PandoraPartyProject

SS詳細

日常

登場人物一覧

ムラデン(p3n000334)
レグルス
水天宮 妙見子(p3p010644)
ともに最期まで

 水天宮妙見子が、朝目覚めた時に嗅いだ香りといえば、シーツに残るムラデンの暖かな匂いと、ヘスペリデスの朝の少ししんとした寒さの香り、それから、おそらくトーストであろう焼けたパンの香りだった。
 ヘスペリデスにあるムラデンの自宅は、ほかのドラゴンたちが作ったそれに比べればいささか文化的と言えた。もちろん、まっとうな職人たちが作ったそれには及ばず、石や洞穴をくりぬいて作ったそれに近かったが、それでもドラゴンの『見よう見まね』にしては充分と言える。
 ドラゴンの高熱のブレスで作った窓ガラスは、不純物も混ざっていてクリアとは言えない。それでも、充分に外からの陽光を感じられるし、寒さも抑えることができた。何を言いたいかといえば、妙見子のような、一般的な人間が生活しても、それなりに快適であるということだ。
 とはいえ、いささか寒い、というのは事実だ。妙見子はお気に入りの、赤に染色された毛布を抱きしめながら、すこし寝ぼけ眼であたりを見る。
「あ、おはよ」
 ん、と声を上げて、小皿を手に持ったムラデンがやってきた。開きかけの木造りの扉の向こうから、先述したトーストなんかのにおいが漂ってくる。
「ご飯食べてくでしょ」
「んー……」
 妙見子が目をこすりながら言うのへ返事を待たずに、ムラデンはさっさと皿なんかを、近くのテーブルに並べ始めた。視線を移してみれば、目玉焼きだろうか。シンプルなそれは、よく見たら殻が入っている。
「カラ……」
「文句言うなら自分で作れよ、もう。
 っていうか、夕飯作ってよ。どうせ今日も泊まるんだろ」
「んー」
 ごしごしと目をこすりながら、妙見子が寝間着のままに椅子に座った。ムラデンはトーストとコーヒーを、お互いにお気に入りのカップに入れて持ってきてくれる。ご安心召されよ、練達の製品なので、大雑把なムラデンでもトーストとコーヒーはおいしく入れられる。技術の勝利だね。
「おはようございます……」
「たみこって朝弱いよな……可愛くていいけど」
 どうせ聞こえてないだろうな、と思って本音を言った。案の定妙見子には聞こえていない。ムラデンが、ふん、と鼻を鳴らした。
「ちゃんと起きてる? 起きるまで待つけど」
「ごめん、ちょっとまってね……」
 ふわ、とあくびをすると、妙見子はこんどは、目をぱちくりさせてしっかりと目をさました。ぴん、と耳が立って、「あ、起きたな」と、ムラデンにも確信させた。
「おはよ」
「おはようございます~。
 朝ごはん、いい感じですねぇ」
 いつもの調子で妙見子がそういうのへ、ムラデンは、ふん、と再び鼻を鳴らした。
「殻は入ってるけどね」
「愛嬌ですよぉ、もう。
 でも、そろそろ慣れました? こういうの?」
「それは」
 と言ってみれば、いささかなれた気がする。主であるザビーネの世話をするのに、食事を作ることはあったが、そういうものは概ねストイシャの役割だった。ムラデンもできないわけではないが、どうにも大雑把、らしい。
 という状況を踏まえて、最近よく遊びに来ては泊っていく大切な彼女のことを考えれば、少しばかり、世話をしたくなる、という気持ちもムラデンには沸くというものだ。そんなわけだから、彼なりにもそれなりに、大雑把なところを改めて、料理をしている。ストイシャの血縁ということもあり、別に才覚がないわけではなかったらしく、最近はそこそこしっかりとできているようだ。卵の殻は入っているけど。
「今日は一日いっしょにいられるの?」
「いえ……お昼はちょっと、ローレットに。報告書を出さないといけないので……」
「あー……大変だよな、あれ。
