PandoraPartyProject

SS詳細

そして――蝶が、還り逝く。

登場人物一覧

武器商人(p3p001107)
闇之雲
斉賀・京司(p3p004491)
雪花蝶
鵜来巣 冥夜(p3p008218)
無限ライダー2号
アカネ(p3p010962)
ゆめのひとかけら

 その時、京司の腹に迫り上がった感覚は正しく"死の気配"であった。臓の何れかが腐り落ちて燃える気配がする。
 眼下に影が生まれる。顔を上げれば武器商人が立っていた。

 ――もう何年も生きていられないから、話を聞いて欲しい。
 そう告げる京司の瞳は凪いでいた。それ故に美しく哀しかった。もう何年も前からこの日を知っていたかのような瞳だった。
 事実、
 斉賀家は荒神奉る
 ――斉賀家当主は、当主となった瞬間に荒神の力を使える代わりに身の内を蝕む呪いを得る。
 6歳で両親が死、まだ内部がごたついた頃に当主へと祀り上げられてから28年ほど。歴代の当主と比べたら34歳は長生きの部類だった。
前当主が31歳で逝ったから、それと比べても僕は長生きなのだよ。十二分にね」
 歴代最年長の斉賀京司は記録にあるだけで39歳。40、50歳を超える者は記録になく、大抵は30代で亡くなっている。
 なんだよそれ、と低く唸った声をあげたのは冥夜だった。
「そんな、そんなの……! なあ、店主!! 呪いを解除できないのか?!」
「あかね、またせんせぇと『さよなら』するの?」
 瞳を揺らすアカネに残酷にもそうだよ、と告げながら京司は冥夜の拳を自らの手を重ねてその色素の薄い瞳を見る。いつかのように。
 静かに首を振り、アカネの頭を撫でてーーやがて商人をまっすぐに見据える。
 良く出来た人形のように静かだった商人がしっかり両目を開けて真正面から京司を見据え返す。

ーー人間の息子、トキ、斉賀京司。どうする?
ーーそれはもちろん、ならないよ。

 それは夜とも朝とも見分けがつかない深い森で、永久とこしえの季節を繰り返した御伽噺の魔法使いと、その魔法使いの息子のいつもの問い。
 いつも通りの、絶対に覆らない答え合わせだった。魔法使いの息子が人間の斉賀京司である故に。
「…………そうかぃ。それならもう我に出来ることはないよ」


 京司は元の世界へ帰る準備を始めた。その中で、どうして悲しげなのかを知った。
「僕は『斉賀京司』を終わらせる為に生きて、戦っていた。自由を求めて」
 父が当主であった。だから男として産まれた瞬間、母の手によって当主として生きよと鍛えられ、産まれてすぐ決められた許嫁に後継を産ませよと育てられた。
 『斉賀京司』とは、斉賀家当主だけが継ぐ名前で親から貰う本当の名前などではなかった。
親からの名前そんなものは真名となって溶け消えた。
 父は卒なく何でも出来て他所に女子供を作る男であった。
 母は家の定めに逆らえず自分達を産み、父と斉賀家を恨んで憎んだ父と殺し合って死んだ。
 それから当主とされて、心身を脅かされながら、或いは想い慕われながら今日までを生き抜いてきた。
「アカネくらいの頃、海に置き去りにされた事があって。それから海が駄目になった」
 誘拐され、気づいたら子ども用ゴムボートで夜の海の上。悲しさよりも寂しさが勝った夜だった。

