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マリカとアフレイドの話~滑稽~
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- マリカ・ハウの関係者
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今日もハロウィンで、明日もハロウィンだったはず。
マリカはパーティークラッカーをもてあそぶ。子供が喜ぶ楽しいおもちゃ。記憶を取り戻すまで、ハロウィン狂いだった自分を思い出させる。
嘘をついた。自分に。その嘘を守るのに必死で必死で、タコみたいに自分で自分の足を食いながら生きてきた。さぞかし滑稽だったろう。では今は? 記憶を取り戻した今は?
手の中で動かしていたパーティークラッカーがぴたりと止まる。それを見下ろす目は冷たく重い。マリカはしばらくそうしていた。滑稽ですらない自分に反吐が出そうだ。
「ローレット、行こうっと」
マリカは立ち上がった。いまとなってはたいした依頼もないが、人と接するのが怖くて、依頼という形でしかヒトらしく振る舞うことができない。その依頼も次第に減っていって、まるで茹で上げられているカエルだ。ゆっくりと首を絞められて呼吸がしづらい。
……どうしたらいいんだろう。
贖罪。罪をあがなう。今のマリカはそのために生きている。その贖罪の方法すらとりあげられていく。魔種どもは力を失ったと聞くし、不幸な目にあう人々は減りつつある。いいことだ。世界は安全で善良で、だからこそマリカは息が詰まる。
無感動に依頼を眺めていたマリカは、ふと目を留めた。人の肉の味を覚えた熊を退治してほしい、という依頼だった。そっと依頼書へ手を伸ばすと、横から伸びてきた手とぶつかった。
反射的に振り返ったマリカは、小さく声を上げた。
そこに立っていたのは、くしけずった髪をさっぱりとうしろでくくった少女に見える誰か。忘れようのない赤い瞳。長い耳は幻想種のあらわれ。目と目が合うと、相手は気恥ずかしそうに微笑んだ。
「久しぶり」
少女の名はアフレイド。かつてはマリカと同じように罪を重ねるだけだった存在。だがこの変わりっぷりはどうだ。ぼろぼろだったシャツは真っ白に。リュックとパンツの冒険者スタイルが板についている。古着なのか使い込まれた感じは受けるものの、それ以上にこざっぱりとして清潔感がある。別人のように変わった彼女は、親しげな光を浮かべてマリカを見つめている。
「あっちで、お茶でもどうかな」
あんまり驚いていたから、マリカは簡単に首肯した。それなら、とアフレイドは手を差し出し、マリカの手を握った。柔らかみを残した、あたたかな手だった。
ローレット併設のカフェは今日も賑わっている。マリカはストレートティーを、アフレイドはパンケーキの紅茶セットを頼んだ。なぜこんなことにと悩みながら、マリカはやってきた紅茶を味わう。紅茶は程よい温度で、舌の上を優しく撫でていく。
「元気そうでうれしいよ」
口を開いたのはアフレイドの方だった。
「あなたのほうは、いろいろあったみたいね」
どこからどうみてもひとなつっこい新米冒険者といった風情のアフレイドと視線を合わせる。アフレイドがほのかに笑う。ホタルが火を灯すようにきれいな笑み。
「うん、いろいろあったよ。なにより、君たちに命を救ってもらったことが大きい」
きっとあのまま殺されたら僕は怨霊にでもなっちゃってたかもと。パンケーキへナイフを入れながら、アフレイドはのんびりとそう言った。
