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美味しいナポリタンを作ろう!~ドゥー・ウーヤーの場合~
登場人物一覧
●美味しい思い出
ふと、ドゥー・ウーヤーは昔の事を思い出した。
元の世界に居た時の、カラスみたいに、ちょっと鬱陶しいな、みたいな扱いをずっと受けてきた時の事を。
元の世界では恵まれた生活ではなかった。
親が生きている頃は良かった。だけど親とは早くに死に別れ、その後は多分、傍から見たら悲惨だったと思う。
守ってくれる人はなく、助けてくれる人もなく、周囲からは虐げられて、疎まれ、憐れまれて来た。
幼い頃から生きるために過酷な仕事をしたり、ゴミを漁ったりして命を繋いできた。なりふりなんて構っていられなかった。そうしないと、生きていけなかったから。
そのせいか、いつの間にかドゥーの表情は感情に乏しく、口数も少なくなっていた。
だけどある日この世界に召喚されて、ドゥーの生活は一変した。
世界を助けるためとはいえ、ドゥーを助けてくれる人が現れた。
雨風を凌ぎ、寒さから身を守るだけの場所が住処だったのに、のどかな街の小さな一軒家で暮らすことになった。
売れ残りの硬くなったパンや具のない伸びたパスタの食事から、近くの店で買う温かい食事へと食べる物も変わった。
変化に戸惑いながらも過ごしていたある日、ドゥーはふと立ち寄った店でナポリタンを食べた。
それは初めて食べる味だった。
甘くて少し酸味のあるケチャップと厚切りベーコンの旨味。それから玉葱と人参の優しい甘さとピーマンの仄かな苦み、マッシュルームの歯ごたえ。
こんなに具が沢山入ったパスタを食べるのは初めてだし、これだけ沢山の具が上手く調和していることに驚きを隠せなかった。
「好みでチーズとかタバスコ入れると美味いぜ」
なんて言われて、差し出された粉チーズをかけるとコクが追加されて舌に絡みつく美味さに、前髪で隠された目が輝いた。
こんなに美味しい物があるなんて!
興奮しすぎて、服に隠れた羽が小さくぱたぱたと動いていたことにも気づいていなかった。ただ、いつの間にかナポリタンの作り方を乞う言葉が口から出ていた。
一瞬ぽかんとした店主は、すぐに豪快に笑うとドゥーにどれぐらい料理が出来るか聞いた。そして全くの初心者だと分かると、一冊の本を教えてくれた。
「俺も初めての頃はこれを見ながら練習したもんだ」
そんな言葉に、ドゥーが帰り道に本屋に寄ったのは当然のことかもしれない。
●初めて作るナポリタン
この世界に来てどれほどの時間が経っただろうか。
ドゥーは今の生活に慣れて、戸惑うことなく日常を送れるようになっていた。そして今の生活に慣れてくると、今度は新しいことに挑戦したくなる。
元の世界にいた頃とは違って、今は仕事を自分で選べる。まともな衣食住を安定して手に入れられる。そんな生活がとても嬉しい。
食事だって、美味しいまともな食事をとれるのが嬉しいし、簡単な物だけど、自炊にも挑戦出来る。
何に挑戦しようかと考えて、思いついたのは料理だった。
「……ナポリタン」
ふと思いついたのは、あの甘酸っぱく具沢山で、口の中でパスタと具材の旨味が絡み合う美味しさ。
教えて貰った本を取り出せば、初心者向けだけあってそこまで難しいものではなく、ドゥーでもレシピ通りなら作れそうだ。
足りない材料を買ってきたらナポリタン作りの始まりだ!
「塩を入れてお湯を沸かして、その間に具材を切るんだよね」
家にある一番大きな鍋で湯を沸かしながら、その間に用意した具材を切って行く。
レシピを見て、書かれている通りに切って行く手つきは丁寧だ。
トン、トン、トン、トン。
決してリズミカルとは言えないけど、ゆっくりと安定した切り方。
お湯が沸く前に具材を全部切り終えたので、鍋の隣でフライパンを温め手順通りに炒めていく。
じゅわりとベーコンが熱されて、美味しそうな匂いが広がる。お腹が空いて摘まみたくなるけどここはぐっと我慢。
お湯が湧いたら鍋にパスタを入れて茹でていく。
ぐつぐつジュージュー。奏でる音にわくわくして、形になって行く料理に自然と笑みが零れる。
具材に味付けをしたら、茹でたパスタを加えて水分を飛ばすように炒めれば完成だ。
「出来た……」
飾り気のない白い皿の上に、赤いパスタがくるりと巻かれて乗せられる。
「頂きます」
手を合わせて、まだ慣れない手つきでフォークでパスタを巻いて行く。
ほかほかと湯気が立つ出来たてのナポリタンを口に含めば、こってりとした甘酸っぱさと、具材の旨味が口いっぱいに広がる。
初めて食べたナポリタンに遠く及ばないけど、ドゥーが初めて作ったナポリタンは納得出来る味わいだ。
「美味しく出来たね」
のどかな街の小さな一軒家のキッチンで、ドゥーは羽をぱたぱたと動かしながらナポリタンを食べる。
粉チーズとタバスコも用意してある。どのタイミングでどの程度かけようか。
考えるだけでわくわくする。
楽しくて美味しい、ドゥーの幸せな時間はまだまだ続く。