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【Pan Tube】宝探しはロマンだにゃん
登場人物一覧
Pan Tube——動画というエンターテイメントを日々提供してくれる一大サービスだ。その中でPーTuberと呼ばれる動画配信者達が競い合うように動画を投稿している。
僕のお気に入りのチャンネルはこれだ。
「はい、どうもこんにちはにゃ~。皆のフリータイムのお供、アリスの配信『ワンダーランド』だにゃー♪」
アリスちゃんは銀色の髪が綺麗な猫の女の子で、可愛くて面白いんだよね。
「今回は~これ! 『宝の地図』なのにゃ! 先日イレギュラーズとしてお仕事した報酬で貰ったものだにゃ。今日はここに宝探しに行くのにゃ!」
画面にドドンと宝の地図らしきものが拡大される。あれ? でも、ココ、幻想の街中から少し行ったところだよね? そんなところにお宝あるのかな? でも、幻想だし何でもありなのかもな。
「皆も宝探しとか子供の頃やらなかったかにゃ? いや、実際やってみると良い歳してても結構楽しいものだにゃあ! レッツ宝探しにゃ!」
アリスちゃんが洞窟へと入っていく。そこは薄暗くてちょっと不気味だ。それがワクワク感を刺激してくれる。
そこへ突然、画面奥から何かが飛んでくる。
「きゃあ! なんなのにゃ!?」
アリスちゃんはしゃがんでカンテラを天井に向ける。そこにいたのは……。
「なんにゃあ……。コウモリにゃ。びっくりしたにゃあ! でも、これも宝探しの洗礼っていうやつにゃね」
アリスちゃんはコウモリの群れを刺激しないように、カンテラに黒い布を被せて、ゆっくりと進んでいく。こういう冷静で優しいところも好きなんだよなー。癒されるー。
「♪ふんふんふん〜」
アリスちゃんも少し余裕ができてきたのか、鼻歌を歌ってる。結構いい声だなー。
そう思ってたら、アリスちゃんが歌い始めた! アリスちゃんの動画は全部チェック済みだけど、歌ってるのは初めてだよ!
「♪ぱんぱんぱんつべ~」
「♪楽しい動画がいっぱい~」
「♪歌ってみたにゃ~、踊ってみたにゃ~、やってみたにゃ~」
「♪ PーTuberがいっぱい活躍してるにゃあ~」
「♪みんなもぱんつべしようにゃっ!」
『うまっ!』、『今度歌ってみた、やってほしいー!』、『100点満点』などと、コメントも好評だ。僕も『他の歌も聞きたい』と、ついコメントしてしまう。いつもはROM専なんだけど、アリスちゃんって気軽にコメントしやすい雰囲気があるんだよね。
「そんなに褒めても、なんにもでないにゃよー」
アリスちゃんが照れて顔を覆う。カワイイ。
「みんなのおかげで歌に自信でてきちゃったにゃあ。今度歌ってみた、してみてもいいかもしれないにゃ」
うわー、それは期待しちゃうなー。ますますアリスちゃんから目が離せないや!
「うにゃにゃ! ここまで来て二手に分かれてるにゃあ……」
アリスちゃんは二つの道をあちこち見て調べてるけど、それは徒労に終わったようだ。
「うーん、目印もないし、これはお手上げだにゃー。みんなー、左か右の道のどっちがいいか、投票してほしいにゃー!」
投票も二分してしまう。僕はなんとなく左にいれてみたけど、どうなるんだろう。
「よーし、投票数が多かった左にするにゃー。みんなレッツゴーなのにゃあ」
僕の選んだ方だ。僕までドキドキしてくるなぁ。
「♪ふんふん〜、順調にゃ〜。んー、あれは明かりかにゃあ? もしや、お宝かもしれないにゃー」
アリスちゃんがはしゃいで走っていく。お、お宝? 僕のドキドキも止まらないよー。
「うにゃ? この影はもしかして……人影にゃ?!」
「いらっしゃいませ」
そこにいたのは、お宝ではなく、でっぷりとした男だった。
「いらっしゃいませ、ということは、もしかして行商人さんかにゃ?」
「はい。行商人のハサンと申します。ここで薬草からお菓子まで色々売っております」
「ハサンさんにゃね。覚えたにゃ。アリスはPーTuberのアリスっていうにゃあ。ハサンさんは、ここの洞窟で商売は長いのかにゃ?」
「この洞窟は約一ヶ月いますね。あとは色んなダンジョンで行商人をして回っております」
「思い付いたにゃ! この洞窟でのハサンさんの商品の売れ行きトップ3を聞かせて欲しいにゃ!」
「いいですよ」
「じゃあ、まずは第3位からにゃ」
「饅頭です」
「にゃあ! 美味しそうだにゃあ。じゅるる……だにゃー。次は第2位にゃ!」
「タオルです」
「タオルは結構万能に使える便利なアイテムだにゃあ。納得だにゃ。最後の第1位にゃー」
「お酒です」
「にゃあ! アリスは実況中だから飲めにゃいにゃ……。ありがとうございましたにゃ」
「いいえ、こちらもいい宣伝になりましたよ」
「最後にお饅頭とタオルを買いたいにゃあ」
「毎度ありがとうございます」
「ところでこの先、もしかして道はないにゃあ?」
「ないですね。戻って二股の道を入り口から見て右に行くしかないです」
