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練達の彼女たち
登場人物一覧
さて、練達のカフェである。
もしわかるものがいたとしたならば、ここにいる人物に驚きを隠せなかっただろう。
ザビーネ=ザビアボロス。かの竜がいるわけである。隣には、その従者竜であるストイシャがちょこんと座っていて、普段はおどおどとした様子すら見える彼女も、今となってはすっかり練達にもなれたように、落ち着いている。
その対面には妙見子とメリーノがいる。妙見子といえば、いささか落ち着かない様子であったが、メリーノは終始にこにことした様子である。
「お嫁さんに置かれましては」
と、ザビーネがいつもの様子で言った。
「お元気そうで何よりです」
「ひゅっ」
と、妙見子が息を吸った。なんかすごいテンションでムラデンをくださいと言ってしまったような気がするが、なんだかんだのんびりと承認されてしまったような気もする。
「あら、違うわよ、ザビーネちゃん」
にこにことメリーノが笑って言った。
「姑は、嫁をいびるものよ」
「えぇ……」
ストイシャが若干引いたような表情を浮かべたが、ザビーネは「まぁ」と表情を輝かせた。
「理解できました。ですが、どの様に?」
「そうねぇ、こう、窓枠をゆびさきでつーっ、ってなぞって、
『埃が残っているわよぉ』、みたいな」
「なるほど。お掃除は、ストイシャやムラデンがやってくれていますから、ここはストイシャにお願いするべきでしょうね」
「え、えぇ……」
ストイシャが、ブルーのソーダを飲みながら困った顔をした。
「え、えと、ほ、埃が残りすぎて全然ダメ……」
「ひゅっ」
妙見子が息を吸った。
「いいわね! 姑の才能があるわよぉ~!」
「そ、そうかな……」
ストイシャが少しうれしそうに笑った。
「や、やめてくださいよぉ……」
妙見子がしわしわになりながらそういうのへ、メリーノが笑う。
「あらあら、このくらいでしょげてちゃだめじゃない、ねぇ?
ドラゴンのお嫁さんになるんでしょぉ?」
にこにこと笑うメリーノは、しかしどこかむっとしている。それを妙見子は解っていたから、またひゅっ、と息を吸い込んだ。
妙見子とムラデンは相思相愛である。これはもう、そう言い切ってしまっていいだろう。ある種の種族を超えた関係は、イレギュラーズたちの見る、誰かと手をつないで歩んでいく未来の、一つのわかりやすい形であるともいえる。
そのようなシンボル的な話はさておいて、なんにしても、重要なのは、妙見子はムラデンと、できれば添い遂げたいし、ムラデンも割とまんざらではないというところである。メリーノはそんな二人が面白くない。面白くない、というのは何とも適切ではないのだが、つまり、「仲のいい子が、自分の知らないところで遊んでいるのが気に入らない」のである。これも妙見子はいささかデリカシーにかけてるとも言えて、割と平気でムラデンと何をしただのなんだのを報告するのだから、メリーノとしてもますます面白くはない。
メリーノが妙見子とムラデンのことを嫌いなわけではなく、そして二人が幸せになることを厭うてはいない。寧ろ、歓迎はしているといえる。が、それはそれ、これはこれ、である。二人だけの世界でおいて行かれるのは、なんだかとってもいやである。
「あとはねぇ、料理! 塩辛い料理を作って、わたしを殺すつもり~? みたいな!」
「なるほど。
料理はストイシャとムラデンが作ってくれていますので、ストイシャにお願いしましょう」
「え、えっと……こ、こんな砂糖を入れたらお菓子がダメになっちゃう……」
「ひゅっ」
「ふふ~、上手ねぇ、ストイシャちゃん。
……というか、ザビーネちゃんはお家だと何をしているの?」
「最近は医術書を読んで勉強を。練達や再現性東京などのものを、友人から借りております」
ふふ、と穏やかに笑うザビーネに、
「お嬢様だわぁ……」
メリーノはくすくすと笑った。
「ですので、お嫁さん。
塩辛い料理とか、埃がたまっていても、ムラデンは良くしてくれると思います。
私などにも、良くしてくれる子ですから」
微笑むザビーネに、妙見子はめちゃくちゃに困った顔をした。
「いえ! その! 一緒にこう、助け合って歩んでいきたいなぁ、みたいな」
「良いことです。私としても、とてもうれしい言葉ですね」
ザビーネがそういうのへ、妙見子は少し申し訳なさそうに言葉をつづける。
「……というか、そのぉ……。
もう、お嫁さん名義なんですけど。でも、いいのかなぁ~~~~って思ってるところはあって。
ムラデン、ドラゴンとしてはまだ子供……ですよね? その、結婚とか……いいのかなぁ~~~~みたいな……。
まだ早いんじゃないかなぁ~~~~~~~! みたいな、ねぇ?」
「なるほど。どうなのでしょう?」
「……ドラゴンによる、と、思う……」
