PandoraPartyProject

SS詳細

これからも、隣で一緒に夢を見ましょう

登場人物一覧

フーガ・リリオ(p3p010595)
黄金の百合を
佐倉・望乃(p3p010720)
真っ赤な薔薇を

 戦いが終わり、平和が訪れ、
 太陽は昇り、日々は巡る。

 明日が昇ることを願って、毎日奇跡を願う必要はないらしい。
 不可能を可能にする青薔薇のマーチは、もうめったには必要ないようだ。
 戦場を駆け抜け、幾多もの人々の命を救ってきた青薔薇隊の雄姿は多くの人の記憶に残っているが、この先はきっと、人々の口から語り継がれていく物語になるだろう。
 こぼれる命をつなぎとめるためにともに駆けたあの日々は、きっと、ずっと、遠いもの。
 願わくは、この明日が無限に続きますように。

「それ、美味いか? だろ? 自慢の花なんだ」
 百合の花の蜜を吸うハチドリを、『君を護る黄金百合』フーガ・リリオ(p3p010595)は見つめていた。
「ああ。礼はいいよ。でもそうだな。どうしてもってんなら……おいらのところにお姫様を呼んできてくれないか? もうすぐくるはずだから、なーんてな」
 飛び去る鳥を見送ると、フーガは額の汗をぬぐい、花の手入れを続けた。
 朝、冷え込んだのもあって少し心配だったのだが、しっかりと根を張っている。花弁はみずみずしく輝いている。
 この子たちは、見た目ほどやわじゃないらしい。
 来年も再来年も、きっと美しく咲くだろう。

「あら……」
 目の前で、小鳥が静止している。
『貴方を護る紅薔薇』佐倉・望乃(p3p010720)は、小鳥に微笑みかけた。
 手を振ると、バスケットを片手に、ゆっくりと丘を登っていった。
 かごの中には、あの人の好物を詰め込んだサンドイッチと、淹れたてのハーブティ。
 目指すは、大きな樹の下だ。
 行くべき道を指し示すというペンデュラムは、今日はふらふらと揺れていて、お好きなところに行きなさいと言っているかのようでもあった。
 どこまでもどこまでも、柔らかいお日様が道を照らしている。
 行きたいところは分かっている。
 自分の心は、とっくの昔に決まっている。
 あの人の隣だったら、きっと、望乃は目をつむっていてもたどり着ける。
 歌が聞こえる。
 風のざわめきにかすかに聞こえてくる声は、愛しい人の声だった。望乃がそれにハミングを加えると、愛しい人の訪れを知り、声の主、フーガの声は花が咲くように、一段階柔らかく、優しいものになっていった。
(ふふ……わかりやすいんですから)
 フーガの歌は、甘やかに愛を歌う小鳥のようだった。
 望乃は微笑み、そのために、少しだけ歌が止まる。
 少しの空白。
 フーガはもう臆することなく、より大きな声でのびやかに歌を重ねる。
 まるで、愛おしい人に手を差し伸べるように。
(おいらは、王子様でも、騎士様でも、勇者様でも、賢者様でもないけど)
 それでも、離したくないと思った。歌いたいと思った。
 赤い薔薇のお姫様と、隣にいたいと思ったのだ。
(ねえ、フーガ。わたしの――王子様)

