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紡がれる途の先へ
登場人物一覧
北から吹く冷たい風が頬を撫で、廻は紫の瞳を僅かに伏せた。
燈堂家の中庭、その片隅にある小さな石碑の前に座り込み手を合わせる。
静かに祈るように、誰かと対話するように、ゆっくりとした時間が流れた。
後ろから近づいてくる足音が聞こえ、廻は振り返る。
「あれ、春泥さん」
「やあ。君も『墓参り』かね?」
パンダフードを被った春泥はコンビニの袋を片手に廻の隣へしゃがみ込んだ。
ビニール袋をガサゴソとして揚げたてのチキンを取り出す。
それを石碑に見せびらかしたあと、おもむろにチキンの包みを剥いで食べた。
「食べるんですか」
「いや、だって……ここに置いてても意味無いからね。僕が食べた方が良いだろう? 死んでしまったらこのチキンも食べられない」
もぐもぐと咀嚼しながら春泥はチキンを頬張る。
「ここまで来る時大丈夫でした?」
「ああ、ちょっかい掛けて来るヤツは居たけど、まあ慣れたものだよ。それぐらい廻は大事にされてるってことだ。未だに此所の夜妖たちは僕を毛嫌いしている」
廻を神の杯と変えてしまった春泥に対して怒りがあるのだろう。
「暁月と明煌の調子はどうだい?」
「二人とも元気ですよ。明煌さんはテアドールさんが作った義手を嫌がって着けたくないって駄々こねてます。煌浄殿の方は変わり無いですか?」
「まあ、みんな大人しいよ。明煌がこっちに居るからね。寂しいみたいだ」
石碑へ語り聞かせるように二人は近況を報告しあう。
この碑石は死んでしまった夜妖のお墓だった。
消えてしまうものも多い怪異たちへの祈りの場。
そこに愛無は居ないというのに、どうしても此所へ来てしまう。
先ほど春泥が揚げチキンを見せびらかしていたのも愛無に対してだろう。
「縁側でよく日なたぼっこしたんですよ」
「愛無とかね?」
「そうなんです。大きい姿の愛無さんにもたれかかってると、ぽかぽかして眠くなってしまうんですよね」
胸の中にはまだ愛無との思い出が感情豊かに広がっている。
「愛無さんは誇り高く戦って死んでいった。だから、僕が泣いてしまうのは違うんだって分かってるんですけど……」
「寂しい気持ちは誰にだってあるさ。涙も我慢しなくてもいい……けど、此所で泣かれると僕が泣かしたみたいに見えるので面倒だ。ほら、使うと良い」
零れ落ちる涙を春泥が貸してくれたハンカチで拭う。
「……愛無さんみたいに髪伸ばしてみようかな」
「隠さなくても、君が泣いてる所を見て嫌う者は此所には居ないよ」
「はい、みんな優しいですから……でも、見送るのは寂しいですね。クル様もキリ様もこんな気持ちだったのかな」
人々を見守ってきた神々は幾度となく子供達の死を見送ったのだろう。
廻は春泥の横顔を伺う。
彼女もまた愛しい人達を送り出しただろうから。
廻はそっと頭に降って来た指先に目を瞑る。
春泥の手の温もりでまた涙がこぼれ落ちた。
「……あの、春泥さん。僕ってまだ人間ですよね?」
「何か不調があるかい?」
「いえ……壺の毒はもうほとんど浄化されてるので大丈夫だと思います」
バロルグとの戦いで飲んだ毒の影響は無いということだろう。
「まあ、神の杯になったことで神霊に近づいただろうね」
「人じゃないってことですか?」
不安げに自分を見上げる廻に口角を上げる春泥。
揶揄ってやるのも一興だろうか。
「……さあ、どうかな。人の定義なんてもの曖昧だからね。もしかしたら、君はもう神の領域に居るのかも知れない。繰切達と同じように老いもせず、親しい人達を見送り続け……やがて本当の神様になってしまうかもしれない……なんて、世界が人として認識している限り、人ではあるけれど」
「あ……春泥さん、僕を揶揄ってますね?」
ぷくっと頬を膨らませた廻を見遣り「ふっ」と春泥は声を漏らす。
「君は揶揄い甲斐があるからね。まあ、今はまだ先の事なんて分からない。ただ言えることは、日々は続いていく。平和になった世界、といっても希望ヶ浜には夜妖が出るし、君たち祓い屋の仕事は無くならないだろうね。このまま日々を過ごして行けばいいのさ。それに、体調が回復して明煌の腕が使えるようになったら、三人で世界を回ってくるんだろう?」
いろいろな場所を旅してみたいと廻は夢を語っていた。
「愛無の分も……見てきて欲しいね」
春泥の言葉に廻は確りと頷く。
「春泥さんはどうするんですか?」
「喜一郎との約束は守ったし、まあ、のんびりと何か研究はしてると思うよ。妹みたいに最強の武器とかも作ってもいいかもね」
「妹さん居たんですか?」
「ああ、特に仲良くも無いし今居たなと思いだした」
立ち上がった春泥は廻に手を差し出す。
「ここは冷えるだろう? さっさと温かいお茶でも出しておくれよ」
春泥の言葉に廻はくすりと微笑んで彼女の手を掴み立ち上がった。
澄み渡る青空に冷たい風が駆け抜けていった。