PandoraPartyProject

SS詳細

とおく、どこまでもとおく

登場人物一覧

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人


 海洋の南に位置する"ケルゲレン"。
 目立ちにくい、けれども海を臨む場所に、ひっそりと佇む墓碑がある。
 刻まれた名は――

「――カルヴァニヤ」

 あら、どうしたの? そんなに落ち込んで。
 ……だなんて、当の本人が聞いたらそんな風に訊き返しそうなくらい小さな声で、ココロは彼女の名を呟いた。

「わたし、旅に出ようと思う」

 反対の声などあるべくもないが、ココロは既に胸に決めていた。
 平穏になった世界を蝕む病魔に対抗する術――自身が冒険と戦いの中で獲得した医術のノウハウをこの混沌に広げる為、旅に出ようと。
 例えば身体が段々と宝石になる病、『貴石病』。例えば生まれた時から四肢が動かない『灰の呪い』。数えればきりがない、ただ原理が知られているだけで治す術がない病はごまんとある。けれど、ココロはそれに抗おうと誓った。不死の不とは、"治せない"の不ではない。だけなのだと信じているから。
(――それに)
 学問書の中に、時折見える影がある。それら"大医術士"とされる存在は、医術を特殊な技術と捉えた。訓練を受けた者だけが扱える、格式ある伝統技能だと結論付け、大衆に広めようとしなかったのだ。
 それは違う。医術というのは、誰もが手に出来るものでなければならない。だからココロは一人の"大医術士"を作るのではなく、"医術士"を増やしてより多くの人々を救おうと考えた。
「そうすれば、子どもの死亡率はきっと今より下がる。……子どもたちが笑顔でいられる世界になる。それはあなたも望んでいた事だよね、カルヴァニヤ」

 ――ええ! 子どもたちの笑顔はね、元気をくれるもの!

 或いは彼女ならこう答えただろう、という推測しか出来ない。それでもココロは、旅に出る際に決めておいた事がある。それを改めて宣言しようと花唇を開いた。
「わたしね、カルヴァニヤ。あなた達の夢を連れて行こうと思う。……ううん、連れて行く。誰かに頼まれたからじゃない、わたしがそれを望んでいるから。……わたしが、」
 それでも、不安がないといえば嘘になる。
 言葉をぶつける相手はいない。隣で支えてくれた、最も相談したかった仲間もまた、墓碑に名前を刻んだ。自分への期待をすべて放って旅に出る。それは裏切りではないのか? 無責任ではないのか?

 ――おばかさんねえ、

 ふと、風が吹いた。
 その風の中に知った声が聞こえた気がして、ココロは振り向く。……風が強くて、己の髪が靡いて前が巧く見えない。

 ――あたしに向かってきたココロは、そんな弱気じゃなかったでしょ?

 ――遂行者あたしのやる事は間違ってるって、そう思った時の事を思い出して。

 ――あたしの夢を連れて行くなら、あたしの所為にしちゃってもいいのよ!

 ……。
 …………。

 風が已んだ。
 時間にすれば僅かな間、ほんの数秒にも満たなかっただろう。ココロは一度、慎重に瞬きをして……口端を持ち上げる。そうでなければ、懐かしさに湧いた涙が零れてしまう。気休めに己が見せた幻影かも知れなくても。それでも、彼女に此処にいて欲しいと思っていたから。彼女ならきっと、いつものようにからりと笑ってそう言うのだろうと思ったから。
「本当に、本当に身勝手よ、あなた。……そんなこと、してあげない」
 あら残念。と肩を竦める存在はもういない。それでも、ココロの中には静かに熱く火が点いた。誰かの所為にしなければ、責任と役目を放り出せない? ……
 わたしはわたしの意思で、医療を広めに行くんだ。誰かの所為じゃない、これは紛れもなく、わたしの意思だ!
「ほんと、あなたに聞いたわたしが馬鹿だったかも」
 だってカルヴァニヤは、想い以外の全てを放り出したヤツだった。想いの為に道理も義理も情さえもすべて捨て去って、遂行者になったのだから。

「わたしは」

「あなたみたいにはならない」

 何処か嬉しそうに、噛み締めるように呟いて……ココロは小さな墓碑に背を向けた。いつかまた此処に帰る事があるとすれば、その時はきっと、世界に子どもたちの笑顔が増えたとき。不治と呼ばれた病から「不」の一文字を払いのけた時。
 わたしは無責任で裏切者かもしれない。
 でも、だからこそ自分の気持ちを裏切るような事だけはしたくない!
 誰の所為にもしない。わたしは出発する場所も、到達する場所も、持って行く荷物だって全部ぜんぶ、自分で決めるんだ!



 目立ちにくい、けれども海を臨む場所。
 ひっそりと佇む墓碑には、シンプルに「遂行者"カルヴァニヤ"」とだけ記されている。
 ええ、それで良いのよ。
 あたし達の想いだけ連れてって。遠く遠く、世界が尽きるほど遠くまで。


PAGETOPPAGEBOTTOM