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彼女たちのそれから

登場人物一覧

普久原・ほむら(p3n000159)
佐藤 美咲の関係者
→ イラスト
佐藤 美咲(p3p009818)
罪の形を手に入れた
結樹 ねいな(p3p011471)
特異運命座標

 結樹 誓なんて知らない。
 普久原 靖だって、もうどこにもいない。
 あなたにとって、私が普久原 ほむらであるように。
 私にとっても、あなたはいつだって佐藤 美咲だった。

 膝をつき、瞳を閉じて、ただ祈る。

 浮遊島アーカーシュが大地を見下ろす小高い丘に、一つの墓標があった。
 元上司ジオルドによって弔われた、美咲の眠る場所。墓の前には一輪の白い百合の花が横たわり、風に揺れている。
 制服姿のほむらは、そこでいくどめかの涙を流し、ゆっくりと立ち上がった。
 時間が止まった姿は未だあの頃のままで。けれど伏し目がちな大粒の瞳は、以前の美咲が知るものより、随分険しさを増していた。何より瞳の奥に覗く鋭さは、あまたの戦場を駆けた、一流冒険者のものだ。
 なるほど、ほむらもまた世界を救った英雄の一人という訳なのだろう。
「お待たせしました」
 振り返ることなく、ほむらは一方的に述べた。
「いや、誰かを悼む時間に、とやかく言うつもりはない。
 しかし驚いたな。普久原、やはりお前にはかなりの才能がある」
「別に気配、消してなかったじゃないですか」
「いつでも消していたら、かえって怪しいものだからな」
「どっちだっていいですよ、そんなこと。それで急に、なんの用ですか?」
 二人はそんな風に話しながらしばらく歩き、城内のベンチへ腰かけた。
 もう最近は、こんな場所へ訪れる者はほとんどいない。
 自動仕掛けの人形たちだけが、フロアを清潔に保ち続けていた。
「先に言っておきますけど」
 ほむらが脚を組み、頬杖をついた。
「私はゼロゼロなんたらに、もう関わりませんから」
 やぶからぼうに告げられたジオルドは、一呼吸置いて言葉を選んだ。
「だがお前は知ってしまった。意味は分かるな」
「どうでもいいですね、そんなこと。
 機関の人間なんて、私の使い魔一匹殺せる訳ないですし。
 それこそカスパール老でも引っ張り出されなきゃ、負ける気とかしないんで。
 ああローレットにでも依頼しますか。受けてくれますかね。何の悪さもしてない仲間を殺せ、それもまあまあ命がけでとか」
 あの内気で弱気な少女が、ずいぶん変わったものだと内心苦笑する。
 無数の死線を潜り抜けた者だけが持つ気迫と、そんな戦いが過去となった者が抱きがちな倦怠と虚無と――
 だからこそ、この任務は彼女にとって相応しいものとなる。
 ジオルドはそれを確信していた。
「それでもあの快適な都市には、住みにくくはなるだろう」
「で?」
「第一に。いつまでも年齢の変わらないお前が。普通を望み続けるあの街希望ヶ浜に、あとどれぐらいの時間、溶け込んで居られると思う?」
「で?」
「しかも銀髪紅眼の美少女ときた。そんなに目立つ容貌をしていて、だ」
「めんどくさいなあ……そういうのはその時考えますよ。私の勝手でしょ」
「では最後の質問だ」
「……」
「それがあいつ佐藤美咲の最後の望みに関わってもか?」
 ジオルドを睨んだほむらの視線は、射貫くように鋭いものだった。

 ――練達。実践の塔。
 かの再現性東京さえ内包する巨大建造物には――秘密裏に――00機関の特殊訓練施設も存在していた。
「で、こいつ何なわけ? 中高生? ガキじゃねえか」
 ほむらの前に現れたのは、結樹 ねいなという女だった。
 ジオルドが見つけてきた美咲の実妹らしい。
 かの決戦の終わり際に、喪われた美咲と入れ替わりのように召喚されたという。
「……」
「で? このチビガキが? 訓練相手? ナメてんのか?」
 ねいなは身体を屈ませて、ほむらの顔を間近でねめつけた。
「今日びガン飛ばしとか、チンピラかよ。うっぜ」
「あ? 今なんつった? おいおっさん、訓練つったな。今すぐはじめようや」
「だそうだが。普久原、実弾で構わんな?」
「どうぞお好きに」
「おいおいマジかよ、ハチの巣だぞ」
「どうせ5.56x45mmあたりのミスリル徹甲弾とかですよね」
「そんな高級品使うか、位置にけ」
 ほむらはおもむろに、先端にボール状の安全器具がついた細剣を手に取った。
 ねいなの額に青筋が立つ。
「こっちは実弾で、テメーは剣、しかも模擬刀ってか」
「……」
「いい度胸だな。だったら、見せてもらおうじゃねえか!」
「びびってないで、さっさと撃ってくればいいんじゃないですか」
「訳わかんねえ世界だ、でもすんのかねェ!」
「分からせていいですよね」
「好きにしろ」
「――ッ!」
 アサルトライフルが火を吹いた。
 無数の弾丸がほむらへ突き立とうと、迫りくる。
 ほむらはただ、無造作に立ったまま嵐を迎え入れた。
「――っ!?」
 弾丸は、その全てが赤く溶解しながら、ほむらの脇を通り抜けていく。
 そして全弾が後背の壁を塗り付けた。
「インチキじゃねえか!」
「美咲さんなら当てられますけどね、私が全力で回避行動しても」
 ねいなは舌打ち一つ、アサルトライフルを投げ捨てる。
 そしてほむらへと肉薄し、即座に引き抜いた拳銃のマズルが火を吹いた。
 ほむらは気だるげに細剣を振り、弾丸を撃ち落とす――その瞬間。
 弾丸が爆ぜ、炎嵐が視界一杯を覆った。
 飛び退いたねいなが口角をつる。
「榴弾か」
 だが爆炎の中から突進したほむらが、その剣をねいなの首にぴたりと当てた。
「ワンキル、ゲームセットでいいですか?」
 それも全くの無傷のままで。
「この人じゃなく、美咲さんが相手なら私の負けでしたけどね」
「……」
「運ゲーに持ち込めば十本に一本いけるかな、無理かな」
「…………」
「でも確かめるすべなんて、二度とないんだ」
 ほむらは吐き捨てるように、小さくつぶやいた。
「テメー……」
 うつむくねいなが、勢いよく顔をあげた。
「ほむらっつたな、オメーやんじゃねえか!」
「……」
 突然のヘッドロックに、ほむらは顔を引きつらせ、ねいなをブン投げた。
「っ痛ぇ!」
 呻いたねいなが、突然笑いだす。
「こりゃ面白くなってきたじゃねえか!」
「どこが」
「普久原、こいつを実戦レベルにしろ」
「……時間かかりそうですね、まあ基礎体力からかな。世界法則低LVは厄介だ」
「おい! ほむら! いいじゃねえか、今すぐはじめっぞ!」
 そして猛特訓の毎日が始まった。

