PandoraPartyProject

SS詳細

吹雪の中で。或いは、明日のための今日…。

登場人物一覧

オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者

●後日談
 煙管の雨が降るようだ。
 そんな言葉を口にしたのは、果たして何処の誰だっただろう。
 確か、ローレットにいた誰かであったが……さて、その誰かが“誰”だったのか、どうにも思い出せないままに、オリーブ・ローレル (p3p004352)は首を傾げた。
「御客人。一体、どなたのご紹介で当屋敷へ?」
 オリーブを現実に引き戻したのは、そんな、いかにも威圧するような低く唸るような声。重厚な門の前に立ち、オリーブ“たち”の行く手を阻む男たちである。
 男たちが身に纏うのは、金にものを言わせたと見える豪奢で堅牢な白い鎧だ。
 その分厚さと来たら、ちょっとやそっとの剣や鉛玉程度であれば、衝撃も碌に通さず防いでしまうことだろう。
「さしずめ、刃の雨が降るようだ……といったところですかね」
 門番たちの威圧など、意にも介した風もなくオリーブは腰の剣に手をかけた。
 悠々とした態度で。
 けれど、視線は鋭く自身に向けられた鋭い剣や、門の上から狙いを定める弓矢の存在を睨み返しているのであった。

 “鉱山翁”トラフィック。
 しばらく前に、オリーブ“たち”が潰した人身売買組織の“お得意様”の名前である。
 極寒の鉱山を切り開き、一代にして巨万の富を得たという鉄帝でも名うての富豪である。その鉱山開拓に、誘拐されて売り飛ばされた哀れな奴隷が使われている。
 その事実を知ったオリーブは、冒険者としての名声を駆使し“一個師団”を動かす権限を獲得した。
 師団を形成するのは、“非番”の軍警たちである。
 たまの休暇をオリーブの“悪党退治”に消費してくれる、気がよくて、正義感の強い真面目な軍警たちだ。きっと、トラフィックの悪事が明らかになれば休暇を返上して、自身らの職務を全うしてくれるはずだろう。
「それ以上近寄るなら斬る。トラフィック家は敵が多くてな……悪く思うな」
 門番男の忠告を、オリーブは右から左に聞き流した。
 そうしながらオリーブは、門の向こうの屋敷を見上げる。
 4階……或いは5階建ての大きな屋敷だ。
 金持ちの屋敷と言えば、見栄えばかりに金を使った実用性に乏しいものが多いのだが、トラフィックの屋敷はそうじゃない。
 外見はむしろ、金属の箱か堅牢な砦を思わせるような無骨で飾り気のないものだった。
 或いは、監獄と言った方が正しいか。
 しゃらり、と腰の剣を抜く。
 それを合図に、師団の仲間たちも戦闘の姿勢を取った。
 それから……。
「やっと出番か」
「待ちわびたな」
「硬そうな建物ですね。壊すのには時間がかかりそう」
 かぎ爪の生えた“鳥足”で、雪の積もった地面を踏み締めながら歩き始めた3人の女性。
 飛べない翼種“強き脚の戦士”たちと呼ばれる少数部族の女性たちであり、オリーブとは数年来の友人、或いは戦友である。
 突きつけられる鋭い刃にも、頭を狙う矢にも、彼女たちは頓着しない。
 臆しはしない。
 クアッサリーとエミューなどは、面白そうな顔をして剣を構えた門番や、大きな塀の上に隠れた弓兵たちをじろじろと眺めている始末。
「まぁ、待ってください、3人とも。ついでに都市の流儀を教えておきましょう」
 今にも飛び出しそうな3人を呼び止めて、オリーブは剣を肩に担いだ。
 それから、3人を追い越して“いかにも友好的”な顔と態度で、門番の方へ近づいていく。門番はオリーブの喉に剣を突き付けながら、唸った。
 それ以上、近づけば斬る。
 そんな門番の意志を察して、オリーブは足を止める。
 そして、彼は告げたのだ。
「屋敷の主に伝えてください」
 一閃。
 予備動作も無く、そして音も敵意も無かった。
 丈夫さと取り回しの容易さにのみパラメーターを振ったような、無骨な剣が閃いた。
 次の瞬間、轟音が響く。
「オリーブ・ローレルが遊びに来ましたよ、と」
 砕けた鎧の破片が飛び散る中、オリーブは笑顔でそう言い放ったのだった。

