PandoraPartyProject

SS詳細

おかえりなさい

登場人物一覧

燈堂 廻(p3n000160)
掃除屋
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者

 燈堂家の本邸にある廻の部屋へメイメイは足を踏み入れる。
 布団の上に寝かされている廻の傍へとやってきたメイメイは彼の顔を覗き込んだ。
「おはよう、ございます。廻さま。今日は起き上がれ、そう、ですか?」
 こくりと頷いた廻はメイメイの支えを借りて上半身を起こす。
 燈堂家での戦いのあと、重傷を負っていた廻は一週間ほど目を覚まさなかったらしい。
 神を降ろしたのだから何かしら異変があって当然であった。
 白鋼斬影を降ろした時に変化した白い髪は離れたあともそのままだったのだ。
 体内も影響があると聞いていたが、命に関わるものではないとのことで安心した。
「廻さま、髪を梳かしましょうか」
 メイメイは廻の長く白い髪を持ち上げ問いかける。
 先の方は廻本来の色を取り戻しつつあった。しばらくすれば、髪色も元に戻るらしい。
 ようやく、廻にとっての『日常』が帰ってきたのだとメイメイは目を細める。
「すみません……」
 力なく呟いた廻にメイメイは「大丈夫ですよ」と返した。
 メイメイにとって廻は弟のような存在なのだ。
 こうして髪を梳かすのも、メイメイにとっては楽しいことで。廻の様子を直に感じ取れるのだから何も謝罪を受けるようなことはないのだ。
「血行も、良くなってきましたし……もう、ご飯は、食べられるように、なりましたか?」
「はい、コウゲツさんの花蜜と。白銀さんが作ってくれるおかゆを少しずつ」
 煌浄殿では花蜜を飲んで過ごしていたらしい廻は、ようやく自身で消化できるものを食べられるようになったのだという。痩せ細った腕にも少し赤みが戻っているように思えた。
「この首のやつは、まだ外さない、のですか?」
 メイメイは髪を梳かしながら廻の首に付けられたままの赤い縄と木札を見つめる。
 これは煌浄殿で廻が呪物として扱われていた証明でもあった。
「はい、まだ完全には戻ってないので、もしもの時の為に。僕もその方が安心ですし……また大切な人達を攻撃してしまったらと思うと怖くて」
 神降ろしの際の暴走で廻は暁月の左腕を消し飛ばしている。その代償は明煌が担っていた。
 負い目を感じるなと言う方が無理があるのだろう。けれどそれも時間が解決してくれる。
 あの戦いを乗り越えた三人なら、心配はいらないとメイメイは瞳を伏せた。

「そうだ、もう少し、元気になったら……お花を見に、行きませんか?」
 梳かした髪に香油を塗りながら、メイメイは廻へ問いかける。
「いいですねっ」
 廻の弾んだ声に、メイメイは少し涙がこみ上げてきた。
 煌浄殿でどんどん弱っていく廻を見守ることしか出来なかった時とは違う。
 少しずつ回復していく廻の姿は、それだけで目頭が熱くなった。
「梅は、もうすぐ終わってしまいますが、そのあとは、桜なんかもありますし、その次は薔薇もあります」
「いっぱい、見に行きたいですね。いろんなことしたいんです。お花見もお散歩も旅行も、メイメイさんみたいに冒険もしてみたいです。ちょっと危ないかもしれないけど、まだまだしてないこといっぱいあるから」
 未来への希望を紡ぐ廻の言葉は期待に満ちていた。
『堂々巡り』だった彼の道に光が差したのだろう。与えられた名の呪縛から解放されたのだ。
 メイメイは廻が動きやすいように長い髪を結わえる。
「今日は三つ編みにしましょうか。大きめに編んだら白銀さまやキリさまとお揃いになりますね」
「はい。昨日は明煌さんが梳かしてくれたんですけど、結ぶときめしゃめしゃになちゃって……左腕がまだ上手く使えないから。見かねた真と実が結んでくれたんです。それでお庭に出てちょっとだけお散歩しました。まだ上手く歩けないんですけど、一人で立てたんです」
 泥の器の浄化の影響で痩せ細り四肢が動かせなかった廻が、一人で立てるようになったというのだ。
 煌浄殿で廻の世話係であった二人は戦いのあと、研究所を抜け出し傍に居るらしい。
「それは、良かったですねぇ」
 もう煌浄殿で衰弱して眠っていた廻とは違う。日に日に回復が見える身体は何処か輝いて見えた。
「今日も良い天気なので、少しだけ……外に、出てみますか? 明煌様を呼んで、お庭まで運んで貰えばお散歩できます、ね」
 メイメイの言葉に廻は嬉しそうに「はい!」と答える。

