PandoraPartyProject

SS詳細

逃げ出したいこんな世界

登場人物一覧

ステラ(p3n000367)
ファニー(p3p010255)
黒星の騎士

 なあ『スピカ』、おまえに王子様が現れるまでは、俺をナイトにしてくれないか。

 星の見える混沌の空だった。
 来るべき滅びは消え去り、平穏と安寧の世界が広がっていく。
 しぶとく残る小さな悪と戦う者もいれば、疲弊し壊れかけた国を再建しようと世界中を走り回る者もいる。己の世界へと帰る者や、この世界に永遠の愛を見つけた者もいる。
 とても陳腐に述べるなら、『めでたしめでたし』だ。
「ファニー、あなた、こんなところにいたの?」
 夜の丘の上。世界を救った英雄には似つかわしくないほどさみしい空と、つめたい風がそこにはった。
 たったひとり地べたに座っていたファニー (p3p010255)がぴくりと肩をふるわせると、その隣に黒きステラ (p3n000367)が立った。
「『スピカ』、おまえこそ。ひとりでこんな場所をふらついていていいのか。いくら滅びの元凶が去ったからって、世界は相変わらず汚いぜ」
 皮肉たっぷりなファニーの言葉を、ステラは顔を撫でていく風みたいにやりすごしている。どころか、ファニーの隣にぺたんと座った。
 二人そろって草の上。草というより、殆ど土なのだが。
 『ほんとに座るのか?』という顔で見てしまったファニーに、ステラはつんとすました顔を向けた。
「世界が汚いのなんて当たり前じゃない。だから、美しさを見いだすんでしょう。醜さでいっぱいの存在に光を見つけるのが得意だって、わたしは知ってるんだから」
「はいはい。そういう奴がいてよかったな」
 ファニーがどこかふてくされたように息をつくと、そのままぱたんと仰向けに倒れてしまった。
 中途半端にかけた月を、ステラの後ろ姿ごしに見る。
 応えは返ってこなかった。
 少なくとも数秒は、ステラは前を見ているだけで。こちらを振り向きさえしない。
 どこかげんなりとした気持ちになって、目を瞑ってしまおうかと思ったところで。
「ねえ」
 ステラは振り返り、地面に手を突いた。
 正確には、ファニーをまたいだ向こう側に。
 え、なにが? という反応をしてしまって、ファニーは己のうっかり具合に内心で舌打ちした。
「あなたのことを言ったつもりなんだけど。さっきのはないんじゃない?」
 相変わらずつんとした表情だったけれど、けだるく見下ろすステラの瞳は間違い無くファニーだけをうつしていた。
 半端な月光と星の空。それを垂れた髪で隠しさえして、ステラはファニーをただただ見ている。
 得意の皮肉も、詩も出てこない。
 嗚呼、なんて情けない。こんなだから、こんなだから、オレはずっとなんだ。
 もう全部放り出して、どこか誰もいない星の彼方にでも消えてしまおうか。
 そうすれば誰かに期待して悩むことだって、誰かに嫌われることを怖がることだってない。
 かくして宇宙の果てを想像したとき、ふとそこに――ほんとうに、ただの妄想であったはずのそこに、ひとりの少女が立っていた。
 長い金髪の向こうに宇宙が見える、後ろ姿。
 振り返り、手を伸ばす。
 そして。
 現実に繋がった。
 ぐっと顔を近づけ、にらむようにファニーを見ている。
「『ごめんなさい』っていいなさい」
「は、はあ?」
「『ごめんなさい』は?」
「ご、ごめん……」
 なんなんだこれは。
 ファニーはかつてない自分のに逃げたくなった。
 けれど想像する逃げ場所は宇宙の果てなんかじゃない。
 日の差す窓がテーブルのうえのサンドイッチを照らしたリビングだとか。
 雑踏だらけの町で黒いワンピースが飾られた服飾店の前だとか。
 こんな半端な月の出る、暗い夜の土の上だとか。
「それでいいのよ」
 顔を離したステラは、土がついてしまったままの手でファニーの頬に触れた。
「今度はあなたから言う権利をあげる。言葉を間違えるんじゃないのよ」
「ええ、まじかよ……」
 あんまりだ。
 無茶振りにもほどがある。
 ファニーはまたも逃げたくなったけれど、想像出来る逃げ場所がさっきと同じで。
 しかも。
 そこにはなぜだか、この黒いステラが一緒にいたから。
 やっぱり、言うしかないみたいだった。

「オレのスピカ。オレの一等星。オレは滑稽で情けなくて、どうしようもない男だ」
 ステラの目が僅かに細まったが、ファニーはやめなかった。
 たとえば悲しい幽霊に手を伸ばしたとき。
 物語の世界で星に願ったとき。
 少なくとも自分は、『誰か』をそばに願ったから。
 どんなに醜くて、悲しくて、逃げ出したい世界だって。
 そばにいる誰かを、彼は望んで……そして、それはいま。
「なあ『スピカ』、おまえに王子様が現れるまでは、俺をナイトにしてくれないか」
 精一杯の言葉をつかって、そう言うことしかできない。
 ステラはしばらく黙って、ファニーを見つめ。
「ねえ、もっとシンプルに言って」
「いや……」
「言いなさい」
「あ、愛してる」
 なんなんだこれは。
 ああ、逃げ出したい。
 窓から光の差す、二人のリビングに。


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