SS詳細
朱月爛歌
登場人物一覧
空にはポッカリ、赤い紅い朱い満の月。
薄っすら血の彩に染まった夜を、『トリック・アンド・トリート!』マリカ・ハウ(p3p009233)はコツコツと石畳を鳴らしながら歩いていた。
一人。
たった一人。
確かに一人。
でも。
「うん。うん」
「分かってる」
「大丈夫」
時折呟く聲は、誰かと交わす体のソレ。
彼女を知るモノであれば、すぐに察する。
見知の間だけの、周知。
『お友だち』。
マリカの『死霊術師』としての才が結んだ縁。
けど、今のソレはいつかのソレとは若干違っていて。
と、マリカが無言でヒョイと身をずらした。
一瞬と間をおかず、上空から落ちて来る錐揉みするナニか。
ソレこそ文字通り、錐の様に地面を穿って抉り込む。避けなければ、派手に脳漿の花が散った筈。
「うフ、うふフフ、ふ」
立ち込める土煙の中から、鈴音の如く狂い聲。
「ええ、エエ、鈍ってハおらレない様デスねェ。重畳、重畳」
蹴足を一閃。ソレだけで土で濁った大気を祓い、スカートの裾を掴んで優雅にお辞儀。
「ご無沙汰でございます。ご機嫌は如何? 『愛しいマリカ』」
そう言って、『天慈災華の狂い姫』エメレア・アルヴェ―ト(p3n000265)は狂おしく微笑んだ。
●
「久しぶり! でも、ご機嫌はあんまりよろしくないかな?」
「アラあら、何故でショう?」
「アレから全然会ってくれなかったじゃん? 探してたのに。毎日、毎日。ずっと、ずっと」
聞いたエメレアの笑顔が変わる。もっと深く。もっと歪。意味する感情は、分からないけど。
「うふ、ウフ、うフふ。ソレは、それハ、申シ訳なく? しかしシカシ、私も多忙でしテ。此度ノ戦、大層救わねバナラヌ御霊がまろびましテ。貴女のデェトだけ務めル訳にはいきまセンでした」
「そんなの知らなーい」
取り付く島なく、コキッとわざとらしく首を落とし。
「あらアラ、ソれは大変。如何致シましョう? 甘いショコラをあげまスか? 讃美の調べデ蕩ける夢ヲ? vintageの蜜酒で酔ってミルも一興デスが?」
などとあやして見るも。
「全部いらない」
つっけんどんな返しに、流石に困った顔で『悪イ子ですネェ』と息を吐く。
「ソレでは、ドレどれドのヨウにーー」
瞬間、喉元に突き付けられる刃。
「キミを、頂戴」
突然の告白に、捻っていた小首を逆方向に捻って『フム?』と唸る。
「ソの心は?」
「キミを、狂い姫を救いたい」
キョトンとした目が、スと細まる。
狂気の膜が消え、見晴かすのはマリカの内。
「……コレはコレは。お救いになられましたか。己で、己を」
声に込められたのは、失望でも落胆でもなく。
心から、嬉しそうな響き。
垣間見えたソレが、マリカの心を力付ける。
「そう、全部超えた。『あの子』ともケリを付けたし、『お友だち』達は皆自分の意思で一緒に居てくれてる。だから……」
首に突き付けていた鎌が踊り、エメレアの身体を絡め寄せる。
傷付けない様に。大事に、大切に。
届く距離まで引き寄せて、抱き締める。
「後は、キミだけ」
「おや? オヤ?? おヤや???」
甘い香りと、記憶より幾分熱さを増した体温に目を細めながらクスクスと。
「救う? 誰が?? 貴女が??? 誰ヲ?? 私ヲ???」
ケタケタケタと、細い首が月を仰ぎ。
「ソれは、それハ。随分と変わったプロポォズ。デスが」
ダランと下がっていた腕がコメツキムシの様に跳ね上がり、毒蛇の様にマリカに絡む。
