PandoraPartyProject

SS詳細

戦士たちの鉄帝旅行。或いは、冒険者に勧誘しよう…。

登場人物一覧

オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者

●前略、強き脚の戦士たちへ
 鉄帝の険しき山を越えた先。
 季節を問わず、厚く雪の降り積もった雪原に“強き脚”の戦士たちが暮らしていた。
 過酷な自然の中で生き抜くために鍛え上げられた細く、けれど“実用的”な筋肉の付いた身体に、爛々とした生気に溢れる瞳を備えた戦士たちだ。
 そして、何よりも目を引くのがその脚であろう。
 吹雪の中でも構わず晒された脚は、膝から下が“鳥類”のそれであったのだ。それも、ヒクイドリやダチョウのような、大地を蹴り、外敵を蹴散らすために存在するような、鋭い爪を備えた大鳥の脚である。
彼女たちは、翼を持たぬ翼種であった。
 その鍛えた身体と、強靭な足腰でもって、彼女たちは獲物を屠り、外敵を蹴散らし、過酷な自然の中で今日も生きていく。

 ……と、そのような荒々しくもいつも通りの毎日は、一通の手紙によって変化を迎えた。
 ある暖かな日のことだ。
 暖かいと言っても、結局のところは雪原である。雪が降っていないだけで、気温は十分に低いわけだが……そこで暮らす彼女たちにとっては、暖かく過ごしやすい日と認識される。
 そんな暖かな日は、野生の兎や熊などの獲物がよく獲れる。それを知っている幾人かの戦士たちは朝も早いうちから狩りに出かけた。
 それから数時間後のことだ。
「セクレタリ! セクレタリはいるか!?」
「手紙が届いたぞ、セクレタリ! お前、文字が読めたよな!」
「この字はきっとオリーブだ!」
「オリーブ・ローレル(p3p004352)から手紙が届いたぞ!」
 狩ったばかりの獲物を担いで、雪を蹴散らし駆けて来たのは2人の女性。
 クアッサリーとエミューという、若き双子の戦士である。雪原を駆け抜けて来た2人は、立ち止まることなく1軒の家屋へと飛び込んで行った。
 家屋といっても、動物の革をなめして作った天幕のような、寒さを凌ぐのにも十全とは言い難い粗末なものだ。
 脚の速い2人が勢い込んで突撃すれば、あっさりと倒壊しかねない。
「落ち着きなさいっ!」
 案の定、と言うべきか。
「おわっ!?」
「いっ……たぁ!?」
 天幕に飛び込んで行ったクアッサリーとエミューは、数瞬も経たないうちに何かに蹴られて雪原へとはじき出された。
 積った雪を撒き散らしながら、雪原を転がる2人を追って眼鏡をかけた細身の女性が歩み出る。白と黒の髪をした彼女の名はセクレタリ。
 “強き脚の戦士たち”の中にあって、知能さえも兼ね備えた得意な人物であった。
「手紙が届くのも初めてというわけではないでしょうに。これだから、あなたたちはまったく……いつまで経っても落ち着きが無い」
 胸の前で腕を組んだセクレタリは、薄汚れた封筒をひらひらと揺らした。
 たった今、クアッサリーとエミューが持ち込んで来た、鉄帝の冒険者、オリーブ・ローレルからの手紙である。
「そうは言っても戦友からの手紙だ。気にするなと言う方が難しい」
「無事の頼りであれば良し。もしも危急であれば、何を置いても助けに翔け参じるべきだ」
 頭や顔に雪を張り付けたまま、クアッサリーとエミューが鼻息を荒くした。
 クアッサリーとエミューは強き戦士である。
 義を知り、友情の重要性と尊さを理解する戦士である。
 彼女たちは、友の危機を見過ごすことを良しとしない義侠心を持ち合わせていた。
 足りないのは、落ち着きと知性だけであった。
「……はぁ」
 セクレタリは、感心したような、呆れたような、どうにも歯切れの悪い溜め息を零す。
 それから彼女は、淡々と封筒を開き手紙を取り出した。
「えー……拝啓 解けゆく雪が春の訪れを感じさせるこの頃。お元気ですか? さて、この度は皆様を……」
「「???」」
 セクレタリが手紙の内容を読み上げる。
 だが、悲しいかなクアッサリーとエミューには理解し難い言い回しであったらしい。首を傾げる2人を横目でじっとりと睨んだセクレタリは、もう1度、溜め息を零す。
 今度は、心の底から呆れたようなこれ見よがしに盛大な溜め息であった。
「つまり、“元気にしてる? 4人でスチールグラードに遊びに行こうよ。ご飯食べたり観光したりして、前にした冒険者の話もしたいな”と、そのようなことが書かれています」
 加えて言うなら、手紙の返事はセクレタリが書くように……とか、質問があれば遠慮なくどうぞ……とか、そんな内容も記載されているのだが、2人に伝える必要は無いだろう。
「っ! おぉ、つまり狩りの誘いか?」
「なんだ! では、早速出かけよう!」
 以前に行った鉄帝観光旅行は、随分と楽しかったらしい。
 早速、出かけようとするクアッサリーとエミューを慌てて呼び止めながら、セクレタリは頭の中で文面を組み立て始めた。

