PandoraPartyProject

SS詳細

あなたの髪を……

登場人物一覧

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
甘くて、少ししょっぱいレモネードを
武器商人(p3p001107)
闇之雲

●幸せな朝に

 ちゅんちゅん

 薄暗い部屋の中。重い瞼を持ち上げると、カーテンの隙間から溢れ出た一筋の光が小鳥の頬をキラキラと照らしていた。
もう朝か。まだすやすやと静かな寝息を立てている小鳥の柔らかな白い髪を撫でる。所々跳ねている可愛らしい髪を撫でながら、自然と笑みが零れた。
ベッドから起き上がり、乱れた服をするすると脱ぎながら、クローゼットの前へのっそりと歩いていく。ガチャリと木製のクローゼットを開き、今日の装いを考える。紺碧の花の煌びやかな刺繍が入ったロングチェスターコートかしら。瞑色の星々が煌めく夜空の様に小さな宝石を散りばめた薄地の外套かしら……それとも
「これが……いい」
 肩の横からするりと細い指が通り、一着のコートを指さした。指さされたコートをクローゼットから抜き出し、胸元に当ててみる。その濃紺のシャギーコートには、一羽の小鳥が夜空に向かって羽ばたいていた。
「ふふ、じゃあこれにしようかね」
 眠り眼を擦る小鳥おまえに微笑みかけ、あたしはコートの袖に腕を通す。脱ぎ捨てた服を回収して、ベッドの上で畳む。それから自分の髪も大層乱れていることに気が付いた。
ドレッサーに置いてあった柘植の櫛を手に取り、釦を留め終わった小鳥に差し出した
「髪を梳いてくれないかい?」
「ん……!」
 小鳥は嬉しそうにトントンと部屋の隅に置いてある椅子の背を叩いた。あたしはゆっくりと腰を下ろす。小鳥の細い指がこめかみ辺りに優しく触れた。小鳥の握る櫛がさらさらと髪を解いていく。それがあまりにも心地よくてつい、うとうとしてしまう。
 暫くの間髪を梳いていると、小鳥が春の野原の様に暖かい声で言った。
「俺……紫月の髪が好き……」
「ふふ、そうかい?」
 鏡に映る小鳥の表情は、とても嬉しそうに口元が緩んでいて、それがなんとも愛らしい。
 ずっとこの時が続けばいいのにと、……心の中で呟いた。

――――

 カーテンから漏れ出た金色の光の眩しさに夢から覚めた。ゆっくりと瞼を開けると、いつも隣で寝ていた紫月の姿が見当たらない。もそりと顔を上げると、クローゼットの前に立っている紫月を見つけた。ほっと胸を撫でおろす。
 紫月……何か悩んでる? ぼーっとした頭でベッドから起き上がる。なんとなくクローゼットの中を覗き込み、一着のコートを指さした。
「これが……いい」
 自分でも何故それを選んだのかは分からなかったが、なんとなく指をさしてした。紫月はクローゼットの中から俺の指さしたコートを手に取りくすりと笑った。
「ふふ、じゃあこれにしようかね」
 まだぽやぽやとする視界を擦りながら、笑う紫月をじっと見つめる。紫月はコートを羽織ると床に落ちていた服を拾い、ベッドの上に座った。
 俺も着替えよう。と、改めてクローゼットの中を覗く。コートはほとんど紫月のもの。俺のは引き出しの中。クローゼットの下の引き出しを引っ張り、ブラウスとズボンを引っ張り出した。ゆらゆら揺れる体をピンと伸ばし、着替え始める。まずはパジャマを脱いで、ブラウスに袖を通して……。なんとかブラウスの釦を留め終えると、後ろから紫月の猫の鳴き声みたいに甘い声が聞こえた。
「髪を梳いてくれないかい?」
 俺は急いでズボンに足を通す。
「ん……!」
 椅子の背もたれを叩きながら紫月が座るのを待つ。紫月が自分から髪を梳いてとねだるのは何も珍しいことじゃない。……けど
 紫月がゆっくり椅子に腰を掛けると、俺は紫月の頭にそっと指を乗せた。そして優しく櫛を紫月の髪に差し込む。
まるで絹糸のように滑らかで、雫すら弾くようなキメの細かい銀色の髪。それは指に通せばサラサラと流れ、櫛で梳けば更に細くしなやかな手触りになる。俺はそんな紫月の髪の毛がとても大好きだ。紫月に頼まれれば、いつでもどこでも、何時間だって触っていたい。……何故なら、この髪の毛は大好きな人の髪の毛だからだ。
俺は、黙々と櫛を髪に通し続ける。
もし、紫月の髪を梳くのが俺だけになったら……いいな。このキラキラと銀色に輝く髪を俺だけが梳くのを許されたなら。……俺も紫月の髪だけを梳くから。…………紫月の髪を、紫月をこのまま独り占めしてしまいたい。
ずっとこの時間が続けばいいな。そう心の中で呟いた