ギリギリギリと、縊り殺す様に抱き締める腕。天を仰ぐ頭がカツンと堕ちて、派手にぶつかる額とオデコ。流れて交じる血で共に口を染め、甘い錆の呼気が溶け合う距離で。
「そう易くも安くもありはしませんよ? 『貴女』とて。ネェ、『愛しいマリカ』」
昏い眼窩。奥で誘う真っ赤な光。映る己に笑み返し。
「だから、美味しいでしょう? とびきりに。ね、『私のエメレア』」
口を交わすスレスレ。御預けし合う様に身体は解け。
「ではでは、存分に」
「踊りましょう」
法は単純。
踊って踊って踊り合い。
手折れた方が、相手の胸に。
ただ、それだけ。
二人っきりの、殺し愛。
●
時は幾らか。
天頂の朱月が、些か飽いた様に傾いて。
巻き添えを食って酷い有り様と果てた月光花の真ん中で、ボロボロになったマリカは脱力した様に座り込んで。
切り傷。
打ち傷。
裂けた傷。
土と埃と血と、少しの肉欠けに塗れた膝の上には同じ化粧を施したエメレアの顔。血の色が失せたソレを優しく撫でて。疲れ切った顔で微笑む。
幾ら愛撫を重ねても、閉じた瞳は開かず。薄い唇の端から一筋流れた赤い色を、細い指がソと拭った。
「お見事ですね。この場に導きました甲斐があると言うモノです」
かけられた声に視線を上げると、月明かりの中にユラと立つ人影。
白いシスター姿の女性。
纏うスカプラリオの装飾は、エメレアのソレと同じモノ。
知っている。いつかの夜、エメレアとの逢瀬の後に街で交えた顔。
「先にお会いした時より、期待しておりました。貴女様であれば、近く到達出来るであろうと」
到達?
何の事か。
疑問を先取る様に、膝の上で眠るエメレアを指差す。
「応えていただいて、感謝します。お陰で手間が省けました」
マリカは、何も言わない。
ただ、彼女をジッと見つめる。
その視線を言の葉代わりと受け取って、白い彼女は謳う様に説く。
「その子に与えられた祝福は、ご存知でしょう?」
エメレア・アルヴェートの身に刻まれた呪い。
死転聖(リッチェルヴェーゼ)。
命運尽きてその灯火が消えた時、遺された屍は周囲の怨霊を招き入れて転化する。
死人権の救済を願う彼女の、最期の奉仕。
生者の肉に死者の魂。
生まれ出るは混沌。
今を生きるモノには、利と成りはしない。
生と死の間に隔たる幸福は、決して交わる位相には無いのだから。
「だから、手出しは出来なかったでしょう? 誰も。ローレット(貴女方)も」
そう。手出し出来なかった。
エメレアは強く。
狂気と信念故に、迷いも後悔も無く。
手練れとて、加減は叶わず。
止めようとすれば、殺すしかない。
けれど、ソレをすれば。
得体の知れない厄災を招く。
そして、手をあまねく内に。
更に彼女は強くなり。
「かくて、この子は仕上がりました。我らが『聖イゴルナ教団』が始祖、『イゴルナク・エルヴァ』の新たなる受胎として」
「……イゴルナク……あなた達の教団を建てた死霊術師、だっけ?」
「ご存じでしたか?」
初めてマリカが返した言葉に変わらぬ調子で微笑んで。
「ですが、語弊があります。死霊術はあくまで手段。哀れな羊らを救い導く為の、術に過ぎません」
「術……?」
「死は救いでありますれば。痛み苦しみ、悲しみ苦悩に溢るる地獄(ゲヘナ)に等しき顕界より解放し、自由得た死者達を纏め導く為の術で御座います」
死は救済。生は地獄。解放し、死者となった者達を導く。
つまりは。
「……ひょっとして、エメレアちゃんとは方針違ったりする?」
「そうですね。死者の権利、死人権を最重要とするのは間違ってませんが。その子は生者の解放には積極的ではありませんので」