 降り立ったその世界は、秋空だった。混沌生まれの冥夜とアカネは世界を渡れるか不安だったので留守番を頼み、混沌外生まれの商人と共に来ていた。
 何処か練達を思わす世界だが遠く僅かに、それでも神秘が息衝く世界だった。
「それで、何をするつもりだい?」
 京司の実家とも言える大きな武家屋敷を前に商人が問う。それに流し目ひとつ分振り返って京司が答える。
「僕の死を以て、斉賀家を終わりにする。その為の情報収集と牽制を、今からする」
 ひとりでに武家屋敷らしい重苦しい門扉が開かれ、京司に招かれる形で商人はその家へと足を踏み入れた。
 長年の不在にも臆さず主人へ跪く数人の使用人。
 京司は躊躇いのない足取りで屋敷を進み、大広間へ出た。出迎える者が居ると分かっている挙動。
 途端、燃え盛るような赤毛の女が襖を開けた京司の首に霊力を帯びた銅線を差し向けた。
 京司は後ろを歩く商人のみを守るように片腕を伸ばしただけで女に対して無防備を貫いた。
 女は京司を冷たく見据えた後、部屋の隅へ下がった。
「おかえりなさい、京司叔父様」
 その部屋の奥、最も上座とされる場所にその少年と少女は座っていた。
 艷やかな黒髪に雨上がりの雨粒に輝く緑の瞳で柔らかく微笑む少女は何処か西洋人形の風情がある。
 そして、黒い巻き髪に薄曇り空のような薄い水色の瞳で人好きする笑みを浮かべるその少年の容貌は、斉賀京司と酷似していた。
 京司が一瞬、歯噛みする。それからふっと力を抜いてその瞳に悲しげな笑みを湛えて立ち上がって出迎える少年と少女とそれぞれ抱擁を交わした。
「泣かないで、悲しまないで。あなたを手伝いたいって決めたのは俺達なんだから。叔父様が最期を決めたように」
「これが私達の精一杯の親孝行でお別れの仕方なんだ。あなたが愛してくれたように、私達も愛してるよ、叔父様」
 …………やがて、京司はを見ることなく、仮死状態となり商人と共に混沌の世界へと帰っていった。少しでも術式が発動しやすくする為だった。
 今頃は一夜だけ斉賀家当主となった京司の甥と姪が奮闘しているはずだ。葬式が終わった時、斉賀家の全てが終わるように。


 それから戻って目が覚めた京司は、必要な引き継ぎを終えて全ての仕事を辞した。
 もう彼をマネージャーと呼ぶ者も、ラパンノワールと呼ぶ者は、いない。
 消化器官が溶けて食事量が激減し、眼鏡の度数もだいぶ進んだ。
 元々ワーカーホリックを心配されていたので、アカネの送迎の任務以外は好きにしていた。
 言っても趣味が殆ど酒と甘味と魔術で、その甘味もかき氷やアイスクリーム、ゼリーのような口溶けの良いものしか食べれなくなった。
 京司の状態を聞いた友人やかつての仕事仲間が見舞いに来る事も多々あって、その度に京司は自分で出迎えて可能な限りもてなした。
 それ以外だと学校から帰ったアカネに手品を教えたり、家族で甘味屋巡りなんかをすることが多くなった。
「あれ? せんせぇ、絡まった!」
「ん、貸してごらん。……ああ、ここだ。ほら、通して」
「直った!」
 雨の日は特に家にいて、アカネと過ごす事が多くなっていた。
 不意に小さな体を抱き上げて膝上に閉じ込める。
「なあ、アカネ。ひとつ頼まれて? ……冥夜の傍になるべくいてやってくれ」
「めーやくんはさみしんぼだもんね。あかねがいるからさみしくないよ。……あかねもさみしくないよ」
 うん、と呟いて強くアカネの小さな体を抱いた。


「ただいま、京ちゃん」
「お帰り、冥夜」
 夜になると冥夜が帰ってきて抱擁と口づけを交わすのが日課となりつつあった。最初の頃、キスだけで顔を染めていた男とは思えない変わりようだ。
 変わった事と言えば、冥夜の勤務時間も短縮されていた。ほんの少しでも京司の傍にいた方が良い、と冥夜本人と仕事仲間達が決めた事だ。
 特に冥夜の仕事仲間達は合理性よりもロマンスを優先させる特徴を持っていた。ホストという仕事柄故だろう。
 日中の様子や些細な日常を話し、ただ触れ合うだけの夜もあった。何時ぞやに京司が冥夜の体温を好み、求めた事をずっと覚えているからだ。
 冥夜が京司の世話を焼きたがるから見目こそ若く美しいままだが、その内側は確実に衰えていて段々と歩行が危うくなり始めていた。
「京ちゃん、手を」
「うん」
 階段や坂道に差し掛かると京司は杖を脇に収め冥夜が差し出した腕に掴まり、抱き上げて移動する事が増えた。
 そうやって移動しても苦じゃないほど、京司の中身軽くなった証拠でもあった。
 そのままカフェの席に座り、メニュー表を開く。迷わずソフトクリーム盛り合わせとスカッシュゼリーを頼み、冥夜の注文を待った。
 その日は2人きりのデートだった。成長目覚ましい豊穣のカフェで遅めのランチをする。
 ゲートを使って各国の美しい風景や新しい商業施設を度々訪れる事は半ば習慣のようなものだった。
 冥夜も仕事をしていた頃の京司も仕事柄、最新の流行を常に仕入れる必要があったからだが半分趣味なのも確かだ。
 冥夜は最新のものは何でも興味を持ったし、京司は最新のスイーツは今でも試したがる。体が受け付けるかどうかは考えず。
 ゆっくりとランチを終え、街を見下ろせる見晴台へ。海と新しい施設の工事とそれでも多く残る自然が面白い景色を生んでいた。
「あの施設は遊技場となるのだっけ」
「ええ、古来の遊技をモチーフに作った競技をやるのだとか」
 ぽつ、ぽつ、小雨がちらつくような間隔で話しながら夕暮れの空を観る。
 どれほどそうやっていたのか、いつの間にか繋いでいた手に風が吹き込む。
 遠くの空から紫色が垂れ込み始めた頃、京司の頭が冥夜に肩に乗った。
「……冥夜、ありがとう。ずっと温もりをくれた」
「京ちゃん……?」
「僕は、僕はどうしようもないほど現世ではない常世に取り憑かれた人でなしで。戀をすれば置いて逝かれる寸前で追いつく愚図で。人を大切にするやり方が分からなくて愛情を原液で投げ棄てるような掛け方して結局は傷つける愚か者だった」
「京ちゃん、違う! 京ちゃんは」「最期まで聞けよ! 聞いてくれ!」
 悲しげな顔で否定しようとする冥夜に被せるように京司が短く叫ぶ。手が解けて片手が胸倉を掴む。
 気を取り直すつもりで京司が息を吐く。ほんの僅かな喘音。
「そんな僕に冥夜が来てくれたんだ、僕を追う者として。破天荒で野心家で呆れるほど純真な、突風。その烈しさは、僕が人でなしでも愚図でも投げ棄ても頑丈で――ひどく安堵して嬉しかったんだ。だから、ありがとう。僕の答えは冥夜だ、最初で最期の戀人伴侶よ」
 包むように口吻を遺して、京司はそれきり冥夜の体温に甘えていた。
 あんなに遠かった紫の空がすぐそこに迫った頃。冥夜の瞳には、涙があった。

