SS詳細
辺境地よりの来訪者。或いは、強靭な脚の戦士たち…。
登場人物一覧
●戦士の旅立ち編
「なんでしょうね……これは」
オリーブ・ローレル(p3p004352)の手には一通の手紙。
つい今朝がた、オリーブの家に届いたものだ。
あちこちに濡れた痕跡のある手紙で、宛名は確かに“オリーブ・ローレル”と読める。
だが、送り主の名前は書かれていない。
誰から送られた手紙かも分からず、オリーブは首を傾げた。開封して、手紙の内容を読めば分かるか……そう思ったのも今は昔。黄ばんだ古い紙に綴られた文字は、独創的かつ躍動感に溢れたもので、まるで文字が躍っているかのようだった。
「…………」
少し考えて、オリーブは手紙を背嚢に仕舞う。
読めない手紙の解読に、時間を使っているほどオリーブは暇ではないのだ。何しろ、これから数日かかりの大仕事に出かけなければいけない。
混沌世界の脅威は去った。
だが、未だに悪の芽は潰えていない。今日もどこかで誰かが涙を流しているし、悪事を企む者たちは水面下で爪を研いでいる。
つまるところ、オリーブの生活に大きな変化は訪れていない。
“冒険者”の肩書に嘘はなく、今日も、明日も、明後日も……きっと、死ぬまで見知らぬ土地に出向いては、未知なる場所を訪れて、“敵”と戦う毎日を繰り返すのだろう。
手紙のことは、冒険から帰還した後に考えよう。
そう決めたオリーブは、力強い足取りで冒険の旅に出かけて行った。
オリーブが手紙を受け取る数日前のことである。
ところは鉄帝。
険しい山を越えた先にある辺境の雪原。
荒れる吹雪に煽られて、激しく棚引く“赤”と“青”の長い髪。
それは、猛禽類よりなお鋭く、強靭な鳥の脚をした2人の女性。名をクアッサリーとエミューと言う。
「さて、そろそろ手紙も着くころだろう」
「山の天気は崩れやすいからな。吹雪がこれ以上、酷くなる前に出発すべきだ」
旅の荷物を雑に詰め込んだ革の袋を背中に担いで、2人は1歩を踏み出した。厚く積った雪の上に、鋭い爪を備えた足跡が刻まれる。
これが、旅の始まりだった。
旅とは、このようにして始まるべきだ。
見知らぬ土地への期待に胸を躍らせながら、幾ばくかの期待と不安を表情に滲ませた力強い第一歩。すべての旅は、そこから始まる。
旅立つ者は、だからきっと知らないのだ。
「本当に大丈夫ですか?」
旅立つ者を見送る誰かは、いつだって心配していることを。
粗末な家の前に立ち、セクレタリという女性が眼鏡の“つる”を押さえた。まるで、頭痛を堪えるかのような仕草である。
“強き脚の戦士”たち。
クアッサリーやエミュー、セクレタリを始めとする“鳥脚”の翼種たちは、自らのことをそう自称していた。
飛行する能力を持たない代わりに、飛ぶよりも速く大地を翔ける強靭な脚を持つ者たちの一族だ。
かつての故郷を失った後に、極寒の辺境へ住み着いた少数部族の生き残りたち。それゆえにセクレタリは、クアッサリーやエミューのことを妹のように心配している。
ついでに、彼女たちと相対することになるだろう見知らぬ誰かのことも強く心配していた。
クアッサリーやエミューは“強き脚の戦士”である。
その戦闘力は高く、その生命力は同族の中でも頭1つ飛びぬけていることをセクレタリは知っている。
そして、2人の頭の出来が少々“良くない”ことも。
知識がなく、常識がなく、そして何より好戦的であることを、セクレタリはよく理解していた。
「なに、心配するな」
「何が起ころうと、蹴り倒して進めばいい」
セクレタリの方に目を向けぬまま、クアッサリーとエミューは告げた。
それが何より心配なのだ、と。
セクレタリは、そんな言葉を飲み込んだ。
代わりに大きなため息を零して、旅立つ2人を見送った。
●冒険者たちの帰還と到着
血と内臓、硝煙の匂いが漂う暗い部屋。
音も無く、部屋の天井付近を素早く飛び回る影がある。蝙蝠の翼を持つ男で、その手には2本のスティレットと呼ばれる刺突剣が握られている。
(速い……が、軽い)