ストイシャが言った。
「わ、私たちくらいの年代から独り立ちする子もいる……わ、私たちも、お姉さまに拾われなければそうなってたもの。
で、でも、別に、気にしなくていいと思うよ。結婚。す、すぐ大きくなるから。あと、60年くらい?」
「まぁ、もうそんなすぐになりますか」
ふふ、と笑うザビーネに、メリーノは少し目を細めた。
「……スケールがドラゴンねぇ。
ねぇ、ザビーネちゃんもストイシャちゃんも、寂しくならないの?」
メリーノが訊ねる。
「ぼうやが……その。自分たちだけの物じゃなくなっちゃう、の」
「それは」
ザビーネがうなづいた。
「寂しくないといえば、嘘になりましょう。
私は、家族だと思っています。
私には……皆様の想像するような、暖かな家族、というものはありませんでしたから、よけいに」
「ん……私も、そう。
ムラデンとは、たまにけんかもするけど、家族だと思ってる。
ムラデン、ああ見えて、結構気が利くから、いいやつ、だよ」
「それは知ってます」
ぶんぶんと妙見子がうなづいた。
「そ、そう……。
でも、だからこそ、ちゃんと幸せになってほしい、って思ってる。
ムラデンも……幸せになれるならば、それで一番いいと思う」
「そうですね。ストイシャの言う通りです」
ザビーネが笑った。
「私などは、二人に頼りっぱなしですから、よけいに。
私などの世話をしていないで、もっと遊びに行ってもよいのに」
「お姉さま、私たちがお世話しないと、100年くらい家から出ないと思うから……」
「スケールが大きいわねぇ……」
メリーノが、むう、とうなって、お茶を口にした。
「それに、わたしより大人なのかもねぇ。
まぁ、わたしはそれで態度を改めることはないけれどぉ」
くすくすと笑うメリーノに、ザビーネは微笑んだ。
「もし、私たちのことを気遣って悩んでいるのであれば、おやめください、お嫁さん。
私も、彼の家族ですから。彼の思いくらいは、解っていますよ。
もし、私たちに申し訳ないと思うのでしたら、約束してくださればいいのです。
変化(かわ)ることなく、ムラデンの傍にいる、と。
彼の想いを、裏切らないであげてください。
ただ、それだけで、良いのです」
「ん……」
ストイシャも、少しだけ不器用に笑って見せた。
なんてことはないのだ。ここにいるみんな、誰もが、ただ誰かの幸せを願って生きている。ただそれだけなのだ。
「ご不安は、除けましたか?」
ザビーネが言った。
「え?」
妙見子が言う。
「そのために、私たちを呼んだのでは?
いささか……緊張もしているようでしたので」
ザビーネがそういうのへ、ああ、そうか、と妙見子が合点が言った様子を見せた。
「ええと。それもあって、そうでもなくて……。
ええと、なんていうべきか……」
妙見子が困ったような表情を浮かべた。胸の内に浮かぶぐらぐらとしたものは、何とも言葉にしづらいものだ。ただ、何となく、この二人が悲しむのならば、ムラデンもまた悲しむだろうと思って、もしそうならば、自分という存在は、どこまで我を通してもよいものか、というような――。
「無理に言葉を紡がなくても大丈夫です。
私たちの時間は、今始まったのでしょう?
これからゆっくりと、話し合っていただければ嬉しく思います」
それから、ザビーネはメリーノへと視線を向けて、
「メリーノも。どうか、二人のことを信じてあげてください。
貴方をないがしろにすることはないでしょう」
「んー、それは解っているのだけれどぉ」
メリーノが苦笑した。わかっている。そんなことは。二人はたぶん、とてもいいやつだから。それはそれとして、なんだか嫌なのだ! これは我儘だと自分でもわかっていたけど、こればっかりはどうしようもならない!
「……ニンゲンって大変だね……」
ブルーのソーダを飲みながら、ストイシャがふひひ、と笑った。
「じゃ、じゃあ、ムラデンの恥ずかしい秘密教えてあげる。
なんかあったら、思いっきりネタにしていじってやればいい。
あのね、あいつ、むかし自分が主人公の小説書いてた」
「まって、マジ?」
メリーノが顔を輝かせた。
「現物あるのぉ!?」
「ふひひ、昔書き写したのがある」
「教えて教えてぇ~!」
二人が悪い顔で笑いあうのへ、妙見子があわわ、って表情を浮かべた。
「し、知りたい! けど止めたい!!」
頭を抱える妙見子へ、ザビーネが笑った。
「ふふ、私も気になりますね」
「いや、止めないんですか!? 割と黒歴史開陳はキッツいですよ!?」
ぎゃあ、と妙見子が吠えた時には、ストイシャがカバンから何やらを取り出しているようだった。メリーノがそれを興味津々にのぞき込んで、ザビーネが、ふふ、と笑う。
……なんとも平和な、光景。
それは、多分、これからは当たり前になるのだろう。
その胸の内に、お互いを想いあえる気持ちがあるのならば。
きっと、変わることなく。