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登場人物一覧

十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤

 季節は過ぎていく。
 留めようと誰が想おうとも、花は散り、雲は流れ、葉は色を変えるもの。
 蜻蛉とコルネリアとて同じ。変化するものもあれば、何も変わらないものが其処にあった。

「お久しぶりやね、元気にしとった?」

 そう蜻蛉が優しく話しかけるのは、コルネリアにではない。ローレット預かりとなっている、しなやかな黒い毛並みの猫にだった。
 アタシには? という言外に非難するような――先に猫の隣に座していたコルネリアの視線に蜻蛉は苦笑する。本当にこの人は、猫に似ている。

「ごめんなさいな。コルネリアさんも元気しとった?」
「えーえ、元気いっぱいよ。こっちも、アタシも。こっちは何なら、さっきまで此処を走り回ってたわ」

 なおん。
 『こっち』と示された黒猫は、コルネリアにゆるゆると背中を撫でられながら、欠伸するように一つ鳴く。

「出会った時はあんだけ震えてたのに、今やタダ飯食らいでたまったもんじゃないわ。何故か飯代の請求はアタシに来るし。――でもまぁ」

 生きる力は大したもんね、この子。
 そう笑うコルネリアの顔は優しい。蜻蛉は猫を挟んでコルネリアの隣に座り、そうやね、と柔らかく頷いた。

「ほんまに。毛並みも綺麗になって、声もしっかりしとる。すっかり元気で安心したわ」
「……。アタシこそ安心したわよ。このご時世、……アンタが泣いてやしないかって」

 そう、もう世界は決着に近付いていた。
 激化する争いは誰をも巻き込む。コルネリアのように敢えて其れを避けて歩むものもいれば、蜻蛉のように静かな平穏を抱き締めている者もいる。
 そして、戦いに行き、傷付く者だっている。或いは――いや。蜻蛉は其れ以上は考えなかった。其れを口にするのは、きっといつも通りに振舞ってくれているコルネリアに失礼だったからだ。
 誰もが誰かを喪っている。
 そんな世界は早く終わって欲しい、終わらせたい。そう願っているのはきっと、二人とも同じ。イレギュラーズも、……世界中の人々が、願っている筈なのだ。

「ねえ、コルネリアさん」
「なァによ」

 猫のように欠伸するこの人が傷付かない保証などない。
 其れは蜻蛉とて同じ。戦いに出ねばならぬ事もきっとある。大事なものを護るために、刃を取る覚悟はとうに出来ているのだから。

「世界はこれからどうなっていくのやろ。知らん敵に、知らん現象……」
「……そうねぇ。どうなるかなンて、きっとアタシにもアンタにも、其れこそこのローレットのレオンにだって判りゃしないんじゃない」

 でも、とコルネリアは続ける。

「アタシもアンタも、壊させたくない今の為に戦うしかないのよね。アタシはアタシの矜持とか……まあ、大事なモノ? のために。アンタは、アンタと旦那の為に。そういう大事なものを取りこぼさない為に、で世界を護れば良いんじゃないかしら」

 大義のため、などではなく。
 英雄になるため、などでもなく。
 ただ掌の中にある大切なものの為に戦えばいいのだと、コルネリアは思う。
 過ぎたものをとどめようと求めれば、掌に溜めた水は全てすり抜けて落ちてしまう。なら、掌の内の水がせめて落ちぬよう、護ってやらなければならない。
 其れをきっと人は『限界』と呼ぶのだろうが――コルネリアは其の言葉に対して卑屈になんてなりたくなかった。己の限界で何かを護れるのなら、其れはいっそ本望だと吼え立ててやりたかった。

 其の激情を悟ったのか否か。
 ゆるり、と蜻蛉は目を伏せて、猫の顎をくすぐる。コルネリアの言葉を待つように。

「でも、そうね。敢えて言うなら……もう見ないふりして、手を掴み損ねて……悲しませるだけなンてゴメンだわ」

 ――どっかの寂しがりの妹みたいなやつが泣いちゃうから。
 コルネリアはそう呟いた。蜻蛉は「そうやねえ」と返す。彼女が喪ったものの大きさを感じるようで、心が痛い。でも、其れに今は触れずに寄り添うだけと決めている。

「ねえ、コルネリアさん」
「ん」
「約束してくれはる? こんな情勢で、こんな世の中やけど……コルネリアさんは元気でいてくださるって」
「……」
「怪我してもええ、心が傷付く事もあるかもしれへん、でも、」
「あー。良いわよ?」

 まるで遮るように言ったのは、きっとコルネリアの優しさだったのだろう。言い募ろうとした蜻蛉を制し、コルネリアは顔を向けて笑った。

「“また呑みましょ”。其れで良いでしょ? 今度は――こいつも一緒に連れていく?」

 なんて、とコルネリアが撫でる黒猫は、尻尾をゆらゆら揺らしていた。

「まあ。……この子は……うぅん、連れていかれへんけど。でも、約束やよ。また呑みにいきましょ。うち、コルネリアさんのこと、お姉さんみたいに思とるんやから」

 お姉さん、か。
 コルネリアは心中で笑う。自嘲ではなく、嬉しさで。虚勢で立っているような情けない自分にも、寄り添ってくれる誰かがいる。其れはとても心強い事だった。
 でも、……コルネリアはにやりと笑う。

「本当にお姉さんって思ってる? アンタ、こいつを見る時とアタシを見る時の目が似てンのよね」
「え」
「野良猫みたいだって思ってるんじゃないのって事」
「……! ややわぁコルネリアさん、そんな……ふふっ」

 ばれてしまいました?
 なんて。蜻蛉は手で口元を隠し、上目にコルネリアを見上げる。悪戯がばれてしまった子のように。

「当たり前よ。……拾ってって言った覚えはないけどね」
「ふふ。この子はコルネリアさんに拾われて、コルネリアさんはうちが拾った。ふふふ。やから、……必ず、また帰って来てね」
「猫だとして、イエネコになった覚えはないんだけど」

 ――ま、いいわ。

 優しいコルネリアの言葉が静かに零れ落ちる。二人の間で黒猫は、安らかに、何の不安もなく眠りに落ちていた。


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