「あれから旅をして、いろんな人と出会ったよ。みんないい人だった。一夜の宿、食事、みんな、にこにこしながら世話をしてくれた。知らなかったんだ、ぼく。知らなかったんだよ。こんなにも世界に善意が満ちているなんて。そりゃ売られそうにもなったし、ひどいことされそうにもなったよ。だけど、そんなのはほんの一部だった。十人のうち一人が悪人でも、残り九人が善良なのは変わらない。僕は一人の悪人だけを見て、世界はこういうところだって判断していたと気づいたんだ」
「そう……肉種のあなたがね……」
「うん、元凶が倒されて僕の力は衰えつつある。この力が全部消えてしまう前に、やりたいことがあるんだ」
「なにを?」
「ぼくが奪った人の命の数よりも、もっと多くの人の命を救いたい」
そう断じた瞳はあまりに真っ直ぐで、マリカはいらだちを感じた。
この子は前へ進もうとしている。過去の罪を抱いて。大罪人のくせに。存在すら許されないくせに。マリカの腹の底で憤怒が燃え上がった。ぐつぐつとマグマのように、それはマリカの胸にまで満ちた。
「ふざけないで、あなたみたいなのが!」
気がつくと叫んでいた。テーブルを叩き、アフレイドを睨みつけながら。けれども、それ以上言葉が出てこなかった。
「マリカ……苦しいの?」
「……黙って」
アフレイドは下を向き、やがて顔をあげた。
「ううん。黙らない。だってマリカにお願いがあるから。そのお願いを了承してくれるまで、僕は黙らない」
「……聞きたくない」
「そうだろうね、うん、じゃあ、こうしよう。ぼくららしくやろう」
カフェをでたふたりは、公園へ入った。公園というよりも、遊歩道の完備された森といったほうが近いか。あたりに誰もいないことを確認すると、アフレイドはすらりと腰の剣を抜いた。
「勝ったらひとつだけ願いを聞く。これでどう?」
「……いいわよ」
「本気で行くよ」
「……」
マリカは困惑していた。アフレイドのことは憎い。存在そのものが腹立たしい。しかしアフレイドのまっすぐな瞳を見て、そうではない感情も生まれつつある。
(……これはなに?)
とまどい、惑乱、揺れる思い、マグマの味。許せない相手に、私は、嫉妬している? ばかな。
マリカは陣を敷いた。
「おとおさん、おかあさん、みんな……出てきて……」
ひゅるると喉を鳴らすと、亡霊が姿を表す。巨大などくろがマリカを覆い隠していく。
「切り裂いて、細切れにして、二度と口を利けないようにして」
マリカの周りにつどった亡霊が、アフレイドめがけて疾駆する。アフレイドはさきぶれを剣でいなし。本体は跳躍して避けた。
「あいかわらず死霊術のさえ、すごいね」
「……大切な人たちが私についてきてくれてるだけ、私自身の力じゃない」
マリカが手を振る。死霊がごうとうなり、アフレイドを狙う。アフレイドは器用に横転し、二撃目も避ける。無表情なまま、マリカはアフレイドを指差す。それだけで死霊たちは猛攻をくわえる。アフレイドの服が裂け、薄い血が滲む。
「ねえ」
アフレイドが大きな声を出した。
「もしかして、手加減してる?」
びくんと体が反応した。マリカは自分で自分を抱きしめる。
「そんなわけない、そんなことして、私になんのメリットがあるというの?」
「僕を殺さないというメリット」
「ばかばかしい……」
死霊たちに頼んで、アフレイドを足場の悪い方へ誘導する。あの機動力を少し削げるだろう。それにしても。
マリカは感服していた。戦いの中で見せるアフレイドのバネの強さよ。ガリガリだった体はいまでは健康的な曲線を描き、きちんとまとめられた髪が動くたびに揺らめく。初めてあったときよりも、ずっと強くたくましく、美しくなっている。
「手の内はこれだけ? ぼくからもいかせてもらうね」
ぐちゃりとアフレイドの利き手が変化し、長く伸びる。
「ふん!」
アフレイドがその腕を振る。少し遅れて、伸びた腕が鞭のようにマリカを襲った。とっさに後ろへ跳んだマリカだったが、腕がかすりもんどりうって倒れる。
(え……)
マリカはきょとんと目を見開いた。
(私、ここで死ぬの?)