●慌ただしい道中記
 猛吹雪をものともせずに、装甲蒸気車両『グラードⅣ』が雪原を駆ける。
「おぉ、相変わらず速いな!」
「速いが、煩いな! 狩りには不向きだ!」
『グラードⅣ』に牽引される木箱の中には、クアッサリーとエミューがぴったりと納まっていた。いかに『グラードⅣ』が比較的大型の車両であるとはいえ、クアッサリーとエミュー、そしてセクレタリの3人分の荷物を積載すると、車内はすっかり手狭になったのだ。
 そこで、一計を案じたのはセクレタリ。
 どこからか、直径2メートル近い大きな木箱と、太い縄を運んで来て、彼女はあっさりと以下のような提案をした。
「木箱をロープで牽引しましょう。クアッサリーとエミューは、そっちに乗ってもらえますか?」
 セクレタリもそうだが、クアッサリーやエミューも女性にしては背が高い。
 或いは、脚が長いと言った方が正しいか。
 『グラードⅣ』に4人が乗り込むとなると、それなりに窮屈な思いをしなければならなくなるのである。
 と、そのようなわけでクアッサリーとエミューの2人は、牽引される木箱の中に……『グラードⅣ』の車内には、オリーブとセクレタリが搭乗する運びとなったのである。

「……2人は相変わらずですね」
 背後の様子を窺いながら、オリーブは目を細くした。
 吐く息が白くなるほどに冷たい風が吹いているというのに、2人の元気は微塵も損なわれていない。集落を出立してからこっち、ずっと『グラードⅣ』のスピードを楽しんでいるようである。
「まぁ……クアッサリーとエミューは、いつだってあんな感じです」
「なるほど。確かに、思い返せば……いつ遭ってもあんな風でしたね」
「えぇ、というよりうちの部族は皆、あんな感じです。あまり考えるのが得意じゃないと言いますか、記憶力が悪いと言いますか……刹那的と言いますか」
 要するに“鳥頭”なんですね。
 言葉を濁してはいるものの、セクレタリの言いたいことは伝わった。
 オリーブは苦笑を零しつつも、首肯する。
「セクレタリさんは知的ですけれどね」
「誰か1人ぐらいはしっかりしないと……と。必要に迫られてですね」
 既に昔の話だが、クアッサリーとエミュー、セクレタリたちの一族は1度、滅びの危機に瀕した。部族の大半は命を落とし、僅かに残った戦士たちも命からがら鉄帝の各地へと離散したのだ。
 オリーブを始めとするイレギュラーズと、彼女たちが出逢ったのはちょうどその頃のことである。
「もっとも、そんな性質だからこそ過酷な環境でも生きていけるわけですが……」
「実際、戦士を名乗るだけあって実力の方も確かですからね」
 セクレタリたちとは、何度か交戦したこともあるし、共に戦ったこともある。
 基本的には“蹴撃”を主軸とする格闘戦を得意とする彼女たちであるが……まぁ、年がら年中、雪深き土地を駆け回っているだけあって、蹴りの力も強いのだ。
 それこそ、うっかり直撃を受けてしまえば骨が折れ、内臓が損傷してしまうほどに。
「……ここだけの話、2人が何かやらかしそうな時は手を貸して下さいね」
「善処する、とだけ」
 気軽に了承しない辺り、やはりセクレタリは冷静で、頭がよく切れる。
 その言葉を聞いたオリーブは、自分の目が節穴では無かったことを改めて確信したのであった。

