PandoraPartyProject

SS詳細

もう会えない、いつか会える貴方

登場人物一覧

セレスタン=サマエル=オリオール(p3n000342)
合一の果て
星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束

 あきらめない。
 約束は違えない。
 でも。
 すこしだけ――。

 朝日が身を包む感覚を、朝顔はおぼえて目を覚ました。
 何度目の朝だろう。
 貴方が消えてから、幾度目かの。あるいは、この想いを抱いてから、幾度目かの。
 セレスタン・オリオールという人間と、サマエルという人間(ああ、確かに彼らは間違いなく誰よりも『人間』であったのだ!)が、己の苦しみと理想、そして確かな愛からお互いを補い合い、『セレスタン=サマエル・オリオール』という一個人と成ったのが、まるで遠い昔のようにも、つい先日であるかのように思える。
 それは、心の内に明確な『重さ』を感じているからこその、ある種時間感覚があいまいになってしまうような感覚であった。例えば、とても楽しい昨日があったとして、そんな出来事があったことが、まるで遠い日のようでも、たった今であったかのようにも感じられる、不思議なそれだ。それは、明確な質量、心の中の重さがあるからこそに感じられる幸せな勘違いだ。理性が、もう終わった時間であると優しく告げ、心が、先ほどまで心地よくいたのだと甘く告げる。その様なある種衝突するようなそれは、不思議でもあり、心地よくもあり、寂しくもあり、温かくもある。
 いずれにしても、それほどまでに、『彼』との出会いは、朝顔にとっても大きなものだったのだ。セレスタン=サマエル、理想の『悪魔』となり果ててしまった彼が、果たして『彼』と呼ぶべき性別なのかは、ついぞわからなかったが、しかしベースとなった二人がそうなのであるのだから、『彼』と呼べば差し支えないだろう。もちろん、そうでなかったとしても、そういったものを超越していたしても、朝顔はその想いを違えることはないのだが。
 朝顔は、セレスタン=サマエル・オリオールのことをが好き、である。恋をしている、といっても問題ない。言葉にすれば、文字にすれば、あまりにも簡単で、平易な、『恋』という言葉は、しかしそんなたった一文字で表せるほど、簡単で平易な想いなどでは決してない。
 あまりにも多くのモノを捨てた――例えば、記憶であったり――した朝顔にとって、今その空っぽの何かを埋めるのは、確かに、この恋と言う想いであったのだ。
 そもそも、最初はそれは、『恋』と呼べるようなものではなかったのは確かだ。朝顔は、セレスタン、あるいはサマエル、さらに言うならばセレスタン=サマエルという人間のことを、本当に、出会って、知ったのは、まったく、一瞬のことのような、刹那の物であったことは確かなのだ。ローレットの報告書によって、彼の存在は明確に記されていたが、それを知った朝顔が、まず最初に思ったことは、会ってみたい、ということだった。
 その出会いを、鮮烈さを、あの、ほんのわずかな奇跡のような邂逅を、ここで殊更に記すことはない。ただ、その瞬間に、朝顔は恋に落ちたのだ。理想を手にしながら――あるいは、理想であるが故か。朝顔の我儘を、受け止めるように悲しく笑った彼を。
 もう一度、はじめましてを。そんな我儘のような願いを、新しい夢ができたと笑ってくれた彼を。
 その時、きっと、恋に落ちたのだろう。
「……」
 少し息を吐きながら、清潔なシーツを、ぎゅ、と握りしめた。
 天義は、綺麗な一軒の宿。その一室である。宗教国家である天義のモチーフをふんだんにちりばめられ、どこか聖なる建物であるかのようにも思えるそれは、朝顔がしばしの宿にと泊まり込んだ宿の一室であった。
 綺麗、と、思えるのは、自分が、幸せだからだろうか。
 もし、セレスタン、であったならば。この清潔な白さも、あるいは……自分を責め立てるような白さに、感じたのだろうか。
