PandoraPartyProject

SS詳細

受け継がれし愛

登場人物一覧

ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291)
母になった狼

●最後のピース
 満身創痍ながら天義における魔種との戦いから帰還した【ウルズ・ウィムフォクシー】。
 彼女は領地へ到着するなり戦いに巻き込まれ汚れてしまっていた【ベビオラ】をお風呂で綺麗にすると、いつかのプレゼント用に買っておいた子供服を着せてやる。
「良かった、ピッタリっすね」
 悩み抜いて選んだそれは裾周りにあしらわれた桃の花柄が可愛らしいアウターとイチョウの葉の刺繍が凝っているキュロット。
 お似合いの一着は、本来ならベビオラも飛び跳ねたくなるほど嬉しい贈り物だったのだが。
「ん、ありがと……」
 喪失の悲しみは彼女から笑顔を奪う。
「今日は色々あったし、まずは一度寝て気持ちを落ち着かせるっすよ」
 促されるままベビオラは力無く横たわり、ウルズも添い寝すると布団をかけてやる。
「……うるママ」
 ベビオラが寝返りを打ち向かい合えば、同じ緑と紫の輝きが交差した。
「うるママは……ずっと、側にいる?」
 声には不安が滲んでいる。
 先程だって意識を手放してしまった間にママラティオラが居なくなったのだ。
 喪う痛みを知るならば、大人でも子供でもそれに怯えるのは当然であろう。
「ベビオラ……」
 ウルズは逡巡した。
 彼女は言葉で人を操ることに長けている。
 それは生き抜くために身につけざるを得なかった嘘やハッタリ技術の賜物であり。
 ――もしかしたらその血に宿る『人を惑わせる才能』めいたものもあるかも知れないが。
 危険極まる終焉での戦いが控える状況下において、言いくるめる方法は幾らでもあった。
 だが。
「……大丈夫っすよ。あたしはずっと一緒っす」
 今ベビオラに必要なのは、今ウルズが心から与えたいものは……確かな温もりだったから。
 ウルズは言葉と共に自身の小指でベビオラのものを布団の中から掬い上げ顔の前で結ぶ。
「指切りげんまん」
 ほんの一時、世界が平穏であった頃に教えてあげた『約束』の儀式。 
「……ん。約束」
 少女はそんな母親ウルズの想いに縋りつくようにして目を閉じるのであった。

~~~

 それから暫く。
 ようやく聞こえ始めた穏やかな寝息を前に、ウルズは己に今一度問う。
(あたしは何をしてあげられるっすかね……親の顔すら知らない『ライカ』だった女が)
 ライカ。
 それはウルズが元いた世界で名乗っていた、とある狼少年に由来するという名前。
 そして生き続けるために、一度は身体が記憶喪失になってまで捨てさせた過去である。
(今思い返しても、お手本にはなりそうにないっすね)
 10歳の頃マフィアのファミリーに迎え入れられるまでは、飢えを凌ぐことだけを考える野良犬のような生き方をしてきた。
 拾われた後は組織に、より性格には仲の良かった兄貴分達に報いるため汚い事も平気でやった。
 そして22歳の頃。
 燃えるような恋をした。
 身が焦がれるような愛情は、常識も、大切だったはずの仲間達も、全てを灰に帰してなお勢いを増す。
 一途で、真っ直ぐで、なりふり構わぬ想いだった。
(あの人の為にファミリーすら裏切ったのに、そのせいであの人まで喪った……哀れな女)
 混沌で様々な経験を経て記憶の殆どを取り戻したウルズにとって、過去の自分は最早前世のようなもの。
 けれど召喚された当初の自分は確かに壊れていて。
 ――近い将来、世界は滅亡するでごぜーます。
 神託など聞こえてはいなかった。
 ――ではイレギュラーズ。名前を教えて頂けるでごぜーますか?
 分かっていたのは、自分が『名無し』であるという事実だけ。
 ――……ウルズ。ウルズ、ウィム……フォクシー。
 人を人たらしめる記憶。
