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人生の彩りを、貴方に
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年の初めのためしとて、終わりなき世のめでたさを。
……なんて歌があるらしい。
なんでも今日のことを歌っているそうだ。
そこから先の歌詞は覚えていないし、意味もよくわからないし、聞いたところで覚えていられるかは疑問だけれど。
まぁとにかく、だ。
「あけましておめでとうございますわ!」
ばばーん! なんて効果音が聞こえてきそうな勢いでやってきた友人――御天道・タント (p3p006204)は今日もとても元気だ。
「うン、ちょっとフライングしているけどネ?」
とりあえず『上がりなよ』と声をかけるジェック (p3p004755)に手招かれるまま彼女は建物の中に足を踏み入れる。
何度か訪れているものの、未だに足を踏み出す場所を間違えて床に穴を開けそうになってしまうそこは、よくいえばレトロ。悪く言うとボロい。
とはいえ、そんなボロ屋にもそれはやってくるのだ。
どこかそわそわとした世間に自分たちも浮かれているのだろう。晴れ着に着替えて、玄関先を飾り、こうやって集まってその時を迎える程には。
ところで。ジェックが来訪者の方を見ると普段多く見かける洋装ではなく、気品溢れる和装を身に纏っていた。
「それはこのあいだの?」
「そうですわ! 今日のために用意していたとっておきですわー!」
山吹色の着物に鮮やかなオレンジ色の帯。くるりとまわって見せれば、それに合わせてタントの金色の髪も踊って揺れる。
先日ウィンドウショッピングに出掛けた折りに見かけた振り袖は、一部だけ糸の種類を変えて牡丹の模様が織られていて、どこか高級そうな雰囲気を漂わせていた。
「ところでジェック様の方は……?」
首をかしげれば『あぁ、』と小さく漏らした。
二人で似たような色合いの振り袖を手に入れたものの、一人で着るのに手間取ってしまって今は畳敷きの部屋に無造作に脱ぎ捨てられている状態だった。
あんまりにも情けない、というより申し訳ない気持ちが押し寄せてきて視線が泳ぐ。
きょとんとした表情を浮かべた後、頭の斜め上に『!』マークを浮かべてタントがジェックの手を引く。
「いまから着るところでしたのね! 僭越ながら少しばかりお手伝いいたしますわ!」
さぁ、さぁさぁ! ぐいぐいと半ば強引に話を進める彼女は自分にはないタイプの行動力を持っている。
そして、察しがいい。
「ンー……じゃあ、お願いしようカナ?」
自分一人では出来なかったことでも、二人ならうまく行く。
そんなことを誰かが言っていたような気がした。誰だったか、どこでだったかは思い出せないけど。
そんなお願いに、タントは太陽のような笑顔を向けて応えた。
年が明けたくらいのことを『新春』というが、ジェックの着物はどちらかというと夏の始まりごろの、柔らかな若葉のような色をしていた。
「うんうん、やはりわたくしの目には狂いはありませんでしたわ!」
互いにああでもないこうでもないとほんの少しの格闘を繰り返してようやく形になったソレは、おそろいの牡丹柄。
草木が生茂る春から秋頃を思わせる緑色と、寒さを耐え忍んで春の訪れを待つ黄色。
「わぁ……」
まるで2人で、季節を廻り繰り返していくようだ。
ただ1人、重たいマスクをつけたまま灰色の空を見上げていたあの頃とは、違う。
この世界に召喚されてから、世界がこんなに彩色に溢れているのだと言うことを知った。
この世界に召喚されてから、前の世界に勝るとも劣らない大切なものができた。
「タント」
ジェックが声をかけると、振り返った太陽のようなヒト。
「お茶でも飲もうよ」
遠くから新年を祝う声が聞こえてくる。
でもアタシたちが集まった理由は
「えぇ、喜んで」
時間はたっぷりとあるもの。どんな話をしようかしら?
最近のマイブーム、好きな花の話、召喚される前の世界のこと。
――貴方とならどんなことでも!
