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袋小路
登場人物一覧
自分がめまいを覚えるほどに成長したのは、何時頃だったのか。ただ、地獄に接触したからには楽園への到達は絶対に在り得ず、有るべき姿は最早『かみさま』なのだろう。今一番嫉ましいは誰かと問われたら、僕は何にも増して思い返す筈だ。世の中には甘い奈落が蔓延って在り、魂は器に餓えて痩せ細る。羨ましいのだ。現ならば思考する暇がたんと涌く。沸いた刹那の冷気を掻き分けて、何年か前の僕を読み取って魅せようか。あなた。あなたなら僕の言葉を証明出来る筈です。あなたなら僕の脳味噌を証明出来る筈です。あなたは此処で僕を暴ける筈です。あなた――※※ちゃん。誰と話しているのか。深呼吸。息を吸って、吐いて、生きている僕を穿って、弄って……それは僕の感情がつけた、無意味な幸福感。出会い。※※ちゃんとの出会い。僕は鮮明に記憶しており、それは三歳だった。※※ちゃんは六歳。若い掌が合わさって、指が新しい僕と絡まった。
めまいが晴れたとして、映えた景色は真っ暗だ。影に追われて優しさが聞こえ、その人間は僕を崇めている。縋った両腕は何本だった。這いずる怪物に唾を吐いても無意味だろう。寧ろ美味しく齧られて、直ぐサマ朦朧へと叩き付けられる。可愛いかわいいボク。何で逃れるんだい。可愛いかわいいボク。如何して笑えないんだい。ハ……嗤ったのは大人。胃袋から這い上がる酸っぱさが、僕を現実から引き離した――額の汗を拭った一瞬、小さな世界は暗転し、目玉を向けた先には※※ちゃん。ああ。どうして。※※ちゃん。今日も遊んでくれるの……大粒の歓喜が地を濡らし、ぐぃぃと顔を上げて。※※ちゃんの手を掴む。ありがとうの一言も驚きで吐けず、呑み込んだ臭いを気にしてかくれんぼ。いや。かくれんぼは怖い。己を呪うように走ろう。己を忘れるほどに走ろう。奔った数だけ怪物が遠退く。意識が遠退く。肺が悲鳴を垂らして脳髄がくすぐったい……そうして僕は恋を自覚した。心臓だけが痛々しいんだよ。突き刺さった信仰は、絶対零度のように思考へと粘りつく。そして憑くのだ。僕は人生に華やかさを活けた。花の名前は※※ちゃん……もっと遊ぼう。次はなにがいい?
ふと。意識が戻れば。※※ちゃんは居なかった。※※ちゃんは毎々、不可思議なほどに僕を困惑させる。処分される事は有り得ないけど、僕とは違って素敵な神様に成る筈だ。莫迦な! 僕だって信じたくない。未だ信じる余裕はない。今は何年で何月で何日だ……廊下を騒がしく走り回り、天地がぐるぐると回転する感覚。此れが妙に心地良くて、きっと僕は気が触れてしまったのだ。其処だ。花瓶の底を覗き込めば※ちゃんの笑顔が映っている。※※ちゃんの優しさが詰め込まれて在る。涙々と崩れても尚、僕は探すしかないのだ。視て。※ちゃんの大好きな……だよね。僕の一章はなんて儚い魂だろうか。諦めろ諦めろ諦めろ諦めたくない……喰らって満足出来るのか、あなた。そして僕は『寒櫻院』と離れられない――酷い。糞のような世界が水洗に融けていく。死にたい。※※ちゃんが居ない現実になんの『現実』が残るのか。世の中は何度でも地獄を孕み、二度も起き上がらぬ、ブツン。
天が地と手を繋いでいた、ずるい。
如何やら僕は祟り神だった。如何やら僕は疫病神だった。如何やら僕は絶望を知っていた。混沌の内側で※※ちゃんは見つけたが、なんだその女――理解はしている。僕は迷子なのだ。勿論、世界の片隅に立ち呆けなのだが、以上に異常で性別が奇怪。それは祭具としての罪か罰か。耐えに耐え続けた奈落の、最後の贈り物だろう。もはや繋がる事は。結ばれる事は。自らも他も赦さない。赦せないあの女……※※ちゃんが今日も笑顔なので問題はありません。かぽんと叩かれて正座した頃が懐かしくておぞましい。ああ。僕が純粋な種族なら、今頃どうなって存在しただろうか――やはり吐き気は治まらない。収まったつもりでも諦めの無間が捕縛して嘲っていく。いかれた魂はドウセ処分される。世界と同じだ。僕の心こそがパンドラですか? また無垢に戯れたいね、※※ちゃん……ほら。今日はなんだって鬼ごっこだ。そんなに臭いが酷いなら、みにくい僕を道連れにして――だから正気を維持するフリだ。振り付けを記憶する事は簡単で、今も休んでいる脳味噌は無い。休ませてよ。休ませて。お願いだから休ませて! 誰が繰り返したって永久の横たわりだ。廊下が長い。一歩々々がめまいを呼び込んで、僕は何処までも色こんだくだ。だくだくと脈動する銘々が、四肢の機能を破壊するかの如く。ひとりだ。※※ちゃんは遠くへ行ってしまった。燃える再開は何れ狂気を寄せるだろう。わがままにいきたい。いきる。なんだかわらえてきた……ふふふ。たとえ破滅への執念だとしても、僕は。僕は。僕は……あなたに近付いて祝福を受けたかった。
今でも夜には鬼が出る。現でも夜には『僕』が在る。ぐるぐると。