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帰ってきた麒麟(※喚んでない)
登場人物一覧
「あ、そうじゃ。オレ、元の世界に帰るぞ」
突如として黄野がそんなことを言い出したのは、
「なんぞ
「ほーそうかそうか」
なんでもないような顔でトキノエは頷いた。まぁそういうこともあるだろう。
「あちらはずぅーっと戦乱が続いておるからのー。こちらも一旦落ち着いたし、潮時というものよ」
「そうだなしばらくお前も誘拐されてないしな」
なんとこの麒麟、3回も誘拐されているのである。
あるときはビールに漬けられそうになり、またあるときは生贄にされかけ、挙句の果てには
両家のお嬢様とか魔王に狙われたお姫様だってそんなに誘拐されることある??? って感じだが、幻獣だと考えれば妥当――いやいやだったら自分の身は自分で守ってよね!
しかも3回のうち2回は(物理的に)食べられそうになってるのもポイントが高い、気がする。
人魚の肉じゃないんだぞ。
「まあそもそも麒麟とは泰平の世をもたらすための獣じゃし? あちこち飛び回ってナンボやもしれんし?」
「うちでゴロゴロしてるよりは確実に真っ当な在り方だろうな」
なお誘拐騒ぎでもわかるように、別にトキノエに泰平はもたらされていない。
ただでさえ狭い長屋が図体のでかい男1人増えた分狭くなったので、むしろ泰平からは遠ざかっているのではなかろうか。いや黄野は小柄な方ではあるが態度がでかいのでなんか、物理的質量以上にでかい気がする。人の布団に大の字で寝るな。場所空けろ。
「ま、帰れるんならそりゃよかった。じゃあな、さっさと出てけよ達者でな」
「おう! そなたにそぐう言葉であるかはわからんが。この先もどうか健やかであられよ、トキノエどの」
めちゃくちゃつっけんどんに言いつつもとりあえず見送りにと立ち上がったトキノエに、黄野は朗らかに軽く手を挙げて別れ際の祝福まで送ってくる。どうにも微妙な顔をするしかないトキノエである。
その手を爽やかに振って長屋の戸口を出ていった黄野の後ろ姿を一応は見送――ろうとしたところで、「あ!」と声を上げ颯爽と踵を返し戻って来る黄野。
「さっき買ってきたおみかんは食べ終えたかったのじゃ。あと30分ほど待ってたもれ」
「もう持ってけよ……」
「せっかくじゃからお茶も淹れてゆっくりと……」
「長居してんじゃねーよオイ」
すっかりトキノエの小言に慣れて居候していた黄野はこのくらいでは揺るがない。
結局のんびりみかんを食べてお茶を飲んで軽く1時間ほどだらだらした挙げ句、トキノエがちょっと片付けとかして手を離せない間に「ではのー」とあっさり出て行ってしまった黄野。
振り返れば特に広くもない長屋が妙にだだっ広く思える中で、みかんの皮と湯呑みを片付けたトキノエは独り溜息をついたのであった。
その日の夜。
軽く一杯引っ掛けて帰ってきた長屋の戸口をからからと開ければ、広がる闇に一瞬首を傾げてから黄野は自分の世界に帰ったのだと思い出した。彼がいればとっくに勝手に灯火を付けている。無論トキノエの買った油と火口だこんちきしょう。
それがない、ということに、自分の手で灯りを付けるのが妙に久々な気がしつつ、改めて黄野がいることがいつしか当たり前になっていたのだと気が付くトキノエであった。なお不本意である。遺憾の意。
「…あんな奴でも、いなくなると寂しくなるもんか」
それまでは誰かと長く一緒に暮らしたことのなかったトキノエにはよくわからない感覚で、けれどどうにも寒々しいような気持ちを抱えたまま、早々に独り布団へと潜り込んだのであった。
独りでも朝は来る。夜も来る。
何ぞ近所で男手が足りないと聞けばふらりと手を貸しに、またちょっとした手伝いの依頼でもあるかと冒険者の酒場に顔を出し、などと普段通りに過ごしていたトキノエであるが、ふと物思いにふけることがたびたびあった。本人もはっと気がついて、なんでそんなに気になっているのだろうなどと自問自答すること数日。
「お、おかえり。うむ、この干し魚と柿の種はクセになるのー」
からからと長屋の戸口を開けたら黄野が畳に転がっていた。
「は?」
ついでに買い置きしていた酒のつまみを堂々と開けて食っていた。なんとなくひとり酒というのも寂しい気がしてつい買ってしまったちょっといいやつだったのに。
いや、まぁとりあえずつまみはいい。良くないけどいいことにする。
帰ったんじゃなかったのかお前、とぽかんと戸口に突っ立ったままのトキノエに、よっこいしょ、と体を起こして座り込むと「いやぁ、帰ってみたら世界がなくなっとったんじゃ」とあっさりとんでもないことを黄野が言い出した。