 ――――
 ――

「この辺で大丈夫?」
「はい。ありがとうございます、明煌さん」
 明煌に抱えて貰い、中庭の芝が植わっている場所まで運んで貰う廻。
 心配そうに真と実も付いてきていた。
「この辺なら、転んでしまっても平気、ですね」
 メイメイは廻の正面へと歩き出す。
 二メートルほど離れた場所で振り返り、メイメイは手を前に差し出した。
 昨日立つことが出来たのであれば、今日はきっと歩く事ができる。
 そう信じているからメイメイは優しい笑みを浮かべ廻の名を呼んだ。
「大丈夫ですよ、廻さま。ゆっくりで、構いません」
 メイメイの言葉に廻はこくりと頷く。
「地面に倒れる前に、引っ張るから大丈夫」
 明煌は廻の腰にシルベの縄を巻き付ける。そして、そのまま廻を芝の上に立たせた。一歩後ろへ下がり廻が歩き出すのを見守る明煌。廻は意を決してメイメイへと顔を上げる。
「ゆっくり……」
 履かせてもらった歩きやすい運動靴をそろりと前へ出した。
 重心をその前に出した足に乗せれば、その次も進んで行ける。
 歩き方を忘れてしまった訳では無い。けれど、身体から力が抜けて歩けなくなるのを煌浄殿で何度も体験した。その絶望が身を竦ませるのだ。
 前に出た足に重心が乗った瞬間、がくりとバランスが崩れその場に倒れ込む廻。
 明煌の縄は廻が顔を打ち付ける前にピンと張り詰めて横に倒れるように誘導したのだ。
 白く長い三つ編みが芝の上に広がる。
「廻さま!」
「は、わ……びっくりした。でも、もう一度いいですか? 次は大丈夫な気がします」
 一度転んでしまえば、芝の柔らかさを知る。板間で転ぶより随分と優しいものであった。
 明煌に手を添えられ立ち上がった廻の瞳には強い輝きが宿っている。
 メイメイ達が固唾を呑んで見守る中、重心を崩さないように左右のバランスを取りながら、ゆっくりと廻は一歩を踏み出した。慎重に重心を移しながら、残された足を前に出す。
「ぁ……、」
「その調子ですよ。廻さま」
 メイメイが手を伸ばしてくれる所まで、たどたどしく、ゆっくりと廻は歩いていく。
 重心が崩れそうになるのを耐えて、一歩一歩踏みしめた。
 ようやく辿り着いたメイメイの手を、廻はしっかりと握り絞める。
「やりましたね! 廻さま! 歩けましたよ」
 その場にへたり込んだ廻は嬉しさで涙が溢れ出した。
「はい、歩けました……!」
 もう長い間、自分の足で歩く事が出来なかった廻が、この日大きな一歩を踏み出したのだ。
 廻の瞳からぽろぽろと零れ落ちる涙を、メイメイはハンカチで拭き取る。
「よく、頑張りましたね。廻さま」
「メイメイさん……うぅ」
 泣き虫な弟を慰めるように、メイメイは廻の頭を優しく撫でた。

 そこから廻は日に日に良くなって行った。
 歩けるようになったならば、自然と歩くための筋肉が付いていくのだろう。
 普通のご飯も食べられるようになった頃に、宴会が行われるらしい。
 白い髪もその時になれば元通りになっているだろう。
 そうしたら改めておかえりなさいと伝えようと、メイメイは優しい未来に思い馳せたのだ。


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