 僕も前に、協力ってことで書類作成手伝ったけど……大変だね、ニンゲンってのはさ」
「ええ、ほんとに。でも、楽しいですよ」
 ふふ、と妙見子が笑った。
「あなたと会えたのも、ローレットの仕事のおかげといえばそうですからね~」
「まぁ、そういう考え方もあるか……」
 ふむ、と、ムラデンがうなづいた。朝食は簡素なものだったが、二人で食べるそれは何ともあたたかい。ゆっくりと時間をかけて、談笑して、朝食を終えると、
「食器洗ってくる」
 と、ムラデンが席を立ったので、妙見子も同じくした。
「あ、妙見子もてつだいます」
「水場、外だよ? 寒いから家の中にいなよ」
「あなたの傍ならどこでも温かいでしょ? 火竜さん?」
「勝手にしたら?」
 ふう、と嘆息して、ムラデンが妙見子の傍に立った。一緒に行くぞ、という意味らしいことを察したので、妙見子は食器をもってそれに続いた。
 家の外の水場に出てみれば、未だ復興中のヘスペリデスの景色が見えた。この時期は未だ肌寒くて、少しだけ身震いした。
「ふふ、寒いのでちょっとくっつきますね」
「暖房器具扱いかよ。手がふさがってるからつなげないぞ」
「じゃあ、もっとくっつきますからいいです~」
 ぐい、と肩を押し付けるように、妙見子はくっついた。ムラデンがあきれた様子で、でも熱を逃がさないようにしてくれているのを、妙見子は気づいている。
 せっけんを使ってごしごし皿を洗ってると、空にどこぞのドラゴンが飛んでいるのが分かった。アリオスだろうか。レグルスか。バシレウスではあるまいが。
「平和……って言い方は変なんだろうな。世界は大変だし、この辺もアスタが大変だし……でも、なんだろうね」
「いいんじゃないですか、それくらい」
 妙見子が笑った。
「世界が大変でも……日常を感じちゃいけない、なんてことはないでしょう?」
「それはそうなんだけどさ。
 なんか、普通だなぁ、って」
 変化(かわ)らない、日常。いま、世界が滅びに、確実に向かっているのだとしても……日常は、必ず、今も変わらず、ここにあるのだとしたら。
「それは、たみこたちのおかげなんだろうなぁ、って。
 ……なんか、ドラゴンとしてはしゃくだな……」
 むむ、とムラデンが言うのへ、妙見子が笑った。そのまま、ぽん、とムラデンの方に頭を乗せた。
「妙見子が頑張っていられるのは、貴方のおかげですよ」
「へぇ? じゃあ、ドラゴンとしては、なにか捧げものみたいなのをもらったほうがいい?」
「逆じゃないです? 大好きなドラゴンのために頑張ってる人間に、何かご褒美を」
「そっか。じゃ、こういうの」
 そう言って、ん、と、ムラデンは妙見子の唇に、自分の唇を合わせてみせた。
 はわ、と妙見子が目を見開く。
「……こうすると、なまいきなたみこが静かになるから楽でいいや。
 ……うそ。なんか僕もこう、すごいドキドキして落ち着かない」
 そう言って目をそらすムラデンに、妙見子も落ち着かない様子で目をそらした。
「……なんか、慣れませんね」
「そりゃ……その。何度もしてるわけじゃないし……」
「……します? 何度も」
「……馬鹿じゃないの?」
 ふん、とムラデンがそっぽを向いた。耳まで真っ赤になってる彼のことを、妙見子は愛おしいと思った。

 それから、すっかりといつもの様子に着替えた妙見子が、ムラデンの家の扉を開いた。太陽はもうすぐ、正午に位置しようとしている。
「じゃ、気を付けてね、たみこ」
 そう言ってムラデンが手を振るのへ、妙見子は笑って手を振り返した。
「はい、行ってきます!」
 また、ここでただいまをいうために。
 また、ここでお帰りなさいを言うために。
 変わらない日常のために、妙見子は飛び出した。

 え? こいつらまだ結婚してないの?


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