PandoraPartyProject

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褪せぬ我が世の走騒譚

登場人物一覧

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色


「どうも」
 現れた男は久しく見なかったにも関わらず、飄々とそんな挨拶を言ってのけた。
 時間の感覚でも無いのか?
 若しくは人付き合いの感覚が他とズレているのか?
「お久しぶりです、イズマさん」
 続いたその言葉で、後者寄りなのだろうなとイズマ・トーティスは逡巡したままの表情を微笑に変える。
「変わらないな」
 そう言ったイズマに、男は口元の布をぐいと引っ張り上げて答える。
「貴方もですよ。音楽活動を中心にされていると聞いたので、それらしい所を探していたんです。聞き覚えの有る打楽器のリズムに釣られながら……ね」
「……本当に久しぶりだ。相変わらずそうだな」
 男の方はイズマの言葉に眉の一つも動かさない。
 ただ、鼻から下を隠した外套から数少なく見えている目元は無言で挨拶を交わすように少し傾いた。
「息災そうで何よりだ。黒宮さん」
「ええ全く……最後にお会いしたのは再現性東京でしたか。大変でした、あの時は」
「金城……美也子さんの一件か」
 混沌世界の小さな混沌。
 再現性東京に落とされた一滴の黒い水。
 瞬く間に広がった波紋だったが、波が落ち着くのも急速ではあった。
 黒宮に促され、二人して足を動かす。
「結局、彼女は……?」
 三歩も踏み出さぬ内に出たイズマの問いに、黒宮は前を向いたまま返答した。
「見失いました」
 多数のイレギュラーズも巻き込んだ事件は、惜しくも真相に行き着くには時間が足りなかった。
「弥奈月さんは笑ってましたけどね」
 そう、黒宮は付け足す。
 弥奈月 鏡也。その名前をイズマは知らないかもしれない。
 その男はこう言ったと言う。
『これで終わった? フフ……さて、どうだろうね。僕としては、まだ追いかける気持ちでいるよ』
 沈黙が二人の足音に重なった。
 人の混沌はまだ世界に潜む。
 いつの世も、災禍の種は芽吹く時を選ぶかのように見えぬ足元に撒かれている。
 己の付ける足跡を見下ろしながら、イズマは徐に口を開く。
「……じゃあ、今日はその事の依頼に……?」
「あ、違いますよ。今のは只の与太話です」
 あっけらかんとした口調で黒宮は即答した。
 そして迷う事なく狭い路地に入り込んだ黒宮は「近道しましょう。待ち合わせの時間ギリギリですから……そろそろ蹴られます、私がね」と謎めいた言葉を言いながら早足になった。
 路地は向かいに抜けている。
 とある屋敷の大通りだ。そしてそこまで出れば、イズマにも見覚えの有る光景が視界に流れ込んで来るだろう。
「貴方を訪ねたのは……ええ、勿論理由が在ります。お誘いするだけなら、もうちょっと早くても良かったのですが」
 言いながら辺りを見回す黒宮に比べ、イズマは眼前の建物に懐かしさに目を奪われたかもしれない。
「急に連れて来られただろうイズマさんは兎も角として……!」
 聞こえて来た怒りに震える声は、覚えの有る少女のものだった。
「何でアンタがいつもの普段着なのよッ!!」
 声と同時、黒宮に鋭い蹴りが突き刺さる。
 まぁ彼なら大丈夫か。そう確信したイズマは小さく呻いて倒れた黒宮より、小綺麗なドレスに身を包んだ少女の方へ微笑を向けた。
「久しぶりだ。そっちも変わらず元気そうだな、凜華さん」
「……イズマさん! ごめんね、急に!」
「いや……それより、その格好」
「あぁ、これ……」
 六刀 凜華。
 小柄で黒髪をしたその少女は、自分の服を見下ろしながら照れ臭そうに微笑した。
 イズマはその格好の理由を知っている。
 いつかの日もそうだった。
「舞踏会……? そういえば、有ったな。いつかの依頼でも」
 今の暖かな陽射しが寒空へと変わる頃、記憶の息も白へと変わる。
 この目の前の豪邸の主人はうら若き女性。
 その女性が主催するパーティーは。
「……シャイネンナハト」
 から、ちょっと日にちがズレるのだ。
「とはいえ、今回は時期ごとズレてしまったようですが」
 黒宮は付け足す。