正しく。
全ての行動原理は死者の為。けれど、エメレアは生そのものは否定しない。死者救済の障害となるのなら、排除を躊躇う事は無い。
けれど、『死』そのものを救いと宣う事は決して無い。
ソレはきっと。
「何か、お気に障りでも?」
「んーん。ただ、随分偉そーだなって」
そう。傲慢の愚と言うモノだ。
「価値観の相違ですね」
否定されても、あいも変わらずニコニコ。
あまりにも変わらないから、本当の顔なのかすら怪しくなってくる。
「我が母、イゴルナクは志半ばにして輪廻の区切りに至りました。けれど、彼女の慈悲は絶えませんでした。今生の意思を断つ事無く、救済の苦道を歩み続ける術を模索したのです。その末に、至ったのが……」
ああ、成程。
胸の中の彼女を、かき抱く。簡単に、奪われない様に。
見た彼女がニコニコ困った顔で『ダメですよ?』と言う。
「『ソレ』は、大事な『器』です。愛しく愚かな羊達を導き歩き続ける為の、『替えの靴』なのです」
音も無く、近づく。
ニコニコ。ニコニコ。
「良くないなぁ」
抱き締めながら、此方も笑う。
「要するに、あなた達もエメレアちゃんが欲しいんでしょ? なら、ちゃんと想いは伝えなきゃ。本人の意思そっちのけでコソコソやるなんて、キモいったらありゃしない」
「異なる事を」
チリチリと、不快な刺激。
まるで、無数の毒虫に這われる様な。
「その子、エメレア・アルヴェートは元より前より、彼方より、私のワレワレイゴルナクのモノなのデす。我がキョウ団ノ洗礼ウケシその日カラ」
「エメレアちゃんが言ったのかな? ソレ」
「異なるコトをイ成る事ことを」
ニコニコ顔が、ケタケタ嗤う。
「洗礼ハ信者我が子ラはわた我オレの可愛いモノだかラ所有するナレば意思など選択など拒絶など!」
「……あー、もういっか」
ため息一つ。抱いていたエメレアの身体をそっと横たえると、立ち上がって鎌をかざす。
「着替える度に、哀れな殉教者ちゃん達の魂も残さず内包してきたんだね? 自発的にしろ無理矢理にしろ、最後まで面倒見ようって姿勢は立派だよ。でも……」
目の前の彼女は、もう形を保ってはいない。限界なのだ。長い長い間、容量超過の『中身』を詰め込み続けた『入れ物』が。
「あなたの救いって、そう言う事? 迷う魂達を集めて取り込んで混ぜ込んで。一つになったその果てで」
『また、生まれるノデス。唯一無二、絶対極致ノ新なる真ナル生命トシテ!』
ビリビリと張り裂ける皮。ボロ切れと化した人の型の中から溢れ出した『ソレ』を見て、マリカは息を吐く。
「群体……とも言えないね。混沌。多過ぎて、統一出来てない。肝心のあなたも、その中に埋もれてる。唯の妄執。元の目的も、想いもパターン化して機械的に繰り返すだけ。脳死で傅く信徒や従霊相手なら、ソレで十分なんだろうけど……」
『サア、アナタモトモニ!』
幾多数多の声が重なる鳴動。エメレア諸共と雪崩れ落ちて来る『ソレ』をヒラリと待って躱わす。
大切に抱いていた、『彼女』をその場にアッサリ置いて。
秩序無き多様性。理性も思考も千々乱れ。ただ一つの総意、次の褥を求めエメレアの身体へと貪り付く。
「……浅ましいね。地獄の番犬(ケルベロス)の方がまだ行儀が良い。全く持って、本意じゃないよね。イゴルナクさん?」
むしゃぶる『ソレ』の中から、見上げる視線を感じる。
成れ果てた意思の中、僅かな残滓を見とめ。
「……ま、『願い』だけは純だったよね。やり方が、どうしようもなくズレてただけで」
