PandoraPartyProject

SS詳細

恋人らしさって、なーに?

登場人物一覧

シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
ネーヴェ(p3p007199)
星に想いを


 シャルティエとネーヴェの関係に大きな変化が訪れたのは、グラオ・クローネを前にした冬の事だった。
 友人から恋人へ。其れはほんの些細な変化のようだが、二人にとっては高い階段を上るかのような大きな変化で。
 嬉しいような、こそばゆいような。互いに想いが通じ合っているという慣れぬ感覚に戸惑う二人なのだが、そう、グラオ・クローネは無慈悲にも近付いてきていた。

 二人は悩んでいた。
 折角のグラオ・クローネだから、何か恋人らしい事をしたいのだけれど。

 ――恋人らしい事って、なんだろう?



 シャルティエは己の領地、カルセインに到着した。
 愛馬から降りて、其の首筋を撫でる。すると其れに気付いた領民が、おや、と声を上げた。

「お帰りなさい、領主さま」

 気の良い料理店の店主が挨拶をしてくれる。買い出しに来たのだろう、食糧が入った重そうな袋を抱えていた。

「何かありましたか?」
「いんや、何もありませんでしたよ。不思議なほどに平和です。……。んん? おや?」

 少しばかり話すと、料理店の店主は訝し気にシャルティエを見る。其の顔色を伺うように正面から見て、斜め下から見て、其のでっぷりとした顎に指を添えて、うーむ? と不思議そうに唸る。

「領主さま、何かお悩みでも?」
「え」
「……はっはっは! 『どうして判るんだ』という顔をしておられる!」

 快活に笑った店主は、昔から判るんですよ、と明るく言った。店主が言うには、悩める人間の違和感に直ぐ気付ける特技があるのだとか。
 だから料理店を始めたようなもんです、と過去の話を始め掛けて――いやいやいかん、と店主は頭を振った。

「其れより、何かお悩みなら聞きますよ。話して楽になる事もあるでしょう」
「あら? グレインさんに領主さま?」

 どうしたの、と話しかけてくるのは書店を営んでいる女性だ。ちなみにグレインとは料理店の店主の名である。
 其の他にもシャルティエに気付いた数人の領民たちが、どしたどしたと集まってきた。
 正直シャルティエは気まずいような、面映ゆいような、そんな気持ちになっていた。

「いやあ、領主さまが何かお悩みのようでな?」
「まあ、グレインさんがそういうなら間違いないわね。どうされました? 何か獣でも出たのですか?」
「いえ、そういう訳ではないんです。カルセインは至って平和です。今日も一応見回りに来たんですが、皆さん元気そうで何よりです」
「元気ではありますが、其れより領主さまが心配ですよ。俺達に聞ける悩みなら、なんでも聞きますよ!」
「ええ、ええ。いつだって領地を大事にして下さる領主さまですもの。少しくらいお力にならせてくださいな」

 領民が口々に言う。
 シャルティエは僅かに背中を押された気がした。領民はこんなに自分を案じてくれている。其れが嬉しくて、でも、余り大ごとにはしたくないような気も……まあ其れはしょうがない。シャルティエの人望の所為である。
 では、とシャルティエは声を無意識にひそめていった。領民は耳を澄ます。

「――恋人……と、過ごす、グラオ・クローネって……どうすればいいんだろう、と」

 ……。
 ……。

 沈黙。
 の後、まるで硝子の半球を割るような悲鳴が響き渡った。

「まあまあまあまあ! 領主さま、恋人が!? おめでとうございます、お相手はどんな方!?」
「其の方もイレギュラーズの方ですか? あ、念の為性別もお聞きしても?」
「これはめでたい!! 結婚の前夜祭に呑むしかないな!!」

 主に食いついてきたのは女性陣である。男性陣は其れを肴に宴会の算段を始めた。
 女性に囲まれてしまったシャルティエは、ええと、と恋人――ネーヴェについて軽く説明する。

 大人しくて清楚な女の子で、富豪の出である事。
 同じイレギュラーズである事。
 少し……身体が弱いので、遠出は出来ないだろう事。

 其れ等を話すと、成る程、と女性陣は考え込んだ。

「グラオ・クローネは其の方とお過ごしになるのですね?」
「ええ、……其の、予定です。たぶん」
「そうねえ。きっとお菓子の類は其のお嬢様が用意して下さると思うから、こちらからも何か用意した方がいいかもしれませんね」