●和やかな昼に

朝ご飯を済ませ、あたしは小鳥と一緒に家を出た。今日のお昼は二人でピクニックをする予定だからだ。
花は大きく膨らませた蕾を開き、鳥はソプラノの声で歌を紡ぎ、薄く伸びた白い雲は真っ青な青空の上を優雅に漂っている。雲からの切れ間から落ちる春の優しい日差しが地面を明るく輝かせている。あたしはその光景に心を弾ませ、折角二人で出かけているのだからと、小鳥の手を握った。小鳥はぎゅっとあたしの手を握り返し優しく微笑んだ。
 暖かい。
 何気ない一日の始まり、何の展哲もない朝。それなのに、こんなにも胸躍るのはきっと、おまえがいるからだね。
 桜の花びらがはらはらと宙に舞う公園で足を止める。太陽はもうすっかり天高く昇っていた。ちらちらと公園内を見渡すと、桜の木の下に丁度空いているベンチに目が留まる。あたしは小鳥の手を引いてベンチへ向かう。
暖かい日差しに包まれて、あたしはベンチに腰かけた。小鳥も続けてストンと座る。春風が髪を撫でる。髪が小鳥の目に入らないか心配になって慌てて腕で抑えた。
「紫月……お昼。食べる?」
 小鳥が家から持ってきたランチボックスをひょいっと掲げて見せた。
「あぁ、そうしようか」
 うん、と頷くと、小鳥はランチボックスを膝の上に乗せ、開いていく。
 サンドイッチに、飲み物、アップルパイ……これは、小鳥のことを大切に思ってくれているが、朝早くから用意してくれたものだ。今日もの作ったランチは美味しそうだ。
 小鳥がごそごそとランチボックスに手を突っ込んで、一つずつあたしに渡していく。小鳥がアップルパイだけになったランチボックスを草むらの上にそっと置いた
「それじゃあ、食べようかね」
「……ん」
 二人で手を合わせてから、色とりどりのサンドイッチを口に運んだ。薄くスライスされた生ハムと、シャキシャキとした瑞々しいレタス。ほんのり酸味が残る大ぶりのトマト、まろやかで濃厚なヤギのミルクで作ったチーズ。それらが柔らかい食パンにサンドされていて、噛むほどに混ざり合い、美味しさが増していく。
 隣で無我夢中で頬張る小鳥を眺めながら、二つ三つとサンドイッチを口に運んでく。
 サンドイッチをみんな食べ終えてしまうと、小鳥は嬉しそうにランチボックスに残ったままのアップルパイを取り出した。トロトロになったリンゴとカスタードクリームをサクサクのパイ生地で包んだ特製のは、店の味にも劣らぬ程に絶品だ。小鳥はこれが大好きのようだ。
「美味しい……」
 絶品アップルパイを口の中でもぐもぐさせながら、小鳥は幸せそうに微笑んだ。あたしもアップルパイにぱくつく。冷めてしまってはいるが、サクサクとしたパイ生地の触感が軽い音を立てて口の中に響く。砂糖を入れずに、薄力粉と塩とバターだけのパイ生地に、まったりとした甘さのリンゴとカスタードクリームがよくマッチしていて、しつこ過ぎずあっさりし過ぎずの丁度いい甘さ。あたしもつい頬が緩む。

「ふー」
 ランチボックスも空っぽになり、一息つく。いっぱいになったお腹と、春のぽかぽかとした陽気。暫くぼーっとしていると、ついうとうとしてしまう。あたしは隣に座る小鳥の膝に頭を乗せると、重くなった瞼を閉じた。

