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SS詳細

聖なる哉

登場人物一覧

イル・フロッタ(p3n000094)
凜なる刃
カロル・ルゥーロルゥー(p3n000336)
普通の少女
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女


 私の名前はカロルという。カロル・ルゥーロルーだ。
 私は聖女になんてなりたくなんて無かった。
 望んでの事ではない。偶然顕現した力が、降ったという神託が、その娘を聖女たらしめたのだ。
 そうではないと偽れば、断罪されるのだ。家族も、いや、村ごと。この国はそういう場所だった。
 聖女になどなりたくなんてないと叫べば罪を被り、聖女だと認めればそうあらねば罪を被る。
 雁字搦めの中で、行き着く最期は悲惨なものだった。
 罪人だと、石を投げる者が居た。正義を愚弄していると、野次を叫ぶ者が居た。
 生きていることが間違いなのだと、お前など聖女ではないと、剣を振り上げる者が居た。
 ――望んでなんて、なってない。
 そうで無ければ、母も父も殺された。

 お前達の『愛する聖女様』じゃなかったから?
 期待を裏切ったから死ねと言うのか。人間らしい生活を送ることさえ許されないのか。
 私は聖女なんかじゃない。こんなの只の、奴隷ではないか。
 だから、私は――けれど、私は、聖女になりたいと笑ったその人に未来を見た。
 この人とならば幸せになれると思ったのだ。だからこそ、共にあることを願ったのだ。