 お菓子以外というと、髪飾りなどは如何かしら。
 女性陣の一人が言う。髪の色を問われたので、白です、と返す。

「ふむ。ではきっと赤がお似合いに――……ああ、いえ。でも敢えて青い髪飾りを贈るのもよいと思いますよ?」
「? ……青……ですか?」
「ええ。領主さまのお色でいらっしゃいますから」

 雑貨店の店主である女性は柔らかく笑った。恋人の色を贈られるというのは、女性にとっては嬉しい事。
 其の言葉を受けて、シャルティエは考え込む。

 告白は、ネーヴェからされたようなものだった。だから今度は、このグラオ・クローネは、自分がリードしてネーヴェを楽しませたいと思うのだけれど……

「ありがとうございます、参考にします」
「ええ。領主さまなら、うちの雑貨も3割引にしますから」

 雑貨屋の店主は商売上手にそう言って、笑った。
 巧くいくと良いですね。そう口々に祝福を受けて、シャルティエは改めて、自分がいかに領民に恵まれているかを知るのだった。



 一方のネーヴェも、同じような悩みを抱えていた。
 グラオ・クローネはどう過ごしたらいいかしら。彼の事だから、きっと遠出をするようなプランは組まない。では家で過ごす事になるかしら。お菓子を用意した方が良いかしら。

 ネーヴェが試みたのは、町にいるカップルを見習う事だった。そう意識して外に出てみると、存外カップルというものは街を闊歩しているものだ。手を繋いで、身を寄せ合って歩く人。ひそひそと、鼻先が触れそうな距離で内緒話をしている人。
 共通しているのは皆、『触れ合っている』という事だ。

「……クラリウス様とわたくし、」

 思い返す。
 一緒に出掛けた事はあるし、成り行きで相手の口に『あーん』をしてあげた事もある。
 けれどそういえば、戦いのあれこれ以外で触れ合った事はなかったように思う。

「恋人、は、……いつでも触れ合って良い、の、ですよね」

 そういう権利を得た筈だ、とネーヴェはうん、と頷く。
 町は桃色と灰色のリボンで彩られ、グラオ・クローネの到来を告げていた。こんな浮かれたような気持ちでこの月を過ごす事になるなんて、思って……いなかったといえば嘘になる。だって、自分から想いを告げたようなものなのだから。
 恥ずかしい、と日傘を持ったまま、車椅子の上でネーヴェは顔を覆う。いやいやいけない、と顔を仰ぎながら、周囲の様子を見て回る。
 ふと見ると、木陰に男女が立っていた。あら、あれは何をしているのかしら。ネーヴェが怪しまれない程度に見ていると、二人はそっと唇を寄せ、重ね……あわわわわ!

「み、見てません……何も、何も見ていませんとも……!」

 慌てて車椅子を動かす。
 キスなんてまだ早い。ネーヴェの中の女の子がそう言っている。というより、ネーヴェ自身の覚悟が決まっていないのだ。恋仲になって早々キスをしなければならない、なんて決まりなどないし、自分達は自分達のペースで歩いていければと思うのだ。

「そうですね、……では、お菓子を少し買って行きましょう。グラオ・クローネですもの」

 気を取り直して、ネーヴェは街を行く。カップルたちはやはり距離が近い。
 そういえば旅人から聞いたことがある。人には信頼度……というより親密さによって許せる距離があるのだそうだ。顔を寄せるほどに近付いても良いと思える人は、其れこそ恋人や家族くらいなのだとか。

「……」

 わたくしは、クラリウス様に距離を許せるかしら。
 なんて、ネーヴェは自分に問う。答えは判り切っている。だから気持ちを切り替えて、グラオ・クローネに食べるための菓子を買いに、気に入りの菓子店へと車椅子を進めた。



 シャルティエに届いた一通の招待状。
 招待状というより手紙だろうか。ネーヴェから『お家で過ごしませんか』と誘われたシャルティエは、今、ネーヴェの家の前にいた。
 いつもなら躊躇なくノックして、ネーヴェの名を呼ぶのに、何故か心臓がドコドコと鳴っている。まだ顔を合わせてもいないのに、これはどういう事かと戸惑いながら、震える手でノックをし、ネーヴェさん、と呼んだ。

