PandoraPartyProject

SS詳細

その銘は『明けの空』

登場人物一覧

冬越 弾正(p3p007105)
終音
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
アーマデル・アル・アマルの関係者
→ イラスト

●愛する君の特別な
 4月。終焉勢力との戦いも激しさを増す中で、冬越 弾正には気掛かりなことがあった。
「アーマデル、『冬夜の裔』殿を一日貸してほしい。いいだろうか」
「『冬夜の裔』を? 俺は構わないが」
 弾正の申し出の理由を特に問うこともなく、あっさりと使役霊を呼び出すアーマデル・アル・アマル。それは信頼の証であり、呼び出された『冬夜の裔』も主から弾正に従うよう言われれば従っていた。
 何度か、アーマデルと弾正の顔を見直してはいたが。
 視線を向けられる度、当の主は不思議そうな顔をしていたが。
「ありがとう! なるべく早く……、うん、早く戻ってくるぞ! 楽しみに待っていてくれ!」
 少し引っ掛かりのある言葉ではあったものの、弾正は『冬夜の裔』を伴うと足早に出発していった。

 弾正の気掛かり。
 それは、4月12日――愛するアーマデルの20歳の誕生日であった。

●お義兄さんといっしょ
『誕生日……プレゼント? こんな時にすることか?』
「こんな時だからこそだ!」
 総力戦となるであろう今回の戦いは、すぐに決着がつくことはないだろう。しかし、他でもない伴侶となったアーマデルの、成人の祝いの日も今月なのである。戦いにかまけていたらいつの間にか、といったことはしたくない。
 せめてプレゼントと、祝いの言葉と心だけでも。そう思った弾正は、アーマデルの故郷の品に詳しい『冬夜の裔』を借りたのだ。
「せっかくの成人の記念だ。アーマデルの故郷にある酒……は無理でも、近いものを選んでやりたくて。できれば上等なものがいいんだが」
『知るか。イシュミルの方が詳しいんじゃないか、そういうのは。借りる相手を間違えたな』
「待て、それだけではなくてだな!」
 用は済んだとばかりに消えようとする『冬夜の裔』を慌てて弾正が引き留める。
「俺もこうして一度、お義兄さんと一緒に話す機会が欲しかったんだ」
『……は?』
 はにかむ弾正。沈黙する『冬夜の裔』。ついでに『冬夜の裔』の脳裏には小宇宙も広がっていた。

 ――弾正は「おにいさん」と呼んだ。この場で彼が兄と呼べる人物とは?
 少なくとも血の繋がった兄はここにはいない。『冬夜の裔』の本体であるナージー・ターリクはアーマデルの師兄である。百歩、否、一万歩譲っても許せないがアーマデルの兄ならまだわかる。許さないが。
 ――アーマデルの兄、だからか?

巫山戯た弟分を増やす気は無いがのうみそわいてんのか?』
「いやでも、アーマデルの身内はイシュミル殿と『冬夜の裔』殿しかいないし、我が家の身内は壊滅だし、身内は大事にせねばと思って!」
 やっと返された暴言にも、弾正は必死に言葉を詰め込んだ。大柄な図体で身を乗り出せば、体格でアーマデルより勝るとは言え弾正には劣る『冬夜の裔』が気圧される。
『やめろ鬱陶しい、身内と言っても俺は未練の』
「お義兄さん! お義兄さんの好きなものとかも知りたいんだ俺は!」
『何なんだその無駄なやる気は、とりあえず『お義兄さん』をやめろと言って』
「いいや譲らないぞ、俺達はもうそんな他人行儀じゃなくていい筈だ!」
 微塵も引っ込む様子のない弾正。しかし、『冬夜の裔』もここで頷きたくはないようで態度は頑なだ。
『身内だ他人だの前に、俺を数に入れるなと言っている。死者に新たな縁が増えてたまるか。特にお前みたいな奴はいらん』
「俺のような、とは?」
『……ごり押せばどうにかなると思ってそうな奴だ。ったく、アーマデルも見る目のない……』
 愚痴を溢しながら、『冬夜の裔』は弾正から離れる。そのまま消えてしまうかと思えば、弾正より少し先に進んだ彼が振り返った。
『なるべく早く済ませるんだろう。とっとと行くぞ』
「ああ!」
 二人はようやく歩みを進め始める。
 目指すはワームホールの被害が少ない豊穣。仲良くなるには少し難がありそうな二人の酒屋巡りだ。