そう実感すると、ひどく心細くなった。いつ殺されてもしかたないと思っていた。けれど、その時になってみれば、死ぬのは怖いと叫ぶ、心のわがままさ。鼻がツンとして目元がじわりと濡れる。
(死にたいと願っていたはずなのに……往生際が悪すぎる)
まだ。まだ死ぬのはいや。ただ死ぬのはいや。アフレイドの足音が近づいてくる。マリカは顔を覆った。勝者であるアフレイドを見上げたくなかった。
「……殺すならさっさとして」
「そんなことしないよ」
アフレイドが隣へ座り込む音がする。顔を覆ったマリカの手を、アフレイドが慰撫する。
「最初に言ったよね。マリカにお願いがあるって」
「……そうだった。早く言って」
「一度しか言わないから、ちゃんと聞いてね」
アフレイドが深く息をする。
「ぼくがまた道を間違えたら、いつでもぼくの命を奪って」
なんだそれは。マリカはそう思った。
「私に、あなたを殺せというの?」
「うん」
「人を殺す痛みを、私に押し付けるというの?」
「うん、そう、そうだ。でもマリカ、ぼくは君がいい。最後にぼくを看取るのが、君であってほしい」
「なぜ?」
沈黙が落ちた。冷たくも重くもない。お互いの心が溶けて流れて結びつきあうまでのしばしの時間。
「マリカが好きだから」
「……そう」
アフレイドが手を伸ばし、マリカの手を取った。覆い隠されていたマリカの顔があらわになる。
「マリカ、ぼくの死神。君ならきっと、ぼくが行く道を監視してくれる。ぼくが自分の力に溺れそうになったとき、ぼくを殺してくれる」
「……それが好意?」
「うん。ぼくね、マリカの手にかかるなら安心してあの世へ行けるし、どんな刑罰でも受けることができるんだ。ほかの誰かではだめ。マリカ、君じゃないと」
「……重い」
「そうだね。重いよね。うん、ごめん」
でも本当のことだから、そうアフレイドは苦く笑った。やわらかい表情をするようになったなと、マリカは思う。
アフレイドはマリカを助け起こした。そして丁寧にマリカの衣装の汚れを払い、両肩をぽんぽんと叩いた。
「ぼくのお願い、聞いてくれる?」
「……時間が欲しい」
「わかった。ローレットで待ってる、あしたも、あさっても。いつまでも」
いつまでってどのくらいだっけ。マリカの頭にあったのはそれだけだった。
帰宅したマリカは玄関で服を脱ぎ落とした。裸のからだがあらわれる。まだあのぬくもりが残っている気がして嫌だった。マリカはそのまま風呂へ向かい、シャワーを最大限にする。まだ冷たいシャワーに打たれ、マリカはぶつぶつとつぶやく。
「お願い……殺す……私……アフレイド……」
なにが殺してほしいだ。なにがマリカが好きだから、だ。噴飯ものだ。自分はこんなにも、こんなにも? どう思っていたのだっけ、あの、痩せぎすの細い体を、おびえて泣くしかできないアフレイドのことを。シャワーの水があたたかくなってきた。ぬるま湯がアフレイドの手の温度を思い出させて不快だった。マリカはシャワーを止め、踵を返して脱衣所へ突進する。おなざりに体を拭き、長い髪を乾かしもせずベッドへ潜り込む。寒い。冷たい。ほっとする。
私の人生に光はいらない。私の人生にぬくもりはいらない。だって耐えられなくなってしまうから。自分が犯してきた罪に。
じんわりとあふれでてきた涙を、マリカは止めることができなかった。頭まで布団を被り、子どものように泣きわめく。大声を上げ癇癪を起こしてどうにか自分の心を操ろうとする。そのたびにアフレイドの真摯な瞳が思い出されて、マリカの心は嵐の海の小舟のように揺らいだ。
やがて力尽き、マリカは眠り込んだ。
そして夢を見た。真っ白な場所へ、ぽつんとひとり。髪は荒れ放題で、服とも呼べない襤褸布を身にまとっている。どこかから声がひびく。
『罪深きものよ、汝なにゆえ生を欲するか』
(そう、私は罪を犯した女。生きていていいはずがない)
しかしマリカの口が勝手に動く。
「は! 知ったことじゃない! 私は私、私のまま生きていく!」
マリカは驚き慌てた。しかしマリカの口は次々と言葉を吐いていく。
「世界が敵に回ったって! 私は私の生をまっとうする! 私は愛されているから! 私を愛してくれるたくさんの隣人! その人達を裏切りたくないから!」
