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巡り廻る花縁を結って

登場人物一覧

十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜



 ――季節は巡り巡って、暖かな春が来て、花は咲く。また、あの綺麗な桜を見れる日を楽しみにしとりますよって。

 柔らかく白い雪が大樹を、その桜の芽を包んでいた。
 世界は冬から春へと移り変わる。絢が見ていたのもその変遷のひとつであるのだろう。少なからず、彼にとってはそうだった。
 きみが見ている世界が。その色が。どれほど美しく見えているのか。
 あの空の青が。桜の柔い色が。けれど、きみの目にどれほど惨く映っているのか。その隅々までを、知ることはできないけれど。
 だからこそおれは、すごく驚いたんだ。きみが、あの子たちを起こしに行きたいっておれに連絡をくれた時は、すごく、すごくね。

 大樹は爛漫と。永遠という言葉がふさわしいその花は、いつだって変わらずに咲き誇っているのだ。
 次の春までおやすみ。その優しい言葉に包まれて寝息を立てていた小さな桜の精たちが、あたたかな春の気配に身動ぎをして。
「おはよう、春やよ」
 擽る春風が、どこか懐かしい。寝ぼけまなこをまろい手で擦れば、あの日よりも髪が短くなった蜻蛉に目を見開いた。
「春が来たの?」「春が来たの!」
 その声につられて、あたりで眠っていた他の精霊たちも身体を跳ね起こす。わらわらと大きくなる声に絢は頷いた。
「よう眠れたやろか?」
「いっぱい寝たわ!」「うんと寝たのよ!」
「……んふふ、そう? 良かった」
「久しぶり」「あいたかった」
「ほんま? うちもよ、会いたかった」
「こらこら、蜻蛉をあんまり困らせない。きみたちはこれからお仕事があるんだから」
「絢のくせにいじわるよ!」「絢のくせになまいきね!」
「おれをなんだと思って……」
「ふふ、絢くんもこう言うてるし。うちもまた来るさかいに。今日は少しだけ、絢くんと遊んできてもええ?」
「また来てくれる?」「ぜったいぜったい?」
「ええ、ほんまに。ぜったい、ぜえったい、やよ」
 きゃらきゃらと笑う子供のような声が遠くへ響いた。きっとそれは了承であったのだろう。。
 からころと、二つ分の下駄の音が街に増える。春の日、夏の日、秋の日、冬の日。どんな時も、ともに街を歩いた。そんな思い出が、街のいたるところに溢れている。
 懐かしくて、いとおしい。そんな日々の記憶のなかで。
「絢くん、お願いがあるんよ」
 蜻蛉が笑った。
「最初……出逢った日のように、飴を作ってくれんやろか?」
「おれが?」
「うん。そうしてくれへん?」
「勿論、構わないけど……珍しいね」
「そうやろか。そんな日もあるんよ」
 短く切っただけではない。少し伸びた髪をまとめた蜻蛉が笑うから。絢も頷いた。そうしたいと、思ったから。

 再会は柔い陽の光の下。薬指の指輪に憂いを抱かせるわけにはいかないと笑った絢が、喧騒に少し離れた桜の木の下を選んだのは、きっと単なる気まぐれではなかったのだろう。
「そうだな、じゃあ……今日は原点回帰、ってわけじゃないけど」
「ふふ。どんなんになるやろか」
「おれも悩んでるよ。蜻蛉に作るのは特別だからさ」
「まぁ嬉しい」
「そりゃね。何年一緒にいたと思ってるのさ」
「せやった。ふふ、うちが忘れてどないするんやろ」
「でもそれだけ、蜻蛉の生活にもおれたちがいるってことでしょ。嬉しいよ」
 慣れた手つきで、ちょきちょきと雨を切って色を付けていく。
 積もる話もあるだろう。だけどそれを話すのは今じゃない。そんな気がした。
「……今日はなんだか、これだってすぐに思えなかったんだけどさ」
 差し出されたのは、二匹の黒猫。桜が二匹の猫を仲良く繋いでいる。友情のあかしだ。
「親愛なる蜻蛉へ。なんてさ、くさいかな」
「そんなことない。うち、嬉しいわ」
「そう?」
「そうよ。嘘なんて吐かれへんもの」
 くるくると、飴細工を回す。そうしたのはきっと、ただ嬉しかった、それだけじゃなくて。
 そうすることで、名残惜しいような、幸せの満ちる、そう確信できるこれからの毎日への花道がぐんと近付いたような気がしたから。
「あのね、絢くん」
「うん、どうしたの」
「絢くんのこと。うちの弟みたいに思とりました。これからも、ずっとよろしゅうね」
「……!」
「おかしいて、思うとる?」
「ううん、はは。こんな姉さんがいたら、俺もうんと幸せ者だなって思ってさ」
「光栄やね。うちのほうかて、絢くんみたいな弟がいたら、きっとほんに幸せやった」
「でもさ、そう思ってくれてるってことは、きっとこれからは幸せになれるってことだよ」
「そう?」
「そうだよ、姉さん」
「ふふ、嬉しい。……ありがとうね、
 たったいちど。
 そう呼ぶことができた特別。きっとこれからも寄り添い続ける、二匹の黒猫の信頼の形。
「出逢おうてくれて、ありがとう。ほんに、ほんに……おおきにでした」
「何言ってるのさ。また会えるよ」
「……そやね。そやった。これからも、会いに来る」
「ふふ。うん。待ってるよ」
 二匹の黒猫は笑う。桜の木の下で。今日の日のこの平和を想って。それから、しあわせな未来を願って。
 覚束ないような足元も、いつからかしっかりと踏みしめて歩けるようになった。不安が影をさして、暗がりに泣いて。そんな夜を、どうにか乗り越えられるようになった。
 強くなったし、弱くなった。それでもいいと思えた。それは今日までの歩みが、きっと自分を強くしてくれたから。

 ある晴れた日のこと。
 ある幸せな一日のこと。今日の天気は桜吹雪。花曇りを晴らす、青と淡い桜色――



 そうだ。この話は、これでおしまい。
 それからおれは、きみが来るたびに、きみのうんとかわいい特別な子供たちに手を焼いたんだよ、姉さん。
 きみが一度切った髪がうんと長くなるところまで、ちゃんと見届けることができて。おれは友達として、弟分として、誇らしかったし、やりきったような気持ちになった。
 悩んだり、困ったり、悲しげだったきみの顔が晴れやかになっていくのを見ることができて、すごくすごくうれしかったんだよ。
 それに、おれのこともおじさんって――いいや、いや。おれもおじさんって呼ばれるのには慣れたんだ。だからほら、笑っていてよ。おとしだまはこれからも、あげたいんだ。だからおじさんの役は、おれにもください。なんてね。

 些細なことで笑えて。泣けて。そんな日々をいつか懐かしく思う日がくる。
 そんな時に、こんな物語があったといつかきみが思い出すのだろう。いいや、思い出さないのかもしれない。
 そのどちらでも構わない。きみを笑顔にできたという事実。それが、おれを。おれたちを強くする。幸せにしてくれる。
 いつかの日のきみへ。きみは今も笑えていますか? 今日という日の寒さに震えずに、明日のひかりを待ち遠しく思えているでしょうか。

 幸せになってくれてありがとう、蜻蛉。
 これからもどうか、きみの愛する人たちと、世界が、末永く幸せでありますように。
 巡り廻る花縁を結って。きみのつないだ縁が、これからもきみを幸せにしますように。

 桜の物語より、愛をこめて――めでたしめでたし。


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