 ねえ、スティア。おまえは私と一緒に歩んでくれるのでしょう。


 春の気配を待ち望んだ聖教国は未だ肌寒い。

 ――おまえは稀代の聖女になれるわ。

 ベンチに腰掛けて、少女は一人で息を吐いた。長い耳の、天義というこの国では珍しい『幻想種』の少女だ。
 しかし、彼女は異国人ではない。この国で生まれた存在であり、この国の救世主とも呼ばれた実績を有している。
 そう、紛れもなく、救国の徒と呼ばれるに相応しい実績は残してきた。それはイレギュラーズと呼ばれる特異点が為し得てきた奇跡の連続だ。
 その道に立っていた。スティア・エイル・ヴァークライトという娘はそうして聖教国ネメシスで『二度』の災難を乗り越えたのだ。
 聖職者としてのスティアのみを知っている人間であればスティアの半生とは後の人間が知れば驚きを禁じ得ぬだろう。
 特にこの国は正義を尊いとしている。不正義は断罪し、全てを正義の名の元に白日に晒すのだ。――どの様な黒き真実でも白に塗り替えることもある。この国の神は随分と判断の天秤が揺らぎやすくもあったのだけれど。
 そう、ヴァークライトという家門は貴族で有りながら不正義を侵したことで知られている。それも神の意志を遂行するべき聖騎士が不義を働いたという形で。
 しかし、家門が取り潰されず失脚しなかったのには理由があったのだ。幼少のスティアを救うが為に叔母は自らの正義を示した。
 彼女にとっては自由奔放で風の精霊のような『義姉』への憧憬が、そして、兄の残した忘れ形見であった姪を守り抜くという信念だけがそうさせたのだろう。
 スティアはエミリア・ヴァークライトに守られた。だが、一人の少女が背負うにしては途方もなく、重たすぎる荷物に彼女の記憶は混濁し、その全てに鍵を掛けたのだ。
 そうして、彼女は『新しい人生』を歩むように進み出した。
 ヴァークライト家の貴族ではない、ただのスティアとして。
 その旅の始まりはイレギュラーズとなった時だった。自分が誰なのかも分からず、貴族令嬢としての嗜みだって分からないまま。
 己の名のルーツを知る為に、途方もない旅に出た。人が死にゆく景色も見た。時に、手を汚したことだってあった。世界にくべられた焔はまざまざと全てを焼き払う。
 それでもスティアという娘は挫けることなく進んで来た。そうして、祖国である天義で出会ったのだ。父に、そして、亡き母に、最も己を愛してくれた叔母に。
 スティアが聞いた母の姿はまるで自分のようだった。何処へだって走って行ける風の精霊のような人。冒険者は危機をも顧みない豪胆さを胸に抱いている。
 エイル・ヴァークライトはそんな人だった。覇竜領域の入り口まで辿り着いて叱られることもあれば、砂漠を練り歩き蠍と追いかけっこをしたと笑う。
 そんな貴族らしからぬ明るく美しく、そして聡明であったその人を父は愛したのだ。自由な華を閉じ込めてしまうことには苦悩したそうだが、母がその道を選んだ。
 貴族とは鳥籠の中の鳥だ。花壇の花でもある。人に見られて、値踏みをされて。鑑賞されながら過ごす事となるのだ。
 だからこそ、エミリアはエイルに憧れたし、アシュレイはエイルを閉じ込めることに苦悩したのだ。そんな家族と今現在も過ごせていたらスティア自身の考え方も大いに違っただろう。
 スティアの言葉に耳を傾けていたのはスティアを慕う騎士の娘だった。金の髪をリボンで纏めあげた愛くるしい少女は騎士と言うよりは何処かの令嬢のようにも見えようか。
「そっか。……スティアは会った事が無くとも、お母さんに似たのだな」
「んー、そうなのかもね」
「私はそれって素晴らしいと思う。私もお母さんは早くに亡くしているから知らないのだけれど、繋がりが感じられて幸せだなあって思うんだ。
 ……スティアがこれまでの冒険で刻んだ足跡そくせきは、きっとお母さんにも似ている部分があるのだろうな。
 私だってスティアが居なかったら先輩に想いを伝えられていないし、見習い騎士のままだったと思う。友達というのは高めあうためにあるのだろうからさ」
「それなら嬉しいなあ。ふふ、有り難うね、イルちゃん」
 スティアは傍らに座っていたイルダーナ――イルに頷いた。彼女は常の騎士服とは違うふんわりとした貴族の子女らしいワンピースに身を包んでいる。
 これもきっと、スティアが歩んで来た結果なのだ。イルという娘は聖騎士を志したが頭でっかちな所があった。正義と不正義を呑み併せず、当たり前の様に一般的な常識を身に付けていた。だからこそ、この天義という国には馴染みが悪かったのだ。
 それでもスティアと出会って、彼女との冒険を重ねて来た事で彼女は聖騎士として開花した。その結果が、戦いに臨むために自らの母の生家へと認められるにまで至ったのだ。