「あ、来た来た!」
 イズマがぼんやりとかつての依頼を思い浮かべていると、遠くから門が開かれる音と快活な若い女性の声が響いた。
 綺麗な蒼い長髪。寒い青空の下でも爛々と輝く緑色の瞳。
 ミゼ・ルカータは老執事のギューネイを後ろに携え、小走りでイズマ達の元に駆けて行く。
「何年ぶり!? ……そんなに経ってないっけ! ま、それはそれとしてよね! やっとこの台詞が言えるわ!」
 ミゼは咳払いを一つ、姿勢を正しながら改まって笑顔を見せた。
「『また一緒に会えた』わね!」
 その後ろから静かな足取りで老執事が寄ると、皆の近くで立ち止まって深く頭を下げた。
「その節は、お世話になりました。ええ、とても……皆様と顔を合わせるのは、これが初めてで御座いますが」
 そうだった。
 前にここに来た時に居た老執事は、恐らく頭から最後まで会場を賑わせたあの怪盗メルヘスだったのだ。
 本物はその後、保護されたという話ではあったが……。
「身体の方は……」
 少し、探り気味なイズマの声。
 ギューネイは笑って答える。
「お陰様で。寒い倉庫で服を剥ぎ取られて数刻。私は忍耐力というものを会得しましたぞ」
「それは何より……ところで」
 言葉を出したのは黒宮だ。
 彼は首を小さく傾げると、目線を豪邸の入り口へと移す。
「そろそろ中に入りませんか? 私、手が悴んで……」
 その脇腹に、もう一蹴り。
「どこまでマイペースなのよ、アンタ!」
 何十人も踊るダンスフロアホール。
 ふと横を見れば大きな温水プールが音を立てて跳ねている。
 奥からは香ばしい匂いがフロア中に放たれているし、ホールに向かう途中の通路でさえも以前より人々が所狭しと詰められていた。
 これも混沌世界に平穏が訪れた証拠だろうか。
「相変わらずシャイネンナハトの当日だけは不参加になっちゃったのよね、皆」
 そうぼやきながらミゼは先頭を進む。
「それでキャンセル対応と日程調整に追われた結果、ズレにズレた上今日のミュージシャンの手配を抜かしちゃって」
「ローレットにまた依頼が舞い込んで来たって訳ね」
 凜華がやや歩きにくそうにしながらその後ろをついて行く。
「ふ……」
 と、変わらぬ表情で黒宮は息を漏らした。
「限られた狭い通路に私と六刀さんとイズマさん……思い出しますね、私達が初めて会ったあの天義の……テュリム大神殿の戦闘を」
「あの時が一番ヤバかったかもね。イズマさん達が来てくれてなかったら、二人で敵線こじ開けるしかなかったもん」
 凜華は今まさに追憶の中に居るかのような苦い顔になり、イズマはその顔に思わず微笑を漏らさずにはいられない。
「まるで今報告書を読んだみたいな顔だ」
 すると黒宮はまず短くこう答えた。
「読んだんですよ」
 唐突な沈黙の時間。
 それはまさか本当にその通りだとは思わなかった空気の間だ。
「このパーティーに関する報告書の合間ですがね。前回の依頼書が有りましたので、参考にさせて頂きました。そしたら、有るじゃないですか」
 黒宮は、ゆっくりと視線を青髪に動かした。
イズマ貴方の名前が」
「つまり、音楽隊としてローレットの依頼を受ける訳だな。今回は」
「左様で御座います」
 イズマが得心のいった表情で呼ばれた理由を確認すると、執事ギューネイは即座に感服した声色で肯定する。
「黒宮さんと凜華さんは参加しないのか?」
 イズマが二人に目線を配ると、やや重い沈黙が流れる。
「私は、音感というのに恵まれてなくて……」
「……アタシ、前やった時に力加減出来なくて楽器壊しそうになっちゃって……」
 さて、そうと決まれば会場の下見。
 と言っても、イズマのギフトを考えればそれも短い時間で済むかもしれない。いや、イズマの音楽経験も合わさっての事だが。
『響音変転』
 そのギフトは音色を変える。
 もっと正確に言うならば、声や足音など自分の鳴らした音の音色を変える事が可能だ。先述の依頼の際には、このギフトを用いて人々の心を惹くストリートビートを奏で上げてみせた。
 今回備わっている楽器類も申し分無い。
 となれば後は自分の実力だ。
 舞台上で操縦者を待つ幾種もの楽器。
 イズマはその中から……。
「うん、これでいこう」
 中央やや奥に鎮座していた、ドラムの丸椅子に腰掛けた。