 それを喪った自分は人ですらない存在。
 思いつきから名乗った名前であったが、記憶という楔から解き放たれ自由を得た過去の女神とは言い得て妙か。
 こうしてウルズとして生きる事となってから、彼女は自慢の足で前だけを見据えて走り続けた。
 言い換えれば積極的に過去を思い出そう等とはしてこなかったのだ。
(もし、こんなあたしでも親の愛を受けて育った事があったなら……)
 思い出したい。
 こうして図らずも目を背けてきた過去に想いを馳せた時。
 厚い雲の合間から零れ落ちた月明かりが、部屋の鏡にウルズの姿を映し出す。
(……はっ!)
 思わず息を呑んだ。
(あたし知ってる……!)
 それは幼い頃、鏡越しに見た光景。
 頭を撫で。緑色の瞳で愛おしそうに見つめ。病気に身体を蝕まれようと、最期まで愛を注いでくれた。
 大好きな母と瓜二つだったから。
(……ママ!!)
 それは普通の少女として愛を受けていたという事実の断片。
 辛い過去の泡沫達と一緒に封印してしまっていた『永遠に変わらない愛』との邂逅。
(ゴメンね、ずっと忘れてた親不孝者で……)
 溢れる涙を堪えながら。
 ウルズはかつて与えてもらった想いを、温もりを、言葉を。
 感謝を込めて、大切な娘の額へ口づけと共に引き継いでいく。
「おやすみ、『ソフィア』」

  • 受け継がれし愛完了
  • GM名pnkjynp
  • 種別SS
  • 納品日2024年05月23日
  • ・ウルズ・ウィムフォクシー(p3p009291
    ※ おまけSS『『ママ』が本当の『ママ』になった日』付き

おまけSS『『ママ』が本当の『ママ』になった日』

 翌日。
「ん……」
 差し込む陽光にベビオラが目を覚ませば。
「おはよう、ベビオラ」
 約束通りウルズが隣で笑顔を浮かべてみせれば。
「ん。おはよう、うるママ」
 ベビオラも安心したように笑顔を返してくれた。
「ねぇベビオラ。実はもう一つプレゼントしたいものができたんだ」
 そう言うと、ウルズは文字の書かれた紙を見せる。
「ん? 『ソフィア・ビー・ウィムフォクシー』?」
「Bはベビオラだよ。【ソフィア・ベビオラ・ウィムフォクシー】。貴女の新しい名前」
「べび、べびじゃなくなる?」
「違うよ。ベビオラはベビオラだし、ソフィアでもあるの。大切なのは、この名前になったらあたしとベビオラがずっと一緒なんだって皆に教えてあげられるってこと」
「ずっと一緒……指切りげんまん?」
「そんな感じかもね。どうかな?」
 この時のベビオラは、込められた意味の全てを理解するにはまだ幼すぎた。
 だがそれでも、込められた想いは確かに伝わっていたから。
「ん! べび、そふぃもする! うるママとずっと、一緒がいい!」
 嬉しそうに飛びつく娘を、ウルズは優しく抱き留める。
「ありがとう! 宜しくね、ソフィア!」
 こうしてベビオラは、ソフィアの名を継承した。
 ソフィアという名はウルズの出身地においてありきたりなものに過ぎなかったが。
 彼女が5歳までしか得られなかった普通の少女として幸せが詰まった名でもある。
 そんな名前を与えることは、5歳の身体になるまで苦難の人生を歩んできたベビオラに平凡ながらも幸せな人生を歩んで欲しいという願いも込められていた。
(絶対に守りきる。そして絶対に離さないんだ。今度こそ、この愛を)
 この日から、ウルズにもまた変化が生じた。
 ベビオラの前では極力後輩口調を封じ母親としての振る舞いを心がけ、幸せの象徴たる緑色の瞳だけが見えるよう髪を一部分だけ伸ばし始めたのだ。
 二人の未来がこれからどうなっていくのか。
 それは誰にも分からないが、消えることのない愛の絆が、きっと導いてくれることだろう。

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