構えた剣で男の刺突を受け流し、オリーブは冷静に彼我の戦力差を分析する。
攻撃の重さは、オリーブの圧倒的優勢。
暗所での戦闘は、男の方に軍配が上がるか。
速度も、男の方が速い。
(ですが、彼女たちほどじゃない)
オリーブの脳裏に過るのは、クアッサリーやエミュー、セクレタリといった“強き脚の戦士たち”の顔だった。
彼女たちの素早く、強靭で、そして何より苛烈な攻めに比べれば、男の攻撃はあまりに迫力が足りなすぎる。
死ぬかも知れない。
そう思わせるだけの、気迫が足りない。
緊張感が足りない。
「……犯罪組織の首領と言うので警戒していましたが、まぁ……新興勢力の首魁ならこんな程度のものでしょうね」
1歩、滑らせるように足を踏み出したオリーブは、構えた剣を一閃させる。
オリーブと、その同業者たちが“大仕事”を終えたのと同時刻。
2人の女性が、鉄帝はスチールグラードの地を踏んだ。
険しい雪山を踏破して来たクアッサリーとエミューである。長く過酷な旅を終えた直後だと言うのに、2人の顔には僅かな疲労の色も見えない。
「ここが目的地か。街の名は確か……なんと言ったか?」
「さて? オリーブたちが話していたと思うが、忘れたな」
「興味がないからな」
「あぁ、まったく興味がないからな」
厚い毛皮のコートを纏った2人の姿は“浮いて”いた。
コートとしてはあまりにも仕立てが悪く、例えば“野生の獣から剥いだ毛皮”を、そのまま身に纏ったかのように見えたからだ。
毛皮は土や泥、返り血に汚れており、あまりにも野性的に過ぎたからだ。
「あいつら、どっから来たんだ?」
「さぁな。どこかの田舎から出て来たんだろ」
道行く者たちが、声を潜めてそんな言葉を交わしている。
クアッサリーとエミューは、周囲の会話を聞き流しながら鉄帝の街並みに視線を巡らせた。
「興味はないが、人が多いな」
「人が多くて活気があるな」
2人の瞳はキラキラと輝いていた。
好奇心を抑えきれない、猫のような目であった。
冒険者は忙しい。
正確に言うなら、忙しい時と暇な時の差が激しい職業だろうか。
泣きっ面に蜂と言う言葉があるように、ほとんどの場合、トラブルというものは畳み掛けるように次から次へと冒険者の身に降りかかるものだ。
この日のオリーブが、まさにそれだった。
「なんの騒ぎでしょう、これは……情報が錯綜しているせいで、今一、状況が分かりませんが」
仕事を終えて、スチールグラードに帰還したオリーブの耳に飛び込んだのは喧噪だった。
怒号と悲鳴、建物の壊れる音、道行く人々の零す会話を盗み聞きすれば、およその状況が把握できる。
曰く、街の倉庫で誰かが争っているらしい。
スチールグラードに潜む犯罪組織同士の抗争だとか、余所者が犯罪組織に喧嘩を売ったとか、酔っ払い同士の喧嘩だとか……争っている誰かのついては曖昧だったが、どうやら相当に腕の立つ誰かが街中で戦闘を行っていることだけは確かなようだ。
「……うぅん」
数日がかりの大仕事から帰ったばかりで、疲れが無いとは言い切れない。
目を瞑って、耳を塞いで、家に帰ってベッドに潜り込むことも出来ただろう。
だが、オリーブはその選択肢を切り捨てた。
冒険者である前にオリーブはスチールグラードの住人だ。自分の住む街でトラブルが起きていて、かつオリーブにはそれを解決するだけの経験と力がある。
それを理解していながら、何もしないのは“違う”ように思われた。
そして、何より……。
「これほどの大騒ぎを引き起こすような者たちに、興味もありますからね」
そう呟いたオリーブは、外套を脱ぎ捨て駆け出した。
●戦士たち、鉄帝を知る
空から雪が降っていた。
ひらり、はらり、雪はずっと降り止まない。
「2人は、問題なくやれているでしょうか」
暗い空を見上げながら、セクレタリはそんな言葉を零した。不安と心配が滲んだ声音だ。セクレタリの脳裏に過るのは、数日前に集落を旅立って行った同胞たちの顔である。
「まぁ、大丈夫でしょう」
自分自身に言い聞かせるようにセクレタリは言った。
2人は“強き脚の戦士”である。頭は空だが、その実力は折り紙付きだ。