●今日も“今日”をはじめよう
 オリーブの“毎日”に、少しの変化が訪れたのはここ最近のことである。
 変化、と言ってもそれは些細なものだった。きっと、オリーブのことを良く知らない者からすれば、どこが変わったかも気づけないほどに小さな変化だ。
 だが、オリーブ本人にとって、その変化はとても大きな意味を持つ。
 オリーブだけが知っている。
 オリーブだけが知っていれば、それでいい。
 そんな類の、小さくて、けれど大きな変化であった。

 オリーブ・ローレルという鉄騎種について、彼をよく知る冒険者たちは口を揃えてこう言うだろう。
『生真面目で、愚直で、そして器用な冒険者だ』と。
 その評価に間違いはない。
 事実としてオリーブは、生真面目で、愚直で、そして攻防はもちろん補助までをそつなくこなす歴戦の冒険者であった。
 真の冒険者とは“冒険”をしないものである。
 冒険者の仕事は、常に危険と隣合わせだ。
 冒険者という言葉に踊らされ、自身の実力や、その土地、或いは敵性存在の脅威を見誤った者から死んでいくのが常の世界だ。
 そんな冒険者の1人として、オリーブは幾つもの危機に挑み、生還を果たした。
 生き延びたという実績と、生きる延びるための経験が、オリーブという冒険者を「生真面目で、愚直で、攻防に隙は無く、補助までこなす」オールラウンダーへと育て上げたのである。
「よぉ、オリーブ。また“未開地”の調査か?」
 街の入り口。
 グラードⅣに食糧や飲料水の積み込みをしているオリーブの背中に、そんな声が投げかけられた。オリーブに声をかけたのは、酒場などでよく顔を合わせる冒険者仲間の1人である。
「えぇ、とても刺激的な“未開地”ですよ。きっと“足腰が強く無ければ”辿り着くことも難しいでしょうね」
 そう言ってオリーブはくすりと笑う。
「うん? なんだ、そりゃ?」
 どこか悪戯っぽいオリーブの笑みに、冒険者仲間の男は首を傾げた。
 そんな男に答えを返さず、オリーブは荷物を積み終える。運転席に乗り込むオリーブを見て、冒険者仲間の男は肩を竦めた。
「そんな重装備で、よくやるよ」
 見に纏う鎧に、腰から提げた無骨な剣。助手席には盾も置かれている。
 荷台に積み込んだ荷物の量も膨大だ。スチールグラードがあるとはいえ、それほどの重装備と大荷物で“未開地”を旅するというのだから、呆れるやら感心するやら。
 冒険者仲間の男は、オリーブの言う“未開地”が何処に在るかも、どんな場所かも知らないけれど、その口ぶりと装備から察するに、きっと過酷な土地なのだろう。
「あんたはもっと、冒険しないタイプの冒険者だとばかり思ってたよ」
 なんのことはない。
 彼は彼なりに、オリーブという同業者の身を案じているだけなのだ。
 そのことに気付いたオリーブは、真剣な顔をして言葉を紡いだ。
「もっと思い通りに……"好き"に従って生きてみようと思いまして」
 オリーブの言葉の意味を、真に理解したわけではないけれど。
 しかし、男は確かに彼が“少し変わった”ことを理解した。
 そして、その変化がきっと、すくなくともオリーブ本人にとっては悪いものではないのだろうと言うことも。
「よく分かんねぇけど、帰って来たら一杯やろうぜ」
「えぇ、その時はいつもの酒場で」
 手を振る男に首肯を返し、オリーブはスチールグラードを発進させる。
 果たすべき約束が1つ増えた。
 心地良い約束の重さと共に、オリーブの旅は始まった。