●難しい君が命令しろたよれって言ったので
 少しずつではあるが、『冬夜の裔』は故郷の酒について話してくれた。
 まず、仕事に支障が出るため飲酒自体が推奨されない。しかし儀式で飲む酒や薬用の酒はあったし、『免疫』の素質や他の能力によって対応できる者もいたため全く飲まなかったわけではない、と。
「ではお義兄さんは」
『お前の義兄にはならんぞ。俺には不完全な『免疫』と自力で得た『耐性』がある。酒で酔ったことはない』
 言いながら、彼は店先の陳列棚を眺めていた。特にどれが気になったというよりは、棚の酒を全体的に見ているようだ。
「酔ったことがない、ということは……飲んだ事はあるんだな。アーマデルが飲めそうな酒はわかるか?」
『俺の感覚はあてにならない。あいつには『免疫』も『耐性』もない。……ただ、そうだな』
 ――ぎりぎり『毒』にならない強さならわかる。
 そう語る『冬夜の裔』の口許は、意地が悪そうに歪んでいた。

 弾正は、欠片とはいえアーマデルの師兄である『冬夜の裔』と親しくなりたいと思っている。義兄と呼びたい気持ちは本心だ。
 しかし同時に、自分と出会う前のアーマデルへ酷い扱いをしていたことは今でも許せないのだ。
 恐らく今の笑みは、故郷において実際に試したことがあるのだろう。『アーマデルがぎりぎり毒に侵されなかったもの』を。

『なんだ。言いたいことがありそうだな』
「ああ、いや……。……アーマデルに、試したことがあるのかと。毒か、酒か……」
『毒は暗殺者の鍛練の内だ。酒も儀式や薬として飲むと言ったはずだが? それ以外で飲めるほど頑丈な奴だったら苦労しなかった』
 淀みない言葉に嘘があるようには思えない。少なくとも弾正が聞き取った『音』はそのように聞こえた。故郷では今よりも体調を崩すことが多かったこともアーマデル本人から聞いている。彼らの言葉に矛盾は何もない。
 それならそれで、あの笑みは何なのか――気になることは残りつつも、弾正は『毒にならない強さ』というものについて聞くことにした。
『飲むのは体調がマシな時。少量。甘味は避ける。常温。度数は個人の耐性による。……豊穣よりはラサの方が見つかりそうだがな』
 彼らの故郷は砂漠に埋もれかけた施設だ。環境としては確かにラサの方が近く、それに適応した飲食物も見つけやすそうではあるのだが――今のラサは落ち着いて買い物をするには向かないと判断したのだ。
 それでも、アーマデルにとって特別な二人で贈ることに意味があると弾正は思ったから。
「甘い方が飲みやすそうだが……飲みやすくて量が進んでしまうのも良くない、ということか。しかし祝いの酒が苦いのもな……」
『お前が贈るなら味は関係ないだろうよ。いっそ泥団子でも喜ぶんじゃないか』
「もし本当だとしても俺が嫌だぞ! どうせならいいものを……せっかくお義兄さんから酒が毒にならないコツも教わったところだし……」
 悩み続ける弾正。相手が酒であるため、そういくつも試すわけにもいかない。しかし、これと決め打ちするには材料が足りない。
「……いや、アーマデルへの贈り物に躊躇っている場合じゃない。妥協する方がきっと後悔する! たとえ試飲で酔い潰れてでも最高の品を」
『…………』
 思い切って最初の店へ入ろうとした弾正に、粘度の強い視線が突き刺さる。目隠し越しでも感じる『冬夜の裔』のものだ。
 彼はあからさまにため息をついて呆れていた。
『その根性は認めてもいいが、やっぱり腹立つなお前。腹立つ上にめんどくさいって意味ではあいつを越えるかもな』
「アーマデルより……めんどくさい!?」
『俺はアーマデルから「お前に従え」という命令を受けてここにいる。俺は酔わない。して欲しいことがあるなら命令しろ』
「して欲しいこと? アーマデルのプレゼント選びの……」
 そこまで言って、もう一度考えてみる。この期に及んで「命令しろ」と言うのは、むしろ「命令して欲しい」からでは。
 敢えて「酔わない」と強調した理由は――。
「酔わないから……試飲に協力してくれるのか!?」
『だから命令しろと』
「うおおおありがとうお義兄さん!!」
 少しだけ距離が縮まった気がして、感極まった勢いのまま抱き締める弾正。アーマデルとは違うサイズ感が逃げ遅れてもがいた。
『やめろ、そういうところがめんどくさ……離せ! 俺はアーマデルじゃない! 義兄でもない!』
「お義兄さんの方から頼れって言ってくれたのが俺は、俺は……!」
『一言も言ってないだろう、使えるものは使えと言っただけだ。曲解も大概にしろよこの……!』
 感動の抱擁ベアハッグから何とか逃れて、二人は酒選びへと本腰を入れ始める。
 基本的に二人で取り扱いのラインナップを見て、『冬夜の裔』が最初に味を見て、確認の時だけ弾正も飲む……という形だったが、時折弾正が興味を持って先に飲むこともあった。そういう時は「待つこともできない子供なのか」と窘めるものの、自分も後から確認はしてくれるのが『冬夜の裔』であるらしい……ということを何となく感じ取ったのがこの日の弾正だった。

