PandoraPartyProject

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Iとしくて、あたたかな、F ゆの――

登場人物一覧

ロード(p3x000788)
ホシガリ

 ふわり、ふわり。
 静かに舞い散る雪は一晩かけて地を覆うほどの深さに降り積もり、それでもまだ降り続けている。
 食欲の薄い女主人に合わせてフルーツを中心とした朝食を終え、彼女と息子――ランドウェラは雪の庭へと降り立った。しんしんと積もり続ける雪の中、ぱぁっと顔を輝かせるランドウェラに母は侍女に持たせた優美な傘の下で目を細める。
「たくさん積もったよ、母さん!」
「ええ、この辺りでは珍しいわね……ここまで白くなるのは……」
 ほう、と感嘆したように彼女が吐く雪も白く、ランドウェラはうっとりとそれを見つめた。いつも優しく美しい母の、黒に金髪の筋が混じる長い髪が、白くけぶる吐息に薄く覆われるのもまた美しいと思う。まだ幼いランドウェラにそれを表現する豊富な言葉はなくとも、それでも。
「母さん、綺麗……」
「うふふ、ありがとう、ウェラ君」
 微笑んだその頬は、冷気に晒されて僅かに赤い。
「ねぇ、ウェラ君」
 けれど弾むようなその声は、少女のように楽しげに雪の庭に響いて聞こえる。
「この前読んだ絵本に出てきた雪うさぎ、覚えているかしら?」
「うん!」
 そう、雪うさぎなら知っている。この間、というにはちょっと遠いくらいかもしれないけれど、母さんが読み聞かせてくれた絵本の中に出てきた、雪で作られた可愛らしいうさぎ。覚えている。大丈夫。ランドウェラは母を安心させるように、にっこり笑って頷いた。
「わたしね、ウェラ君が作った雪うさぎが見てみたいわ」
「うん、わかったよ、母さん!」
 もしも『ランドウェラが雪で作ったもの』と言われたならば、ランドウェラは悩んだかもしれない。
 けれど、雪うさぎならば大丈夫。
 雪うさぎがどんなものか、作ってほしいと『母さん』が願うのが何なのか、ランドウェラは知っているから、大丈夫。
 差し出されたお盆の上に、そっと小さな両手のひらで掬った雪を固める。半球よりは、楕円になるように。ふわふわに見えた雪は素手で触れば冷たいけれど、大丈夫、大丈夫。思ったよりも小さくなってしまったから、さらに雪を重ねて、手で固めて。真っ赤になった手がじんじんするけれど、大丈夫。冷たいだけ。痛くない。
 母さんが、雪うさぎが見たいって言ったから。
 だから、大丈夫。痛くない――、

「あら、ウェラ君。手が真っ赤よ?」
 その言葉に、思わず目を丸くして振り向いてしまった。
「そんなにびっくりした顔をしてどうしたの? ほら、一旦雪うさぎは置いて、こちらにいらっしゃい」
 ちょっとくらい置いていても、こんな雪が降るくらい寒いなら、溶けやしないわ。
 大丈夫よ……おいで?

 まだ小さな子供の手を、大人にしては小さな手が包み込む。母は子の手の冷たさに、子は母の手の温かさに、きゅっと良く似た形の眉を寄せた。
「ごめんなさいね、手袋を用意してもらえばよかったわ……」
 母の言葉に、侍女がさっと屋内へと駆けていく。その間に手を取った母は、ランドウェラの両手を己の両手で包み込み、その顔の近くまで寄せる。
「少しでも、温かくなればいいのだけれど……」
 そのまだ少女のような大きさの手は、ランドウェラの冷たさが移って随分と冷たくなりつつあるけれど。
 ほうっと吹きかけられた吐息は、それを補って余りあるほど温かい。
「母さん……」
「ふふ、大丈夫よ。ああ、手袋。持ってきてくれたのね」
 母には柔らかな子羊革の、ランドウェラには愛らしく手の甲に編み込みを入れた毛糸の手袋を。
「ウェラ君、あちらの木の葉っぱと赤い木の実を取ってきてくれる?」
「ええ、母さん!」
 ああ、赤い木の実も、緑の葉っぱも、見えているから大丈夫。あの木の枝のところまで取りに行けば、大丈夫。
 母さんの願いの通りに。
「あ、2個ずつ、お願いね」
「うん!」
 ああ、危なかった。母さんが言ってくれなかったら、1個ずつしか持って来なかったかもしれない。
 木の実と葉っぱを受け取って、ちょんちょんと盆の上に作った雪の塊にくっつければ、雪の塊があっという間にうさぎになって、思わずランドウェラはわぁっと声を上げた。
「ふふ、今度はウェラ君が最後まで作った雪うさぎも見せてね?」
 約束よ? と差し出された指に、ぱっと笑ったランドウェラは小さなその小指を絡め――

 ――はらりと放り出された紙片は、テーブルを滑ってそのまま床へと落ちた。拾い直すこともしないまま、ロードは小さく溜息を吐く。口内に放り込んだ金米糖を、無意識のまま奥歯で噛んだ。馴染んだ甘さに、歯の溝に食い込むような僅かな不快感。
 舐めていればいつかは消えるのだろう。――消えるのだろうか。この不快感は。痛みは。違和感は。
 心に浮かぶ苦いものを打ち消すかのように、また一粒、金平糖を口に含んだ。


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