●自由な休暇
 “そうあるべき”
 その言葉は、ある種の呪いであったのだろう。
 今となってはそう思う。
 昔のオリーブは“自分自身の描く理想”に心を捕らわれ、酷く不自由で窮屈な毎日を送っていた。当時はそんなことを考えることは無かったが、いざ“自分に素直な自由な生き方”を送ってみれば、不思議と身体と心が軽い。
 もちろん、長く歩んだ“生き方”を変えたのだ。
 未だに慣れないこともある。
 あまりの軽さに、少しだけ居心地の悪さと、足元の不安定さを感じることもある。
「まぁ、その辺りは適当な“重り”を手にすれば、どうとでもなるでしょう」
 そう言って、オリーブは手にした斧を振り下ろす。
 カコォン、と小気味の良い音がして木材が2つに叩き割られる。あまり太くない木材だ。やはり“集落”ほどに雪深い土地では、木々もあまり大きくは育たないらしい。
「……こんなものでしょうか」
 雪の上に転がる木材……薪を拾い上げながら、オリーブは視線を背後に向ける。
 オリーブの背後には、ひと抱え程の薪が積み上げられていた。
 重たい斧を天幕の壁に立てかけながら、オリーブは自分の手を見下ろす。
 オリーブをオリーブたらしめる適当な“重り”とは、つまり“責任”や“役割”のことを指す。
 オリーブは確かに自分らしく、自由な生き方を選んだ。
 だが、自由という言葉は“無責任”を内包しない。
 自由に生きるには、相応の“責任”が伴うのが常である。
 むしろ、“そうあるべき”と決めて生きていた頃以上に重たい責任を負っていると言う感覚もあった。
「彼女たちは、ずっとこういう“責任”を背負って生きて来たんでしょうかね」
 白い吐息を零しながら、オリーブは吹雪の中に目を凝らす。
 オリーブの耳が拾ったのは、彼の名前を呼ぶ声だった。
 吹雪の中にじぃと視線を向けていると、やがて真白の世界にポツンと小さな影が見えて来る。赤と青の2つの影……狩りに出ていたクアッサリーとエミューが帰還したのだ。

 雪深き山岳地帯を超えた先。
 雪原にある小さな集落にオリーブが辿り着いたのが、今から数日前のこと。
 ここ数カ月の間に、何度も集落を訪れているおかげで集落の住人たちともすっかり顔見知りになった。
「やぁ、今回はしばらくお世話になります」
 目的地……セクレタリの仕事場である天幕の前でスチールグラードを停車したオリーブは、集まって来た住人たちにそう言った。
 集落の周囲は、年中、雪に覆われた過酷な土地だ。
 太陽の光は弱く、地面は硬く凍っている。畑を耕すことも、家畜を飼育することも難しい。そんな過酷で、住み辛い土地だ。
 なぜそんな場所に集落を構えたのかと言えば、それはきっと“余所者”を信用できないからだろう。
 彼女たちがかつて暮らしていた故郷は、鉄帝の住人に奪われた。
 土地を追われ、一族の者は散り散りになって、故郷があった場所には砦が築かれた。
 そんな経験をしたのだ。余所者を信用できなくなるのも仕方のないこと。
 そして、そんな経験をしていながらもオリーブのことは信用してくれている。或いは、信頼と呼ぶ方が正しいか。
 どちらにせよ、オリーブは彼女たちの信頼を裏切ってはいけない。
 そう心に誓いながら、オリーブは集落の者と協力しながら荷物を降ろしていくのであった。

「この大量の食糧は?」
 天幕前に積み上げられた木箱を見上げ、セクレタリは首を傾げた。
「食糧や酒、ですね。手紙でお伝えした通り、今回は数日ほどお世話になりますから……余計なお世話かもとも思ったんですが、ここは雪ばかりですから」
 狩りと採取を中心としたその日暮らし。
 それが、この集落における毎日の風景である。
 集落の者が、その日に食べる分を確保するだけでも楽じゃないはずだ。
例え、狩猟や採取を担当するのが、クアッサリーとエミューを中心とした“強き脚の戦士たち”だったとしても。
「あぁ、なるほど」
「えぇ。これでも冒険者として色んな場所に行きました。こうも雪深いと食糧を得るのも大変でしょう」
「気にしなくてもいいのに。客人なのだから、大人しくもてなされていれば問題ないんですよ?」
 困ったようにセクレタリは笑う。
 事実、姿の見えないクアッサリーとエミューは、オリーブに喰わせるための獣を狩りに出かけているらしい。
「とはいえ、せっかく持って来てくれたものを突き返すのも無粋というもの。ありがたくいただいておきますね」
 セクレタリの合図と共に、積まれた木箱が運ばれて行く。
 おそらく、集落のどこかにある食糧保管庫かそれに類する施設に運搬されるのだろう。
「改めまして……ようこそ、私たちの集落へ」
「どうもお世話になります。あぁ、お世話になるだけというのアレですから、何かお手伝いさせてください」
 せっかく、集落にまで遊びに来たのだ。
 ただのんびりしているだけというのも勿体ない。そんな心境からの提案であった。
「狩りや採取はもちろん、書類仕事も領地経営のあれこれで慣れています。役に立てると自分は嬉しいです」
 かくして、極寒の集落で過ごすオリーブの休暇が始まった。