 サマエルならば、皮肉げに笑い、セレスタン=サマエルならば、「それでこそ」だと不思議な笑みを見せただろうか。彼、あるいは彼らの感じた『天義』という息苦しさを、ここにいたら感じられるかもしれないとは思ったが、それでも、本質的な『彼』に近づくことは、できないのかもしれない。
「人は結局、誰かのことを本当に理解できないのかもしれないね」
 少しだけ寂しそうに、朝顔はシーツに顔をうずめた。この天義という国の空気、その息苦しさ。その中に生きていた、彼らと、理想に成ったと騙る、彼。
 その心の内を、真に知ることはできないのだとしても、あの時に笑った彼の笑顔は、本当のことだと信じたい。
 多分、恋とは、信じることなのかもしれない。理解できないとしても、お互いが理解しあおうと、おっかなびっくり、てを差し出すことなかもしれない。セレスタンは、それができずに壊れ、サマエルは、それでも『自分』に手を差し出そうとした。そんな二人だったから、セレスタン=サマエルならば、きっと誰かに手を差し伸べることは躊躇しないのだろう。……その存在自体が、世界の敵となり果ててしまったのだとしても。
 でも、そう思うからこそ。そう、思うからこそ。
 その手に、彼のぬくもりがないことが、たまらなく寂しかった。
 今、シーツをつかむ朝顔の手が、朝の陽光に照らされて少しずつ熱を帯びていたとしても、その熱はセレスタン=サマエルのそれではない。彼の温かさは、永久に失われてしまった。
 そうせざるを得なかったのだ、と、納得はしても、理解はしても、受け止めることはできない。それは、心の中にそれだけの重さがあるからだ。矛盾するような、心の中に重くなるような、それは、恋と言う形で、今も朝顔の中に残っている。
「できれば、あなた、と、手をつなぎたかった、なぁ」
 セレスタン=サマエルは、約束した。
 いつか、あの世であったとしても、来世であったとしても。もう一度、君たちと初めましてがしたい、と。
 朝顔にとって、それは救いであったのかもしれない。新しい恋の始まりだった。
 朝顔は、自分自身の容姿を好ましく思っていない。醜い、とすら思っている。
 そんな自分が、好きになってもらえる、とは、自信がなかった。それでも、好きになってほしい、と思っていた。なぜなら、恋とはそういうものだからだ。それはとても素敵なことで、朝顔を突き動かす原動力になっていたものだ。だから、朝顔は、この恋心を捨てたいとか、諦めたいとか、そういうことは一切思ってなどはいない。
 ただ、と、思うのだ。
 セレスタン=サマエルさんと、手をつなぎたかった、と。
 セレスタン=サマエルさんに、好きになってほしかった、と。
 約束は、再会は。
 生まれ変わった貴方、ではなくて、セレスタン=サマエル、あなた自身とが、いい、と。
「……すこしだけ、嫉妬、してしまうんです。
 大好きな人と、一緒にいる人たちに。
 私の隣には、今、あなたがいないことに……」
 それは、仕方のないことだろう。人として、誰かをうらやましく思ってしまうこと、それ自体は罪ではない。人は、完全にクリーンでキレイではいられない。それこそ、『理想』ありのままとは、なれないのだ。
 だからこそ、セレスタン・オリオールは苦悩し、サマエルは懊悩し、セレスタン=サマエルが生まれたのである。あるいは、悪魔の力を借りるほどの大罪を犯さなければ、人とは、本当に理想のそれになることはできないのかもしれない。
「生まれ変わった貴方は、きっと、貴方であっても貴方じゃない。
 ……セレスタン=サマエルさん、では、きっと、ない。
 魂、というものがあったとして――きっと、それは、変わらなかったのだとしても。
 人は、経験や記憶で、己を作るものだとしたら。
 私が好きになった、恋をした、あの、笑顔を、見せてくれる貴方では、ないのかも、知れない」
 臆病と、誰が笑えるだろうか。それは、当然のごとく誰もが持ちうる不安に間違いあるまい。