●お義兄さん公認
 やっと選んだ一本を弾正は大事に持ち帰る。
 アルコールに混ざってミントのような爽やかな香りが仄かに清涼感を添える、『量は飲めない味だが強すぎない』蒸留酒だった。
「お陰でいいものを選べた。礼を言うぞお義兄さん」
『だから……、……もういい。俺が執着するのはお前からの縁じゃない。どうとでも呼べ』
 なんと――ここに来てついに『冬夜の裔おにいさん』が折れたのだ。これは晴れて公認と言って差し支えあるまい。
 アーマデルの元へ戻ったら報告したいことが山のようにある。弾正は期待に胸を高鳴らせて帰途を急ぐのだった。

 なおその後。
『やっぱり納得いかないから取り消せ』
「おお、やるか? 揉めたら満足いくまで拳で殴り合えばいいってアーマデルも言ってた!」
「(喧嘩ができるほどに仲良くなれたんだな)」

おまけSS『雨はもう降らない』

●明ける空と雨上がり
 『明けの空』、という銘の酒らしい。
 豊穣まで買いに行ってくれた弾正の前で、その栓を開ける。『冬夜の裔』は弾正とやりあうか――と思ったらほとんど戦いらしい戦いもせず消えてしまったのでいない。
 瓶から香りが広がる。酒の匂いだ。
「どうだろうか……?」
「酒……だな」
「気分が悪くなったりしないか? 大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
 そのままの感想を答えると、弾正は肩から力を抜いた。
「よかった……。お義兄さんが色々教えてくれてな、とても参考になった」
「お義兄さん……『冬夜の裔』のことだったか。いいな、その呼び方」
 驚いたように目を丸くする弾正。
 自分は使役霊となった彼を『冬夜の裔』としか呼ばないし、生前は『師兄』としか呼ばなかった。洗脳で彼の本名を覚えられなかったというのもあるが、自分に技を教えてくれる彼は師兄以外の何者でもなかったからだ。
 それとは違う関係の、「おにいさん」という響きは。何だかもっと、血の繋がったもののように感じる。母を持たず、卵から生まれる自分達には縁のない関係だが。
「『冬夜の裔』は、師兄の欠片であって兄ではないが……多分、兄のような人だ。兄であり、父であり、師でもある」
「俺も、今回一緒に行動できてよかった。今となっては、血縁の身内はいなくなってしまったが……きっとそのせいだろうな。身内というものが恋しいのは」
 つい先日、弾正は父親と訣別してきたばかりだ。彼が深く愛し愛されていたであろうことは一目でわかる。その喪失を自分が一人で埋めきれるとは思わないが、支えでありたいとは思う。
 自分の『身内』達が、彼の喪失を埋める助けになるのなら。
「そういえば、気になったことがあって」
 弾正が問うたのは、買い物中に『冬夜の裔』が笑った理由についてだった。酒について、「ぎりぎり『毒』にならない強さならわかる」と言って笑っていたと。