「一体全体、あれで何が良かったのさ?」
 空調の効いた休憩室で、マキナは窓の外、下階の訓練を眺めながら訪ねた。
「たしかに俺が直接躾けたほうが、効率がいいのは理解している。だが後任は育成すべきだ。何より第一に、今のあいつ普久原には才能と能力がある」
「ハァ……そういう事じゃないだろう、全く……」
 マキナはジオルドの返答に、三度ほど大きなため息をついた。
「私は心配なんだよ、あの子あれからずっとあんな調子なんだろう」
「普久原はようやく戦士の顔になった」
「これだから君は。いや、だからこっちは心配してるんじゃないかって」
 ほむらにはが必要だろうとジオルドは思うのだ。それに本来であればには、ほむらかマキナが適しているとも考えていた。あえてねいなにやらせるにせよ、関わらせたほうが良いだろう。だがそれを口にしない出来ないのがジオルドであり、マキナはとせずにはいられない訳だが。
 それはさておき。
 いずれも理由の違う、二人のしかめ面を写したガラス窓の下。
「ほむら、オメーはやんねえのかよ!」
「私もう訓練じゃレベリングにならないんですよね」
 胸の下で腕を組み、ほむらがねいなの走り込みを眺めている。
「筋力落ちねえのかよ!」
「別にそんなじゃレベルは下がんないですね」
「インチキじゃねぇか!」
「ほら、もう一本。時間ないんで早くしてください」
「ほむらァ! ったくよ、オメーいい性格してんなァ!」
「そしたらお待ちかねの実戦訓練です」
 ほむらがこの仕事を承諾したのは、理由があった。
 それは美咲が、とある得意運命座標を救いたいと願ったからだ。
 そのレベルは、ほむらを上回る美咲さえも凌駕する、そんな有名人。
 美咲にとっての恩人でもあるという。結果として無理な願いをかなえることになった彼女は、魔力化が加速――人間性を大きく失った。
 美咲の遺体が握っていたという宝石。あるいは人間性の残滓――それを血縁者のねいなが手に取ることで美咲の代役が担えるのではないか。
 だからジオルドはねいなを抜擢したのだ。
 そして理由を知ったほむらは、ジオルドからの依頼を請け負ったという訳だった。

 あれからしばしの月日が流れた。
「たしか時間ないんですよね。もうそこそこ戦えると思いますよ、彼女ねいな
「そうか、どの程度だ」
 ジオルドは分かっていて、あえて聞いた。
「覇竜はきついでしょうね、命は保障できません。ただ他の大抵のことはやれるかな」
「上出来だ」
「で、私はさんざん脅されたわけで」
「脅したつもりはない」
「いえ別にこのまま入ってもいいですよ、00機関。諜報なんて知りませんけど」
「その派手な見た目でか?」
「良く知りませんけど、整形でもなんでもあるんじゃないですか」
「お前は化け物だ。腕が飛ぼうが、顔を変えようが、魔術だので元通りのな」
「……」
「諜報なんぞに使えるものか」
 そもそも自我が形成されすぎている。
 訓練は幼くなくては使い物にならない。
 見た目はともかく、実年齢に難がありすぎる。
「佐藤に務まらなかった仕事が、お前なぞに務まると思うな」
「だったら、どうして私にあんなことを?」
「内勤に戦技教導、非常時の暴力装置が関の山だろう」
「ああそういう。じゃあいいですよ、それで。
 私もこの顔は気に入っているので、変えたくはなかったですからね」
「……」
「給料は、まあどうだっていいか。お金なんていくらでもありますし」
「お前、そういう事を外でぺらぺらと言うなよ」

 なんど望んでも。
 いかに願っても。
 いくど祈っても。
 答えなんて永遠に返って来やしなくて。

 ――ねえ、美咲さんならこんな時どうしますか。

 そして彼女は、機関の門戸を叩いた。


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