「私は全然、イルちゃんが頑張ったとは思ってるんだよ?」
「でも、スティアが居なかったら、私はこの国に異議を唱えることしか出来なかったよ。
 自分のことを棚上げにして、色んな事を拒絶するように過ごしていた。それをしなかったのはスティアが居たからだよ。私にとっては大切な友達だ」
 にんまりと笑ったイルにスティアは「そっかあ」と微笑んだ。
 人と人の関わりは、少しずつでもその相手に影響を与えているのだ。エミリアが一歩踏み出し婚姻をするように、イルが愛しい人に思いを告げたように。
 そうは思えども、スティアはヴァークライトの当主となるべき存在だ。何も持たない貴族とは、どれ程に弱々しいものであろうか。
 苦しみ呻くだけでは、救いはない。スティア・エイル・ヴァークライトはこれから天義貴族のヴァークライト家を背負って行かねばならぬのだから。
「辛気くさい顔ねえ。おまえって、顔は良いのに悩むと眉間に皺が作られるのね。それ消えなかったら如何するのよ」
「わあっ!?」
 頬に勢い良く当てられたのはひんやりとした掌だった。その指先に飾られた桃色のネイルには見覚えがある。
 ゆっくりと顔を上げれば、柔らかな桃色の髪がカーテンのように降り注いだ。
「ル、ルルちゃん」
「何よ。さっき、イルダーナを見たわよ。お前が何かに悩んでる気がするって言っていた。何を悩んでいるの?」
「……うーん、何か、私も貴族の当主になることを前提に進んでるから……これからの事かなあ」
 呟くスティアにルル――カロル・ルゥーロルゥーは「何を悩んでんのよ」と笑って見せた。
「おまえの傍に私が居るって、それ以上に欲しい物はある?」
「ええ……そんな……」
「嘘よ。何言ってるんだって顔しないでよ」
 カロルはどこか楽しそうにからからと笑って見せた。明るいその声音にスティアは小さく息を吐いてから肩を竦める。
「人は悩むものだわ。『天による叫び』いの一説でも『主は真実、正しい存在である。わたしたちが罪を犯したとき、主は必ず見て居る』と語られるでしょう。
 これは裏を返せば主は常に我々を見ているのよ。おまえは信心深いから、よくよく理解は出来るでしょうけれど、光はおまえに常に差しているわ」
 カロルは其の儘スティアの隣に腰掛けた。彼女と出会ったのは冠位傲慢との戦いで、だ。敵だった。それは当たり前のことである。
 冠位傲慢の連れた使徒たち。遂行者と呼ばれたそれらは聖遺物と滅びのアークが結びついた者も大半だったらしい。彼女もその一人だ。
 頌歌の冠と呼ばれる聖遺物と結びついて生まれ落ちた『元聖女』はその存在その物にはなりやしないという対抗意識の元で聖女らしからぬ様子で振る舞ったのだ。
 天義建国の聖女であったカロル・ルゥーロルゥーとは似ても似つかぬ態度の悪さと口の悪さ。それがルルと名乗った遂行者であったのだ。
「でも、ルルちゃん。『福音の預言者 第五章第一節』は?」
「……わたしは知っている。不義はすべて、罪である。
 わたしたちは、主によって作られた。それ故に、罪を犯すことはない。
 わたしたちは、主のことばに知恵と知識のいっさいがこめられていることを知っている。
 迷うならば、耳を傾けなさい。主の声に従いなさい。
 世界は悪しき者のもとにある。かれらは膝を付き、ゆるしを得る事も出来ぬ死という罪のいっさいを抱えてゆくのだ」
「それによれば、私達は悪い存在なのかも知れないよ。罪を犯す筈がない存在が、何かを迷うこともないはずだから」
「へりくつじゃない」
「聖句バトルなら出来るかなって」
 スティアはくすくすと笑った。カロルの目から見ても彼女は聡明だ。聖職者としてよく学んで生きている。
 それがヴァークライトという家門を復興し、聖職者や聖騎士を輩出する家門として認められることを望んでである事を知っている。
 ヴァークライトの家門を導く上で、この国にスティアは何か足跡を残せたのかを考えて居るのだろう。カロルからすれば「私がおまえを選んだ時点で十分な成果だろ」と言い出すのだろうが――彼女はそう言う性格だ。かなり自らの価値を上に見て居るところもあるが、建国の聖女と呼ばれるカロル・ルゥーロルゥーを遂行者ではなく、現代に聖竜の加護を持った少女として存在させることが出来たというのは国家的には大きな成果ではあったのだろう――スティアにとってはそうではないと首を振る。
「ルルちゃんに頼り切りって言うのは、私は嫌だよ」
「おまえ……割りと、努力家でいいじゃないの。そういう所は嫌いじゃないわよ。でも、わたしを成果物として扱っても良いのよ。何せ、おまえだからね」
「でも、ルルちゃんのことは私だけの成果じゃないよ?」
「あら、言うじゃない。おまえが私になんて行ったか覚えていないの? おまえ、あんなに熱烈だったのに?」