『おお罪深きものよ。さらなる悪業を重ねるというのか』
「悪、悪、ね。よろしい、いいじゃないの、承るわよ! でもあんたたちの思い通りになんてならない! 生きて生きて生き抜いて、誰かを笑顔にして見せる! 重ねてきた悪行以上の善をなしてやる!」
『よくぞ吠えた。そこまでいうならなにも言うまい。見ているぞ。汝の行いを。心臓を天秤にかけるその時まで』
白い世界がぎゅるりと渦巻いて、マリカもいっしょにねじれていく。ふしぎと怖くはなかった。むしろ気分は晴れやかだった。
寝癖まみれで、マリカは布団から起き上がった。寒い。冷たい空気にふるりと震える。ようやく何も着てないからだと気づいて、クローゼットの前へ移動する。着替えながら夢の内容を反芻した。
夢。夢にしては克明に覚えている。
「私は愛されているから……ね」
自分が吐いたセリフが、ひどく笑える。自嘲を浮かべながら服を着替え、玄関に脱ぎ散らかされた服を片付けた。頭の中で夢のなかの言動がリフレインしている。
「私……自分で思ってるよりも……死にたくない、のかな」
そんな、そんなこと……。
「許される、わけがない」
それからマリカは、知り合いの家を転々と泊まり歩いた。知り合いたちもマリカと交友関係を持つだけあって一癖も二癖もあるやつばかり、でも最後には必ずマリカを家へ入れて休ませてくれた。マリカは猫のように、なにもせずどうもしなかったが、知り合いたちもああしろこうしろとは言わなかった。数日泊まったあとには、マリカは軽く礼を言って次の家へいった。
気がつけば一ヶ月が過ぎていた。泊まる家がなくなったマリカは旅へ出た。目的はない。ただ、いろんなものをこの目で見てみたかった。高い崖で崩れる波濤。火を吐く山。どこまでも続く大森林。おだやかな牧場。かがやく日の出。ローレットの特異運命座標だといえば、誰もが一目置いて歓迎してくれるだろう。世界を救った勇者だと。しかしマリカはそうしなかった。旅の中で、マリカはマリカだった。それ以上でも以下でもない。ただの旅人。ときには野宿もした。居心地のいい場所を見つけたら、簡単な家を作ってみたりもした。そんなふうにぶらぶらしているうちに、半年がたった。路銀が底をつきかけている。そろそろ稼がねばならない。
マリカはローレットへ出向いた。依頼書を見たかったからだ。けして、期待していたわけではない。閑散とした冒険者の拠点をながめていたかったからだ。けして、もしかしたらなどと思ってはいない。併設のカフェの味を思い出したからだ、けして、その人を探しに行ったわけじゃない。なのに。
入口で柱へ背中を預けている姿を見かけた瞬間、マリカの心臓は跳ね上がった。きっちりと結われた髪。冒険者風のいでたち。赤い瞳。その目がこちらを向き、ぱっと笑った。
「マリカ!」
気がつくとマリカはアフレイドの腕の中だった。おもいっきり抱きつかれて、マリカは息もできない。
「……待ってたの?」
「待ってたよ!」
「ばかじゃない、の? 半年以上経ってるのに」
「いつまでだって待つっていったよ」
「……ほんとうに、待っていてくれたんだ」
「うん!」
アフレイドの笑顔のまぶしいことよ。その笑顔は光の矢となって、マリカの胸の奥へ突き刺さった。
(憎い……こいつが……うらやましい……こいつが)
まぶしくてまぶしくて、引き裂いてしまいそうだ。以前のマリカならそうしただろう。でも今はわかる。
『ぼくが奪った人の命の数よりも、もっと多くの人の命を救いたい』
それはマリカ自身が願った贖罪の在り方。そうだ。アフレイドもまた、贖罪のために生きているのだ。マリカはようやく合点がいった。せめてもの意趣返しに、口を開ける。
「偽善で罪の意識を上塗りしようたって、できはしない」
「そうかもね、でも罪を重ねるよりずっといい。マリカ、お願い、ぼくがまた道を間違えたら、いつでもぼくの命を奪って。それができるのは、君しかいない」
同じ痛みを抱える者同士だから。アフレイドの手がマリカの服をぎゅっと握る。
「それをなすのが、君であってほしい」
「……そう」