「もーな、な~んもなかったのじゃ!まっさら!」
それって相当とんでもない状況なんじゃないかと思ったが、確かに麒麟とはいえ独力で何とかするのは無理だろうなとはトキノエも思った。
「人っこひとりおらんかったし、あんなにきれいだった山野も荒れ果ててぐちゃぐちゃだったのじゃ」
「大惨事だな」
「なので帰ってきた」
「大放置だな」
だってどうにもならんかったんじゃもーん、と黄野が干し魚を放り込んでカリカリ軽快な音を立てる。滅びた故郷から帰ってきたばかりとは思えないのほほんっぷりだった。
わかるけど。もうどうしようもなかったら奥義:うっちゃりに頼るしかないのもわかるけど。黄野は多分奥義に頼ること多すぎるんじゃないかと思うけど、まぁ世界滅びてたらね。しかも何か外部からの侵略者にめちゃくちゃ壊されたんじゃないか? という滅び方だったそうである。
世界と心中するにしてももう死んでるのに後を追う? えー……うん、混沌に帰ろう。
同族の麒麟達は世界を超える能力があるからそれで生き延びてるかもしれないし。でもどこの世界に渡ったのか知らないから追いかけるのも多分無理だし。帰ろう、混沌へ。
そういう心情になるのはトキノエにも理解はできた。
「お、そうそう忘れるとこじゃった。これ、お土産なのじゃ。茶でもいれて食べよーぞ」
なおごそごそと黄野が差し出したお土産は、何の変哲もなく近所の庶民向けの菓子屋で買ってきた饅頭詰め合わせ(小)であった。2人で食うにも多すぎないお手頃感。
あんまりにもマイペースすぎる黄野に、はあぁぁぁと大きな溜息をついたトキノエであったが、その顔はほんのりと微笑んでいた。
が、嬉しそうにしてたら
「そもそもここはお前の家じゃねえ……あとそれは俺のつまみだ。食うのをやめろ、出てけ」
そう言いつつも戸口を閉めて、ちょうど買っておいたどぶろくの酒瓶を取り出した。
これもやっぱりちょっといいやつ、である。清酒のようにきりっとした味わいではないが、とろっとした甘さと酸味がきゅっと酒精で締まるのが良い。庶民の酒ってやつである。
当然のようにお猪口を2個出して、注いだ片方を黄野の方に押しやった。
「……それ飲んだら帰れよ」
「お、これは美味い、オレ好みじゃ。また買ってきてたもれ」
「帰れっつってんだろ」
言い返しながらもトキノエの唇の端はほんのりと上がっていたし、おかわりとばかりに差し出されたお猪口にはついつい2杯目を注いでやったし、ちょっといいつまみも2人で食べたのであった。
そして当然のように黄野はトキノエの布団で寝てた。だから大の字で寝るんじゃねえ、と半分くらい床にはみ出るように押し込んで結局トキノエもその布団で寝た。
半分は布団に残してやったのは、優しさでできている、かもしれない。
「おい何やってんだお前」
「いやぁ、流石に一つ布団で共に寝るのは狭いなと思ったんじゃよ」
自宅に帰ってきたはずなのに堂々と新品の布団一式と共に古物屋で買ったのか文机とか何やらまで持ち込んでいる黄野に、トキノエの額に青筋が浮かんだ。
人の家に何自分の居住スペース作ってるんだこの麒麟。確かに居候として置いてはいたが、そこまでしていいとは言ってない。
「よし、この辺りまでがオレの部屋ということで」
しかも若干こいつの部屋(本人談)の方が広い。というかこれ共有スペースも必要だと考えたら、トキノエの場所ってそれこそ布団敷くくらいしかなくならない?
「帰れ!!!!!!」
あまりにも図々しい麒麟に、当然トキノエの怒りは炸裂したのであった。
ちなみに他の家具とか居住スペースはともかく、布団はなんやかんやで置かれることになった。
黄野は出ていかないし、だからといってやっぱり布団一つじゃ狭いので。
「本当いい加減にしろよお前……」
そう言いながらもついつい酒やつまみは2人分買ってきちゃうし、ふらっと飲みに出るのに着いてきても「お前の分はない」と言いつつ支払っちゃうし()なんだかんだで麒麟には甘い豊穣の八百万である。
「しかし、そのなんやかんや言いつつ器の大きいところ……実のところオレの王だったりせんのか?」
「それ今蒸し返すのかお前」
「ほら、王と麒麟は共にあるもの、さればそなたと暮らしていても問題なかろう」
「俺がお前の王じゃなくてもどうせ出て行く気ないだろ」
「ようわかったなワハハ!」
「うるせえ出てけ」
今日も豊穣のとある長屋は平和です。
- 帰ってきた麒麟(※喚んでない)完了
- GM名旅情かなた
- 種別SS
- 納品日2025年11月28日
- テーマ『これからの話をしよう』
・トキノエ(p3p009181)
・黄野(p3p009183)