●トラブルはいつも突然に
「随分と賑やかなんですね」
 既に1度、観光しているクアッサリーとエミューはともかく、セクレタリの方は金属製の家屋や馬車、蒸気機関から吹き出す煙を珍しそうに眺めている。
「えぇ、まぁ。それなりには、ですね。この辺りは人口も多いですから。もう少し郊外に出れば、途端に静かになりますよ」
 苦笑を零してオリーブが答える。
「人混みに飲まれる前に、次に行きましょう」
 都市に着いて、まず真っ先にやったことと言えば、3人の衣服を買うことだった。
 女性ものの服で、なおかつ丈夫で、動きやすいものとなれば、相応に値段も張るものだ。だが、仮にもオリーブは冒険者。
 毎日のように依頼に出かけているのだから、蓄えもそれなりにある。
「おぉ! 前のも良かったが、こちらもなかなかいいな」
「革の上着か? ちょっとした獣の牙なら弾けそうだ」
 クアッサリーとエミューが選んだのは、冒険者向けの軽装だった。汚れの目立たない黒いシャツに、薄くなめした獣革のベスト、腰にはナイフや鉈、水筒などを装着できる太いベルトを巻いている。
「冒険者向けの装備というのは色々と種類があるのですね。オリーブさんのお仲間たちは、随分と多様な恰好をしていると思っていましたが」
 一方、セクレタリが選んだのはフード付きの厚手のローブ。白を基調とした一見すると魔術師用のように見えるローブだが、内側には細かく編んだ鎖が縫い付けられている。
 なかなかの重さになるはずだが、インテリ寄りとはいえ、やはりセクレタリも“強き脚の戦士”の1人ということか。重さなど、まったく気にしていない様子だ。
 なお、3名ともに足元は短い丈のパンツである。これは、鳥脚の動きを布で阻害しないためだろう。
「それで、服を買っていただいて……これからどうするんです? もうじき、夕方になりますが」
「そうですね、宿は既に取ってありますし……今日のところは食事にしましょう。案内したい店があるんです」
 衣服の新調を終えた3人を伴い、オリーブは裏路地にある小さな酒場へと向かう。
 その店の名は“鉄鍋停”。一般の住人はあまり立ち寄らない……しかし、冒険者やラド・バウの闘士たちの集う、一風変わった酒場である。 
「あまり奇麗な店ではありませんが」
「その方が落ち着きます。あの2人には……テーブルマナーが必要な店など、まぁ、無理でしょうから」
 なお、そう言うセクレタリもマナーには疎い方である。
 幾ら取り繕っても、その本質は変わらない。
 クアッサリーやエミューよりは、幾らか冷静で賢いだけで、その実態は野生産まれの野生育ち。荒くれ者の多い鉄帝の市民と比べても、田舎出しの蛮族である。

 “鉄鍋停”にはメニューというものが存在しない。
 その日、獲れた獲物や野野菜を、生のまま提供するのが鉄鍋停のスタイルだ。
 各テーブルにはコンロが設置されており、購入した生肉や生野菜を各々で焼いて食べるのである。
「…………」
 薄く切った猪の肉をコンロの火で炙りながら、オリーブは3人の様子を眺めた。
「肉は中まで火を通してから食べなさい。お腹を壊しますよ」
「腹など壊すか。新鮮な肉だぞ」
「多少、腐っていても問題ない。肉はそっちの方が美味い」
「それでも……です。油断している時に限って、足元を掬われますよ」
 現在、3人は肉を焼くのに夢中になっているようだ。
 正確には、肉を焼くのに夢中なクアッサリーとエミューを、セクレタリがフォローしている……と言った方が正しいだろうが。
(ここまで大きな問題は無し……しかし、今後もそうとは限りません)
 旅行の日程は数日ほど。
 もちろん状況次第で、伸びることも、短くなることもあるだろうが……およそ、現在まではオリーブの予想した通りの時間配分で事は進んでいる。
 だが、これまでがそうであったように“予想”とは常に裏切られるものだ。
 世界を巻き込んだ幾つもの戦いでも、ごく小規模な仕事でも、それは変わらない。いつだって、ふとした瞬間に訪れる“予想外”に対応できる者こそが、本物の冒険者と呼ばれるのだとオリーブは経験則で知っていた。
「また! 野菜を生で齧らな……あ、いや。野菜はいいのか」
「セクレタリは気を張り詰め過ぎだ。街だからと臆しているのか?」
「心配無用だ。何か起きたら、蹴り砕いて解決すればいいんだ」
「私たちは、“街歩きの先輩”だからな」
「心配事があるなら相談に乗るぞ」
「……貴女たちは世界を舐めすぎです」
 やはり、セクレタリを連れて来て正解だった。
 確約は出来ない、と言っていた割に、しっかりクアッサリーとエミューのブレーキ役を担ってくれている。おかげで、こうしてオリーブは自身の思考に没頭出来ていた。
 今回の旅行における目的は、大きく分けて2つある。
 1つは、3人に鉄帝での騒がしい毎日を楽しんでもらうこと。
 そしてもう1つは、クアッサリーとエミューを冒険者としてスカウトすることだ。
 騒がしい2人となら、きっと楽しい冒険の毎日が送れそうだ。そうでなくとも、2人の……否、“強き脚の戦士たち”の実力は高い。山奥の集落で埋もれさせておくには惜しいと思ってしまうほどに。
「とても大変で、楽しい毎日を過ごしているようですね」
 ねぎらうように、セクレタリに声をかける。
 セクレタリは肩を竦めて、溜め息を零した。
「そうでもありません。集落の方では基本的に放置ですから」
 何しろ、周囲には獣以外に何も暮らしていないのだ。
 セクレタリとエミューがどれだけ暴れても、誰にも迷惑をかけることは無いのである。

