PandoraPartyProject

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アシェンプテルと揺れる女王

登場人物一覧

トール=アシェンプテル(p3p010816)
ココロズ・プリンス
トール=アシェンプテルの関係者
→ イラスト


「……ルーナ様」
 銀の森はトールの領地。呼びかけた相手は沈黙の後に短く息を吐いた。
 トールの兄を名乗る青年が礼を尽くして立ち去った方角を見つめていたルーナの表情は少し険しい。
 トールとそっくりな顔で、天色の瞳は何かの覚悟を決めたような光を帯びる。
「トール、覚悟は出来ているか?」
 静かな声で語るルーナにトールは思わず固唾をのんだ。
「本当はただのAURORAの定期検査のつもりで来たのだが、この機会に言っておくことにしよう」
 深く息を吐いたルーナは珍しく緊張しているように思えた。
「もう聞いているようだが、キミと彼らは確かに血の繋がった兄弟だ。
 キミにとって父方に当たる遺伝子が同じ……つまり異母兄弟だ」
「……本当だったんですね」
 最初に告げられたのは既に聞かされていたことの補強だった。
「私はキミに伝えたことがあったと思う。
『この世界から絶滅したはずの貴重な男性』だと……だが同時に私はキミに敢えて伏せたことがある。
 本来キミ達は殺し合わされるために造られた……再生雄型奴隷リジェネイド・メェルという。
 たしか、彼らは再誕の救済者リジェネイド・セイヴァーと名乗っているのだったな? それもここからきた名乗りだろう。
 再生雄型奴隷を作る技術は、私があの世界に眠っていた遺跡で見つけた技術だった」
 一気に吐き出すように言い切ったルーナが深く呼吸をして、改めてトールの方を見る。
「……異母兄弟、それなら僕の母親は」
「私だ。女装をしたキミと私があれだけ似ているのも、そういうことだ」
「――ルーナ様と僕が、親子」
 続けるままに静かに告げられた言葉にトールが目を瞠る先で、ルーナは少しだけ不安そうに見える。
「だが同時に、私はキミに異性として愛している……ようだ。
 こんな感情を抱いたのはキミが初めてだったから、驚いてもいた」
 そう続けたルーナの表情は照れというより不安の方が強いように見えた。
「……済まない。親と異性のふたつの愛を抱いている女が傍にいるなんて嫌だろう。
 許されないこともした。キミにはその権利もある……私はそれを喜んで受け入れよう」
 そう言って、ルーナが拳銃を取り出した。
 目を瞠っていたトールは、テーブルへと置かれた拳銃を手の届かないところまで投げ捨て、ルーナを見る。
 覚悟を決めたように、ルーナは目を伏せていた。
「……ルーナ様。僕は恋を知りました。心に決めた女の子がいます。
 だから、ルーナ様の気持ちには答えられません」
 トールはルーナへと静かに膝をついて視線を合わせる。
「だから……この世界を救える日まで、これまで通り女王と騎士の関係でいたいです。
 ……全てが終わったら、今度は親子として暮らしませんか?」
「……しかし」
 珍しく言い淀むルーナが伏せた瞳を開く。トールは視線を交えるままに続けた。
「産んでくれてありがとうございます。貴女のおかげで今の僕がいる。
 混沌に来れて色んな人に出会えました……僕は混沌に来れたことを嬉しく思っています」
「……そうか」
 そう呟くルーナは未だに表情こそ複雑なものに見える。
「……それなら、キミを助けるためにしてきたことも間違いではなかったようだ」
 ほっと、彼女が胸を撫でおろす。
 驚くトールに対して、ルーナが笑みをこぼす。
「言っただろう。キミは本来、殺しあわされるために生まれてきた。
 ……だが、キミを母として、異性として愛してしまった私は、キミを失いたくはなかった。
 いずれ来るその時に、万が一でもキミを失う可能性を認めたくなかった。
 ……だから、あの世界ではないどこかへと、キミを逃がすしかないと思ったんだ」
 そっと、彼女はトールの頬に触れる。
 そこに確かに感じた温かさは母親の愛であったのかもしれなかった。
「女装も『AURORA』も、キミが勝ち進んだ『シンデレラ・ステージ』もそうだ。
 キミがあの世界から離れ、キミのことを必要とする世界へと跳ばすためのエネルギーを貯めるためにあったんだ。
 身勝手と罵ってくれても構わない……理論上はできても、どこに跳ぶのかさえ分かっていなかった。
 もう二度と、会えないとも思っていたんだ……結果的に、皆この世界にいる。
 この世界の性質を考えれば、キミを飛ばしたあの時に、あの世界ごと混沌に呑まれたのだろう」
 混沌『からの』任意転移ができないように、混沌『への』任意転移はできない。
 そんな状況で、誰もが同じように混沌に転移したのなら、きっとそうなのだろう。
 それがルーナの結論だった。
「……それなら、尚更です」
 トールは笑みをこぼし、ルーナの手をそっと包み込んだ。
「ルーナ様は僕を助けるために力を尽くしてくれた。
 貴女のおかげで混沌に来れたのなら、尚更です。
 こんなにも幸せにしてくれた貴女を殺す理由なんて、僕にはない」
 真っすぐに見つめた視線、ルーナはそれでもまだ何かを言い淀むように複雑な表情を見せている。
「……それなら」
 トールは、一度、眼を閉じる。少し考えてから、瞼を開けた。
 覚悟を決めて、彼女の手を握る手にほんのりと力を籠めた。
「僕たちを産んだことに責任と負い目を感じているなら、母親としての責務を果たしてください。
 僕たち兄弟全員が幸せになるのを見届けてから、僕たちの家族に囲まれて死んでください」
 目を瞠るルーナの手を、トールは逃がさないように小さく包む。
「……母親とは過酷な人生を歩むのだな。まだしばらく死ねそうにないようだ」
 長い沈黙の後、諦めたように短く笑ったルーナは、そう呟いた。
「……けれど」
 その後、ルーナは短く言う。
「戦いが終わってもしばらくお母さんと呼ぶのはやめてくれ。
 そんな歳じゃないし、そもそもあらぬ関係だと周囲に勘ぐられても困るだろう」
 短く笑ったルーナが困ったように照れた様に言う。
「……そうですね」
 ルーナはトールと同い年だ。
 そんな彼女を突如として母と呼び始めたら周囲の目はどうなるか。
「……だから、今日だけ。ここだけでいい。お母さんと呼んでくれないか?」
 そう言ったルーナの方から、手を握り返される。
「キミを産んで良かったと思える実感が欲しいんだ」
「――はい、ルー……お母さん」
 慣れ親しんだままに応じそうになってトールが答えればルーナが目を瞠っていた。
 かと思えば、彼女はさっと視線を外して顔を横に向ける。
 ほんのり、少しだけ表情に照れたようにも見える。
「――ふふ、こういう気持ちか……くすぐったいな、そうか……これが……」
 ぽつぽつと呟く声を聞けば、嫌だったわけでないのが分かる。
 実際にそう呼ばれて慣れないままの照れ隠しといったところか。
 騎士と女王として、それからいつか親子として。
 生まれた変化、約束を果たすために。その日が来るように、トールは迫る終焉との戦いへの決意を固めなおす。


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