天月に煌めく鎌が泣く。どうか、愚かで哀れな同胞に安息を。
「良いよ。救ってあげる。ソレが、今の私『達』の意味だから」
呼びかける鬨の声は、彼女に向けて。
「さあ、幕間は終わりだよ! 『私の』エメレア!!」
瞬間。
眠っていた鼓動が。
怖気立つ悪気、冷気。
辺りを染め上げ。
収束し。
蠢く『ソレ』を、下から貫く。抉り出す。
「察していただき、ありがとうございます」
使役する死霊達を巻き付けた蹴脚。霊体への干渉を可能とした肉の槍。振り翳して跳ねたエメレアが、クルクル宙を舞いながらお辞儀する。
「キミの『死にマネ』は知ってるから」
「意が合いますねぇ」
「そうだねぇ」
クスクスと笑い合い。
「他の相性は、如何でしょう」
「試してみる?」
「合意と見做しますよ? 『愛しいマリカ』」
「望む所。『私のエメレア』」
それなら、疾く疾く。
「救いましょう」
エメレアの脚に貫かれていた『彼女』が放られる。
かつて『イゴルナク・エルヴァ』と呼ばれた者。
全ての救済を望んだ、哀れで愚かな聖者擬きの成れの果て。
「さあ、どうぞ」
「おやすみなさい」
屍肉の鎌と、死霊の槍。
二つに裂かれ、霧散する。
滑稽な、自縄自縛の枷。
解き放たれる、歓喜と共に。
『核』が消え、縛られていた死者達も散華する。その中に、見とめたエメレアがポツリと。
「お勤め、お疲れ様です。シスター・エリス」
聞いた事がないくらい、酷く酷く優しい声。
誰の名か。
何となく察しは出来れど。
けれど、呼ぶ声の中に。自分が至れぬ想いを感じ。
マリカは少し。ほんの少し、嫉妬する。
毎日続いた。
混沌の遊戯。
これにて。
オシマイ。

- 朱月爛歌完了
- GM名土斑猫
- 種別SS
- 納品日2025年08月01日
- テーマ『これからの話をしよう』
・マリカ・ハウ(p3p009233)
・エメレア・アルヴェ―ト(p3n000265)
※ おまけSS『決着、付けよう』付き
おまけSS『決着、付けよう』
全てが済んだ後、マリカとエメレアは改めて向き合っていた。夜はまだ半ばも過ぎず、朱月の光が混じった夜の帷は吐き気がする程に粘っこく。辺りを飛び交うウィル・オ・ウィスプの光が照らす幻夢の中で、二人の少女は妖しく愛しくニコニコと。
「今回は、いなくならないんだね」
「約定ハ、守るが信条でシて」
皮肉るマリカに、わざとらしく澄ました態度で応じるエメレア。
ソレは重畳と、気が変わらないうちに腕を絡める。
獲物を絞める蛇の様。
そう。もう、逃しはしない。
「さっきの言葉、覚えてる?」
「サて」
「キミを救いたい」
「マだ、言いまス?」
「本気だもの」
「出来ますカ?」
嘲る顔に、不敵に笑い。
「分かんない。だから取り敢えず」
指をかける、スカプラリオの止め紐。スルリと解いて。
「離れられない様にしてあげる。毎日愛して、気狂いピエロの真似なんかしてられないくらいに」
「おや」
パサリと落ちる布の向こうから、スルリと白い手が伸びて。
「なら、私も宣言しましょう」
鋭利に整えられた爪が、マリカの服をサクリと裂いて。
「引き摺り込まれるのは、貴女です。夢幻の如く、混沌たる救いの道へ。飼い猫になりなさい。延々、愛でて差し上げます」
「負けないよ?」
「さらばこそ」
妖しい妖しい笑みと共に、絡む口付けを幕開けに。二人の影は溶けて行く。
無粋な夜明けはまだ遠く。
求む時間はたっぷりと。
血の様に朱い月の下、死せし者達の祝福が響く。