 トラブルというのは、得てして“突然”にやって来る。
 望もうが、望んでまいが、構うことなく。
「おぉい! 聞いたか! 明日、ラド・バウでやる試合の話! 飛び込みの腕自慢を募っての乱戦だってよ!」
 きっかけは、1枚のチラシを手に飛び込んで来た酔客だった。
 彼の放った大音声に、まずセクレタリが反応した。その切れ長の眦が、ピクリと震えたのだ。横に座っていたオリーブ以外に、それに気づいた者は誰もいなかっただろう。それぐらい、些細な変化であった。
「何でも上等な雪熊が獲れたらしい! 優勝賞品は丸ごと1頭! 肉は食えるし、牙や爪や骨は売れるぞ! 勝てりゃ大儲けだ!」
 次に反応を示したのは、クアッサリーとエミューの2人。
 2人は前回の観光でラド・バウを見ている。当然、そこがどんな場所かも知っているし、そこで何が行われるかも理解している。
「雪熊か。珍しいな」
「大物だな。あれは美味い」
 貪るように食っていた肉を飲み込むと、2人はいかにも好戦的な笑みを浮かべる。
 席を立ちあがった2人の方へ、チラシを持った酔客が見た。その口元に、ほんの一瞬だけ、にやりとした笑みが浮かんだのをオリーブは見逃さなかった。
「……あの男」
 セクレタリも、男の態度が“妙”であることに気付いたらしい。
 クアッサリーとエミューに聞こえないよう、声を潜めてオリーブは告げる。
「えぇ、おそらくラド・バウが仕込んだ“宣伝係”でしょうね。こうして冒険者や腕自慢を煽って、参加者を増やそうという魂胆です」
「やはり、ですか。効果的なんでしょうね」
 店内を見回しながら、セクレタリは肩を竦めた。
 店内の至るところで、大会への参加を表明する声が上がっていたからだ。中には前祝いとばかりに追加の酒と肉を注文する者もいる。ちなみに、クアッサリーとエミューも“追加の酒と肉を注文する”客の一部だ。
「参加表明をしている者の中にもラド・バウの宣伝係がいると思いますよ。もしかすると、店側の仕込んだ“サクラ”の可能性もありますが」
 思惑はどうあれ、効果は覿面であるようだ。
 事実として大会への参加者は増え、店は追加の注文を獲得したのだから。
「騒がしくなってきましたね」
 クアッサリーとエミューを冒険者にスカウトする話は、後日に回した方が良さそうだ。
 そっと小さな溜め息を零して、オリーブは肉を口へと運んだ。