 ここはフーガの秘密基地。
 白い百合と赤い薔薇が寄り添うように咲いているこの場所は、二人が愛を誓った場所でもある。
「望乃! こっち、こっちだ」
 大きな樹の下に、フーガがいた。幸せそうに幹に背を預けている。傍らにあったのは日記だろうか。照れくさそうに、そっとしまうのが見えた。
「フーガ。お腹、すいていますか? 今日はサンドイッチですよ」
「うん、良い匂いだな。いつもありがとう。おいら、望乃の料理、毎日ほんとに楽しみなんだ。……ほら、おいで」
 フーガは愛おしい人に向けて、ぽんぽんと膝を示す。
 望乃はそっとバスケットを地面に置いた。
「うん? どうした?」
「フーガ」
 膝枕では足りないくらいに、胸がいっぱいだったから。
 この気持ちを、言葉で表すのは難しいくらいだったから。
 望乃はまっすぐにフーガの腕に飛び込んでいった。
「っと!」
 フーガは難なく愛おしい伴侶を抱きとめた。
 柔らかく温かく、愛おしい人。
 そおっと触れて、それからぎゅっと抱きしめあった。
 見つめあい、いつかのように口づけを交わす。
 幸せは、新芽のように、とてもくすぐったい。
 しばらくして離れると、フーガは頭を掻いた。
「望乃」
 柔らかい髪を撫でて、そっと頬をなぞった。
 二人を祝福するかのように木がざわめき、葉っぱが降ってくる。

 サンドイッチでお腹を満たした。
 フーガは、こんどはトランペットを奏でていた。どこまでもどこまでも続くトランペットの音が、澄み渡った青空の果てまで響いていた。
 望乃はそれに合わせて、高らかに歌った。
――なあ、ドラド。
 かつてフーガの傍らには、言葉にできなかった声を、音を乗せてくれたトランペットがあった。
 こちらの世界にやってきてから、当たり前のように掌の中にあったそれは、やっぱりあっちの世界とは違うものだけど、それでも、愛おしいと思った。
 代わりなんかじゃない。何者の代わりでもない、大切なものだと、今ならわかった。
 こっちの世界にも、大切な人が出来たから、もう、大丈夫。
 黄金の百合は、掌の中で金色の光になって消える。またいつでも姿を現すだろう。
(優しいあなた。
ほんとうは、少し、不安だったんですよ。
もし、元の世界に帰れるとしたら――いつかは帰ってしまうだろうかと思っていましたから)
 でも、とても優しいあなただから。
 困っている人たちを、ほうっておくなんてできないだろうと思った。
 役目を終えるまで、この世界を投げ出すことなんてしないとも分かっていて。
(それなら、いつまでだろうって、ずっと考えていたんです)
 花が咲いたら?
 戦いが終わったら?
 でも、だんだん、だんだんと、日々は確信に変わっていった。
「この先、どうなってもずっと一緒だぞ」
 絶対に離さないと誓った言葉は、心から本当だと信じられた。
 互いが互いを愛していた。
 戦場での決死の覚悟の、ひと時のきらめきばかりではなかった。
 日々の慈しみに、誓いは顔をのぞかせる。
 優しく起こす声に。
 何気ない歩幅に。
 乾いた風に負けて、少しでも咳をするとすっとんできて、家事を無理やり奪い去っていくすがたに。
 木漏れ日の日に。真っ先に呼ばれる木苺のジャムの味見に。
 特別な日の、好物でぎっしりの、机からはみださんばかりのご馳走を見たときに。
 うたたねにまどろんで目を覚ますと、いつのまにかブランケットがかけられている。
 すべてに、起きてから気が付くのだ。
 夢のような夢だった、と。
 しかしこの日々は続いていくのだ。
 どこまでも、どこまでも。
「長い戦いだったよな」
「そう、でしたね。とても……」
「望乃もよくここまでついてきてくれてたよな」
「それは、フーガだからですよ?」
 そうじゃなかったら、折れてしまっていたかもしれない。
(……ねえ、フーガ。この世界が平和になったら、フーガも元の世界へ帰ってしまうのではないかと、思っていたから
今もこうして、隣にいてくれることが、本当に嬉しい……嬉しいんです)
 ぎゅっとつないだ手に力を籠めると、優しく優しく、そっと握り返された。
「ねえ、フーガ。フーガのおうちの人たちのお話、また、聞かせてくれますか?」
「ああ、望乃が聞きたいってんなら、何度でも」
 望乃の想像の中で、フーガの家族は、生き生きと像を結んでいった。
 時折笑い声が混じる。
 会うことができなくても、望乃は遠い世界のフーガの家族に心からの感謝を捧げている。
(ご家族がフーガを愛し、立派に育ててくれたから、わたしはフーガと出会うことが出来たのです)
 お昼寝シエスタが大好きで、誰よりも人を助けたいと願う優しい人。
 美しい音色の、トランペットを奏でる人。
 そんな人と、会わせてくれたことは本当に奇跡のようなものだと思った。
「望乃の話も、聞かせてくれるか?」
「はい、喜んで」
 宝物の欠片を取り出すように、望乃もまた自分の家族の話をした。
 初めての歌。
 ほんの小さなイタズラ。
 泣きたくなったときの、秘密の隠れ場所。
 体が丈夫な弟妹達が、時々、羨ましかった……。
 幸せそうに耳を傾けていたフーガが、不意に、目頭を押さえた。
「どうかしましたか?」
「ああ、いや、なんでもないんだ。ただ、ただちょっと。幸せだなって。噛みしめてたら――夢みたいだと思ったんだ」
「泣き虫さんですね、フーガ」
(この地で生きることを選んだ彼と、幸せに歩んでいきますから。
どうか、見守っていて下さいね)