彼女たちが真に戦士であるのなら、きっと何処でも己の意思を貫いて、彼女たちらしく振る舞えるに違いないのだ。
鋼鉄の倉庫が燃えていた。
濛々と立ち昇る黒い煙に混じった異臭から、燃えているのは非合法の薬物……その原材料となる薬草であることに気付いたオリーブは、首に巻いていたストールで口から鼻にかけてを覆う。
炎上する倉庫を、遠巻きに眺めている野次馬たち。
その中に、倉庫から逃げ出して来たらしいならず者然とした男たちを見つけたオリーブは、そちらの方へ近づいていく。
「何があったんです?」
男の肩に手を置いて、オリーブは問うた。
「あ“ぁ”っ? なんだ、てめ……ぇ」
ならず者の声は、すぐに呻き声に変わった。
掴まれた肩の骨が、軋むような音を鳴らしたからだ。
骨の軋む痛みと共に、男は彼が“戦える者”であることを理解した。
その眼差しから、オリーブの投げた問いの意味も。
「およその素性には見当がついています。無駄な抵抗は止めて、洗いざらい知っていることを吐いてくれると手間が省けて助かりますが」
空いている方の手で、オリーブは腰から提げた剣に触れた。
誤魔化すつもりなら、この場で斬り捨てる。
そんな意思を感じた。
そして、オリーブはきっと“男を斬ることに躊躇は無い”のだと分かった。
歴戦の冒険者だけが持つ“凄味”に気圧された男が、だから何もかもを喋ったとしても、不可抗力というものだろう。
「……わけわかんねぇ女が2人、攻めて来たんだ。俺らを潰せば、滞在費用が貰えるとか、なんとか言いながら」
「なるほど、報奨金狙いですか……どんな女です。まだ、炎の中にいるんですか?」
「いるよ。鳥みてぇな脚をした総身の女たちだ」
「? 鳥みたいな……脚?」
ならず者が口にした“襲撃者”たちの特徴に、オリーブは知人の顔を想起した。
嫌な予感というものは、不思議なほどによく当たる。
炎の壁を突き抜けて、オリーブは倉庫の中に駆け込んだ。
荒ぶる業火と、立ち込める黒煙。床に転がっているのは、ひと目で“荒くれ者”と分かる身なりの男たち。
1人として無事な者はいなかった。
ある者はあらぬ方向に手足をへし曲げ、またある者は口から滂沱と血を吐いて、白目を剥いて気絶している。
中には、生きているのが不思議なほどに胸部が陥没している者もいる。ちょうど、鳥の足跡の形をした陥没跡を一瞥し、オリーブは思わず苦い顔を浮かべた。
痛いのだ、あれは。
骨が砕けて、内臓が口から飛び出しそうになるほどに。
「2人は……まぁ、無事でしょうが」
むしろ、無事でないのは犯罪組織の構成員たちの方だろう。
幸いなことに死人は出ていないようだが、あくまでそれは“今現在”に限っての話である。放っておけば炎や煙に巻かれて死んでしまうだろう。
「ん? オリーブ? オリーブじゃないか」
「何処に行っていたんだ、オリーブ。留守だと聞いたぞ」
黒煙の向こうから声がする。
足元を這う炎を踏み越え、近づいて来たのはクアッサリーとエミューであった。少々、煤けてはいるし、頬や肩に多少の傷は負っているが、10人近い犯罪者たちを相手に戦ったにしては奇跡的なほどの軽傷である。
「やはり貴女たちでしたか。とりあえず、無事でよかった。なぜ、スチールグラードにいるかは知りませんが」
「うん? なぜ? 手紙に書いてあっただろう」
「遊びに来いと言われたから、遊びに来たんだ」
不思議そうな顔をするクアッサリーとエミュー。
「あー……あぁ」
そこでオリーブは、仕事に出かける前に届いた“手紙”の存在を思い出す。あまりに悪筆だったせいで、手紙の内容も送り主の名前も読み取れなかったが……なるほど、アレはクアッサリーとエミューの2人が送って寄越したものだったのだ。
「遊びに来た人は、犯罪組織にカチ込みかけたりしないんですよ。普通は」
合点はいったが、依然として疑問は残っている。
残っているが、悲しいかなこの場で疑問を解消している時間は無かった。何しろこうして話をしている間にも、炎の勢いは加速度的に増しているからだ。