 オリーブは知らなかったことだが、集落の住人たちには大きく分けて2つの仕事が存在している。
 1つは、クアッサリーやエミューのような“強き脚の戦士”たち。
 集落周辺の警備や、食料となる獣の狩猟、野草の採取や薪や建材の確保などを担当している、フィジカルに長けた者たちである。
 そしてもう1つは、“強気足の戦士たち”以外。
 集落から外に出ることは少なく、もっぱら自身の天幕や集会所のような場所で食事の準備をしたり、衣服を繕ったり、道具の制作や補修を行うのが彼女たちの役割である。
 なお、余談ではあるがセクレタリは上のどちらにも当てはまらない。彼女の役割は、集落の指導者である。
 初日にはオリーブの歓迎会が行われたため、彼が以上のことを知ったのは開けて翌日、昼に近い時間になってのことだった。
「しかし、なんだったんでしょうね。昨日は」
 歓迎会の最中、オリーブは集落の住人たちから様々なことを訊ねられた。
 鉄帝では何が流行っているのか。
 どんな武器が主流か。
 国の情勢はどんな様子か。
 最初は、彼女たちは“鉄帝の都市”に興味があるのだと思った。
 外の世界に興味があるのだと思った。
 だが、違う。
 話しを聞いているうちに分かってきたことなのだが、集落の住人たちは別に鉄帝の都市や集落の外の世界に興味や関心があるわけじゃないようだ。
「あぁ、そのことですか。まぁ、集落の外の方には分からないですよね」
 汲み置きの冷たい水で顔を洗っていると、そんな言葉が投げかけられる。セクレタリよりもたらされた、独り言への答えであった。
「?」
「旅人を歓迎するのが集落の習わしなんですよ。そして、歓迎された旅人は、旅の中で見たものや聞いたことを歓迎の礼として語って聞かせる……そんな古い風習が、今も残っているんです」
 もっとも、その風習に意味があったのは過去のこと。集落が今の雪原に移る前には、外部との交流も幾らかあったので、そう言った情報を取得することに意味があった。
「生き延びるための知恵……ですか」
 そう思えば、冒険者だって似たようなことをしている。
 例えば、酒場に集まって酒を酌み交わすのがそうだ。互いの無事を喜び合うというも理由の1つだが、もう1つ、“情報交換”という副次的な目的もある。
 冒険者にとって情報は、身体強度や装備と同じぐらいに重要なものである。
 稼ぐためには、誰よりも早く“儲け話”を耳に入れなければいけない。
 危険を回避するためには、誰よりも多く“トラブルの種”を嗅ぎつけなければいけない。
 それが出来ない冒険者ほど、早くに命を落とすのだ。
 と、それはともかく、オリーブの目にはセクレタリが焦っている風にも見えた。きっと、長年をかけて培ってきた冒険者としての観察眼と勘が無ければ、気付けないほどに僅かな違和である。
「セクレタリさん、爆発寸前ですか? 発散するのなら付き合いますよ。まあ、自分では不足かもしれませんけど?」
 何を焦っているのか。
 それとも、ストレスを溜め込んでいるのか。
 焦りによって致命的なミスをした者や、ストレスを抱え込んだ結果、精神を病んでしまった者を、オリーブは多く目にしたことがある。
 セクレタリには“そう”なってほしくないという、純粋な願いからの提案だ。
「いえ、問題はありませんが……ですが」
 熱を帯びた脳を冷まそうとでもいうように、セクレタリは深く息を吸い込んだ。
「ですが……少々、手を貸していただいても?」
「えぇ、もちろん」
 セクレタリの頼みを引き受けることに、一切の躊躇いは無い。
「え、あぁ……ありがとうございます」
 あまりにも早い受諾に、セクレタリは目を丸くする。
 だが、そんなセクレタリの困惑にオリーブは気づいていなかった。
 セクレタリに頼られたことが、彼は嬉しかったのだ。
 