マリカは思い返していた。旅での出来事を。世界はやさしく、あたたかく、善意にあふれ、美しかった。マリカが見てきた世界は、その片面でしかなかった。見方を変えれば、こんなにもすばらしいものを、やさぐれてひねこびた、斜に構えた眼差しで見ていた。
「マリカ」
アフレイドが腕を解き、マリカの前へ立つ。
「ぼくのこと、嫌いだよね?」
返答に窮するマリカの前で、アフレイドは続ける。
「それでいい。ぼくを殺したいくらい憎んでくれていい。そうすればぼくを殺すとき、君が救われる」
ああ、なるほど、そういう理屈か。マリカは吐息をこぼした。こいつは私だ。私と一緒だ。わがままで強欲で、なんでだろう、すこし笑える真剣さ。
「あなたひとりくらいじゃ、私は救われない」
「そっか……」
わかりやすくしょんぼりしたアフレイドを、マリカは観察した。古着の冒険者装束は、すこしほつれている。きゅっとしばった髪は若干いたんでいて、以前よりもまろくなった体の線のせいで、古着がはちきれそうだ。針仕事はあまり得意ではないと見た。
「でも、あなたが私のためにそう考えてくれたことは……」
その言葉は、ずいぶん久しぶりだった。舌の上に載せたまま、マリカはためらい、やがて観念した。
「……感謝してる」
「マリカ」
アフレイドの瞳が潤んでいる。
「お願い、聞いてあげる。せいぜい長生きしてちょうだい。あなたが死なないと、私も死ねない」
「ありがとうマリカ、ぼくの死神」
「いつでも見張ってる、何をするときもね。ええ、見張ってあげる」
マリカはふところから小さな水晶玉をとりだした。
「血を」
アフレイドは心得たようにナイフで指先を切る。しずくがぽとりと水晶玉へこぼれた。血を吸った水晶玉にぼんやりと影が浮かぶ。やがてそれはアフレイドの姿をとった。
「契約完了。あらためていうけれど、私、あなたのこと好きじゃないから」
「知ってる。でもぼくのお願いを聞いてくれた、ありがとう」
「どこへでもいけばいい。勝手に人を助けて、いい気になればいい。でもね」
「なに?」
こくびをかしげるアフレイドへ、マリカは指を突きつけた。
「そのぼろぼろの古着をつくろわせなさい。みっともないったらありゃしない」
「……いいの?」
「いいに決まってるじゃない。私がそうしたいからそうするの。拒否権はないから」
そう言い放たれ、アフレイドは小さく笑んだ。
「ありがとう、君がぼくの死神でよかった」
「何も礼を言われる筋合いはない。ほら、行って。私の住処へ案内してあげる」
「うん」
アフレイドからそっと手が差し出される。マリカはその手を取った。何かが始まる気がした。
何かが始まる、いつだってそんな期待を抱いていた。これをなせば、これをなしたら、そう思ってここまでやってきた。結果はボロボロでされどまだ両足へ力を込めることができる。立つことができる。次こそは、高い山を乗り越えて、美しい朝日をおがむことができると、信じられる。それはきっと希望と呼ばれるもの。マリカとアフレイド、ふたりのパンドラへ残った最後のかけら。
嫌い、嫌いだけど放っておけない。
後ろめたい、後ろめたいから近づきたい。
相反する想いはたしかに矛盾しており、ねじれねじれて、だからこそ交わることができる。
「ついでに角の食料品店によるから」
「うん」
そういえばアフレイドの好物はなんだっただろうか。そんなことまで考えてしまう。さようなら、悲しき日々。心は混沌のまま、いま静かに決別する過去。寒い夜は足を取られるだろう。風のない日は心がざわめくだろう。それでもなお、向かわねばなるまい。生き残ったものへの、これは罰。生きていかざるをえないもの同士、あっちへふらふらこっちへふらふら二人三脚。だけども独りのままより、ずっといい。
「荷物くらい持ちなさいね」
「わかってるよ」
人間になりたい化け物と、ワルツを踊る日々を送る。足を踏んだり踏まれたり、きっと滑稽に違いない。
- マリカとアフレイドの話~滑稽~完了
- GM名赤白みどり
- 種別SS
- 納品日2025年12月17日
- テーマ『これからの話をしよう』
・マリカ・ハウ(p3p009233)
・マリカ・ハウの関係者
