PandoraPartyProject

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世界を救える旅をしよう

Falling Inside The Black Sea

登場人物一覧

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
ココロ=Bliss=Solitudeの関係者
→ イラスト

「まったく、なんだって私まで付き合わされてるのかしら……」
 パカダクラの上でぼやくジェニファー・トールキン。その向こうには無限を思わせるような混沌の星空が広がっている。
 先を進んでいたココロ=Bliss=Solitude (p3p000323)はパカダクラの歩をややゆるめ、ジェニファーの隣に並んで振り返った。
「言ったでしょう、あなたの治療プラグラムだって」
治療プログラム、ね。生きる目標とか、世界への医療だとか、ちょっとスケールが大きすぎるんじゃない?」
 医術で世界を救おう。
 言葉でいうのは簡単で、実際にそう口にしたひとは沢山いた。
 それを実行して見せた人間は、けれどとても少ない。
 成功したか否かは別として、『実行した』という点だけを見るならば、かのバイラムは一概に否定できる存在ではなかった。
 やり方はともかくとして、彼は救えない人間を集め、少なからず幸福を与え、そのシステムを完成させようとしていた。あれが世界に広まった光景は想像したくないが、『手順』だけは正しい。
「私の腕は、短いですから」
「ん?」
 急な発言に、ジェニファーは首をかしげた。

 たとえば、世界中に届く腕が欲しいと願ったとする。
 世界の端っこで病に苦しむ人に手をかざせる己を想像する。
 それは決して、世界を覆うほどの巨大な怪物でも、星の如く降り注ぐ軍団を率いる魔神でもない。
 本当はとても簡単なことであったのだ。
 稲の改良方法を伝えて回る人間がいたように、宗教を説いて回る人間がいたように。
 ココロが『矢車菊華院』という更生保護施設の中で確立したノウハウを纏め、教え、配り、伝え、広め、増やし、そして世界をやがて覆えばいい。
 なにも自分自身が手をかざす必要なんてない。
 世界の端っこで悲劇を迎えようとする子供がいたとき、自分の代わりに、自分と同じことをする人がいればいいだけだ。
 それを『世界中に届く腕』と呼ぶ。
 ――なんて話を、ラサの宿で語って聞かせたとき。ジェニファーはなんとも言えない顔をしていた。
「ねえ、もしかして、それが私の『生きる目標とそのすべ』だっていうの?」
 パンを千切る手に苦々しい力を込めるジェニファーに、ココロは温かいシチューをこくりと飲み下してから言った。
「そうなったら素敵ですけど、別にそうならなきゃいけないとは思っていませんよ。少なくとも、あなたには人生のタスクリストが必要です」
 ただ生きるだけなら、誰にだってできる。
 野山を駆け獣のように過ごせばいい。
 食って寝て狩って死ぬ。それも生命のあるべきひとつの形態だろう。ひととしてどうかとは思うが、そんな人がいたって否定はしない。
 けれど、ジェニファーは違う。
 彼女には『犯した過去』に追いかけられる人生が待っている。
 どれだけ善いことをしたって、過去が消えたりはしない。湧き上がる罪悪感を振り払えず、その埋め合わせを求め続けることになるだろう。
 かつてココロがジェニファーと対峙したとき、殺さず倒し生かして対話し、未来を作って救おうとした。いや、厳密に言うなら……『救われる未来』を要求した。
 それ自体はココロのわがままで、わがままに責任をとる必要は本来ない。
 けれど、とることにした。
 ジェニファーひとりでは手に余る『救われる未来』を、共にする旅路のなかで作ろうとしたのである。
 パンをもぐもぐとやっていたジェニファーは、しばらく考え事をする顔をしていたが、やがてココロを見返した。
「たしかに。暇だと嫌なことを考えるものよね」
 手近な快楽でそれを埋める者は、多い。それが悪いとは言わないが、ジェニファーの場合ろくなことにならないだろうと、ココロはなかば確信していた。
 実際問題、彼女は罪悪への埋め合わせを薬物に求めた過去があるくらいなのだから。
 そして恐らく、ジェニファー自身もまた、その確信があったのだろう。
「……ま、それは分かったわ。けど、『魔法医学の伝道師』以外に何を見つけるっていうの。その辺を歩き回って人生の目標が見つかるなら苦労はないと思うけど。それとも、あなたのサポートに残りの人生を費やせって?」
 皮肉を込めたつもりだったのだろうが、ココロはくすくすと笑って頬に手を当ててみせた。
「プロポーズですか? ごめんなさい、実はわたし……」
「んべ」
 舌を出して拒絶の意志を示すジェニファー。
 冗談でかわされるとわかって、皮肉攻撃は諦めたらしい。
 くすくす笑いを続けながら、ココロは木のスプーンをシチューへと沈めた。
「ジェニファー。あなたは善いことも悪いことも、どちらも経験しました。けれどどちらも、この世界には沢山溢れているんです。世界は無限に広くて、無限に眩しくて、無限に昏い。
 わたしがこの旅で赴くことになるのは大都市や王宮ではありません。山奥や海の底。僻地で暮らす人々のところです。
 そこにはわたしたちが想像しきれていないようなものが待ち受けているでしょう」
 魔種がいなくなっても、この世界に悪はある。恐ろしい怪物も跋扈していれば、悪意をもって人を害する集団だって残っているだろう。
 人が生きていれば調子を崩すように、世界が滅びないということは悪や脅威がどこかで必ず起こるということなのだ。
 それらにたった二人で直面したとき。
 少なくとも……怯えて立ちすくむなんてことは、ありえない。
 ココロが何回も、何回も何回も何十回もそうしてきたように、必ず立ち向かい、戦うだろう。
 その背中は、ジェニファーが自分で自分の道を見つけ出すための助けになると、そう思えるのだ。
「どんなことだっていいんです。ジェニファーが見つけた道が、あなた自身を生かすことになるんですから」
 パンの最後のひとかけらを口に放り込んで、ジェニファーは目を瞑った。
「『私なんか』とは言わないわ」
 瞼を開いて、こんどはまっすぐにココロを見据える。
「それと、まだ『ありがとう』も言わない。だって道を見つけたなら、その時もしかしたら……あなたとの旅を終えるかもしれないでしょう」
 ココロは、思わず笑ってしまいそうになった。
 『師匠』と自分を、つい思い出してしまったから。
 世界中を駆け回って、旗をかかげ共に戦って、ずっとずっと一緒だったけれど……生きる道を見つけたなら、ゆき先が別れることもある。
 だから『わたしなんか』も『ありがとう』も言わず、ただ、そう……ただ……。
「さあ。どうなるかは分かりませんよ。だって世界は無限なんですから」

 これで話を終えてもいい。
 だが、あえて。ココロとジェニファーの旅の話を少しだけしよう。

 それは森の奥深く。長らく文化の隔絶していた小さな集落。
 『ハーモニアの隠里』なんて呼ばれ方をしていた場所である。
 育まれた植物による独自の薬学と魔法によって続いていた彼らの間で、原因不明の病が流行したという。
 ハーブも魔法も効果をなさず、もはや生贄でも捧げるしかないかと長老たちが頭を抱えたところへ――。
「そのお話、わたしが預からせてもらいます!」
 会議の場へココロが踏み込んできたのである。
 当然警備はされていたが、世界を救うレベルのイレギュラーズを止められる者などいない。
 そして彼女が振りかざしたのは、一冊の本であった。
 題して『魚の調理法と寄生虫』。
 とうとうと治療法をとくココロを、ジェニファーは後ろから呆れ顔で眺めていたという。


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