が多く、明るい。煩雑としたこの街で誰か一人が居なくなってしまった程度……誰かが気にかけてくださるでしょうか?」
 ラダはじっと水夜子を見た。確かに、これだけの時間が過ぎゆく中では誰か一人が消えてしまった所で気付かないだろう。
 人攫いなどは人の目が多い時に巧妙な手口で行われるというのはサンドバザールでも目にすることだ。
「まあ、そういう犯罪の手口もあるというのは理解はしているけれどね」
「ふふ、だと思いました。流石ラダさんです。ではこういうのはどうでしょうか?
 街の中にたくさんの人が行き交います。その中に、自分と同じ顔の存在がいた。ああ、別に何らかの魔術ではありませんよ。
 ただ、当たり前のように鏡写しの自分がいる。そう、ドッペルゲンガーです。そう呼ばれた存在が目の前に立っていたとする。
 喧噪は過ぎゆきます。群衆の目は何もかもを隠してしまうのです。私たちの抱えた不安なんて、わからないようにね。
 それに、人というのはある意味で他人に無関心です。何か良からぬことが起こっていようとも本能的に察知した危機からはきっと目を逸らしてしまう」
「それで?」
「ええ、それで。目の前に同じ顔をした誰かが居て、それと自分が出会ったとき――いわゆる、その立場を乗っ取られてしまったら?
 群衆の目が向かぬまま。何もかもを奪い取るようにして、失われてしまったというならば、さてどうでしょう」
「……どう、と言われても」
「私たちは当たり前のように街の中を歩いていきます、けれど」
 彼女が少しだけ離れた位置に立つ。赤信号だ。ラダがぴたりと止まり、横断歩道を渡り終えてしまった水夜子をじっと見つめたまま目を離さない。
 二人を隔てるように車が行きかった。信号が青に変わり、無数の人々が二人の周囲を歩いてゆく。目は、離していないつもりだった。
 それでも、人々の群れに覆い隠されてしまった彼女から目を離しちゃいないだなんて、言いきれやしない。
「もしも、この間に私が誰かと入れ替わっていたらどうしましょうか。ありえないとは言い切れません。
 これだけの無数の人がいるのです。その人が本物であるかなんて保証も何もないでしょう? ねえ、ラダさん」
 ラダはぞっとした調子で目の前の女を見た。相変わらず楽しげに笑っている。
 穏やかに微笑む好きの少女。澄原という家に生まれた、自分にとってもよく知っている――ラダが「水夜子」と呼ぼうとした。
 彼女は首を傾げる。混沌とした交差点の真ん中で、点滅信号を背にしながらこてんとわざとらしく首を傾げる。

「あなたの目の前にいる私は、本物ですか――?」

 ラダは目の前に。肩を叩かれて振り返れば水夜子が「どうかしましたか?」と首を捻った。
 それから、当たり前のように彼女に誘われてその場を後にした。背中の信号は青のままだった。


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