PandoraPartyProject

SS詳細

特別ではない、 しいもの 《結》

登場人物一覧

冬越 弾正(p3p007105)
終音
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

●衝動が消える前に
 凍った残雪で滑りそうになる足を無理矢理戻す。激しい呼吸で張り付きそうになる喉へ唾を押し込むのも苦しい。
 依頼でも、ここまで息急ききって走ることはそう無いだろう。むしろ依頼では走るとしても、辺りの様子や敵の出方を見ながらになる。走る以外のことも考えねばならない。どうしても、慎重にならざるを得ない。

 それでも今、アーマデル・アル・アマルは街を走る以外のことを考えられなかった。
 物理的な距離がもどかしい。時間をかければかけただけ、伝えたい想いと言葉が体温と共に空気へ溶けて溢れていきそうで。実際、今までも機会はあったはずで。後は口から出すだけだったその想いを、事情がどうとか、タイミングがどうとか、何かしらの理由をつけている内に萎んでしまっていた。
 できない理由はもう探さない。今やりたいなら、今しかない。一分でも、一秒でも早く辿り着かねば。伝えねば。
 こんな衝動を一人で抱えたままでは、最早まともに息もできやしない。

 途中、人か柱に何度かぶつかった気もするがよく覚えていない。
 やっと目指す家に辿り着いて、乱暴に扉を叩いた。叩き方を考慮する余裕はない。声が返る時間も惜しくて、急かすように何度も叩いてしまった。
 はやく。はやく。今でなければ。
「待て待て、どうした! 一体誰……」
「俺だ、俺だ弾正」
「アーマデル!?」
 家の主はひどく驚いた様子で、どたどたと慌てた足音で扉に駆け寄るとすぐに鍵を開けてくれた。
 突然の来訪にも急いでくれているとわかっているのに、鍵が回りきるその音を待つ時間すら途方もなく思えて。

 ようやく鍵が回りきる音がして、僅かに空いた扉の隙間。扉が開ききるのも待たずに、持ち前の身のこなしで体を滑り込ませてしまった。

●焦燥が消えるように
 ――思い返せば、昨年から色々なことがあった。
 再現性九龍城での辻峰 道雪との決着。再現性さんさあらでの道雪の告白。そのために病院送りになった彼をチャンドラ・カトリと共に見舞って、告白の行方を見守ったりもした。アーマデルの『師兄』との因縁にも立ち会ったし、今も彼の古い因縁と向き合っている。自分の父親との決着もつけねばならない。

 対して、自分とアーマデルとの関係はこれからもこのままでいいのだろうか。
 冬越 弾正にとって、今のアーマデルとの関係が不快というわけではない。自分は純愛を向けているが、アーマデルからは特別に思われていても恋愛のそれではない。それでも、この温度と距離は居心地はよかったのだ。
 そのはずなのに、いつからなのか。
 共に在るなら、彼と。できれば、生涯。
 そのような強欲で、傲慢な。恋人同士とも呼べない関係から、彼を伴侶にと望むようになってしまったのは。
 『相棒』だけでは、物足りなく感じてしまったのは。
(だが、今は忙しい時だ。ついこの間もアーマデルの領地で騒ぎがあったばかりで、今も大事な時期だ。俺の気持ちどころじゃないことはわかってる)
 一大決心で望んだ昨年のシャイネンナハトでのプロポーズから今に至るまで、アーマデルからの返事はない。会う機会自体はあるにも拘らずだ。熟考を重ねてくれているのなら彼がいいと思える時まで待ちたい気持ちもある一方で、もし何か事情があって色好い返事ができず困らせているのだとしたら、それは本意ではない。それによって今の関係に亀裂が入ってしまうくらいなら、今のままでも構わないと思う。
(……そのことを、伝えにいこう。今は目の前のことに集中すればいい。焦らなければいけない理由はないんだ)
 こういうことは直接言いに言った方がいいだろう。今日なら時間が取れそうだ。
 そう思って席を立ったとき、家の扉を激しく叩く音がした。アーマデルの声もする。尋常ではない急ぎようだ。それほど緊急で弾正を必要とするような、何かがあったのだ。
 弾正は慌てて出向き、扉の鍵を開けて。