 ああ、幸せでいっぱいになって、うとうとと、瞼が重くなってくる。
 二人は、もう、このまま眠気に身を任せるだけで良かった。
「ようやくゆっくり眠れるな。
なんせ世界の命運を決める戦いで全然眠れなかったから」
「はい。決着を見るまで不安で眠れなかった夜は、おしまいですね」
 懐かしく思い出す、戦いの日々。それも、ずいぶん遠いことに思える。
「今日はいい天気だ
いっぱいお日様浴びて、昼寝シエスタするぞ」
 横になると、花々と同じ目線になって、香りがふわりと強くなった。
 大好きな香りだった。
「ああ、おいら達の薔薇と百合が綺麗に咲いてよかった
最初混沌の世界自体おいらの見る夢だと思っていたけど、夢じゃなくてよかった
だってこれからは一緒に夢をみられるのだから」
「わたしの薔薇と、あなたの百合が、この平和な世界に咲いてよかった
これからも一緒に夢を見て、一緒に夢を叶えられますように
この時がいつまでも続きますように」
 二人はそっと互いを見つめ、ゆっくりと目を閉じた。
「おやすみなさい、最愛の薔薇の妻よ
おいらの愛おしい花
誰よりも健気で頑張り屋さんで、
そして寝顔の可愛い、真っ赤な薔薇のキミ」
「おやすみなさい
わたしの愛しいお日様
気高く優しい黄金の百合のあなた」
 歌うように祈るように、二人はことばを贈りあった。
 フーガが静かに、子守唄を歌って、自身もまた、手をつなぐと夢の世界へとまどろんでいった。
 心地よい風が吹き、花が揺れる。
 明るい太陽が、二人をいつまでも照らしている。
 夢ですらも、愛し合う二人を引き裂くことはできない。

おまけSS『ご褒美シエスタの夢』

 子守唄が聞こえた。
 フーガは、夢の中で、懐かしい故郷にいた。
(それじゃあ望乃は――?)
 はっとして振り返ると、望乃はきちんとそこにいた。
「! ああ。よかった。よかった……おいら、てっきり」
「離れないって、約束したでしょう?
大丈夫ですよ、心配しないで。わたし、ちゃんとここにいます。
フーガが望む限り、ずっと」
(ああ、これは、それじゃあ、おいらの幸せな夢の続きなのか――)
「望乃のこと、紹介したら、きっとびっくりするだろうなあ。どうしてうちの息子と結婚したって、きっとたくさん聞かれるぞ」
「大丈夫ですよ。わたし、たくさんたくさん、フーガの良いところ、ちゃあんと、たくさん知ってますから」


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