PandoraPartyProject

SS詳細

冒険者遭難中。或いは、止まった世界で動き出すもの…。

登場人物一覧

オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者

●冒険者、遭難中
 余所者を拒む過酷な土地。
 浪漫馬鹿の終着点。
 鉄帝の雪山を、そのように評するものもいる。
 フロントガラスの向こうの景色を真白に染める吹雪を前にして、オリーブ・ローレル (p3p004352)は随分と昔に聞いた話を思い出した。

「冒険者仲間から聞いた、少し不思議な話なのですが」
 豪雪と猛吹雪による足止めを喰らって、数時間が経過した頃のことである。
 退屈に飽きたオリーブは、助手席に座る同乗者へとそんな言葉を投げかけた。助手席で何か考え事をしていたらしい彼女……翼種の女性、セクレタリは「聞きましょう」とそう言って、オリーブの方へ視線を向けた。
 どうやら彼女も、吹雪が止むのを待っているだけの時間に飽き飽きしていたらしい。
 飽きたら飽きたで、眠るなり、考え事をするなり、本を読むなり、退屈を殺す方法は幾らでもある。今回は、それが“会話”であったと言うだけのことだ。
(……ふむ。こういうのも悪くはないですね)
 1人で冒険に出かけているのでは、選ぶことの出来ない“暇つぶし”の方法である。
「退屈も、たまになら良いものですね」
 なんて。
 小さな声で、オリーブはそんな言葉を吐いた。

●雪山の白い女
 今から数十年か、或いは数百年も昔の話です。
 当時の鉄帝は、今よりももっと人の行き来が難しい土地でした。とくに、今、俺たちがいるような雪山なんて、道も無ければ地図も無い……1度、立ち入れば2度とは降りて来られないような、過酷極まる未開地であったと言われています。
 そんな雪山から、ある時、1人の男が命からがら生還しました。
 未開地への挑戦を趣味としていた冒険者の男です。
 彼は、これまで何度も過酷な土地や山脈を踏破して来た実績がありました。ですが、そんな彼が数ヵ月もの間、行方をくらまし、連絡さえも取れない状態が続いていたのです。
 関係者たちは、口を揃えて「あの男でも、自然には勝てなかったか」と噂しました。
 それほどまでに、男の生存は絶望視されていたのです。
 ですが、男は還って来ました。
 それも、目立つ傷なんて1つも負わず……それこそ、つい先ほど雪山に入っていったばかりとでも言うような健康に近い状態で。
 冒険者仲間の1人が、男に問いました。
「お前は本当に、あの雪山に昇ったのかい?」
 男はしばらく黙り込んだ後、こう答えました。
「これは、誰にも言わないで欲しいんだが」
 仲間を信用しているからこそ、本当のことを話すのだ。
 そう言って、男は“雪山で遭難している数ヵ月の出来事”についてを語り始めたのでした。

 雪山に昇って、数日後。
 男は雪崩に遭いました。
 辛うじて命こそ取り留めたものの、男は動けないほどの大怪我を負っていました。その上、食糧も尽き、装備の大半も破損して使えない状態です。
 生還は絶望的と言えるでしょう。
 生きて帰ることを諦めた男の前に、1人の女性が現れたのはその時です。
 それは、美しい女性でした。
 髪も、肌も、身に纏う衣服さえも真白い、まるで雪のような女でした。
 彼女は男に言いました。
「お前が私の伴侶になるなら、命を助けてやってもいい」
 命が惜しかった男は、白い女の伴侶になると約束したそうです。
 女は嬉しそうに微笑むと、男を自分の住処へと連れて帰りました。
 傷の手当てをして、温かな食事を準備して……男の怪我が完全に癒えるまでの数カ月間、彼女は甲斐甲斐しく男の世話を焼きました。
 そうして、あっという間に数ヵ月が経ち、男は自力で動けるまでに回復しました。
 怪我が治った男は、白い女に言いました。
「1度だけ、故郷に帰らせてほしい。仲間たちに挨拶をしておきたいんだ」
 女はしばらく悩んだ末に、男を山の麓にまで送りました。
「1週間したら迎えに来ます。約束は、必ず守ってくださいね」
 
 話しを聞いていた仲間は、今日がその1週間目であることに気付きます。
 男は嬉しそうに笑うと、席を立ちあがりました。
「そう言うわけだから冒険者は引退だ。もう会う事は無いと思うけど、心配はしないでくれよな」
 そう言って笑う男は、とても幸せそうでした。
 そして、その日を最後に男は姿を消したそうです。