●“強き脚の戦士たち”
 明けて翌日。
 大歓声と拍手の雨を浴びながら、闘士たちがリングに上がる。
 その中には、オリーブたち4人の姿もあった。
「素手の者もそれなりにいるな」
「武器を持っている者の方が多いがな」
「「例えばお前!」」
 クアッサリーとエミューの2人が揃って指をさしたのは、ロングソードを腰に提げたオリーブだった。セクレタリは、2人の手を下げさせながらも周囲の闘士たちを横目で観察している。
 身の丈を超える大戦斧を担いだ者もいれば、小柄な身体の武闘家らしき女もいる。装備も、体格も、種族も、性別さえも多種多様。だが、共通して誰もが高い闘志を瞳に滾らせている。
 その人数は、50を超えるだろうか。
 リングの上は、既に人で一杯だった。十分に駆け回るだけのスペースは無く、試合開始と同時にそこかしこで激しい戦いが開始されることは明白である。
「なるほど、そういう趣向ですか。ちょっと3人とも、こちらへ」
 何か策があるのだろう。
 クアッサリーとエミュー、オリーブを近くに呼び寄せながら、セクレタリは怜悧な笑みを浮かべて見せた。

 試合開始のゴングが鳴った。
 それと同時に、クアッサリーとエミューが頭上へ跳び上がる。
「あ? なんだ?」
「うぉっ! 高ぇ!?」
 “強き脚の戦士”の脚力をもってすれば、助走無しの跳躍でも数メートルは余裕である。赤と青の髪を靡かせながら、誰よりも高くへ富んだ2人の姿を幾人かの闘士たちが視線で追った。
 顔を上げて、空を見上げる闘士たち。
 つまり、明らかな“隙”を晒したということだ。そして、その隙を見逃すほどにセクレタリとオリーブは温くない。
 姿勢を低くした2人が、同時に剣と蹴撃を繰り出す。
 ロングソードの腹で薙がれた数人と、セクレタリの素早い前蹴りを受けた数人が、もつれるようにリングに倒れた。
 周囲の闘士を巻き込みながらの転倒だ。
 一瞬の間に、リングの一角で混乱が巻き起こる。これだけの人数がいるのだ。転倒した闘士や、それに巻き込まれた闘士は、すぐにリング外へと叩き出されることだろう。
 セクレタリの作戦は、つまり、そういうことだった。
 自由に動き回れるスペースが無いのなら、先制攻撃を仕掛けてまずは戦闘空間を確保しようというわけだ。
 もちろん、クアッサリーやエミューに惑わされなかった者もいる。
「落ちて来るならいい獲物だな」
「仕留めてやるわ!」
 そのうちの数人……槍や矛など長柄の武器を手にした者たちが、空中に留まるクアッサリーとエミューへ武器を差し向けた。
 空中で自由に身動きが取れないのは、翼なき者たちにとって常識だ。その例に漏れず、クアッサリーとエミューも、1度、高い位置にまで跳んでしまった後は、重力に引かれて地上へ落下してくるのが道理であった。
 そこを槍や矛で貫いてやろうと、そういうわけだ。
 無論のこと、セクレタリはそこまで予想済ではあったが。
「っ……滞空!!」
 短い指示だ。
 だが、付き合いの長さからかクアッサリーとエミューは、その短い言葉だけでセクレタリの意図を理解する。
「よし」
「頼む」
 セクレタリが“何をする気”かは知らないが、2人は彼女の指示に従うことにした。
 つまり、“必死で脚をばたつかせた”のだ。
 空気を踏みつけるように、何度も何度も素早く脚を回転させる。そんなことで、空を飛べるはずはない。精々が、ほんの数秒……否、数瞬だけ滞空時間が伸びる程度だ。
 それでいい。
 ほんの数瞬だけ、時間を稼げれば問題無かった。
「頼みますね」
 呆気に取られる闘士たちの間を駆け抜け、セクレタリはオリーブの背後へと回る。
 そして、蹴った。
 その細く強靭な脚で、オリーブの背中を力いっぱいに蹴り飛ばした。
「……っ!」
 骨が砕けたかと思うような衝撃に、オリーブは歯を食いしばる。
 その身はまるで砲弾のように、槍や矛を構えた闘士たちの元へと弾き飛ばされて行った。当然、オリーブの姿勢は不安定だ。満足に剣を振るうことも出来ないだろう。
 弾き飛ばされたオリーブに出来ることと言えば、幾人かの闘士を巻き込んでリングに転がるだけだった。
 だが、それでいいのだ。
 クアッサリーとエミューが、安全に地上へ帰還できれば十分だった。
「あぁ、なるほど。そういうことか」
「いつの間にか、すっかり空間が開けているな」
 着地と同時に、2人は軽く手を打ち合わせた。
 パン、と乾いた音が鳴る。
 刹那……2人の姿は掻き消えた。 
 視認できないほどの速度で、疾走を開始したのであった。