 セクレタリに連れられて、彼女が仕事をする際に使用している天幕へと案内された。
 天幕に着くと、そこには既にクアッサリーとエミューの2人が揃っている。2人の纏う剣呑な……獲物を前にした狂暴な獣のような気配を察知したオリーブは、緩んでいた表情を引き締める。
 このような切り替えの早さも、冒険者として活動を続けるうちに身に着けたものだ。
「厄介ごと……ですか?」
 オリーブの問いに、セクレタリは首肯を返したのだった。

「まずはこれを」
 そう言ってセクレタリは、テーブルの上に数冊のノートを放り出す。
 豪華な装丁の施されたノートだ。
 オリーブはそれに見覚えがあった。
 以前、セクレタリと一緒に捕縛した“人身売買組織”の拠点で手に入れたものだ。
「たしか、それは……」
「えぇ。人身売買の顧客リスト……誘拐された者たちが、売られた先が記されています」
 ノートを手に取ったオリーブは、ぱらぱらとページを捲る。
 記載されているのは名前だけ。
 それ以外の情報と言えば、幾らかの数字や記号が併記されている程度であった。
「数字や記号は“どんな種族”を“何人売ったか”……でしょうか」
「それだけではありません。そこに記されている名前は、全部偽名です」
 セクレタリは、数枚の書類をテーブルの上に追加した。
「まさか、暗号化されている……いや、暗号化されていたんですか?」
 そして、セクレタリは自力で暗号を解読してみせたのだろう。
 オリーブは驚愕し、息を飲む。
 だが、セクレタリは首を横に振った。
「一部だけ、ですね。残念ながら解読にはもう数日ほど時間がかかりそうです。また、解読できた部分には地名が記されていたんですが……それが何処なのかが、さっぱり」
「あまり集落の外には出たことが無いからな」
「地名なんて覚えなくても、集落には帰れるからな」
 クアッサリーとエミューが困った顔をする。
 それを見て、オリーブは自分が何故呼ばれたのかを理解した。
「でしたら……案内は任せてください」
 かつて離散した集落の仲間は、その半数以上が未だに消息不明なままだ。
 ともすると、誰かに捕まり売られてしまった可能性もある。
「万が一にも可能性があるのなら……もしも生きているのなら、きっと今頃、助けを待っているはずです」
 
 それから数日の間、オリーブは集落に滞在した。
 その間のオリーブと言えば、薪割りを手伝ったり、クアッサリーとエミューに連れられて獣を狩りに出かけたり、セクレタリに鉄帝の地理を教えたりして過ごしていた。
 休暇に出かけたはずなのに、結局、こうして働いている辺りにオリーブという鉄騎種の“根本的”な性質が見え隠れしているようである。
 だが、そんな日々も長くは続かない。
「出来ました」
 集落に滞在を始めて、5日目の夜。
 疲れた顔のセクレタリが“作戦決行”の号令を出した。

●凱旋。或いは、出陣
 大上段から叩きつけるような斬撃が、2人の門番を昏倒させた。
 鎧の上から肺を打つような独特の斬撃。
 意識を刈り取られ、地に伏した門番を踏み台にしてクアッサリーとエミューが宙を舞う。
 或いは、翔けると言った方が正しいか。
 十数メートルほどの距離を跳んだ2人は、勢いのままに門へと蹴りを叩き込む。重厚な門とはいえ、素材は所詮、木材だ。
 ミシミシと軋んだ音を鳴らしたかと思えば、2人が蹴りを叩き込んだ箇所を中心に門が砕けた。
 飛び散る木っ端。
 騒ぎを聞きつけたトラフィックの私兵たちが、門の向こうかわ湧き出してくる。
 数の上では、オリーブたちとの戦力差はおよそ5倍以上。
 普通であれば、焦り、怯えても仕方のない人数差である。だが、オリーブは微塵も焦っていない、怯えていない。
 だから、セクレタリも、クアッサリーやエミューも、そして軍警たちも焦らない。
怯えない。
「1人も逃がさないでください。屋敷の中にあるものは、すべて押収して洗います」
オリーブの号令に従い、軍警たちが剣を抜く。
 その眼差しや、纏う気迫は本物だ。
 一切の油断は無い。
 対して、トラフィックの私兵たちはオリーブたちを侮っている。
 5倍の戦力差は、私兵たちを傲慢にするには十分な数だ。
 そんな私兵たちが、焦って怯えて、泣き喚く……そんな無様を晒すのは、これから10分後のことだ。