「以来、男の行方は知れません。ですが、一説によれば彼は今も“鉄帝の雪山で、妻と共に幸せな日々を送っている”のだそうです」

●駆け引きは難しい
 他者と距離を詰めるには、コミュニケーションが肝要だ。
 少し前に、酒場で聞いた話を思い出しながらオリーブは浅く息を吸う。
 雪山の冷たい空気が肺を満たす。
 少しだけ乱れかけた心臓の鼓動が静かになった。
 考える。
 考える。考える。
 考えて、考えて、考える。
 そして……。
「冒険者仲間から聞いた、少し不思議な話なのですが」
 考えに考えた末に、オリーブが口にした言葉がこれだ。
 かくしてオリーブは、先に述べた“昔話”を語るのだった。

 少しだけ長い“昔話”が終わる。
「鉄帝の吹雪は、冒険者の男と、白い女が笑い合っている時に強くなるそうですよ。2人はとても仲良しですから、楽しい時間は数ヵ月ほども続く時があるのだとか」
 まぁ、古い話です。
 きっと、作り話でしょう。
 どこか飄々とした調子でオリーブは話を終えた。
 黙ってオリーブの話を聞いていたセクレタリは、少し不思議そうな顔をして首を傾げる。
「……もしかして、緊張しています?」
「かも、知れません」
 ぐむ、と唸ってオリーブは窓の外へと視線を逸らした。
 考えてみれば、吹雪で足止めを喰らっている最中にする話では無かったかもしれない。
 何しろ、鉄帝の吹雪は数日間から数ヵ月ほども続くかもしれない……という趣旨の昔話である。スチールグラードⅣは頑丈だし、食料や飲み水も十分に積んできている。
 とはいえ、せいぜいが数日分。
 節約したとしても、一週間が限度だろうか。
 加えて、燃料の問題もあった。
 暖房機能を稼働させている間は、車内にいれば寒さを凌ぐことが出来る。しかし、燃料が切れてしまったら……吹雪の世界に取り残されたオリーブとセクレタリが、どんな末路を辿るのか。わざわざ言葉にするまでも無い。
「冒険には慣れているのですが、どうにも駆け引きは苦手です」
 思えば、鉄帝という国は“愚直で不器用”なオリーブにとって、非常に過ごしやすい土地であったのかもしれない。
 何しろ、だいたいのことは“殴り倒せば”片が付いてしまうのだから。
「ええ、まぁ、そうでしょうね。私も他人のことは言えませんけれど」
 ふぅ、と小さな溜め息を零してセクレタリは窓の外へ目を向ける。
 それから、もごもごと言葉を探すみたいに口を動かした。
「えぇと、その」
 どれだけ口を動かしても、次の言葉が出て来ない様子。
 その頬が、少しだけ赤くなっているように見える。
「あぁ」
 オリーブの緊張が伝播したのか。
 或いは、最初からセクレタリも緊張していたのかもしれない。
 そのことに気付いて、オリーブは少しだけ安堵した。
 オリーブは恋愛初心者である。
 他者に想いを伝えることも初めてなら、他者の想いを受け取ることも初めてだ。以前、セクレタリに指摘されたように、世間一般で言うところの“恋の駆け引き”というものがオリーブはあまり得意ではない。
 だが、そんなオリーブにも理解できた。
(……どうやら、チャンスが無いわけでは無さそうです)
 オリーブがそうであるように。
 セクレタリもまた、オリーブを意識していることを、彼は知った。
 もっとも、今後の展開がどうなるか……そればかりは、オリーブの努力次第と言ったところか。
 この日、オリーブは“恋の駆け引き”というものを初めて“体験”したのであった。