「……ところで」
夜も更けて喋り疲れた頃、タントが不思議そうな顔でジェックの顔を見つめた。
薄桃色と、赤色を薄めたような色の瞳が、ぱちりと合って少し恥ずかしくなって視線をそらした。
「ジェック様のソレは……外せないのでしたっけ?」
ソレ、と言われながら指差されたのは、素顔を覆い隠すガスマスク。
そうだ。この世界に召喚されてから、つける必要がないと知って何度か外そうと試した。
油を隙間から流し込んで滑りをよくしたり、頭を打ちつけてみたりとしてみたが、答えは変わらなかった。
油を塗った顔はベタベタして気持ち悪いだけだったし、頭を打ちつけてもただ痛いだけなのに加えて、周囲の人から冷ややかな視線を向けられただけだった。
そういえば似たような形状のガスマスクを取り寄せたり自作してみたりして、どうにか取れないものかと試したこともあった。
この世界に召喚されてから、そんなに長く時間は経ってないのに、まるで遠い昔のことのようだ。
そんな試行錯誤の話をすると、目の前の友人は目を輝かせてこう言うのだ。
「そのガスマスクのレプリカは、まだあるんですの? あるのでしたらみてみたいわ!」
「エ……?」
あるにはある。けれどそれをどうすると言うのだろうか。
ガスマスクとしての機能は殆どない、外見ばかりがゴツゴツとしたそれを物置にしている一角の山から引っ張り出してホコリを払う。
「はい、コレだけど」
目元がまあるくガラスで覆われたそれは右頬に給水タンクが。正面とその下に吸入と排出ための口が付いている。
本当は何を防ぐかによって、フィルターの種類やマスク自体の色が違うらしいが、ジェックにとってそれはあまり興味のないことだった。
「ふむふむ、これがこうなって……あら?」
ガスマスクを興味津々といった風に隅々まで見ていたタントが、後ろの方で固定するためのベルトが絡まってしまって慌てふためく。
「むむぅ、せっかくつけてみようと思いましたのに……」
ガックリと項垂れるようにしてみせる彼女に、どこか愛らしく見えて少し笑みが溢れた。
「ホラ、貸してゴラン?」
マスクの扱いに関してはこちらの方が上手だ。一見絡まったように見えるベルトをするりと解くと、彼女を手招きして向こうを向くように伝える。
慣れた手つきでベルトを取り付けて緩みがないか確かめる。
「どう? 大丈夫? キツかったりしない?」
「えぇ、ちょっと重たいけれど大丈夫ですわ!」
ぺたぺたとマスクの表面を触ってから、タントはにっこりと――マスクで口元は隠れているものの、その目元は確かに――笑って見せた。
「これでジェック様とお揃い、ですわ!」
「……!」
頭を叩かれたような衝撃を受ける。
何気ないタントの行動と、その一言にえも言われぬ
これは、たぶん、きっと。
「あら? ジェック様……泣いていますの?」
心配そうに顔を覗き込むタントに短く『大丈夫』と答えて、少し顔を背ける。
「……ねえ、タント」
「……?」
「……アリガトウ」
素直な気持ちを伝えたら、寒空の下に太陽のような花が咲いた。
マスクをつけていると、いろいろなことに苦労する。
飲み物を飲むのが大変だし、暇をつぶすためのカードゲームなんて手元がよく見えないのであたまをうんと下げるか、札を目線に合わせてみるなくてはならない。
ガスマスクを常につけて外せないジェックは慣れた様子でストローを使って水分を取る。
しかしイタズラにマスクをつけたタントはストローを使って飲み物を飲むことも、カードのやりとりも、一つ一つの動作に手間取っている。
特に熱々の飲み物は人肌程度に冷まさないとストローで吸えないし、それだと飲み物で内面から暖をとるのはなかなかに難しい。
「お揃い、はいいケド……そんなトコまでまねなくてもサァ……」
苦労をしながら同じようにストローを使ってちゅうちゅう飲み物をすするタントにジェックはやや呆れたように語りかけた。
「だって、こんな機会滅多にありませんもの! とても楽しいですわ!」
楽しい。嬉しい。楽しみ。
友人と一緒のこのひと時が楽しい。友人と一緒のこの格好が嬉しい。
友人とこれから迎える、輝かしいだろう一瞬が楽しみ。
「ジェック様は? ジェック様は楽しくありませんの?」
「アタシは……」
ジェックが口ごもる。何かを考えるように、口元に手をあてて。
何か呟いているような彼女の声は、マスクに遮られてあまり良く聞こえなかった。
「……あ」
答えを待つ間、長いようで一瞬の沈黙はタントが不意に声を上げたことで破られた。
「初日の出、ですわ……!」
ボロ屋の縁側から見える、山の稜線のその向こう側が白んできているのが目に見えて分かった。
ゆっくりと、しかし確実に。その姿を顕さんとする太陽の姿に息を呑み、視線は釘付けになる。
「……すごい」
ようやくでてきたそんなありきたりな感想は、隣の彼女にもしっかりと聞こえていたらしく、半ば興奮気味に
「ジェック様! すごいですわ! とてもすてき!」
「ウン、そうだね」
今まで何回も、年明けというものを迎えてきたが初日の出など気にも留めなかった。
いや、気にしている余裕なんてなかっただけかもしれない。
けれどここは、この世界は争い事はあるものの、あちらよりは空気は綺麗だし、人々は穏やかに日常を営んでいる。
(これまで独りで見てきた景色)
灰色で、モノクロで、寒々しい景色。
(これからふたりで見ていく景色)
明るくて、色彩豊かで、暖かい景色。
「ネェ、タント」
アタシ、今とても『楽しい』よ。
友人は少し驚いた表情をから、この太陽に負けないほどの笑顔で答える。
「ふふっ、わたくしたち『おんなじ』ですわね!」
「そうだね。あぁ、そうだ言い忘れてた……。あけましてオメデトウ、今年もヨロシクね」
一緒にいろんな景色を見て行こうね。