「教えてくれてありがとうにゃあ。ちょっと寄り道だったけど、イイモノもいい情報も手に入ったし、よかったにゃー」
僕の投票した方が間違いだったのはちょっとショックだけど、行商人さんとのやりとり面白かったな。アリスちゃんは気楽な感じで正しい道へと進んでいく。
アリスちゃんは暫く歩いていたが、警戒するように耳がピクピクと動いて、立ち止まる。
「んんんー? 何か嫌な予感がするにゃあ。気をつけて進んだほうがよさそうだにゃ……」
そして目の前に坂が現れたとき、嫌な予感の正体が判明した。
「なんにゃ! 岩の球が猛スピードで落ちていってるにゃ! アリス、ピンチにゃ?!」
かなりのスピードで大きな音を立てて、ごろごろと大きな岩が何個も転がっていく。僕がオロオロしていると、『危ないから逃げよう』、『宝探しはもう終わり!?』、『宝探しより命が大事』などとコメントが荒れていく。
アリスちゃんは冷静に岩の球を見つめていた。そして、おもむろに拳を構えると、それを殴ったのだ! すると驚くことに、岩の球が大きく凹む。
「……やっぱりにゃー! これハリボテにゃ。多分ハリボテの中に小さめの岩が入ってるにゃあ!」
『アリスちゃんは賢いネコにゃ!』、『流石オレの嫁!』、『お前の嫁じゃねぇよ、俺のだよ』などとコメント欄は歓喜に沸いた。でも、アリスちゃんは誰の嫁でもないから……! ……僕のお嫁さんに……とか、妄想することはあるけどさ。ってか引かないで! って僕は誰に気を使ってるの?!
「みんな注目にゃ! 下に溜まった岩は上から降ってきた岩が増えても同じ嵩になってるのにゃ。つまり——、岩は何らかの絡繰で一定数以上溜まると上に跳ねあげられていると考えられるにゃ! いわゆるパチンコと同じ原理にゃあ!」
目をキランと光らせ、どこからともなく取り出した眼鏡をかけ、クイッと眼鏡をかけ直すアリスちゃん、クール、クーラー、クーレス……っう! うわ、肝心なところで噛んじゃった……。アリスちゃん、とにかくカッコいい!
「だから、坂の上に宝がある筈なのにゃ。これでQ.E.D.にゃあ!」
眼鏡を仕舞ったアリスちゃんは、勢い良く駆け上がっていく。岩は殴って壊し、凄い反射神経で襲いかかる岩を避け、まるでアクション映画だ! そうして頂上へと駆け上がる。その時のコメントは『カッコいい!』、『俺、アリスちゃんの嫁になるわ……』、『それはない(キッパリ』などと祭り状態だった。
しかし、頂上から先には、まだ道が続いているようだ。
「まだまだ行くにゃあ! みんな、ついてきてくれるかにゃ?」
『おk』、『勿論』、『旦那についていくのは嫁の務めだから』、『だから違(ry』とコメントも大盛り上がりだ。満足そうにアリスちゃんは「みんな行くにゃあ!」と掛け声をかけて、進んでいく。僕もアリスちゃんにどこまでもついていくよ。だけど、僕はストーカーとかじゃないから! 勘違いするんじゃないぞ。って僕は誰に言っているんだ?!
暫く道なりに歩いていると、またもや行き止まりだ。もうおしまいなんだろうか……。
だけど、アリスちゃんは足を止めて、壁をじっと見ている。何かあるのだろうか。何もないように見えるけれど。
「みんな、ここをよーく見てほしいにゃ」
只の壁にみえ……いや、よく見ると擦れた跡みたいなのが見える!
「擦った跡にゃ。つまり、この壁はずらせるに違いないのにゃ!」
その台詞と同時にアリスちゃんが岩をずらすと、そこに現れたのは——絶景だ。夕陽に山が照らされ、山には多くの山桜が美しく咲き誇っている。
「綺麗にゃあ! ここまで頑張った甲斐があったにゃ。でも、風景がお宝じゃないよにゃ?」
そこにあった立て看板には、こう書かれていた。
『絶景を眺めながら、温泉に浸かることこそ至宝』
ここにある温泉こそがお宝だと言いたいらしい。ちょっと拍子抜けだなー。
「凄いお宝がこんなに近くにあるわけないよにゃー。でも、この宝探し楽しかったし、ロマンを感じたにゃあ。それに、絶景を観ながらの温泉は、確かにお宝なのにゃあ」
コメントには『いよいよ温泉ですか!』、『さっき買ったタオルが役立ったりして?!』、『神配信!』などと大盛り上がりだ。おい、こら、お前ら、アリスちゃんはお色気路線じゃないんだからな! ぼ、僕も温泉に入ってるアリスちゃんが見たくないわけじゃないけど?! 正直見たいに決まってるけど?! でも、僕のアリスちゃんのお色気シーンが世界に配信されると思うとなー……。そこがキモいとか言うな! って、さっきから僕は誰と話しているんだ!?
「ふー、気持ちいいにゃあ」
え、温泉入った……の!? あー、……うん、これも温泉の入り方だよね……。……足湯、そう、そういう入り方もあるよね。……僕らは皆、汚れていたんだ。絶景を見ながら、饅頭を食べ、足湯に入って、満足そうなアリスちゃんの笑顔に浄化され、消え入りそうな気分だ。
——この後、この配信は浄化配信として伝説になった。