●吹雪の夜に
 時間というのは相対的なものである。
 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
 忙しい時ほど、時間が経つのは速く感じるし、退屈な時間や暇な時間ほど長く感じる。
「……っと」
 いつの間にか、眠ってしまっていたらしい。
 窓の外から聞こえる吹雪の音に起こされたオリーブは、目元を軽く手で擦る。眠ってしまっていた時間は、さほど長くはないだろう。
 頭は少しぼんやりとするし、寝起き独特の倦怠感が全身を包み込んでいた。
 窓の外は、いつの間にやらすっかり暗くなっている。
 時刻はきっと夜だろう。時計を見なくても分かる。
 それから、吹雪。
 暴風と、雪の礫が車体に吹き付ける激しい音から吹雪は未だに止んでいないということが分かった。
 もうじき、足止めを喰らってから丸一日が経過する。
 食糧や水はまだ残っているが、これから先、一体どれだけ吹雪が続くかも分からない。それを考えれば、明日からの食事や給水は節約して過ごすべきだろう。
「備えあれば、とはこのことですね」
 静かな声でそう呟いて、オリーブは視線を助手席へと移した。
 オリーブの隣では、セクレタリが静かな寝息を立てている。
 シャキっと背筋を伸ばして仕事に励んでいる姿を見慣れているだけに、今のような休息中の姿には新鮮さを感じた。
 そう言えば、付き合い自体はそれなりに長いが、一緒に過ごした時間となるとそう長いものでは無かったのだと思い出す。これから先も、今のように“新しい彼女”の一面を見る機会は多くあるのだろうか。
「…………」
 それは、オリーブ自身の今後の努力次第であろう。
 音を立てないように細心の注意を払いながら、オリーブは自分の頬を叩いた。
「女性の寝顔を、じぃと眺めるものではありませんね」
 1度、目を閉じてから静かに長い息を吐く。
 名残惜しさを覚えながらも、視線をセクレタリから外した。
 そうして、再び窓の外へと目を向けて……。
「っ……はぁ?」
 オリーブは思わず、目を剥いた。
 吹雪の中に、あり得ないものを見たからだ。

 真っ暗闇の中に、2つの人影が見えた。
 最初は、それがクアッサリーとエミュー……セクレタリ―の同郷である“強き脚の戦士たち”かと思った。
 彼女たちのフィジカルなら、この吹雪の中でも活動できるかもしれない。鉄帝の雪山は、容赦なく体温と体力を奪う極寒の地だ。そんな場所を踏破するのだ。
 それは決して、楽な行軍では無いだろうが、彼女たちほどの実力者であれば可能だろう。
 きっと、その気になればオリーブやセクレタリにも。
 だが、相応に大きなリスクを背負うことになる。
 オリーブは冒険者ではある。
 危険な道程など慣れたものだ。
 だからこそオリーブは、可能な限り危険を冒さない。
 ただでさえ、冒険者の毎日は危険と隣り合わせなのだから。
 歴戦の冒険者ほど“無駄な冒険”はしないものだ。
 と、それはともかくとして……。
「……なんだ、あれは」
 吹雪の中に浮かぶ影が、クアッサリーとエミューのものではないことにオリーブは気づいた。
 と、いうよりも……。
「そもそも、人……なのか」
 暗闇の中に“浮かぶ人影”。
 ランタンなどの光源を提げている様子は無い。
 だというのに、不思議とそれが“人影”であることは理解できた。
 寝起きのよく回らない頭でも、それがいかに異常なことかは分かる。分かるからこそ、オリーブは息を潜めた。
 まぁ、混沌世界において異常など日常茶飯事なのだが。
「いえ、それはともかく」
 視線を人影から外さないまま、そっと片手をセクレタリの方へと伸ばす。
 その膝を何度か軽く叩いて、セクレタリを起こす。
 彼女も疲れているだろう。できることなら、眠らせておいてやりたいが、状況がそれを許さない。
 吹雪の中という、ある種の閉鎖空間。
 そして、不慣れな鉄帝の雪山。
 そこで逢った未知の存在。
 それらが危険な存在であるかどうかは不明である。 
 だが、危険でなはない保証も無い。
「……危険、ですか?」
 目を覚ましたらしいセクレタリが、囁くようにそう問うた。
 人影から視線を逸らさぬまま、オリーブは言葉を返す。
「分かりません。ですが、警戒は必要です」
 一瞬の油断が命取りになる。
 オリーブも、そしてセクレタリも、たった1つのその事実を正しく理解していた。とくにオリーブは、これまで何度も“油断”によって命を失った者たちを多く見て来た。
 冒険者は学ぶのだ。
 成功からはもちろん、失敗からも。
「……分かりませんが、今度、クアッサリーとエミューにも教えてあげましょう」
 オリーブの語る冒険譚は、きっと彼女たちの今後に役立つだろうから。