「……犯罪者は憲兵に突き出して初めて金になります。そこに転がっている男たちを、全員、運び出しましょう」
そう言ってオリーブは、足元に転がっていた男の1人を肩に担ぎ上げたのだった。
クアッサリーとエミューは上機嫌だった。
新鮮な野菜や、屋台で売っていた生肉を、大量に獲得したからだ。
「スチールグラード? とか言ったか? なかなかいいところじゃないか」
「あぁ。あぁ言う奴らを蹴り倒すだけで、こんなにたくさんの食糧が手に入るのだから」
買った野菜や生肉は、2人が担いだ布の袋がいっぱいになるほどの量だ。それだけ買っても、2人の獲得した報奨金はまだまだ残っている。犯罪組織を1つ潰して手に入る金額とは、それほどのものであった。
「なかなか慎重な組織だったみたいですからね。鴨にするのは、決まって外部から訪れた者ばかりで……尻尾を掴むのにも難儀していたみたいですよ」
「ふぅん? なるほど、なるほど……私たちのことを愚かな鴨と思ったのだな」
「それで声をかけて来たのだな。先に手配書の確認をしていて正解だった」
「……そう、簡単な話でも無いんですよ、本当は」
2人がすぐに報奨金を受け取れたのは、オリーブと一緒に居たからだ。長く冒険者をやっているオリーブの名は、鉄帝においてそれなりの身分証明として機能する。
そうでなければ、倉庫炎上事件の関係者としてクアッサリーとエミューは数日ほど拘留されていただろう。
「しかし、なんだ。オリーブは、随分と慕われているようだな」
「時々、お前のことを知っている風な連中を見かけるぞ」
「かなりの実力者だとか、腕利きの冒険者だとか褒められていた」
「着ている鎧も、なんだか高そうだしな」
ケラケラと笑う2人を一瞥して、オリーブは苦い顔をする。
「これでも気を使っているんですよ。この格好の時は、穏やかで気さくで親切な"頼れる冒険者"のように振る舞わなければいけませんから」
仕方なさそうに竦められたオリーブの肩を、揶揄うように2人は叩きまくるのだった。
「それで、2人はどこに宿を取っているんですか? スチールグラードを案内する前に、その大荷物を置いて来ないと」
「宿?」
「宿?」
「え」
もしかして、と不安な気持ちを抑え込みながらオリーブは問うた。
「宿を……取って、いない?」
「街の外に林があっただろう。あそこに泊っている」
「あの辺りで野宿だ。食べられる果実と、湧き水があった」
なるほど、と。
オリーブは納得した。
元々、2人は辺境の未開地に暮らす戦闘民族の出身だ。屋根や壁、ベッドなど無くても問題なく暮らせるし、眠ることも出来る。
冒険に慣れたオリーブにも当然に同じ真似は出来るが、クアッサリーやエミューの保有するサバイバルスキルはそれ以上だろう。
だからと言って、宿を取らなくてもいい理由にはならない。
2人は野宿でいいのだろうが、オリーブの立場としてはそうも言っていられない。遠方からはるばる自分を訊ねて来た知人に野宿をさせるなど、人に知られたら大事である。
冒険者にとって何よりも重要なのは実力だ。
そして、次に重要なのが命と金。
その次ぐらいに大事なのが面子である。
「宿を取りましょう。自分のおススメがあります……と、その前にまずは服ですかね」
2人の着ていた外套は、炎に焼かれてすっかり焦げてしまっていたから。
●戦士たちの鉄帝観光
明けて翌日。
早朝、日が昇るよりも早い時間にオリーブは街に繰り出した。
向かう先は、クアッサリーとエミューが泊る冒険者向けの宿屋であった。目的は、2人を連れての鉄帝観光である。
昨日は時間が遅かったこともあり、観光は翌日からということになったのだ。
それにしたって、少しばかり集合時間が速すぎるような気はするが。どうやらクアッサリーとエミューの生活スタイルは、早寝早起きが基本らしい。
「おぉ、オリーブ。少し待ったぞ」
「見ろ。もう東の空に太陽が昇っているぞ」
これでも早くに起きたのだが、2人的には“少し遅い活動開始”に当たるらしい。
「おはようございます。あぁ、よくお似合いですよ」