「アーマデルに毒や酒でも盛ったのかと思ったんだが、鍛練とか儀式とか治療の範囲内だと言われて……」
「確かに、鍛練以外で毒を盛られた記憶は無いな……俺は『免疫』が無かったから、他の皆が大丈夫な量でも駄目だったんだが」
「駄目だったのか!?」
「すぐにイシュミルが対応してくれたから問題ないぞ。だからここにいる」
 再び立ち上がる弾正が、また脱力して腰を下ろす。
 自分の一挙手一投足に、大袈裟なほどに反応してくれる弾正。今は――それを、嬉しい、と思う。
「師兄は昔から、何故か笑うことが度々あったからな。機嫌が悪くても笑うし、良くても……多分、笑う……と思う……? まあ、あまり気にしなくていいと思うぞ」
「そう……だろうか。そうだといいんだが」
「それより、ありがとう弾正。『冬夜の裔』にも礼を言いたいが……まあ、聞いていてくれ」
 多分、呼ばなくてもその辺りにいるだろう。命じれば出てきてくれるかもしれないが、今はそうしたい気分じゃない。
「二人が、俺のために協力してくれたことも嬉しいが。弾正が義兄と呼べる人ができたのも、俺には嬉しい」
「アーマデrうおお!?」
 弾正が抱き締めようとした瞬間、傍らに炎が巻き起こる。焼き焦がすような存在感の炎は一瞬だけ爆ぜたが、それ以上は何もなかった。
「やっぱりいるんじゃないか、『冬夜の裔』」
 応える声はないが、存在を感じる。どうやら機嫌が悪いらしいことも何となくわかる。理由はわからないが。
 彼と本当の意味で、全てをわかり合える日は遠いかもしれない。もしかしたら、来ないのかもしれない。
 それでも。
「弾正。『冬夜の裔』。ありがとう」
 終わりへ向かう世界で抗うなか、迎えた今日を。忘れたくはない。

 *

 ――なぜ笑っていたか?
 笑いたくもなる。あれはまだ、アーマデルが『一翼』の先祖返りだとわかる前。素質が皆無なのに『七翼』の鍛練を受けることになった奴だと純粋に憐れんでいた頃だ。
 俺自身が素質不足で悩まされた。他の『七翼』と並ぶには、完全な『免疫』は無理でもそれに近い『耐性』が必要になる。あいつにも少しずつ慣れさせようと、致死量には程遠い量から始めた。
 その、最初の量から、駄目だった。
 すぐに処置させてどうにか命は助かったが、恐ろしかった。鍛練中に事故で死ぬ奴は珍しくないとは言え、あいつが死ぬのは駄目だった。
 あいつが、俺を越えることは、確実に無い。
 どれほど努力を重ねようと、こいつよりは上でいられる。
 素質がないとはそういうことだと。
 それが、消えたら。

 ――それが、消えたら?
 結局、消えはしなかったが「俺より下」ではなくなった。
 おまけに伴侶まで作って身内だの、その伴侶からは義兄だの。

 先に消えたくない妄執は残るが――可笑しくて、笑いたくもなる。

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