●囁く声
 吹雪の中に浮かぶ2つの人影は、足を止めてこちらを観察しているようだ。
 スチールグラードⅣが珍しいのか。
 それとも、自分たちの不躾な視線に気付いているのか。セクレタリは、知らず知らずのうちに拳を強く握りしめていた。
 視線というのは目に見えない。
 だが、確かにそれは“感じる”ことが出来るのだとセクレタリは知っている。
 見られている。
 意識を向けられている。
 目には見えなくとも、理解できることはある。
「……こちらを、見ていますね」
 眼鏡を指で押し上げながら、セクレタリは息を飲む。
 そうしながら、隣に居たのがオリーブで良かったと心の底から安堵した。もしも、一緒にいたのがクアッサリーやエミューであったなら、何も考えず人影の方に駆けて行ったことだろう。
 彼女たちは、ちょっとそういう後先を考えないところがある。
 まずは行動して、事態を動かそうというのだ。
 その点、オリーブは冷静だった。
 迂闊に行動を起こすことは無く、けれど、人影に意識を向けたまま警戒を解かないでいる。
 臆病では無く、慎重。
 その思考回路は、セクレタリとよく似ている。
 とはいえ、しかし……。
「敵意や害意は感じませんね」
 平然と吹雪の中に佇む2人だ。
 それがいかに異常であるかは、極寒の地に暮らすセクレタリにはよく分かる。
 静観。
 きっと、それが最も冴えた選択であろう。
 息を飲む。
 緯線を逸らさないまま、静かに人影を見つめる。
 何十秒か、それとも何分間か。
 時間の感覚がすっかりと曖昧になった頃、人影は動き始めた。
 ゆっくりと、人影はスチールグラードⅣの方に歩いて来たのだ。
 距離が近づいて来るにつれて、人影の容貌がはっきりと見えるようになった。
 白い髪に、白い肌。
 雪に溶け込むような真白い衣服を纏った男女である。
 影になっているせいで、どんな表情をしているのかはよく見えない。
 スチールグラートⅣから数メートルほど手前で、2人の人影は足を止めた。
「―――――――」
 女性の方が、何かを囁く。
 その声を、セクレタリは聞き取れなかった。
 だが、きっと……。
 彼女が何を伝えたいのか。
 セクレタリは、理解した。

●朝日が昇る
「……え?」
 気づけば朝になっていた。
 或いは、ずっと夢の中にいたのだろうか。
 未だ止まぬ吹雪の中に、セクレタリは素早く視線を走らせた。
 昨日と変わらぬ真白い世界。
 そこには、誰の姿も見当たらなかった。
「……夢?」
 セクレタリが体験したわけではないが、そう言えば人は極限状態において幻覚を見ることがあると知識の上では知っていた。
 もしかして、件の2人は……吹雪の中にいた白い男女は幻覚の類だったのか。
 それとも……。
『―――――――』
「……っ」
 その声を、はっきりと記憶していた。
 白い女性がなんと言ったのかまでは覚えていない。そもそも、聞き取れてさえいない。
 だが、その意思は伝わった。
 夢の中の出来事を、これほどしっかりと記憶しているというのは初めての経験であった。貴重で奇妙な体験に、セクレタリは思わず笑みを浮かべる。
 と、その時だ。
「何か、面白いことでもありましたか」
 少し掠れたオリーブの声。
 彼も目を覚ましたらしい。
 昨夜の出来事は夢だったのか、現実か。
 男女が近づいて来た後のことを、オリーブは記憶しているだろうか。
 そんな問いを口にすべきか悩みながら、セクレタリはじぃとオリーブの方を見つめる。
「?」
 オリーブは、視線の意味を問うかのように首を傾げた。
 それから、何か納得したように彼は「あぁ」と呟いた。
「そんな素敵な目をしなくても、セクレタリさんなら自分を狩るのは簡単だと思いますけれど……」
「……ジョークの類か、本心なのか、よく分かりませんね」
「これから慣れていきますよ。あぁ、それと……」
 ちょっとだけ悩んだ末に、オリーブは言葉を選んでこう言った。
「セクレタリさん、これからも貴女が好きだと言って構いませんか?」
 突然、何の宣言だろうか。
 と、そこでセクレタリは“ある可能性”に思い至った。
「いえ、なるほど。そういうことですか」
 つまり、昨夜に見た夢の。
 或いは、現実の記憶をオリーブも保持している可能性である。
 セクレタリが、白い女性から何かを囁かれたように。
 オリーブもまた、何かを伝えられたのだろう。
「吹雪が止むまで、しばらく時間がかかりそうです。その間に、話しをしましょう。これまでのこととか、これからのこととか」
 楽しい会話なら、退屈な時間を過ごさずに済むかもしれない。
 そんな期待を胸に抱いて、セクレタリは微笑んだ。


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