 ――ルストと私のどっちの顔が良いかバトルを始めるしかないんだ。
   顔が良い傲慢な男が相手でも顔が良い聖職者の女がいたって良い。傲慢な男がどれだけ顔に自信を持ってるかわからないけれどね!

 ――どんなに困難な事だって諦めなければ必ず叶うんだよ。私達は特異運命座標なんだからね……少しは惚れ直したかな?

 ――でもね、もう偽物の恋に焦れなくてもいいよ。
   あんな酷い男の事は忘れて新しい恋を探しにいこう? まあ私と始めたって構わないけどね!

「おまえと恋を始めたわけじゃないけど、けれど、あれだけ言ったんだから、おまえの言葉は確かにわたしが生きる為の可能性をくれたのよ」
 カロルは静かにそう言った。偽物の恋だったと彼女ははっきりと言ったのだから、本物の恋を探しに行くという気にさせたスティアは確かにカロルをこの場に留めた人間なのだ。
 相棒と呼んだのは彼女が聖女であることを望んだからだ。カロルは空っぽになって、何もない普通の少女になったところで行く先に惑っただろう。
 ――けれど、今はスティアが居る。彼女が聖女になる事を望んでいるならば、それは素晴らしい道となる筈だ。
(……スティアは分かって居ないのよ。私が何れだけ嬉しかったのか。スティアが聖女になる事を選んでくれたから、私と一緒に居る事が出来るのに)
 彼女が聖女を目指したのはカロルのためではない。けれど、カロルからすれば自らの責務を共に背負ってくれる人が現れたのだ。
 それも、自分の顔の良さを自覚して、惚れ直したと揶揄うように笑って、新しい恋を探しに行こうという。
「恋を探す前に、世界が滅びただろうしようもないでしょう? だから、おまえと新しい恋を探すために世界を救わなくっちゃならないの。
 おまえは確かにこの世界を歩んで来たわ。小さな事でも構わないのよ。どうしてって、おまえは何れだけの人を救ったのかしら。
 私は殺す側だったけれど、おまえはずっと人を救うために手を伸ばしてきたでしょう。それはきっと素晴らしい事であるはずなのよ」
「……そうかなあ?」
「指輪にまじないを込めたわ。それを、使うのならば私が傍に居ても良いし、いなくってもいい。使わなくったって良いわ。
 だって、スティアは自らの意志で全てを乗り越えていけるじゃない。だから、おまえはこの世界に大きな足跡を残したのよ。
 文字通り天義の聖職者が世界を救うって言う、大きすぎるくらいな成果をね!」
「ふふ、それってこれからのこと?」
「そうよ。世界を救って、二人で聖女として新しい未来を歩むの。お前は長命種だから、これから沢山の事を覚えて行くでしょう。
 天義とは人間種の国だもの。おまえにとっては生きづらかったかもしれないわ。それでも、おまえは此処までやってきた。
 それだけで十分よ。稀代の聖女となったおまえは沢山の事を覚え、語り、そして今と変わらず沢山の人を救うのでしょうね」
 カロルは何処か興奮した様子で語った。当たり前だったのかもしれない。カロル・ルゥーロルゥーという娘にとって聖女とは枷であったのだから。
 自らを当て嵌めた枷。それから抜け出すことが出来たのはどれ程に喜ばしい事であっただろう。
 美しい世界に焦がれるようにして生きてきた。それでも、自由を与えられなかった彼女にとって、スティアという『相棒』はかけがえのない存在なのだ。
「それで、まだ足りないというならばこれからに期待して頂戴。おまえの人生をもっと輝かしいものにしてあげるわ」
「どうやって?」
「おまえは私の相棒よ。それに、おまえにとっての私って何かしら? それを考えて教えてちょうだいな。
 そうして、新しく始めましょうよ。おまえと私の物語ってヤツよ。世界は、驚く程に変化してみせるはずなのだからね!」
 勢い良く腕を引っ張って走り出すようなその人に、随分と振り回されている。
 スティアは「そうだね」と小さく笑った。
 ――まだ、この世界に成せることはあるのだ。

  • 聖なる哉完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2024年03月18日
  • ・スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034
    ・イル・フロッタ(p3n000094
    ・カロル・ルゥーロルゥー(p3n000336

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