――――

 片手にはアベルが持たせてくれたランチボックスをしっかり持って。紫月と一緒に家を出る。
今日は二人きりで出かけるんだ。一緒に桜を見ながらランチを食べて、それから沢山話して、あとは、買い物にも行きたい。……紫月が隣にいてくれるだけで俺の心は充分満たされる。でも、もっと近くにいてほしい……なんて、紫月に言ったら「あたしもだよ」って……思ってくれるかな。
折角だから……と、俺の手を握る紫月についドキッとしてしまう。もしかして心を読まれたのかな。とか、考えてしまう。でも、それで手を握ってくれたってことは、紫月も俺と同じことを思っているってことなのかな。人の心は分からない。……だけど、それがやけに嬉しくなって。俺はつい舞い上がってしまう。
桜咲く公園に着くと、紫月は俺の手を引いて桜の木の下にあるベンチに座った。俺も続けて紫月の隣に座る。
そよそよと泳ぐ春風が、紫月の太陽の光を反射してキラキラと光る銀色の髪をふわりと揺らす。それがあまりにも綺麗で、俺は思わず息をのんだ。
「紫月……お昼。食べる?」
 俺は顔が赤くなるのを止めたくて、咄嗟に呟いた。
「あぁ、そうしようか」
 紫月が頷いて、俺は早速持ってきたランチボックスを膝の上に乗せて開き始める。ごそごそと中のもの取り出してぽんぽんと紫月に渡していく。サンドイッチに、お茶……それと、アップルパイ。これはあとのお楽しみだ!
 アップルパイだけを残して、ランチボックスをベンチの脇に置く。
「それじゃあ、食べようかね」
 と、紫月が微笑んだ。
「……ん」
 手を合わせてから、俺はサンドイッチを口に入れる。もぐもぐ……。美味しい。時々お茶も飲んで、それからまたサンドイッチを手に取って…………もぐもぐ。
 そうして、サンドイッチはあっという間になくなってしまった。ちょっぴりしょんぼりしながら、俺はランチボックスからアップルパイを取り出した。リンゴとカスタードの甘い匂いがふわりと漂った。
 サクッ
「美味しい……」
 暫くもぐもぐとよく味わって食べていると、俺の大好きなアップルパイは、またあっという間なくなってしまった…………。俺はパイ生地まみれになってしまった手を拭きながらランチボックスの蓋を閉じた。
 紫月も食べ終わったらしく、ふーっと息をついている。紫月は体を揺らしながら俺の膝に頭を乗せた。寝てしまったのだろうか。今日は一段と暖かく、心地の良い天気だから仕方ないか。俺は紫月の髪を優しく撫でながら、指を紫月の絹の様な細く、繊細な髪に絡めた。すると、すーっと指の間から流れ落ちる。はらりと散った桜の花びらが紫月の髪に落ちて、それから滑っていった。
「桜紫月……かな……」



●あっという間の夕暮れに

 武器商人が目を開けるともう太陽は随分傾いていて、青空は橙色に移り変わっていた。冷たい風がぶるぶると、体を震わせる。
「随分と、寝てしまったみたい……かな……。っ!」
 小鳥を退屈させてしまったと、武器商人は急いで起き上がる
「ん……おはよう?」
 ヨタカは瞼を擦りながらあくびをした。どうやら大分長い間退屈にさせてしまったらしい。
「あぁ、ごめんよ。つい、眠ってしまって。起こしてくれて構わなかったのに」
「大丈夫……紫月が、幸せそうに……眠ってたから……ふふ」
「足も痺れただろう?」
「んー、ちょっとだけ……だから」
「うぅ」
 本当はもっと二人で色々行きたかったのに……と、がっくりと項垂れる武器商人に、ヨタカはにっこり笑いかける
「また、二人で出かけたらいいから…………それに……紫月の寝顔が見れた……から……」
 だから大丈夫。と、ヨタカは武器商人の頬を撫でる。
 ありがとう。と、武器商人がヨタカに微笑んだ。
「次はどこへ行こうか?」
「……えっと、紫月の行きたいところ……」
 不服そうに武器商人はヨタカのほっぺたをぐりぐりする。
「んえぇ……。ん、……でも、紫月さえ隣にいてくれたら……俺は……それだけでいい……。でも」
「でも?」
「…………もっと、近くにいてほしい。……さっきみたいに手を繋いだり…………俺の膝の上で昼寝したり。……だから、今日は……楽しかった……。だから、紫月の行きたいところに……二人で行きたい……」
 武器商人はそうか、と息を漏らして、それから心底幸せそうに笑った。ヨタカもつられて笑顔になる。
「あ……」
「どうかしたかい?」
 ヨタカは、ふと今朝のことを思い出した。……でも、紫月は頷いてくれるのだろうか。俺の願いを受け入れてくれるのだろうか……。
「……また、紫月の髪を……梳きたい……な。俺、紫月の髪が他の誰よりも……一番……好きだから」
 武器商人から少し目を逸らしながらヨタカは呟いた。
「そんなことか。……あぁ、勿論。と、言うかそれはあたしの方からお願いしたいな。おまえに梳いてもらうと、自分で梳くよりも……他の誰かに梳いてもらうよりも、ずっとずっと心地が良いからね」
「……んっ!」

「じゃあ、そろそろ帰ろうかね」
 武器商人は立ち上がってヨタカに手を差し出した。ヨタカは頷いてその手を嬉しそうに取った。
 

 もっと隣にいたい、もっと近くにいたい、もっと、もっと……。
 まだ足りないから。
 こんなにも傍にいてほしいと、こんなにも傍にいたいと、焦がれてしまうから。

 複雑に絡み合った髪の様に解けないで。

 離れないで。


 でも……これは、きっと、ただの我が儘なのだろうな。


 真っ赤に染まった夕暮れは二人を包んで闇に溶け始めた――。

  • あなたの髪を……完了
  • NM名佐茂助
  • 種別SS
  • 難易度
  • 冒険終了日時2020年03月23日 22時10分
  • 登場人物2人

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