 たとえ、もう一度会えると、信じていても。
 心の底から……何百年、何千年たって、誰もがあなたの存在を忘れてしまったとしても、待ち続けて、貴方を覚え続けている、それくらいの自信があったのだとしても。
 ――それでも――変化(かわ)ってしまうかもしれない、あなたが。
「……また、少しだけ……自分のことが、嫌いになってしまいそうです。
 きっとあなたは、約束を守ってくれるのに。
 私は……我儘、ですよね」
 セレスタン=サマエル、ならば、それを受け入れてくれるだろうか。きっと困ったように笑いながら、また「私のことで、心を痛めないでくれ」と、優しく言ってくれるのだろう。でも、この心の痛みは、そんなあなたに対してだからこそ、浮かぶそれなのだ。
「……ほんとの気持ちを、言いますね。
 呆れられても、怒られても……これが、本当の、私の気持ちなんです。
 セレスタン=サマエルさんと、もっと話がしたい。
 手をつなぎ、触れ合いたい。
 文でも、声でも、貴方の言葉を交わしたかった。
 暖かな陽光にあたりながら、貴方に笑いかけてもらいたかった。
 ほかの誰でもない。
 転生した、同じ魂を持つ貴方じゃない。
 セレスタン=サマエルさんに。あなた、に」
 それは……少女の、はかない心情の吐露に間違いなかった。ぎゅ、抱きしめるように己を抱く乙女の、哀しくも、精一杯で、心からの、それは純粋な願いであるのだ。
「わがまま、でしょうか。
 我儘、でしょうね。
 でも。
 でも……」
 自分が嫌いになってしまう。こんなことをいう私を、セレスタン=サマエルさんは嫌いになる? 恋は大胆に、時に人を臆病にもする。信じている。こんな私と、貴方は困った顔をしながらも受け入れてくれる。理想の貴方だから。でも、私は、私を……。
 ぐるぐると回る想いは、ここ最近ずっと、頭の中で渦巻いているような想いだ、あの、墓参り、の、時から。
 あの地に眠る、本当は眠っていない貴方。本当の貴方は、今どこにいるのだろうか。黄泉路であろうか。あの世のような場所であるのだとしたら、彼の魂がそこにあるのだとしたら、本当の貴方に会うためには――。
「――、しか」
 つぶやいてみる言葉は、ひどく不穏な言葉だ。それでも……縋り付くには、今の朝顔にとって、充分な言葉だ。
「……それ、しか」
 ないのだとしたら。
 選ぶしかないのならば。
 選ぶのだろうか。
 その道を。
 私は――。
「そんな、私を」
 受け入れて、くれるのだろうか。
 彼は。
「わがままです。これは、私の、酷い、わがままで」
 つぶやくように言う。
「ねぇ、セレスタン=サマエルさん。この世界を救えたら、貴方の所へ逝っちゃ駄目ですか?」
 世界を救うことをあきらめるわけじゃない。
 一秒でも早く、世界なんて救って見せる。
 それが約束だから。
 貴方がいつか生まれてくるはずの、この世界を、消させることなんて、できないから。
 でも――。
 世界が救った後に。貴方が――あなた自身が、いないのならば。
「私は、会いに行きたい。貴方に。貴方自身に」
 会えるのならば。
 会いたいな。
 許されるのならば。
 行きたいな。
 あなたの傍に。
 そこで約束を果たしたい。
 手を開いてのぞいてみた。
 その時にようやく、ここにあたたかな、貴方の熱を感じられるのかもしれない。
 もう会えない、いつか会える貴方。
 貴方の熱を――。
「この恋と、一緒に。
 最期まで」
 朝顔は少しだけ笑った。
 天義の陽光は、その理想の名のままに誰にでも平等に降り注ぐようであった。
 ベッドの上に座っていた朝顔は、ゆっくりと立ち上がって、窓を覗いた。
 彼に理想を押し付けて、彼が憧れた理想の都市が白く輝いている。
 その白さは、朝顔の頭を真っ白に、彼の事だけを考えられるようにしてくれる、そんな気持ちになった。


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