●白い帰路にて
 “鉱山翁”トラフィックは、人身売買組織の元締めだったらしい。
 誘拐して来た者たちを、自身の鉱山で働かせるのは当然として、“余剰分”を外部の貴族や金持ちたちに売っていたのだ。
「その中に、幾人か……見知った名前の者がいます」
 セクレタリの表情は暗い。
 同じ集落で共に過ごした仲間たちが、奴隷として売られたかもしれないのだ。明るく振舞えるはずもない。
「…………」
 ハンドルに手をかけたまま、オリーブは口を噤んだ。
 セクレタリに、どう声をかければいいのかが彼には分からなかったのだ。
 耳に痛いほどの沈黙の後、セクレタリは口を開いた。
「クアッサリーとエミューを冒険者にスカウトするという話でしたが……まだ生きていますか?」
「え? えぇ、それはもちろん」
 クアッサリーとエミューを冒険者に勧誘したのはオリーブだ。
 あの2人を連れて行けば、知らない景色を見られるかと思ったから、オリーブは彼女たちを冒険者の仲間として迎え入れたいと思った。
 その想いは、今も変わってはいない。
「でしたら、2人を冒険者として送り出したいと考えます」
「それは……行方不明の仲間を探すため、でしょうか?」
 セクレタリは無言で首肯を返した。
 なるほど、きっと仲間たちの行方を探すのに、冒険者という身分は都合がいいと考えたのだろう。
「それと、もう1つ……冒険者たちの寄り合い所……支部のようなものを、うちの集落に設けることは出来ないでしょうか?」
 眼鏡を指で押し上げながら、低く囁くような声でそう言った。
 やはり、セクレタリは頭が回る。 
「情報収集……少し時間はかかるでしょうが」
 手伝えることがあるのなら何でも言ってくれ。
 そう言ったのは、オリーブである。
「……約束ですからね。二言はありませんよ」

「……それはともかく、として」
 ハンドルから手を離したオリーブは、スチールグラートの荷台に手を伸ばす。
 オリーブが手に取ったのは水筒だ。
 用意していた金属のカップに水筒の中身を注ぎ入れると、それをセクレタリへと手渡した。
「この吹雪では、しばらく先に進めなさそうです」
 紅茶を受け取ったセクレタリは、「はぁ」と重たい溜め息を零す。
 鉄帝からの帰り道。
 雪山で吹雪にあったオリーブとセクレタリは、足止めを余儀なくされていた。なお、クアッサリーとエミューの行方は知れない。吹雪の勢いは強いが、あの2人であれば死ぬようなことはないと確信できた。
「まぁ、中は灯りがありますし、風も避けられます」
 食糧も幾らか積んでいる。
 オリーブの見立てでは、最悪の場合1日か2日は車中泊でも問題ないはずだ。
 一刻も早く、集落に帰還したいであろうセクレタリには悪いが、オリーブはこの時間が嫌いじゃなかった。むしろ、少しだけでも長く続けばいいとそんなことを考えている。
「急いでミスをしても仕方ないですからね。今のうちに、脳を休めるとしましょうか」
 紅茶で舌を湿らせながら、セクレタリは窓の外に視線を向けた。
 視界に映るのは一面の白。
 それから、窓ガラスに反射する自分の顔だけ。
 吹雪の音に混じって、オリーブがハンドルを指で叩く音が聴こえた。
「機嫌がいいですね」
「えぇ、心地良い時間だな、と思いまして。セクレタリさんがいるからですね」
 くすり、とセクレタリは笑う。
つられて、オリーブも微笑んだ。
「役に立てるのは嬉しいことです。それが想いを寄せる相手なら尚更に。……セクレタリさんのことですよ?」
「あぁ」
 弱点を見つけました。
 そう言って笑うセクレタリの表情には、怜悧さと、狂暴さが滲んでいた。
 獲物を前にした獣のような。
 或いは、猛禽類のような。
「あまり駆け引きには慣れていないようですね」

 吹雪が止んで、2人が集落に帰還するのはこれから2日後のことだ。



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