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Dear days

登場人物一覧

妙見子・R・スイテングウ(p3p010644)
僕だけの青空

 毎日が、愛おしかった。
 朝の陽射しを受けた時、おはようと瞼を押し上げて彼を見ることが出来るさいわいに胸が一杯になった。
 うたたねをしながら昼のひだまりを過ごした時に揺すられてから告げられるのは「眠ってしまうのか」という問いかけだった。
 日は昇り、沈んでいく。季節だって移ろうて、日々は豊かになっていく。
 覇竜領域は物寂しい場所でしょうとこの地の主は困ったように告げた。
 竜と共存し、竜骨フリアノンの寵愛を受ける亜竜種の娘に「いいえ」と妙見子が首を振ることが出来たのはその地で出遭った愛しい人と手を離すことがないからだ。
 混沌世界での日々は退屈だと言っている暇もなく。慌ただし過ぎて目が回ることだって多かった。
 時折、四季折々の美しさを見せる豊穣に踏み入れれば彼の地では楽しげな君主が迎え入れてくれる。
「遊びに来たのか」と屈託なく笑うその人は、滅亡を求める傾国の娘として妙見子を見て等居ない。ただのとでも言いたげに快く迎え入れてくれるのだ。
 彼に感じていた負い目は何時の間にやらそのなりを潜めてしまって。寧ろ、妙見子が遠慮をしたように一歩退いていれば霞帝君主側から躙り寄ってくる。
 所で、結婚をしたのだろう。亭主を連れては来ないのか、などと繰返す彼に「どうして」と妙見子が問えば彼は可笑しそうにこう言うのだ。
「豊穣の民のようなものだっただろう。ならば俺の国の民であって、俺の子供の様なもの。豊穣の帝とは民の父であろうからな」などと勝手なことを言った彼の背後から顔を出した中務卿は「興味があるだけらしい」と呆れたように言うのだ。
 腐れ縁になって仕舞ったその人の背を押して幸せにおなりなさいと言った日を思い出す。不幸ばかりを背負い込んで仕舞いそうな彼が前を向けたのであればもあったというものだ。
 又今度と告げてのんびりとした船旅を楽しんだって良い。静寂の海では今日も楽しげに竜宮嬢の少女が働いているだろうか。
 再現性都市を歩く日には一風変わった服装で、非日常を楽しむような心地にもなった。を連れて遊びに行けば覇竜領域では味わえない楽しさを見出せそうだ。
 白の都に訪れれば明るく笑った元・聖女が「おまえ、遊びに来るなら連絡なさい」と飛び付いてくる。
「私の茶ぐらい飲めるでしょう。胃袋はあけて来たかしら」だなんて、神に望まれ、神に墜とされ、人となった女が楽しげにコロコロと笑うのだ。
「寂しいならグランヴィルの娘でも呼んであげるわよ。まあ、この私が居て寂しいだなんてとんだ贅沢者だけれどね」
 けらけらと笑う彼女が茶会の席に着いてから問い掛ける。
「おまえ、幸せ?」
 ええ、勿論。当り前の様に、妙見子は笑った。

 私は神で――おのれは人ではなかった。
 彼は竜で――あなたは敵でしかなかった。
 けれど、交わった道の先がこれだけ暖かで幸せであっただなんて。
 青く揺らいだ妙見子の心に、赤い紅い焔が混ざり合ってから。
 はっきりと言葉に出来るようになった乃だ。

「幸せです」

「そう、良かったわね。大事になさいよ」
 元・聖女が言うと重みがあるなあなんて妙見子は笑って見せた。
 楽しい茶会を終えてから、覇竜領域クニへと戻る。荒廃した竜の領域、人が生きるには余りには適さないその場所。
 広すぎる青空の果てに、妙見子が彼とだけ見付けた浜辺があった。この先に豊穣や海洋へと続く道があるらしい。険しいその場所は人の手がまだ加えられていないから、もっと、ずっと、先にはなるだろうけれど。

 しあわせか、と問われたときに。真っ先に幸せだと答えられるようになったのは何時からだっただろう。
 いつかおしまいがきてしまうのならば、その間際まで幸せだったと笑えるように沢山の愛に包まれてしまった。
「可笑しいですね、私は世界を滅ぼす為の――」
 妙見子という娘は異界よりやって来た神の一柱であった。神より毀れ落ち、傾国の狐と結びついたことで出来上がった滅びの星は、今や滅びの一つさえも拒絶するもので。
 神でなくなった、ただの人として。
 愛おしい人と過ごす事が出来た自分が、いつかの日、未来のだれかの希望になれたらと手紙を綴る事にした。

 ――愛し、愛することができて、私は幸せでした。

 どうか、届きますように。この愛が星のように瞬いて。
 誰かを導く吉兆となりますように。祈るように女は目を伏せた。

「あれ」
 桃色の髪の少女は流れ着いたメッセージボトルを拾い上げた。
 潮騒が聞こえる。海と言うには狭すぎた人類にとっての憩いの水辺。揺すって見る。
 手紙が入っている事を確認してから少女は「うーぐぐぐ」と呻きながらその蓋を開けようとした。
 硬い。空かないと眉を寄せる。後で誰ぞにでも封を開けて貰えば良いか。
 それにしたって。
「なんだろう、これ――?」


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