 少し待つ。
 ネーヴェは車椅子だから、扉を開くまでに時間がかかるのだ。
 深呼吸で其の間に心音を整えながら、シャルティエは扉が開く音を聞いた。

「クラリウス様。……いらっしゃいませ、どうぞ、中に」
「あ、ええと……お邪魔します」

 抜けるような白い肌。
 真珠のような白い髪。
 いつも見ている筈なのに、今日のネーヴェはいつも以上に愛らしく見えて、シャルティエは頬を無意識に赤くしながら、ネーヴェに案内されるままに家の中に踏み入るのだった。

 ネーヴェの部屋は整えられていた。
 テーブルの上にはお菓子がどっさりと。成る程、とシャルティエは領民の慧眼に頷く。
 そうして勧められた椅子にすわると、ネーヴェは其の向かいに車椅子を滑らせた。

「其の、……グラオ・クローネ、ですから。お菓子を、用意したのですけど……」

 おや?
 何やら言いよどむネーヴェに、シャルティエは不思議そうな顔をする。お菓子に何か不都合でもあるのだろうか。

「? ネーヴェさん、僕は特に好き嫌いはありませんが」
「あ、いえ……そうではなくて……其の、わたくしたち、……こい、こい、恋人、でしょう?」

 言葉に詰まる様が胸を裂きたくなるほど可愛らしい。
 シャルティエはこれまでにない猟奇的なときめきを覚えつつ、話を聞く。

「なので、どういった事が恋人らしい、のか、……色々と、考えて、みたのです」
「はい。……実は僕も考えていました。恋人らしい、ってどういう事なんだろうって」
「まあ。クラリウス様も?」

 顔を上げて、ネーヴェが首を傾げる。はい、とシャルティエは頷いて。

「恥ずかしながら、周りの人に相談して……ああ、そうだ。ネーヴェさんに贈り物を持って来たんです」
「?」

 す、とシャルティエが取り出したのは、小さな紙袋だった。白い袋に赤いリボン。勿論ネーヴェを思って選んだ包装である。
 開けてみて下さい、と差し出すと、ネーヴェは不思議そうに受け取って、そっと包装を開いた。

「……あ」

 其れはシュシュだった。
 愛らしい曲線のシュシュは青色。藍色と薄い水色の布でしつらえられた、柔らかな印象を与えるアクセサリだ。

「……赤い色もきっとネーヴェさんに似合うと考えたんです。でも、……青を選びました」
「……クラリウス様の、色、ですね」
「……」

 言い当てられてしまった。
 シャルティエは恥ずかしくなって黙り込む。くすくすと惑わすようにネーヴェは笑うと、近くにあったソファへ移動して、車椅子からソファへと座り直した。
 まるで誘われるように、シャルティエは隣へ座る。

「恋人らしいというのがどういう事なのか、僕はまだ判っていなくて」
「……」
「でも、……僕がネーヴェさんを好きだという気持ちは変わりません。だから、僕たちなりの歩き方で、歩いて行けばいいと思っています」
「……ええ」

 宣言するようなシャルティエに、ネーヴェは安らかに頷く。
 ああ、同じ事を考えてくれていたのね。同じように悩んで、違うように惑って、同じ答えに、辿り着いてくれたのね。

 ネーヴェはシャルティエの頭にそっと手を回す。シャルティエが不思議そうにみると、笑顔でぽんぽん、と膝へ招かれた。

「……痛くはありませんか?」
「大丈夫、です。……ふふ、これも、恋人らしい、でしょう?」

 恋人の言葉を信じて、シャルティエはネーヴェの膝へ頭を下ろした。見上げると、其処に美しく愛らしいかんばせがある。そっと頬に手を伸ばすのを、君は許してくれるだろうか。

「――僕がリードしたい、って、思ってたんですけど」
「はい」
「なかなか、……難しくて」
「ええ。では、次は、クラリウス様がリードして、下さいますか」
「次……」
「ええ。次が、ありますもの。わたくしたちには」

 恋人の腿は柔らかい。
 其処で邪念を抱けないのがシャルティエという男。よし、では次はきっと、彼女を優しくリードするんだ。そんな決意を抱く。

 互いに壊れ物に触れるように、指を伸ばす。そんな触れ合いもまた、恋人らしさである。


PAGETOPPAGEBOTTOM