おまけSS『蝶が飛び去った頃』

 京司の墓は友人の眠る深緑だった。美しい晴れの日に墓へ収まった。
 もう彼が目覚めることがないのだと知ったアカネはわんわんと泣いた。
「つぎにせんせぇにあいにいけるまで、あかねがめーやくんをひとりじめしちゃうからね。ずるいでしょ。…だからね、せんせぇからあいにきてくれていいんだよ?」
 泣いて、泣き腫らしてやがて冷たくなった手を握って別れを告げた。
 そのアカネの小さな手を握っていた商人は「またね」と短く告げて、冷えた頬を撫でた。
 3人で墓のある野原から歩いて降りていく。
「しょーにんさん、めーやくん。あかねね、またいつかせんせぇさがしにいくんだ。そのときは、おてつだいしてね」
「ヒヒ、勿論だとも」
「きっとまた会いに行きましょう」


【煙草】
 斉賀家裏庭、コレクションの酒や酒器が並び、実質未成年立入禁止となっている場所。
 未成年が来ないので、喫煙所も兼ねていた。
「その体で煙草吸うとはな」
「久々だったのだけれど、その銘柄」
 赤毛の女は京司の唇から煙草を抜いてそのまま吸う。
 2人とも座りもせず、ただ縁側に横並びに立っていた。
「……本当にあの2人に呪いを移さずに出来るので?」
「理論上は僕の仮死と闇乃雲の妨害で。……僕、若さんには一発貰う覚悟で帰ってきたんだが」

 瞬間、赤褐色の瞳と黒の瞳が交わる。先に格好を崩したのは京司だった。
「若さん、勝手でごめ」「良い」
 女が京司の目の前に立ち、まっすぐ見詰める。
「アタシと京司は確かに許嫁だし、アタシはその立場を使って今日まで斉賀家とあの子達に手出しされないようしてたさ。けど、良い。アンタの死出の計画に戦友として交ぜてくれた、自由をくれるっていう約束を守ってくれたのだから、もう良いよ」
「…………うん、ありがとう。若さんはやはり、イイ女が過ぎるな。僕のような男とじゃ勿体なかった」
「当たり前だろう、アタシは自由を駈る鷲なのだよ。あの子達のことは任せろ。京雅も京寿もアタシの戦友の忘れ形見、守ってやるから最期まで勝手にするんだね」
「ああ、然様ならば」
 アタシも勝手にする、と女は告げて京司とすれ違うように裏庭を出ていく。
 その手には、軽くて吸った気がしないと言われるメンソールの強い煙草があった。


【さいしょでさいごの】
 少年と少女はこの日はじめて、五つ紋の黒い着物を着た。
 少し裄丈が足りないそれは、斉賀家当主の喪服。
 今宵、2人は斉賀家最後の当主として叔父の葬式を執り行い、その終焉を宣言する。
「京寿、大丈夫?」
「京雅こそ」
「行こう、俺達の出番だ」
「行こう、私達の開幕だ」


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