 わずかな隙間から滑り込んできた細い体を、抱き締めた。

●交わり、そして
「どうしたアーマデル、何があっ――」
「弾正をくれ」
 その言葉が終わるのも待てぬとばかりに、アーマデルは息を継いですぐに続ける。
「弾正の時間を俺にくれ。共に生き、その末に、共に逝きたい」
「…………」
 腕の中でまだ落ち着かない息。熱い息の割りに冷えきった体。
 この寒い中を、こんなになってまで、アーマデルは弾正へ伝えに来てくれたのだ。
 愛を伝えることのなかったアーマデルが、生涯を共に生きたいと。
「ああ……勿論だ。君の人生のパートナーとして、日々に寄り添う音として。共に歩んでいこう」
 抱き締める腕の力を強める。もう抑える必要はない。
 弾正はアーマデルを生涯愛し、アーマデルもまた弾正の一生を求めてくれた。これが愛でないなら、何を愛と呼べと言うのか。今もアーマデルの腕が探るように、縋るように、弾正の背へと回されているというのに。

 何も――何もなかったのだ。弾正が思い悩むようなことは。

「……突然、すまなかった」
 しばらく抱き締め合った後、胸の中のアーマデルが呟く。あがっていた息はもう落ち着いていた。 
「何がだ?」
「弾正の都合を何も考えなかった。余裕がなかったんだ。今でなければ、もう二度と言えないと思って」
「俺はアーマデルならいつでも歓迎だ。むしろ今日は、君のことを考えていたら君が来てくれたんだ。これほど嬉しいことはない!」
「そうか」
 短い返事に感じられる、小さな安堵。彼も不安を抱えてここへ来たのだろう。どうせならもっと早くに彼の元へ向かって、迎えに行けたらよかったのかもしれない。
(いや……彼の家まで行けたらいいが、路上で鉢合わせでもしたら……)
 つい先刻の、目も眩むような告白を思い出す弾正。あれを公衆の面前で聞くのは、色々ともたない。むしろ誰の耳にも目にも入れたくない。
 やはり、これでよかったのだ。
「ずっと考えていたんだ。シャイネンナハトの返事を」
 再びアーマデルから。彼はあの夜から今までの時間、ずっと弾正のことを考えてくれていた。それだけでも弾正は心が跳ねる想いだった。
「あの夜は、ただ驚いてしまって。それからも、返事を聞いてこない弾正に甘えてしまっていた。……わからなかったんだ。結婚するということが」
「存分に甘えてくれればいい。俺こそ、君にとっては突然だっただろう」
「それはそうだが……」
 背へ回していた腕を緩めると、見上げてくるアーマデル。至近距離での困ったような上目遣いに脳内の何かが崩れかけるも、そのイメージを振り切って弾正はアーマデルの頬に触れる。
「ありがとう、アーマデル。俺のことを考えて、選んでくれて」
「選ぶも何も、俺は弾正しか――むぐ」
 溢れる愛しさを堪えきれず、緩めた腕を再び閉じてしまう弾正。
 全く違う。何もかもが違う。
 愛している気持ちは変わらないのに、想いが通じ合っているというだけで彼の一挙手一投足、言葉や息遣い、視線、存在全てが強烈に愛おしい。もはや暴力に近い。
 この愛しさと残りの人生を歩いていくと、約束したばかりなのに――時間が経てば慣れていくものなのだろうか。

●その絲を、名付けるなら
 立ち話もなんだからと、弾正はアーマデルを部屋に通した。
「外は寒かっただろう、何か温かいものを用意してくる」
 そう言って、どこか足早に出ていったのが少し前。
(……多分、初めて……だろうか)
 部屋に残されたアーマデルは、弾正の背に回した手の感覚を思い出していた。
 弾正から一方的に抱き締められたり、撫でられたりすることはままあったと記憶している。それに対して抱き返したり、ましてや自分から飛び込むなど。
 鼓動と鼓動。呼吸と呼吸。温度と温度が直接響き合うような距離。多分、この熱いほどの感覚が、相手を求めるということなのだろう。
 そして、少なくとも――そのような感覚は、『家族』の彼らに抱いたことはない。
 だから、やはり、これは。
(弾正はまだかな……)
 自覚すると、無性に欲しくなる。この目に姿を映して、温度に触れて、名前を呼ぶ声を聞きたくなる。
 彼が出ていってからどれほどの時間が経ったのだろうか。
「……まだ5分か……」
 部屋の時計に少し驚く。僅か5分がこれほど長く感じるとは。
 早く、戻ってこないものか。

