SS詳細
そんな物語もあるさって、彼は笑ってくれるのだろうか
登場人物一覧
最初は互いに、名も知らぬ相手だった。
一人の男を共通の知り合いにして始まった親交は、何もしあわせばかりではなかった。
「きっとこの人も、同じ人に想いを寄せているんだな」という事に、葛藤が無かったと言えば嘘になる。
それでも、それ以上に。同じ時間を過ごす事で、同じ悩みを抱える事で。育まれた友情が、確かにあった。
これは、そんな友情と別れる話。
●
異世界の皇族であるリディアは、この世界に残る兄に変わり、元の世界に戻ると決めていた。
別に、この世界が嫌いだとか、そういうわけではない。
思い出も、別れたくない友達も、まだまだやり残したこともある。本当に、たくさん。
だとしても帰ろうと決めたのは、やはりリディアと兄は皇族であるからだ。王の世継ぎが二人そろって行方不明というのは国外情勢に大きな影響を与えることだろう。それに、ただあの世界でも待っている人がいる。そして、この世界で生きなければならない兄を王位がどうだのこうだの注文を付けて帰す方が酷であるとわかっていたからだ。
(ま、それが一番いいよね)
寂しくないわけでもない。ただこれが、一番に
冬が過ぎて、春が来て。そうして、いつもみたいに草花が風に揺らぐ草原。幻想某所のその場所は、最近では若者にも流行の隠れた名所なのだとかなんだとか。
帰ると決意をすれば早いか、手続きはあれよあれよという間に進んでいく。借りていた部屋を解約して、使わないものは売りに出して。ああそうだ、領地もどうするか考えないと。お兄様はどうにかしてくれるのかな、なんて考えているうちにカレンダーはどんどん薄くなってしまった。
色んな友人と別れを済ませた。済ませたと片付けてしまうと案外薄情だと謗られそうなものだけれど、そうでないと泣いてしまいそうだった。
寂しくないわけがない。ないのだ、本当に。
「お天気も良くて、散歩日和って感じですねえ」
「いやー、こんなに晴れてるとなんだか卒業式って感じっすね」
「卒業式にしてはあったかいですね」
「ま、春っすから」
思い出されるいくつもの記憶、その数々が自然と口に出る。女三人寄ればなんとやら、ふたりでだってもちろん会話が弾まないはずもなく――。
あの荒れ狂う海ときたら、本当に恐ろしかった。船に乗って、戦って。それを平然とやってのけるようになるまではたくさんの時間を要したものだ。海辺の奇跡を忘れることはないだろう。あのわだつみのうたは、きっといつまでも響き続ける。
虹の架け橋を渡って、深緑の妖精郷の折茂戦ったのだったっけ。家族の形というものを嫌でも思い返したものだ。
豊穣。海洋の海の先。閉鎖的な鬼の里。ラサの秘宝の話。シュペルタワーを上って。練達、R.O.Oとの接続はやはり新しかったっけ。
覇竜の領域より来た竜との戦いはやはり強靭で、だからこそ得るものも多かった。
いつだって、戦いが傍にあった。その中で、友人がいて。仲間がいて。俯くことがなかったわけでもないけれど、それでもやっぱり幸せで、この世界が好きだった。
最後の敵を倒した後。物語ではおまけ程度にしかつづられない、めでたしめでたしのその次を生きている。
過去にすがっているだなんて笑われるだろうか。だけど、これが青春だった。生きていると思わせてくれた。負けられない理由も、守りたい居場所も。急な転移に、すべてを失ったような混乱に陥った私を受け入れてくれた。ちっぽけな生き甲斐だと笑われるだろうか?