欠伸を噛み殺しながら、朝の挨拶を交わす。
2人が着ている外套は、昨日、宿に向かう前にオリーブが買い与えたものである。2人が着ていたものよりも、幾分か厚手で仕立ての良い冒険者向けの外套だ。
昨日までは“今まさに山を越えてきました”という恰好をしていたが、今日の2人は“これから山に冒険に行きます”という具合まで小奇麗になっているように思える。
本当は、流行の柄を取り入れたお洒落な服なども売っていた。だが、2人は“強き脚の戦士”であり、観光が終われば雪深き辺境の集落へと帰還する身である。
過酷な雪山の生活において、お洒落は何の役にも立たない。
どうせ送るのなら実用的なものがいいだろうと思い、冒険者向けの外套を購入した次第である。
「鉄帝の観光名所と言えば、ラド・バウや歯車大聖堂、王城リッテラムなどでしょうか。日程に余裕があるのなら、銀の森やアーカーシュまで足を延ばしてもいいとは思いますが……2人は、何処か気になる場所はありますか?」
オリーブの問いに、2人はいかにも好戦的な笑みを返した。
一瞬、2人が放った闘気にオリーブの背中が僅かに粟立つ。思わず腰の剣に手を伸ばしかけたほどの狂暴な闘気だ。近くの家の屋根の上から、カラスが一斉に飛び立っていく。
「ラド・バウがいいな。この国の戦士がいると聞いたぞ?」
「オリーブは参加したことはあるか? どれほどの猛者がいる?」
2人は根っからの戦士であった。
優美な建物や、壮健な王城よりも、汗と血に塗れ戦う闘士たちを見ることを選んだのだから。
「王城や大聖堂は、オリーブの帰りを待っている間に行ったしな」
「なかなか頑丈そうだったし、守りも硬い。集落の皆でかかっても、落とせないかもしれないな」
呵々と笑う2人を連れて、オリーブはラド・バウへと向かう。
行先がラド・バウであるならば、こんなに早い時間に集合する必要は無かったな……なんて、そんなことを考えながら。
闘技場では、2人の闘士が戦っている。
片方は、身の丈を超えるほどの大剣を構えた瘦身の剣士。
もう片方は、鋼鉄製の義手を付けた武闘家然とした男。
「今日の参加者には居ませんが、自分たちイレギュラーズがリングに立つこともあります。中には何度も優勝を掻っ攫っているような猛者もいますよ」
開戦のゴングが鳴って、2人の闘士は全く同時に駆け出した。
疾走する勢いのままに、剣士が大剣を薙ぎ払う。リングの床を削りながら迫る渾身の斬撃だ。直撃すれば、そこで試合が決まってしまいそうなほどの威力と速度に、オリーブは内心で感嘆の声を零す。
対して武闘家の方はと言えば、軽い足音で地面を蹴って軽々と斬撃を回避する。
身の丈を超える長い剣だ。
その長さと重さのせいで、斬撃の軌道は薙ぐか振り下ろすかの二択に絞られる。
「ほう。度胸があるな、あの拳士。回避と同時に飛び込んで行った」
「普通は臆して足を止めるか、防御の姿勢を取るものだがな」
クアッサリーとエミューの零した感想は、オリーブが抱いたものと同じである。
「一進一退の攻防だな」
「だが、勝つのは拳士だ」
「あぁ、まだ顔に余裕がある」
「それに何か狙っている」
激しく、速い攻防だが、2人の目には仔細までもが見えているらしい。元より、強靭な脚力を生かした高速戦闘を得意とする2人だ。相応に、視力や動体視力にも長けているのだろう。
「お、動くぞ。戦況が変わる。奇妙な気配だ」
「魔法とか呼ぶ技術だったか? オリーブの仲間も使っていたろう」
2人が言った通り、直後に拳士が動きを変えた。
至近距離での応酬から一転して、大きく後方へと跳び退ったのである。間合いは剣士の方が広い。普通に考えれば、距離を離すことは拳士にとって不利となりかねない。
だが、そうは成らなかった。
剣士から6、7メートルほど離れたところで、拳士は腕を横に払う。瞬間、その手が眩く輝いた。
空気の爆ぜるような音。
そして、放たれる無数の光弾。
1発ごとの威力は低いが、何よりも数が多く、そして速い。
剣士は咄嗟に大剣を薙ぎ払うことで、撃ち込まれた光弾の全てを防いだ。
