PandoraPartyProject

SS詳細

祝いの鐘は蜂蜜の香り。或いは、大人になるなよ。

登場人物一覧

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
亘理 義弘(p3p000398)
侠骨の拳

●静かな酒場
 酒とたばこの匂いがしていた。
 夕暮れ時。
 零した酒の染みや、弾丸の跡、ナイフかなにかで付けられた細かい傷が目立つ床が、差し込む夕日で茜色に染まっていた。
 木張りの床に伸びる影は2つ。
 カウンター席に腰かけて、風の音に耳を傾けている2人の男女……ラダ・ジグリ (p3p000271)と亘理 義弘 (p3p000398)がこうして顔を合わせるのは、随分と久しぶりのことだった。
 大きな戦いが終わってからこっち、2人ともそれぞれの日常に追われて、毎日を忙しく過ごしていたからだ。大人になって、仕事をして、責任を背負って……そんな毎日が決して楽しくないわけではないし、やりがいだって感じている。
 この混沌とした世界に、自分自身の存在を刻み、価値を示す。その実感が確かにあった。だが、ふとした瞬間に思うのだ。
 あぁ、今よりもっと若い頃のように毎日を自由に、必死に生きるのも楽しかった。
 あの頃はもっと、背負うものが少なくて、なんだって出来てしまいそうな根拠のない自信に満ちていた。
 今の自分は、なんて保守的なんだろう。
 もちろん、それは錯覚だ。
 ラダや義弘が思っているほど、若い頃だって自由じゃなかったし、その日を生き抜くのに必死で“楽しい”なんて感じる余裕は無かったはずだ。昔は昔で、背負うものだってちゃんとあって、自分に与えられた役割を果たそうと藻掻いていた。
「お二人さん、大人になるにはまだ早ぇんじゃねぇのかい?」
 2人の様子から何かを察したのだろう。店主の男は、グラスを磨く手を止めないまま呟くようにそう言った。
「大人になんてなるもんじゃねぇよ。つまらんぜ、案外よ」
 ピカピカに磨いたグラスを棚に戻して、店主は笑う。
 そんな店主の言葉にくすりと笑みを零して、ラダは軽く肩を竦めた。
「やっぱりこのカウンターに座ると落ち着くな。マスター、今日のおすすめは?」
 店主の言葉に対しての返事ではなく、酒の注文をするために告げた言葉だ。店主は無言のまま、棚から“ミード”の瓶を取り出した。
「お前さんと酒を酌み交わすのも久しぶりだな、ラダ」
 酒を作る店主の手元を横目に見ながら、義弘は言う。
 その顔には、幾らかの疲労の色が見て取れた。きっと忙しい毎日を送っているのだろう。ラダは、無意識のうちに自分の目の下を指で撫でる。
「人の上に立つってのも結構大変なんだな。偶に全部放り投げて砂漠に駆けだしそうになるよ」
 疲れた顔をしているのは、ともするとラダも同じかもしれない。
「そりゃあ色んな人間の生活を預かるんだからよ、責任は重大だな」
 そう呟いて、義弘は少し遠い目をする。
 ここ最近の出来事を、反芻しているようにも見えた。
「気晴らしには付き合うぜ」
 その言葉は誰に向けて投げられたものか。
 ラダか。或いは、自分自身か。
 ふと、思い出したことがある。ラダは一瞬の間を置いて、静かな声で義弘に問うた。
「そういえば亘理はこの先どうするんだ。やっぱり元の世界に帰るのか?」
 平静を装えていただろうか。
 それとも、幾らかの寂しさが滲んでいたか。
 多くの死線を共に歩んだ戦友だ。もしも永久の別れとなるなら、やはり寂しさを禁じ得ない。
 そんなラダの想いを見透かしたかのように、義弘は口元に薄い笑みを浮かべる。
 手元に転がっていたクルミを指で摘まむと、義弘はその硬い殻を指の力だけ砕き割った。カウンターに散らばる殻をクズ入れに放り込みながら、義弘は語る。
「……今はよ、荒んだ世界でしか生きられなかった若ぇのを、まともな生き方をさせてやりたいと思ってんだ」
 ラダは、少しだけ表情を暗くした。
 その話なら知っている。大きな危機は去ったけれど、この世界は依然として混沌としているし、幾度も重ねた戦いの傷痕だって未だ癒えたとは言い難い。
「ああ、世界は救われたらしいけどその辺の問題は相変わらずどこでも聞くな。地道にやるしかないんだろうな」
 思い返せば、そんなことの連続だった。
 1つの命を救う間に、その何倍もの誰かの命が指の隙間から零れ落ちていくような。
「多少荒っぽくやるかもしれねえが、ここで踏ん張ってみるつもりだ」
 そうだ。
 ずっと、義弘はそうして来たし、ラダだってそれは同じであった。
 自分の力不足を実感し、それでも血反吐を吐きながら、悔しさに奥歯を噛み締めながら、1歩ずつ歩いて来たのだ。
 だから、今を生きている。
 コトリと小さな音がして、2人の前にグラスが置かれた。
 義弘とラダは、グラスを手に取り持ち上げる。
「だが、手が足りねえ時はいつでも呼んでくれ。それじゃあ、乾杯」
 ずっと、そうして来たから。
 自分1人では、きっと何も成せなかったから。
「何を選ぶにせよ応援するつもりでいたよ。それじゃ、お互いの将来に乾杯」
 軽く打ち鳴らされたグラスが、高く軽快な音を鳴らす。
 飛び散った酒精が、夕陽に赤く光って見えた。



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