「遅くなった、コーヒーでよかったか?」
「ああ」
 戻ってきた弾正がコーヒーの湯気が上るマグを置くのを待って、アーマデルはまた彼の胸に頭を預けた。
「無性にこうしたくなった」
「そうか……」
 触れた場所から弾正の鼓動が聞こえる。他人の鼓動を聞く機会はあまりないが、先程抱き締められていた時よりも彼のそれは速いような気がする。
「弾正は随分鼓動が速いんだな」
「君といるからな。どきどきしっぱなしだ」
 アーマデルは違うのかと言われて、改めて自分の胸に触れてみる。
「……速い」
「そうか! アーマデルもどきどきするか!」
「これが、どきどき。戦闘の緊張と、似ているようで違う……どきどき、か」
 弾正に伝えなければ。彼がどれほど欲しいか自覚しなければ、きっと理解することはなかった感情だ。
 長らく埋まらなかった感情のひとつが、ぴたりとはまって満たされるような感覚だった。
「弾正……さっき、俺は結婚というものがわからなかったと言っただろう」
「そうだな」
「だから、俺なりに考えてみたんだ。弾正と一緒にいるのに、結婚する必要があるのか。今のままでは、足りないものがあるのか」
 そうして導き出された結論として、アーマデルにとっての弾正は『相棒』よりも近い『家族』のような近さであり、『家族』となるなら『伴侶』にならねば、という思考に至ったらしい。
「アーマデルと家族か……」
「だが、今日弾正と触れ合って……それも少し違うと思った。本当に特別で、ずっと感じていたいんだ。触れていたいし、声を聞きたい。見ていたいと思う」
 たった5分と少しが長く感じるほど、弾正を求める自分を知った。自分にとっての『愛』とは、恐らくそういうものなのだと認識して。アーマデルは求めた。
「名前を呼んでくれないか、弾正。名前ですらなかった記号を、俺だけの名として呼んでくれた。俺という『個』を得たこの世界で出会えた、弾正に呼んで貰いたい」
「……アーマデル。いや」
 その音を余さず届けるように。心音ごと愛情を伝えるように。
 弾正はアーマデルをきつく抱き締めると、彼の耳にだけ囁いた。
「アーマデル・アル・アマル。俺がこの世界で一番愛しい名前だ」
「弾正……」
 その声も、心音も。互いに響き合う音が心地いい。
 微睡むような心地よさの中で視線が結び合えば、二人はその顔を近付けて――唇が、触れた。

●撚り合った絲の、その先へ
 世界が明日、滅ぶかもしれない。
 当たり前に来ていた明日が来ないかもしれない。
 そんな不確かな日々で、約束は二人の『結び目』となっただろう。
 二つの糸が一つの糸となり、ここから撚り合わされていく、その始点。
 これから紡がれていく新たな糸を、長く先まで続けるため――今こそ彼らは、終焉の戦いへと。

  • 特別ではない、 しいもの 《結》完了
  • GM名旭吉
  • 種別SS
  • 納品日2024年03月22日
  • ・冬越 弾正(p3p007105
    ・アーマデル・アル・アマル(p3p008599
    ※ おまけSS『雪華拾う夜摩の王』付き

おまけSS『雪華拾う夜摩の王』

●朝に溶けし残雪滴る若葉
 ――嗚呼、二人とも。来てくれたか。
 再現性京都はないが、この世界でのわたしのギフトは残っている。
 特に祝福もない細やかなものだが、受けてはくれないか。
 本当は、チャンドラの方が様々な言葉を贈れるのだろうが……今は思考すらやっとあの様子。
 『はづき』に戻る余裕はないが、吾からお前達に。

 愛とは、罪深い感情だ。それが深ければ深いほど、二度と消えぬ呪いを残す。
 愛した者には、手放しがたい執着を。愛された者には、愛なしに生きられぬ依存を。
 それが望まぬ愛であったなら、その愛は文字通りの呪いとして罪となるのだろう。

 ……しかし。愛とは強いのだ。
 愛がなければ成しえぬ物事も多く存在する。
 お前達のアイが、お前達を、誰かを、何かを救えるのなら。
 あるいは、『善』たりえるのかもしれない。

 この葉を贈ろう。
 その愛が、救いとなることを願う。

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