瞬間、リングが真白に染まる。
殺傷力の無い、ただ眩しいだけの閃光。それこそが、拳士の狙いであった。
ほんの一瞬だけ、剣士が怯んだ様子を見せた。
その一瞬が、致命的な隙となる。
光に紛れて接近していた拳士の放つ渾身の殴打が、剣士の腹部を打ち抜いた。
「なかなかの使い手だ」
「あぁ、ぜひ戦ってみたいものだな」
拳士の勝利を見届けて、クアッサリーとエミューが席を立ちあがる。
そして、迷うことなく2人はリングへ向かって歩き出したでは無いか。一瞬、オリーブの思考が止まる。
そして、すぐにオリーブは2人の思考を理解した。
「ちょっと待ってください。駄目ですよ、リングに降りては。手続きだとか、色々と必要なんですから」
油断をすればこれである。
赤ん坊より目が離せないと、オリーブは額に滲んだ汗を拭った。
昼食のビーフストロガノフを食べながら、オリーブは2人に問いかける。
「ずっと気になっていたのですが、貴女たちの言う“戦士”とはいったいどういうものなんでしょう?」
オリーブおすすめのビーフストロガノフである。
2人は、飢えた獣のような勢いでそれを口に頬張りながら、少しだけ考えるような様子を見せた。
「どう、と言われてもな。私たちの言う戦士とは、強き者のことだ」
「身体だけでなく、心も強く無ければいけない」
「歩みを止めず、ただまっすぐに感情のままに突き進み、駆け抜ける者たちのことだ」
「自分の進むべき道を見定め、自分の意思を貫き通すには、相応に力がいるからな」
弱肉強食。
2人の生きる世界の過酷さと、強さを求める理由の一端をオリーブは理解する。
「そうですか。分からない話でも無いですよ」
思い返すのは、混沌世界で出逢い、別れた仲間たちの顔だった。
己の意思を貫き通し、命を落とした者もいた。
力及ばず、志半ばで命を散らした者もいた。
死んでいった誰かたちの分も……否、そうではない。
自分は、自分の意思で、自分の人生を生きなければいけない。毎日を必死で、楽しく、生きて行かなければいけない。
「お2人は……生きるためには何が一番、重要だと思いますか?」
戦うことか。
それとも、鍛えることだろうか。
2人は顔を見合わせて、くすりと笑う。
それから、スプーンで掬ったビーフストロガノフを口に頬張ってから、こう言った。
「「決まっている。美味い飯を喰うことだ」」
●戦士たちの帰還
雪景色の中を、1台の機械が走っている。
蒸気を噴き上げ、積った雪を撒き散らしながら、猛スピードで険しい山道を登っていく。
その機械の名は装甲蒸気車両『グラートⅣ』。
オリーブが駆る最新型の装甲車両である。
『グラートⅣ』は速かった。
クアッサリーとエミュー曰く、行きに比べて半分以下の日数で山奥の集落へと到着するほどに。
「聞きなれない音が響いて来ると思えば……帰って来たんですね」
そう言ったのはセクレタリだ。
呆れたような、安心したような顔で、帰還した同胞たちを出迎える。
「どうでしたか? いえ、その顔を見るにとても楽しめたみたいですね」
セクレタリの言うように、クアッサリーとエミューは鉄帝での生活を満喫した。
街を歩き回り、美味い食事を腹いっぱいに食べ、オリーブと一緒に幾つかの冒険に出かけ……十分に知見と戦闘技術を磨いたことだろう。
ずっと2人に付き添っていたオリーブは、少し疲れてしまったが。
「あぁ、そうだ」
旅の終わりに、2人に伝えたいことがあったのをオリーブはふと思い出す。
「2人は冒険者に興味ありませんか? その実力なら好い線を行くと思うのですけれど。まあ、考えてみてください」
忙しく、危険で、そして浪漫に溢れた仕事を。
彼女たちと一緒になら、きっと楽しい冒険が出来る。
不思議とそんな予感がしていた。

- 辺境地よりの来訪者。或いは、強靭な脚の戦士たち…。完了
- GM名病み月
- 種別SS
- 納品日2025年04月03日
- テーマ『これからの話をしよう』
・オリーブ・ローレル(p3p004352)
・クアッサリー
・エミュー
・セクレタリ