 物事には“流れ”というものがある。
 今回の場合で言うと、その“流れ”を掴んだのはオリーブたち4人であった。
 疾風怒涛。
 そんな言葉が相応しいと思えるような快進撃。
 目に付く闘士を片っ端から蹴り飛ばし、リングの外へと弾き出す。中には、数度の蹴りを耐えて見せた闘士も居たが……悲しいかな、そう言う闘士は何度も何度も骨を砕き、内臓を潰すような威力の蹴りを浴びて、悉く重傷を負うことになった。
 そうして、小一時間ほども経過した頃……リングの上には、オリーブとセクレタリ、そしてクアッサリーとエミューの4人だけが立っていた。
「共闘はここまでですね」
 正眼にロングソードを構え直して、オリーブは言う。
「あぁ、楽しかったぞ」
「また、闘ろうじゃないか」
 予想通り、まず動いたのはクアッサリーとエミューの2人。セクレタリはリングの端で静観の構えか。
 まったく同じスピードで、弧を描くような軌道でもって2人がオリーブの方に駆け寄って来る。左右からの胴事攻撃……オリーブはその場を動かないまま、牽制するように剣先を揺らした。
 と、その時だ。
「この度はありがとうございました。とても楽しかったですよ」
 リングの端から助走をつけて、セクレタリが駆け出したのだ。
「っ……!? 時間差攻撃!」
 セクレタリは、決して“静観”を決め込んでいたわけでは無かった。
 そのことに気付いた時にはもう遅い。オリーブは同時に蹴りかかって来たクアッサリーとエミューを剣で受け止める。
 次の瞬間には、2人の背後にセクレタリの姿が見えた。
 狂暴な野生を感じる笑みを浮かべて。
 怜悧な瞳が、オリーブを見ている。
 ぞくり、と背筋が粟立った。
 そして、衝撃。
 蹴りの乱打だ。
 オリーブの胸部を、クアッサリーとエミューの背中を……当たるを幸いに、セクレタリが何度も何度も蹴りつける。
 骨が軋んで、筋繊維が悲鳴をあげた。
「くっ」
 立っていられない。
 その場に留まってはいられない。
 クアッサリーとエミューを巻き込むようにして、オリーブはリングの外へと蹴り落とされた。

●お家へ帰ろう
「どうでしたか、鉄帝の街は。もしお2人が冒険者をやってくれるなら、あの街が活動の拠点となります」
「そうですね。生活には便利そうです。少々、狭く感じましたが」
 『グラードⅣ』の複座に座るセクレタリは、手帳に何かを書き込んでいる。
 帰路、クアッサリーとエミューを冒険者へ勧誘したいと告げたオリーブに対し、セクレタリは少し渋い顔をした。
 クアッサリーとエミューという、家族同然の部族の仲間と離れて暮らすことに幾許かの不安を感じたのか。それとも“強き脚の戦士”2人の損失が、少人数の部族として許容できなかったのか。
「えー、基本的には自分が付いて基礎指導やトラブル防止をしつつ実績を積ませ、将来的にはより高難易度の依頼を……」
「あの2人は、最初から高難易度の依頼に行きたがりますよ?」
「……まぁ、自分もいるのでそれも不可能ではないと思いますよ。少なくとも、2人の実力は高難易度の依頼でも十分に通用するものです」
 もちろん、セクレタリもそうだ。
 “強き脚の戦士たち”の脚力をもってすれば、そこらのならず者や魔物程度に苦戦はしない。経験値という面では不安もあるが、その辺りはオリーブが補える。
 彼女たちと過ごす冒険の毎日は、きっと混沌としていて……そして何より楽しいだろう。そう思わずにはいられない。
「少し考えます。最終的な判断は、クアッサリーとエミューになりますが」
「そうですか……ところで、旅は楽しめましたか」
 オリーブが話題を切り替えた。
 冒険者は危険の伴う仕事である。ゆっくりと考える時間は必要だろう。 
「楽しめたなら良いのですけれど。それでも見所はまだまだありますし、前に2人を連れて行ったところだってあります」
 もうすぐ、集落に辿り着く。
 あと数十分もしないうちに、今回の旅は終わりを迎える。
 だから、その前に。
「ですからセクレタリさん。今度また……”2人”で、出掛けませんか?」
 オリーブは、最後の勝負に出たのであった。
 


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