物語にしてみれば主役なんかじゃない。モブでもなくて、選択画面に出てくるキャラクターか、主人公の仲間になるキャラクターのその一人くらいだったのだろう。戦果にしてみればあげられたものは少ないけれど、この人生で手に入れられたものはきらきら輝いて、春の日に舞い踊る桜のように。水面に輝く陽光みたいに。秋の日の木漏れ日のように。ふわり溶けていく白い雪のように。どの瞬間もが、宝物だった。
日々を懐かしみ語らえば。そうすれば必然のように、口について出てくるのは――"あの人"の話題。
急に消息を絶ち、どこに居るのかはわからないけれど。混沌で戦い、生きていたのだろう。きっと、どこかで。生きてくれていることだろう。そう信じることしかできないけれど。
「……でも、懐かしいですね。今になっちゃうと」
「まあ若かったんすよ」
「何を仰いますか、今だって若いでしょう!」
笑う。
泡沫のスターチスは未だ健在、咲き誇る。ふと笑っていたのに、ウルズが真剣な目でリディアを射抜いた。
「――リディア先輩も好きだったんすよね、あの人の事」
「――急に何を。あんな奴の事なんか、私は」
「――あたしには、わかるっすよ」
「…………」
濁したかった。濁してしまいたかった。
秘めておかねばならぬ想いと決めていた。横恋慕など到底、騎士のする行いではない――等と言うのは、つまらない理由付けで。
リディアもまた、分かっていたのだ。目の前の彼女が、本当に、心から――"あの人"を愛していた事を。それなのに、どうして言い出せようか。
友ならば。騎士ならば。本当の本当に、心の底から祝福したいと願うのに――自らもまた、あの人の生き様に魅せられてしまった、などと。
「――敵いませんね、ウルズさんには」
「恋する乙女の顔はお見通し、っすよ」
ああ、しかし――今、くしゃくしゃの笑顔に合わせて、この世界で、最後の胸のつかえが、取れたような気がする。
恋をしている。いや……いいや。
恋を、していた。
遠いあなた。知らなくていい、いや、気付いていたのかもしれない。
それでも、見て見ぬふりをしていてくれたのだろう。
そんな優しいところまで。
「……好きだった。好きでした」
懺悔のような告白を。
もしもあの時、ウルズと同じように告白していれば。或いは、どこかふたりきりのタイミングで想いを告げていたならば、今日の日のように、大切にしてくれる人を置き去りにして帰るような選択もなかったのだろうか。
「ねぇ、リディア先輩——無理を承知でお願いがあるんすけど……」
苦い顔をしていたリディアに、ウルズが切り出した。
「はい、なんですか?」
「ズバリっうね、自分の所にきてほしいんす」
あの時迎えた娘を育てる手が欲しい。その為にはまだ若いウルズでは、経験も知識も何もかも足りないのだ。
そう告げて、ウルズは懇願する。が。
「頼って下さって、ありがとうございます。ですが……ごめんなさい。私はやはり、行かなければ――帰りを待っていてくれる人達の所へ」
「どうしてもっすか?」
「はい」
「あたしが100億Gold出すっていっても?」
「ちょっと悩ましい選択肢を出すのやめてくださいよ、もう!」
なんて笑いあう。
今日の日の穏やかさがなければ、こうやって笑うことなどできなかっただろう。
辛い時にわざと笑顔をくれるのは、何年たっても変わらないウルズの良さだ。
「……ウルズさんは、あの子を。私は、自分の国の民を。大丈夫です。きっと立派に、護っていけますとも」
「どうだかわかんないっすよ」
「大丈夫です。私はあなたを信じます」
「はは、責任重大っすね」
「そうですとも。あなたも私が信じるウルズさんを信じてください」
リディアは、笑う。
強くなったものだ。あの恋からどれだけの時間が経ったかなんて、自分たちが一番よく分かっている。
「だから、笑ってお別れしましょう――私、ウルズさんに出逢えて、本当に良かった」
そうして抱き合って、互いに笑い合いながら、沢山の涙を流した。
笑えていたはずなのにこぼれてくる涙に、また笑って。
明日は浮腫んじゃうかな、いいや、そんなことを気にしていたら
戦って、戦って、時に遊んで、やっぱり戦って。
少女の時間に傷がついたのは、けして優しいだけの思い出じゃなかった。
けれど、恋をした。恋をすることができた。それは少女たちにとって、どれほど当たり前で普通のことだっただろう。
怪我をして肌を焼かれても、切り傷をいくつもその身にやどしても。
普通の少女のように恋をして、浮かれて、おしゃれをして――そんな日々が近くにあったのは、きっと得難い奇跡だったのだ。
そして今日。同じ男を愛した二人は、とうとう別れを迎える。
抱きしめ合ったぬくもりも、同じ人を想って涙したことも。
辛い時には傍に居て、前を見たいときには背中を押して。
それが出来る関係だったこと。
そうして互いを励まし合えたこと。
その縁を、こうして長く続けられたこと。ぜったいに、ぜったいに、忘れない。
最初は互いに、名も知らぬ相手だった。
一人の男を共通の知り合いにして始まった親交は、何もしあわせばかりではなかった。
「きっとこの人も、同じ人に想いを寄せているんだな」という事に、葛藤が無かったと言えば嘘になる。
それでも、それ以上に。同じ時間を過ごす事で、同じ悩みを抱える事で。育まれた友情が、確かにあった。
そう、確かにあったのだ。
さようなら親友。きっとまた、何処かで――うん、絶対に。
今日の日のあたたかさを思い出したら、そんな物語もあるさって、彼は笑ってくれるのだろうか。
騎士の名に恥じぬよう世界を越えて帰ることを決断した少女の強さも。
きっと届かないさよならも受け入れて、それでも強く生きることを決断した少女のやさしさも。
きっと誰も知ることのない、めでたしめでたし。