 ――一音目は静かに足を踏み鳴らす。
 キックペダルには触れていない。
 騒めく会場に響き渡ったのは確かなカスタネットの産声。
 会場は、最初の一音で静けさに制された。とても小さな、しかしその場を包み込むような音。
 今から何か始まるんじゃないかという、心臓が飛び跳ねる前に大きく膝を曲げ始めたような、革命の一音。
 静まり返った場に差し込まれる続きの音。
 イズマの爪先が床に触れる度、その音が連続してリズムを刻む。
「いつ目にしても興味が湧きますね」
 遠くで呟いた黒宮の声は、次第に大きく反響する音の波に飲まれていく。
 観客達の静けさは確信に変わる。
 ――!
 動く。
 音に合わせた人の鼓動が。
 会場にはたった一人のオーケストラが広がる。
 誰もが目を奪われた。
 誰の耳も酔いしれた。
 そして音楽に精通していない者すらこう思う。
 俺も、私もあそこに立って鳴らしてみたい。
 楽器なんて触った事もないけれど、きっとイズマならカバーしてくれるんじゃないか。
 音の雨を全身に浴びながら、皆の視線はステージから外れない。
 そして、誰もが疑いもしなかったその瞬間だ。
『ハーハハハハッハッハッ!!!』
 会場にとてつもなく大きな、まるでこの世の主人公にでもなったかのような笑い声が響き渡った。
『彼のパーティとあらば雪辱を晴らす時!! よもや忘れていたとは言うまいよ!』
 同時、会場の照明全てが暗闇へと変わる。
 すぐに暗視の瞳へと移行した凜華が全体を見渡しながら呟く。
「雪辱……? ……まさか」
『そう! 私こそ……!』
 無駄に大きな音と共に、イズマの居るステージ上だけが――正確には、イズマの真上の天井付近に丸い光が突き刺す。
「怪盗! メルヘス!!」
「捕まえたハズじゃ……」
「二世!!」
 凜華の疑問に被さるメルヘスの声。
「子孫が居たのか……」
「ただの後継者でしょう」
 イズマの小さな驚きは注ぐ光の先へと打ち上げられる。それが聞こえたのかどうなのか、黒宮の心底どうでも良さそうな抑揚の無い低音声がスルリとステージ上を流れて行った。
「イズマさん! 今度も、またすぐに捕まえてくれますわよね?」
 暗闇の中から溌剌としたミゼの声がステージへ飛ぶ。
 少しだけ、何かがイズマの脳内に引っ掛かった。
「……一番気になったのは特に驚いた様子を見せないその元気な笑顔だ」
 暗闇に、徐々に普通の瞳も慣れていく。或いはスポットライトから享受される薄い光源で浮かぶミゼの表情には、これといって不安そうな影は一切落とされていなかった。
「黒宮さん?」
「ええ、まあ」
 イズマの問い掛けに黒宮は飄々と返す。
「聡い貴方の事ですから、バレるだろうなとは思ってました。実はイズマさんをお呼びした理由はもう一つ」
 そう言うと、黒宮は懐から丁重に包まれた長方形の小さな白い封筒を取り出す。
「それってまさか……予告状?」
「はい。ミゼさん宛てで、ローレットを経由して私が……」
 訝しげに問うた凜華の顔が、遠目からでも震えているのが判る。
「言え!! せめてアタシには!!」
 暗闇の何処かで黒宮の痛そうな声と鈍い音が聞こえる。
 しかしそこは流石イレギュラーか。瞬時に切り替えた黒宮と凜華の二人が共にステージに、イズマの両隣へと躍り出た。
 それと同時に、メルヘス二世も三人と対面するようにステージへ降り立つ。
「今回は三人だけか。連携が大事になるな」
「まぁ、何とかなるでしょう。皆さん腕が鈍っていなければね」
「二人とも、戦闘イケる? サポートは任せて!」
 混沌の世は終わった。
 けれども、終わったからこそ思い出す。
 私達の生きる人生は元から混沌とした毎日で、今日も何処かで驚きと、喧騒と、衝撃が満ち溢れている。
 ただ、前と違うのは。
「イズマさん、ここはやはり……」
「ああ、そうだな」
 平和な世で、それを感じ取れる事だろうか。
「挟み撃ちで行こう!」
「挟み撃ちで行きましょう」
 今日の舞台の幕引きは誰が飾ろうか。
『三人とも頑張ってー!!』
『メルヘース! 今度は何を盗ってくんだー!?』

 ――さあ。
 ――これからの話をしてみよう。


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